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優しき天神は生贄を欲す 其の拾捌

誰かが泣いている声が聞こえる。

その声は段々と激しさを増していき、次第に泣き叫ぶ形へと変化していく。


…これは慟哭どうこくだ。

聞いている私まで胸が痛くなるような声。


誰が泣いているの?

そしてここは何処だろう?


暗闇の中、ゆっくりと目を開けると、目の前には見慣れた光景が広がっていた。


…村だ。

ここは私が暮らしていた、山の麓にある村。


(…?え…、私いつの間に帰って来たの?それに今は夜中で、雨が降っていて…)


何が起こっているのだろうか。

夢でも見ていたのだろうか?


それにこの村は、私が知っている村とは何処か違う。

確かに同じ村なのだが、違和感があるのだ。


ぼんやりとした夢現ゆめうつつのような雰囲気の中、私は辺りを見回しながら村へ入った。


どこか全体的に、薄いもやがかかっているように見える。

聞こえてくる声も、遠くから響いてくる様な、それでいて近くで囁かれているような、不思議な距離感で聞こえるようだ。


(此処は…)


ついさっきまで、村の入口にいたのに、まばたきの間に、村の中心にある通りに来ていた。


そこでは、十くらいの少年達が数人集まって遊んでいる。

そして、その少年達から少し離れた場所から、少年達を羨ましそうに見ている、一人の少年がいた。


(…あの子…)


見間違うはずがない。

あの少年だ。


だがその少年は、にんまりとした笑顔ではなく、悲しそうな顔をしている。


(何を見て…、…?)


少年の視線を追って行くと、そこには仲睦まじく遊ぶ、先ほどの少年達がいた。


(そうか…、一緒に遊びたいけど、声をかける勇気がないのね…)


だんだんと分かって来た。

…いや、()()()

ここは現実ではないのだ。


少年の記憶…、思い出の中だ。

あの少年は、私に自分の過去を見せている。

理由は分からないが、何故だかそれが分かった。


だから、助けてあげたくても、何とかしてあげたくても、何も出来ないのだ。

私に出来るのは、この少年が私に何を伝えたいのか、この過去から推測する事しか出来ない。


じっと少年を見つめていると、少年の背後から、優しげに微笑んだ女性が少年に声を掛けた。


「どうしたの佐己さこ?」


「…っ!?…さ…さく姉…!」


驚いた様に振り返る少年…佐己は、当然だが私が会った少年と違い、人間らしく表情を変える。


話しかけられた佐己は、少しだけ眉を下げながら、通りで遊ぶ少年達に視線を送る。


「…そう、一緒に遊びたいのね」


「…え!ち…違うよ!だ…誰が朔姉に酷い事する奴なんかと…、ただ…、あいつらじゃない友達は…欲しい」


「ねぇ、佐己…。お姉ちゃんが天神様の生贄に決まった事は、別に出生のせいじゃないし、それにとても名誉な事なのよ?」


(…!!)


天神様の生贄…。

この朔という女性は私と同じ、生贄の娘だったのか。


(…!そう言えば…、私の前の生贄は、働き者で気立の良い娘だった。それに、歳の離れた弟がいたって誰かが…)


と言う事は、今見せられている少年の記憶は、十年前の出来事なのだ。


「お姉ちゃんが佐己といられる時間は、次の儀式の夜まで…。もうそんなに時間はないわ。…お願いよ、一人でも強く生きてちょうだいね?」


「…嫌だ!俺も朔姉と一緒に生贄になる!」


佐己がそう声を荒げると、通りで遊んでいた少年達が馬鹿にしたように笑い出した。


「俺も朔姉と一緒に生贄になるー!だって!馬鹿じゃねーの!?生贄は女だけって決まってるんだ!父ちゃんがそう言ってたぞ!」


そう言って、げらげらと笑う少年達に、佐己が飛び掛かったところで、辺りの風景が一変した。


(…!?)


今度は狭くて古い部屋の中だ。

佐己と朔の二人が、少ししかない稗飯ひえめしを分けて食べている。


こんな姿を見ると、親戚の家で暮らしていた頃の自分を思い出す。


この二人には両親はいないのだろうか?

部屋の中を見回すが、他には誰の姿もない。


(この二人も…両親をなくしたの?)


何処までも私と似た境遇の二人に胸が痛む。

だがこの二人は、私と違って一緒にいてくれる姉と弟がいた。それだけが救いだ。


そしてそのまま、私はこの二人がどうやって暮らしていたのか。

人から昔話を聞くように、この姉弟の生活を見る事になった。


どうやら姉の朔が奉公として隣村の庄屋の家で働き、弟の佐己は村のあちこちで下働きをして暮らしているらしい。


両親はもともとおらず、朔がまだ幼い頃に亡くなっている。

つまり佐己にとって、朔は姉であり親でもあるのだ。


(そんなお姉さんが生贄に決まって…、どれだけ悲しかっただろう…)


そう思い至った時。

私は琥珀の言葉を思い出した。


── 俺が人間を喰ってたのは、もう数百年も昔の話だ。今は人間なんぞ喰ってねぇ。…ったく、十年前も言ったろうが…。あの女…生贄なんぞいらんと、村の人間共に伝えてねえのかよ…。


確かにそう言っていた。


(琥珀は朔さんを食べていない…!朔さんは村に帰ってるはずじゃ…?)


だが私の知る限り、咲と言う名の女性は村にはいない。

十年前に十五くらいの年齢なら、今は二十五くらい…。


結婚して村を出ている可能性も無きにしも非ずだが、どちらにしても佐己という名前の男性は村にはいない。

…これは確かだ。


(どういう事…?)


琥珀が嘘を吐いたのだろうか?

いや、琥珀にそんな嘘を吐かなければならない理由はない。


そんな事を考えていると、またしても辺りが一変した。

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