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優しき天神は生贄を欲す 其の拾肆

廃寺で待つ私の元に戻って来たのは、琥珀ではなく、見知らぬ男の方だった。


男は改めて名を名乗り、昔この山に住み着いていた事、そしてこの山に加護を与えた事を教えてくれる。


「龍神様…だったのですね。そうとは知らず、私達を守ってくれている龍神様に、先程は大変失礼を致しました」


「…名を風玉ふぉんゆーと言う。…それから、私は加護を与えただけで、そなたらが生まれるよりずっと以前から、この山にはいなかった。…守っていたと言われると、少し語弊がある」


「いえ、龍神様が与えて下さった加護があったからこそ、私達村人は、平穏に暮らして来れたのです」


ずっと加護を与えてくれていたのは琥珀だと思っていたが、それは違うと言われ、実際は少し拍子抜けしたが、まさか加護を与えた本人に、こうして会う事が出来るとは…。


しかも人間の短い人生で、二度もあやかしに会う事になるとは、思ってもみなかった。


「元々は山の中腹にある湖が気に入って、この山に棲み始めたのだ」


風玉様から、ある程度は琥珀との関係…と言うか、因縁を教えて頂いた。


「龍神様が湖を気に入って、この山を離れないのは分かります、あの湖は本当に綺麗ですから…」


底まで見えるのでは?と思わせる透明度は、太陽の光を反射すると、まるで湖そのものが光り輝いているかのように見える。


人間が立ち入らない場所にある為、汚れもごみもない。


…まさか龍神の棲家になっているとは思わなかったが、言われてみれば、すんなりと納得できるほどの美しさだ。


「…琥珀は…」


私はそこで、琥珀はこの山の何を気に入って、何百年も住み着いているのだろうと疑問を抱く。


あの琥珀に、美しい景色を愛でる風情や情緒があるとは思えないからだ。


龍神様の加護があるから、季節関係なく、多様な果物や作物が収穫できるし、食べ物だろうか?

食べ物以外に、琥珀の興味がある物が分からない。


そんな私の意図しない呟きが聞こえたのか、風玉様は不思議そうに私を見つめた。


「…?…そうか、知らぬのか」


「はい?」


神鬼しんき…、いや…、そなたは琥珀と呼んでいたか。奴がこの山を離れぬのは、大昔の古い約束の為だ」


「…約束?」


あの琥珀が?

一体誰と?


だがそれを聞こうとすると、運悪く琥珀が戻って来てしまった。

何処かで会話を聞いていてのでは?と思える頃合いの登場に、私は黙って琥珀を見つめた。


「…琥珀、おかえりなさい」


「何勝手に話してんだ、このクソ蛇野郎。出て行け」


そう話す琥珀の目は、傷付いているような、怒っているような、不思議な色だ。


風玉様は黙ったまま立ち上がると、琥珀と入れ替わりに廃寺を出て行く。

琥珀とすれ違う時、小さく謝っていた声が聞こえたが、琥珀は返事もせずに、自分も外に出て行ってしまった。


一人残された私は、風玉様の言っていた約束という言葉と、琥珀の寂しげな瞳が忘れられず、その場に立ち尽くすのだった。












その日の夜、姿を消した二人は戻って来なかった。

琥珀はいつもの事だが、この山に帰って来たばかりの龍神様が、何処でお過ごしになられているのかが気になる。


…お気に入りの湖だろうか?


だが龍神様とはいえ、見た目は普通の人間だ。

湖で過ごすと言う事は、実際には野宿という事である。


(…野宿…)


琥珀は見た目通りの性格だ。

野宿だろうが狩りだろうが、お手のもの…という、野生的な雰囲気があるが、逆に龍神様にはそれがない。


何処か、位の高い豪族や貴族のような、そんな雰囲気があるのだ。


野宿をしているのだったら、さすがに放っておく訳にもいかない。

何より、龍神様はこの山の守り神なのだ。


(だけど、妖である龍神様を、人間と同じ目線で考えるのも烏滸おこがましいわ…)


結局、どうしたらいいのか分からず、私は二人が出て行った外を、ぼんやりと眺める。


どちらにしても、この完全な闇の中、私が山の中で二人を探せるはずがないのだ。


明日の朝、鳥たちに起こされたら、二人を探しに行こう。

美味しい朝餉を作って、琥珀に食べさせてあげよう。


そんな事を思いながら、私は今朝干したばかりの布団に横になった。












翌朝、まだ薄暗い内から目が覚めた私は、廃寺の周りの木々を集めて火を起こすと、いつも湖から貰っている綺麗な水を沸かす。


琥珀が持って来てくれた、野菜を茹でる為だ。


(えーと…、納豆汁と…あとは漬物と、白米は二人分だけ…)


山で採れた物を売って暮らすと一言で言っても、そんなに長期間の保存が出来るわけでもなければ、毎日山を下りるわけでもない。


廃寺の近くの畑で採れた、毎日必要な分の野菜。

それにキノコなどを使い、基本は細々と暮らしている。


たまに琥珀が猪を捕まえてくれる為、そんな日は豪華に牡丹鍋ぼたんなべにする場合もあるが、肉など滅多に食べられない。


山で暮らし始めて、どれくらい経ったのか。

この厨房もだいぶ使い慣れて来たものだ、と我ながら思う。


厨房どころか、この廃寺自体、私が暮らし始めてから生き返ったようだ。

人が住まぬ建物は朽ちると言うが、まさに。


「…よしっ」


朝餉の支度は出来た。

あとは二人が戻って来れば良いのだが、探しに行った方が良いだろうかと思案する。


琥珀は…大丈夫だろう。

いつも朝餉の時間になると、何処からともなく帰って来る。

…まるで動物だ。


問題は龍神様である。

昨夜、龍神様は、朝餉の準備をする事を伝えられる事なく、廃寺を出て行ってしまった。

普通に考えて、呼びに行かなければ来ないだろう。


(…やっぱり湖かしら。探しに行きたいけど、琥珀と入れ違いになったら…)


そんな事を考えていると、ちょうど琥珀が戻って来る。

そして意外な事に、琥珀は龍神様と一緒にやって来たのだ。


やいのやいのと、お互いに…と言うか、一方的に琥珀が文句を言い、龍神様はそんな琥珀に頷きながら、慣れた様子でやり過ごしている。


(…何だかんだ、仲が良いのね)


最初は一触即発の雰囲気だった為、犬猿の仲なのかと勝手に思っていたが、実はそうでもないのかも知れない。


…喧嘩するほど仲が良い、と言う事だろうか。

私にはそんな相手はいなかったから、正直少しだけ羨ましく思う。


「…さ、琥珀も龍神様もお座り下さい。すぐに汁物を温め直しますから」


そう言って、用意した座布団を勧めると、案の定、二人は離れた所に座り込んだ。


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