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_WAVE  作者: つかばアオ
3/9

冬戦【_WAVE_2】WAVEの騒動

 ・2

  

 

 非戦闘地域『都市風守』に、あばら家というほどではないにしても、周辺の建物と比べてそれっぽい家屋があった。そこは、外観から人が住んでいないように見える。何も知らない通りを歩く者は、その家屋を見て疑問を持たないだろう。この建物に女性が一人いる。


 みさやは仲間の紹介でその場所を知った。ここに腕利きのガンスミスがいる。銃の整備士なんて風守で考えれば、東にもいれば、西にもいる。他にもいる。だが、その教えてくれた仲間は、この建物にいるNPCが最強と称した。(プレイヤーにこのゲームに出てくる銃の整備をできるやつがいるだろうか?)


 彼ははじめ訪れた時、整備をしてくれるのだろうかと思った。装備は長く使いたい。毎度毎度、新しいものなんて用意はできない。戦闘地域で故障は困る。だがここに住む者は、たとえガンスミスであったとしても、自分を客として受け入れてくれないのではないか。彼は事前の情報をあまり与えられなかったおかげでそのような不安があった。それに、ここでなくても。


 どこもそうだ。他に知っている場所は、お店のかたちをしていた。しかし、ここは。


 銃の整備をしてくれるNPC、珍しくもあるNPC、彼女の名前は『ののの』。聞けば、だいたいの人が不思議な名前だなと思うだろう。そして、身なりについても彼女を見て多くが強い印象を残すかもしれない。


 みさやは初めてのののと会った時、声が出なかった程度には驚いたものだ。


 彼が現在抱いている印象は次のようになる。ガンスミス。二十才ぐらい。オタクっぽい感じのNPC。あまり目を合わせてくれない。男性が苦手、というよりは、人がすこし苦手なように見える。銃に話しかけてそうな感じの子。整備をしているからか? いつも汚れてる。汚れ具合を見ていると、体を洗ってるのか、服を洗濯しているのか、怪しい。着替えは? 思いやりがなく失礼だし、こちらは頼んでいる側で悪いことだとは十分に承知しているが、すこしくさい。


 だからか、人によっては彼女のことを知って、他の整備士に戻ることはよくあった。


 汚い。内気な感じが苦手。そう思う人がいる。任務で汚い男たちが。


 かといって、通うものは確かにいた。みさやもその一人だった。


 それは、屈強そうな男ではなく若い女性だからというのが本心だろうが――銃に向かって「この娘」と呼ぶのがいいらしい。


 銃を見せた時、にんまりしているところが可愛いんだとか。


 あとやはり一定数は、現在、都市風守で一番のガンスミスと褒める人がいる。騒動が起きる前、あんなNPCはいなかったはずだ。俺たちは知っている。あんなところに整備士なんていなかった。


 


 


 みさやは仲間の後ろをついて行きながら、気になることがいろいろと頭に浮かんでいた。今より少し前、一人のプレイヤーと出会った。ともかく不思議な人だった。


 装備は軽装。身長は百六十あるだろうか。ずいぶんと小柄な男だった。顔にはガスマスクをつけていた。話をしてみるとほかに仲間はいないらしく、一人で戦闘地域に訪れたようだ。目的は不明。所属は東でもなければ西でもない。共に行動するかという誘いにガスマスクの男は首を横に振る。


 前を走るツガクにはそのとき伝えた。気のせいか? ヘッドセットをしてないように見えた。


 ツガクはそこまで相手を観察していたわけではないようで、首をひねる。小型のやつをつけてたんじゃないか? 他の装備は頼りないように見えたが。


「不安だ」


「心配してもしかたない。気持ちはわからんでもないが。一人で平気だから、断ったんだろう。物資が目的なら急に撃ってこないだけマシだ、とでも考えてろ」


 それはそのガスマスクの男と会った時、こちらがその数四名でいたからだろう。みさやはそう考えた。一人で四人を相手にするのは厳しい。相手の装備と、こちらが身につけている装備を考えても、攻撃を仕掛けるにはそうとう勇気がいる。


 しかし、それにしても、警戒心が足りないようにも見えたのが。経験が不足か。ただの思い込みか。彼は気になった。


 このたび、みさやが仲間と訪れたのは戦闘地域『複合商業施設』である。そこは、多くの者が「ショッピングモール」と呼んだ。


 戦闘地域『廃都』とは別の場所にある。廃都の中ではない。地図を見るとより詳しくわかるが都市の中にある施設ではなく、町と呼ぶには難しいかなり殺風景な場所にあった。人によっては、自然に囲まれたちょっと値の張るホテルでもありそうなところ、という感想を持つ。


 この施設も、それらしき名前は意図的に消されている。名前がこれといって思いつかなかったような。不自然なくらいに、ぽつんと生まれてきたような。


 昔からプレイヤー側からすると、廃都と比べて探索する範囲が限られており、よく他のプレイヤーと遭遇する。ネズミとも遭遇する。複合商業施設自体は、その名前だけあってとても広い。それでもその建物の周りは特に何もなく、どれだけ歩こうとそれで得をする者はいない。故に、施設に人がよく集まった。


 みさやは自分を含めて四名で訪れた。途中で、彼は二組に分かれる。ツガクと共に行動していた。分隊長の提案だ。手際よく物資を手に入れ合流し脱出する。


 みさやたちは医療品を求めてここへとやって来ていた。


「おかしなことを聞くが、『WAVE』の意味ってなんだろうな」


「意味?」


 ツガクは警戒を解く。思いもしないことを聞かれたからだろう。


 みさやは休みついでに聞いただけだった。「いや、なんで『WAVE』なんだろうって」


「それは、制作者に聞くしかないだろう」


 その年の冬、『騒動』が起こる前のことだ。アプデ前に『WAVE』ではイベントがあった。戦闘地域『廃工場』のボスネズミを倒す。ボスネズミの名前は『マグノシュカ』。そいつは新しくイベントのために用意されたネズミではなく、以前から廃工場にいる。


「イベントでは少し強くなっていた」、それがプレイヤーの感じた手応えだった。マグノシュカの仲間も同様で。


 それぞれが十分に楽しんだ。皆が『WAVE』で遊ぶために集まり、同じ時を過ごした。


 ここからが『騒動』となる。みんなが、ゲームの終了時刻が迫っていると考えていた。しかし、唐突に現れた通知。『新エリア解放』という通知が届く。


「終わらねえ」それはもう当然だろうというぐあいに歓声が沸き上がる。


 アプデを先行して試せると考えた。そこから、プレイヤーは事態を徐々に理解していく。


 いつからなのかははっきりしない。「ゲームの終了」ができないようになっていた。そして、戦闘地域で死んだ人間が、復活することもなく町に戻ってきていなかった。残っているとしたら、認識票ぐらいか。


 自らゲームの終了がどのプレイヤーもできないのだから、先にやめてしまったとは考えられない。


 おかしな点は他にもあった。そもそもこの『WAVE』はその世界で長くても六時間ほどでゲームを終了する。いつまでも『WAVE』の世界にいられるわけではない。たくさん遊んでも、人より短くても、(地球では決まった時刻に起動して)実際にはその十分から十五分しか経過していないはずで。


 どういうわけか回収地点の数が減っている。


 そして、戦闘地域に新たに現れるようになった謎の敵。『黒虎』。黒い触手、突如現れた敵の名前がわかったのは、襲われ死んだ者の認識票で知った。やったのが、ネズミであるなら『ネズミ』とわかるように書かれているはずだ。だが、そこには『黒虎』という文字がある。


 やめたくてもやめられない。それでプレイヤーが取った行動の一つに「ボスネズミの討伐」が出てくる。


 冬のイベントは終わっていないのではないか。終わらせないと、俺たちは帰れないのではないか。廃工場を根城にしているマグノシュカをぶっ潰す。


 しかし計画は失敗。倒すことはできなかった。


 作戦を立てていくが――気が付けば、さらに面倒なことになっている。知らないうちに。


 そうして結局のところ、『WAVE』の世界で暮らすしかない日々が続いている。


 太陽光が差し込む広場から晴れた空を眺めていたみさやは、周りに注意を向けると、離れていると思い仲間の背中を追った。


 途中で、また「あの男」と会った。ガスマスクをつけた小柄な男。現在、三人で行動している。水もいるだろうと、寄り道をしていると、そこに後からやってきた。


 ガスマスクの男の目的も、複合商業施設の医療品が目当てなようだ。彼もまた倉庫の鍵を持っていた。


 電気のない建物は薄暗く、足元も悪いのだから、そうなるのもおかしくはない。ばたっとみさやの背後で物音がする。


 ガスマスクの男が盛大にこけていた。瓦礫に躓いたようだ。


「大丈夫か? そんなマスクつけてるから」


 男は立ち上がろうとしている。装備で体が動かしにくいのか。運動不足、非力なのか。バックパックに飲料を入れすぎたのか。


 みさやは男が落としたペンライトを拾う。


「ライト落としたぞ。ほらっ?」


 どうにもおぼつかない手つきは、この後もこけて、繰り返すのではないかと思える。


「ぜんぜん、見えてないんだな」


 みさやが小さくため息を吐く。すると、相手はイライラしていたのだろうか。


 唸りながら男が目の前でガスマスクを勢いよく外した。


「はあ」という若い声。その顔は、想像していたものとは違う。


「あっ」


 みさやは驚いて固まり、視線を動かして確かめる。


 『ガスマスクの男』それは勘違いだった。どう見ても女だった。それも。


 


「中学生?」


 ツガクが珍しく大きな声を出した。安全な場所に移動して(安全な場所ではないだろうが)、人目につかないよう隠れつつ立ち止まっている。無視して先には進めないだろう。


「どういうことだよ。なんで中学生がやってんだよ。中学生がやるようなゲームじゃないだろ」


 彼は最悪だとでも言いたげに、抑えず感情を出していた。


「中学生でもやるよ? ゲーム」中澤ちかははっきりとした態度で言う。


「そりゃ、ゲームはな」


「うちの学校で、そんなゲームがあるって話があって。『WAVE』は、誰もやってなかったみたいだけど」


「学校で? へえ」みさやは落ち着いた様子で話を聞いていた。自分が中学生時代の頃を思い出していた。


「始めた、ばかりか?」ツガクも落ち着いたようだ。少女の頷きに、無知だとでも感じたのだろう、「何をされても知らんぞ」と彼は呟く。


「夏ぐらいだったかな? このゲーム、おじさん多いよね」


「だから、ガスマスクか?」みさやは傍らのそれに目をやる。


「顔も、体も、変えられたらいいんだけど、変えられないから。体は凄く動くのに」


 本人も危険性ぐらいは理解している。みさやは思った。それで続けている理由は。


「ねえねえ。わたしも聞いてもいい? その、私と同じくらいの子って他にいないの?」


「西にはいるかもな」ツガクが言った。「少なくとも大学生がいる。東にも大学生はいるが、そんな話は聞かない」


「西は、そうだよね」少女は間を置いた。「ねえ、『WAVE』って、元々射撃場だけだったんでしょ? その頃からも女の人っていなかったの? おじさんばっか?」


「俺は」みさやは歴でいえば一年である。隣の彼を見る。


「よくそんなこと知ってるな」ツガクは感心するように言った。「『WAVE』は確かに元々射撃場だけ(・・・・・)だった。実際にある銃がゲームの中で撃てた。今は違うけどな。その頃から、女性プレイヤーはいなかったかなあ……。まったくいないわけではなかったらしいが」


「で、戦争ゲーか。サバゲーか」


「そうサバゲー。家でゲームのなかでやる。それは勝手に、俺がそう言ってるだけだが。やることは、『WAVE』の世界で生きるために水や飯を拾ってくるだけ。剣を掲げて世界を救うとかそんな大きな目標はないゲーム」


「ずっと、あの日からセーフハウスにいるのか?」みさやはどこかのんびりとしている彼が外に視線を向けたので、聞いておきたいことを尋ねる。


「うん。友達と」


「暗いだろう。飯は?」


「なんとか。でも」


「医療品を売るために来たのか」


「言い値で買ってくれるでしょ? 水も」


 ずいぶんと行動力のある中学生だ。年が離れているのに、対面して緊張して言葉が出なくなることもない。態度も素顔が見えてから一貫している。たとえば、ツガクのことを「ツガク」とそのまま呼ぶ。


 こんな時にと思う者もいるだろう。けれど他にどうしようもない。


 少女が花を摘みに行っているあいだ、みさやはあれから物静かな彼を心配する。


「『WAVE』は、自由度が高い。非戦闘地域で銃は撃てないがな」ツガクは静かにそう言った。「ゲームだからと、手あたり次第人を殴ってもいいかと言われると、そんなことはないから。興味を持ってくれるのは嬉しい。的当ては楽しいだろう。でもやっぱ、女子中学生がやるようなゲーム、だろうか? 俺があの子ぐらいの親だったら心配するな。『WAVE』に、大馬鹿野郎はいないとは思いたいが。今の状況もな」


 それからの彼は全部吐き出したかのように、いつもどおりだった。


 中澤ちかはそのセーフハウスにいる友達以外に、まともな話し相手がいなかったのだろう。質問が多かった。あるいは若さ故の元気か。だって、ずっと聞いているだけだったし。


「ツガク、民間軍事会社アリアって、なに?」


「一部でそう言われていた。セーフハウス、射撃場の話の続きになるが、あった銃が一新されたと言ったよな。そんな設定はない」


「じゃあさ、あのさ、いつになったら戻れるの? 戻れそうなの?」


「廃工場に別戦闘地域のボスネズミが歩いてる。それぐらいは、知ってるよな? 覚悟決めて死んでもいいくらいの気持ちでもないとそう簡単には倒せない。それで出られるのかもあやしい」


「作戦は、失敗しているんだよね?」中澤ちかは声の調子を落とす。「それでやられた人がいるってのも聞いた。強い人もいたとかって」


 みさやは少女を眺めてから、一口水を飲む。「そういえば、結局、やられた奴がどこに行くのかわかったのか? 前に話してたよな」


「ソレ。知りたい。ほんとに(・・・・)死ぬの?」


「上の考えは、『わからない』だそうだ。どう議論するにしてもわからない。通常なら、戦闘地域で撃ち負けたら、俺たちはセーフハウスで目覚めていた。だが、あの日から、死んだやつはセーフハウスにいない。町にもいない。どこにもいない。まちがいなく現実に体はあるのだからゲーム終了と同じ状況という考え方はできるが、それもな」


「確かめようがない、か」


「死んだ人間が戻ってくるだけで、ここまで不安になることはなかっただろうな。おまけに、ボタン一つで終了もできず」


 しばしの間、沈黙する。建物に銃声はなく、足音が聞こえてくることもなかった。


「噂レベルの話だと、『裏の世界』だそうだぞ」


「裏の世界?」


「それ、聞いたことある。武器商人のとこで言ってた」


「『WAVE』には、そういう場所があるんだそうだ」


 非戦闘地域『都市風守』の東には、プレイヤー名『ドット』を中心に人が集まっている。彼らは端的に言えば、『WAVE』から元の世界に戻ることを強く望む集団である。


 では『都市風守』の西はというと、プレイヤー名『フロントライン』を中心に人が集まっている。彼女を含め彼らも、元の世界に戻ることを望んでいる。だが少しばかり東とはやり方が違う。


 東についていけない人が西に行く。今、そのような状況ができている。


 『ドット』、『フロントライン』。各々に人が集まるのは「赤タグ」を保有しているから。


「赤タグ」と呼ばれる人は認識票に赤い旗のマークがついている。『WAVE』の世界で七名だけ。騒動の前からあり、存在理由は不明。腕を競わせるためか?


 以前から、二人についてツガクの見解はこうだった。ドットは上手くまとめてるよ。『WAVE』のプレイヤー全員が頭のおかしい連中ではなかったのもよかった。それでも一人二人は空気を読めないやつもいる。彼が言うように、今は共に生きることをそして帰ることを考えるべきだ。俺たちの日常を取り戻す。確かに物資の問題がある。NPCから買える弾にも限度がある。食料に医療品。商人から買えるもの。闇商人から買えるもの。


 フロントラインもよくやってる。無茶をしがちな女だが、時にはそうでもしないとやっていけないのだろう。


 みさやは、赤タグの彼らについて知りたいことがあった。結局、あの日の廃都から――彼女と――ガンスリンガーとは会っていない。お礼は言えていない。


「やっぱいまの廃工場を制圧するためには、赤タグたちの力が必要だとして、七人中、四人しかいないのか。で、連絡も取れないと」


「他の赤タグは確認されている者だけで、『ガンスリンガー』と『おうが79』だけだ。俺はどちらも、町だろうと見かけたことがない。他の三名は、おそらくそもそも冬のイベントに参加していない」


 中澤ちかはガスマスクを手に取る。「赤タグの人たちは、なんで協力しないの?」


「そのくらい、お前ならわかるだろ。東でもなければ西でもないお前なら」


「なんだ。仲が悪いのか。ま、みんな、戦場では敵だったもんね」


「ただ、ハッカー。おうが79に、ガンスリンガーが接触しているという話がある。本当かどうかもよくわからんが、ガンスリンガーがおうがに食料や水を持って行っているらしい」


 知らないことが多い。もう長く生活しているのに。先のことを考えて、みさやはため息を吐いた。「ほかの、用心棒たちは何してんだろうな」


「用心棒って、ゲームマスターのことだよね? いるの? 今『WAVE』に」


「ゲームマスター。ほんと、よくそんな言葉知ってるな。中学生なら普通なのか?」


 みさやは聞かれたところで、彼にもわからなかった。


「いるぞ。そのガンスリンガーが用心棒の一人だ。でも言っておくが、用心棒どもに解決を期待しても無駄だと思うぞ」


「どうして? 運営側の人間でしょ?」


「用心棒もどちらかというと、俺たちと同じ被害者側だからだ」


 立ち止まりをやめて、今回の目的だった医療品が保管された倉庫へと向かい、しばらくしてみさやは体にどっと疲れが出る。そのあいだも時折、いくつか中澤ちかに質問を受けた。問いは全部みさやに投げられた。少女は『ガンスリンガー』が女性であると知って、興味を持ったらしい。名前だけは聞いたことがある。女の人だったんだ。


 ツガクは慎重に行動していた。話し声は邪魔だろう。しかし、彼は怒らない。


 医療品が保管されている倉庫は、見通しのきく場所にある。そこは、なぜこんな場所に倉庫があるのかと思う人がいる。そして、こんなとこに倉庫があるんだと思う人がいる。


 知っていれば、なんの事はない。場所さえ覚えれば暗かろうが。


 みさやが鍵を使って、倉庫の扉を開ける。ツガクは少女と一緒に彼の背中を守る。


 ただ鍵を回せばいいだけだ。そのはずなのに。


 開かない。


 みさやはドアノブを握り、ガチャガチャと音を立てる。アサルトライフルが重い。


 みさやは一年ほど『WAVE』をやっていて、感じる不満にこの倉庫があった。戦闘地域『複合商業施設』ここに来て、医療品を持ち帰る作業は何度かしている。初めてではない。いつも思ってしまう。この倉庫は変な癖があり、なかなか鍵を開けられない。


 ベテランの人はこう言っていた。ちゃんと差さないと、アレは素直には開かないぞ。


「開かねえ」


 ちゃんと差せって、どういうことだろう? 奥まで差してるつもりなんだけど。


「うん?」


 彼はあきれるほど格闘していると、ヘッドセットから足音が聞こえてくる。それはどう見ても単に鍵を開けるだけの作業に手間取っており不要に時間を掛けれていれば、「何してんだよ」となるだろう。


 彼は偶然開けられないか試しながら、音のする方へと顔を向ける。ツガクに頼めば、(彼も苦手とは言っていた)あっさり開けてしまうのではないか。


 そこには、ツガクはいなかった。ネズミだ。二人。銃を構えている。


 みさやは思考が止まった。あれ? 見張りは?


「そこのお前、動くなよ」とネズミが野太い声で言う。


 みさやは咄嗟に銃を構えるわけにはいかなかった。この状況は少しでもおかしな行動を取れば撃たれるに決まっている。とっくの前に、撃たれてしまってもおかしくはないわけで。


「アア。待って。ちょっと。――タンマ」


 確実に歩み寄る敵に彼は焦り、鍵は握ったまま勢いあまって口を滑らせる。


 すると、数発の銃声が屋内で響いた。単発だ。


 発砲したのは、銃口を向けるネズミではない。みさやの前でネズミが一人倒れた。頭を撃ち抜いたようだ。もう一人のネズミは仲間がやられたのを知って、構えながら相手を視認しようとする。


 だが、彼も頭を綺麗に抜かれてしまう。


 みさやはネズミが続けて倒れていく様子に、緊張がとけて安心する。助かった。


 いや、助かったじゃない。見張り、仕事しろよ。


 彼のヘッドセットからは、近付く足音が聞こえている。ずいぶんと離れた場所にいるようだ。音的に、ツガクは敵影を発見して狙いやすい場所に移動していたのだろう。


 明かりの乏しい薄闇の『複合商業施設』、店の角から姿を現したのは彼ではない。慎重に銃を構える女だった。彼女だ。ガンスリンガーである。


 みさやは驚くしかなかった。


「誰かと思えば」


 構えをやめて、歩み寄る彼女は彼のことを覚えているようだった。あれからどのくらい経過しただろう。


「ガンスリンガー」彼はぼそりと口にする。


「なんだ? 開かないのか?」


 ガンスリンガーは彼の手元を見て、尋ねた。彼女は彼から倉庫の鍵を受け取ると、先程の出来事がウソであるかのように、いとも簡単に開けてしまう。


 大事なものだ。鍵を返してもらう。


「どうした?」


 まったく動こうとしないみさやを見て、ガンスリンガーは首を傾げる。


 なんでここに。また会えるなんて。


「いや。助かった。また、助かった」


「あ、ああ。そうだな」


 彼女には、彼が何を考えているのかなど知りようがない。


 駆けてくる足音。男の声。それは今度こそ間違いなくツガクである。


「みさや。銃声がしたが、平気か?」


「ああ、なんともない」


 ツガクは横にいる女を見る。顔を見て、一瞬だが明らかに装備を見ていた。


「えっと、知り合いか?」


「この人が、ガンスリンガーだ」


「えっ? ホントか?」


「ガンスリンガー……。この人が? おっきい」


 中澤ちかからしてみれば、興味のある彼女は見上げるほどに高かった。


 


 倉庫の扉は無事に開き、中にあった医療品をバックパックに詰めていくと、中澤ちかが「あるもの」を見つける。みさやはそれがどんなものかは知っていた。少女が拾ってきたのは、『WAVE』で稀に拾う酒だった。ブルー・ドラゴン。


 NPCには高く売れる。プレイヤーにはいまいちの評判だった。たとえば、酒好きのツガクがそれは美味しくはないぞと言う。(この時も)彼が言うには、プレイヤーで美味しいと思う奴は稀。みさやも飲んだことがあり、感想は微妙だった。


 その酒は中澤ちかが見つけた。よって、彼女が持ち帰ることになる。売って金にする。


 欲しかったものは手に入れた。みさやが仲間と連絡を取ろうとしていると、ガンスリンガーが近寄ってくる。彼女も聞けば、この倉庫に用があったようで。


「その子は、どうするつもりでいる? 一緒にいるという友達も、東につれていくのか?」


 みさやを見て、ツガクが言う。「そういや、その辺なんにも考えてなかったな」


「東は、嫌なんじゃないか」


 男二人が答えを出しかねていると、ほどよく詰めたバックパックを重そうに背負う中澤ちかが口を開く。「ガンスリンガーは、どうするの?」


「私か?」


「そうだ。これから、どうするつもりだ? 風守にはやっぱ戻らないのか?」


 ツガクの問いかけに、ガンスリンガーはすぐには答えない。彼女はしばらく少女の顔を眺めてから、解決できない大きな悩みであるかのようにじっくりと考える。


「いや。私も戻ろう。ちかとその友達のことが気になる」


「ということは、えっと、『保護』でもするのか?」


「保護は、それは難しい。私は、ほとんどあの町にはいられない」


「じゃあ、どうするつもりだ?」


「当てがある。何人か、引き受けてくれそうな人を知っている」


「西は、嫌だよ?」少女は不安げにそう言った。


 風守に戻って、はじめにガンスリンガーが少女たちを連れて行った場所とは医師のもとだった。彼女たちが望むように西ではなく。東でもなく。


 NPCであり、名前は『アクア』。年齢は二十ぐらいだろうか。白衣をまとった彼女は、町にいる別のNPCと会話をしていた。


 ガンスリンガーとの会話はしばらくぶりのようで、とても嬉しそうに見える。


 あのね。ようやく会えてそうそう。言いたいことが山ほどあってね。「で、わたしに子供を見てろって?」言わなくてもわかると思うけど、わたしは医師です。お世話係ではない。「わかった。やる。やってやる」一人二人増えたところで変わらないし。ただ、手間のかからないことを願う。


 かわりに。ぜったい、ガンスリンガー、怪我でもしたらこのわたしに見せてよ。いい? 顔を見せてよ。

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