表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/30

優しき天神は生贄を欲す 其の拾漆

間一髪で妖魔の攻撃を避けた琥珀だったが、巨大な手が何本も大地に衝撃を与えた為、大地に()()が入り、生えていた木々が崩れて倒れる。


「…っと…」


崩れる木々に巻き込まれそうな所を逃げ出すと、琥珀は比較的平坦な場所へと降り立った。

そこには既に風玉が避難しており、琥珀は風玉に目を向ける。


「あの妖魔のガキ…、おそらく十年前に生贄として山に来た女の身内だ」


「…ほぅ?」


「おんなじ匂いがしやがる」


「だがお前は、しばらく人間は喰ってないと言っていなかったか?恨まれる道理はなかろう。襲ってくる理由はなんだ」


「…生贄なんぞいらんと山を下ろしたんだが、その後の事までは知らねぇよ」


大方、下山の途中で獣に襲われて死んだか、伽耶のように村へは帰れないと、世を儚んで自ら命を絶ったのだろう。


どちらにせよ、琥珀には関係のない話である。


「俺が喰ったと思ってやがんのかよ…、めんどくせぇ」


そう言った琥珀の頬に、ふと冷たいものがあたり、琥珀はつい空を見上げた。


勿論、妖魔の少年もその隙を見逃さず、琥珀を捕らえようと、何本もの黒い手を四方八方から琥珀に振り下ろして来る。


その攻撃を避けながら、琥珀は伽耶の事を思い出していた。


(こんな時に雨かよ…。あの女、大丈夫なんだろうな)


いつも雨が降ると、伽耶は小さな肩を震わせていた。

浸水する古びた納屋で、一人きりでいた恐怖を思い出すのだろう。


本当は怖くて堪らないのに、平気そうな顔をして見せていたのが、気に入らなかった。

 

自分勝手で、自らの為に平気で他人を犠牲にするような、薄汚い人間のくせに、自分の本心を隠して他人を気づかう変わった女。


最初はその偽善者の仮面を、剥いでやろうと思っていたのだが、そんな琥珀にすら気を使い、いつも笑顔で本音を隠す伽耶に、いつの間にか興味が出て来た。


そしてそんな伽耶が嫌っているのが雨だ。

雨の日は一番、伽耶の人間らしい姿が見られる。


他人に気を使う余裕がないのだろう。

弱い人間らしくただ震え、血の気の失せた青い顔で、ひたすらうずくまる。


そんな伽耶の姿を見ると、胸がすく思いがした。

やっと本当の伽耶を見る事が出来たのだと、何故か喜びに近い思いを抱いた。


その感情の正体が分からず、琥珀は雨が降る度に、伽耶のいる廃寺へ戻った。


そしてその内、伽耶の震える姿を見ると胸が痛くなるようになり、こんな雨の日は必ず伽耶の傍にいる事にしたのだ。


(…そう、あの人間の女が心配な訳じゃねぇ。俺の胸が痛むのが嫌なだけだ…)


早く廃寺に帰りたい。

きっと伽耶は震えている。


そんな思いが隙を生んだのか、琥珀は頭上から振り下ろされる黒い手に気を取られ、地中から足を狙って這い出て来た黒い手に気付かなかった。


(…しまっ…)


気づいた時には既に遅し。

黒い手は逃げられぬ様に、しっかりと琥珀の両足を掴んでいる。


そしてその琥珀の頭上に、一際大きな黒い手が振り下ろされた。


「神鬼!!」


そう叫んだ風玉の声が耳に届いたが、それに応える事が出来ず、琥珀の身体は地中に埋まった。












なかなか雨が止まない。

それどころか、徐々に強くなっている様だ。


いつもなら雨が降っている時は必ず帰って来ていた琥珀が、未だに帰って来ない。

一体どうしたのだろうか。


風玉様も一緒にいるはずで、そんなに心配する必要はないだろうが、どうにも胸騒ぎがする。


探しに行きたいが、雨の中一人で外に出る勇気が湧いてこない。

私はカタカタと小刻みに震える両手を、力強く握った。


(止まれ…!震えるな…!)


そうだ、ずっと一人だったじゃないか。

いつの間に、琥珀が傍にいる事に慣れてしまったのか。


(琥珀の優しさに甘えてはいけない…、琥珀は鬼。私とは違う時間を生きているのだから…)


今は琥珀の気紛れで、こうして一緒にいるが、いつ追い出されるかは分からない。

血の繋がりのある親戚ですら、私を捨てるのだから、鬼である琥珀が私を捨てないはずはない。


(…いや…、違う…琥珀はそんな事しない…)


琥珀のつっけんどんで、でも確かな優しさを思い出し、私は勇気を振り絞ると、その場で立ち上がって両頬を叩いた。


「…探さなきゃ」


虫の知らせとでも言うのだろうか。

嫌な胸騒ぎがどんどんと強くなっていく。

不安で、いても立ってもいられない。


私はその胸騒ぎに後押しされるように、降りしきる雨の中を飛び出した。












探すと言っても、琥珀のいる場所の当てがある訳ではない。

琥珀はよく木の上で寝ているが、特に気に入っている場所がある訳でもない。


ただ今は風玉様も一緒にいるはずだから、心当たりがあるとすれば、風玉様の気に入っている湖だろうか。


取り敢えず湖に行ってみて、そこに居なかったら次の場所を考えよう。


そう思い、森の中を湖に向かって走っていると、豪雨で視界の悪い中、木々の間に人影が見えた。


(…琥珀?風玉様?)


人影は一人だ。

しかし山の中に、村の人間が無闇に立ち入るはずがなく、琥珀か風玉様だと思うのだが、私は無意識に足を止めた。


どうやら人影の方もこちらに向かって来ている様で、段々と輪郭が見え始めるのだが、その輪郭がかなり小さい。


しかもその小さな身体を、振り子の様に左右に大きく降りながら、一歩一歩、こちらに歩み寄って来る。


「…ぁ…」


気味の悪い動きだ。

かくん。と左に重心が寄ったかと思えば、倒れそうになった身体は、何かに引かれるように今度は右に振れる。


まるで壊れた操り人形の様な動作で、一歩一歩確実に近づいて来ている。


逃げなければ、そう頭では分かっているのに、恐怖で身体が動いてくれない。


震える足に力が入らず、今にも転びそうな身体に鞭を打って一歩下がると、その瞬間。

大きな雷が落ちた。


その稲光で一瞬だけ見えた人影の姿は、間違うはずもない。

村で見た、飼い犬を亡くした少年だ。


何故こんな所にいるのか、理解が追いつかない。


少年は相変わらずの()()()()()のまま、ゆっくりとした動作で両腕を広げた。


その直後、少年の背後から黒い何かが流出し、ものすごい勢いで私に向かって来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ