王立高等魔道学校入学試験 1
『王立ハスファルク高等魔道学校、入学試験案内』
そう記述された一冊の本に目を通す。
薄い冊子のような形状。表紙、背表紙を合わせて4枚の紙が束ねられている。まさに今、俺たちが向かっている学校の案内状だ。
では、その冊子の全てのページが案内状の役割を果たしているのかと言えば、そうじゃない。
一番最後のページ、背表紙の裏側ページには個人情報を記載する項目と試験結果の記入欄が設けられている。
つまりは記録用紙の役割も担っている重要な紙ということだった。
表紙を捲って2ページ目に目を向ける。そこには『学校概要』とあった。
『王立ハスファルク高等魔道学校とは、エストレア王国内外における軍事力の強化、個人・団体活動による衛生管理能力の向上、生活技術のさらなる発展を目的とした魔術士育成機関である』
軍事学、医療学、生活学を主として様々な分野の学問を学び、魔術的能力を育てるエストレア王国国王が設立した教育機関。
学校概要を語る上での導入としては成る程、欠かせない情報だと言える。
『三八世二六年度現在における入学案内必要事項は以下と定める』
四年制、魔術専門学校
在校生徒総数4947名
内訳
四年次生1176名
三年次生1287名
二年次生1167名
一年次生1317名
今年度入学募集定員1320人。
以下、募集要項
学歴不問
国籍不問
週4日就業(日曜日・月曜日・火曜日・金曜日を予定)可能な者
上記日程を最低4年間継続可能な者
上記日程の午前9時〜午後15時までの6時間出向可能な者
心身共に基準値B以上に該当する満15歳の人間
以下、注意事項
在校生徒総数は現時点の数値。
四年次生1176名が卒業(留年者無しの場合)したのち合格した新一年生1320人(推定人数)が入学を果たします。その代替えに伴って在校生徒総数も変動します。
そのまま次のページへ。
3ページ目に目を向ける。
『王立ハスファルク高等魔道学校には二つの学部が存在する』
一つ目がエストレア王国の国土防衛を担う陸海軍魔法部隊将校への育成を主な目的とした"軍事魔法学部"。
二つ目がエストレア王国に所属する国民の生活支援、衛生管理を担う各種職業への育成を主な目的とした"総合魔法学部"。
『入学定員1320人は前述した二つの学部へ振り分けわれる』
内訳
軍事魔法学部、定員600人
総合魔法学部、定員720人
学部定員からさらに細分化
以下、各学科ごとの定員内訳
攻性防御学科240人
守性防御学科240人
補性支援学科120人
以上、軍事魔法学部600人
身体機能学科240人
精神機能学科240人
生活支援学科120人
霊想研究科120人
以上、総合魔法学部720人
全体定員数1320人に対する今年度入学希望者総数は19001人。
今年度倍率14.3(前年度比+2.1)。
ーーというのが学校概要と入学説明であった。
最後の情報として記載されていた今年度倍率を見る限りではエストレア王国内で他に類を見ないほどの超難関校であると分かる。
一筋縄ではいきそうにない苦難の道。向かう足取りが少し不安になってきた。
しかし、進む速度が衰えを見せることはない。
何故なら俺とナノカは馬車に乗っていたから。
自分の足で向かってないのかよ!
ちーん。
……こほんっ。
余計な思考は振り払って4ページ目。
さらに案内を読み進めていくと他の学校には無い特徴を二つ発見した。
まず一つ目が過去数年間の合格者数の情報だった。
遡る事十年前、そこに記載されている合格者数は1320人。次の年九年前も1320人。その次八年前も1320人。
昨年度までの十年間、一度も合格者数が店員数を増減していなかった。
二つ目が実際に記載されている文面としての情報。
『学部や学科ごとに定員を募集しない』
「コレを見るに、定員数きっちり1320人が合格するって事だよな?」
「うん。十年以上前は分からないけど、去年まではそうなってきたみたいだね」
抱いた疑問にはナノカが同意を示してくれた。
定員1320人から一人も減少しないという事実は素直に喜ばしい結果なんだけどな。同時に存在する増えることもないという事実が希望や期待感を打ち消してしまう。
まあ、そんな低い意志を掲げてちゃ受かるモノも受からなくなるよな。狙うべきはギリギリじゃなくて堂々たる合格ラインだ。
一つ目の特徴は学校側の都合が大きく影響する。だからこそ二つ目の特徴の方が気にもなる。
「こっちの学部や学科ごとに定員を募集しないってのがよく分からない」
「みたいだね……言葉の通りだと思うけど、何が分からないの?」
普通、学部や学科ってのは個人の意志が強く影響するはずだ。
他の学校じゃ学科ごとに募集を掛けている場合が多い。というか、殆どの学校がそうしている。
比べて俺たちはというと、一括りに試験を受けなければならない。
「学部や学科を俺たちが希望できないなら、合格者はどうやって振り分けられるんだ?」
「試験の時に適性検査の実施もするみたいだよ。ほらっ、ここに書いてあるでしょ?」
案内を差し出してナノカはある項目を指で示した。
「合格者は適性ごとに振り分けを行い、本校が指定した学科への入学を義務付ける……か。なるほどな」
「断ったらどうなるんだろうね? 違う学科への変更希望とかは受け入れてもらえないのかな?」
「それはこっちに書いてあるぞ。『合格者は準備期間(入学式を終えるまで)において、ハスファルク高等魔道学校に対して入学を辞退する権利のみを獲得。また行使可能である』だとさ。という事は……変更を希望する場合は辞退して来年受け直すしか無いって事だよな」
「きびしいねぇ。入学することすら難しいのに、狙った学科に入ろうってなると……」
「星でも掴まえられないと無理だな」
「ひぃ」
顔を引き攣らせながら肩を震わしたナノカにはどうやら希望する学科があるみたいだ。
なんの確証も提示できないけどナノカならば大丈夫だろう。
それよりも俺だ。
合格は安泰だと思えるナノカに対して俺はというと、狙った学科どころか合格することすら危ういだろう。
まだ試験を受けていないのに不合格の文字が脳裏にチラついている。
不安感を拭い去るには合格するほか道がない。こればっかりは頑張るしかないか。
馬車に揺られる事、およそ三○分。喧騒鳴り止まない住宅地を抜けてようやく俺たちは視界の端に学校を捉えた。
「でかい……」
まだ距離はあるものの初めてお目にかかるそれは王宮かなにかと見間違えるほどの様相で現れた。
「黒焼石造り、地上五階建ての地下一階。創設から750年経った今でも修復修繕を繰り返して創設当時の状態を80%以上維持している……だって」
案内状に目を配りながらナノカは教えてくれたけど、その情報は頭に入ってこない。
「ほぇー」とだけ適当な相槌を打ってから俺は続けて口を開く。
「これってどこからどこまでが学校の土地なんだよ」
「んーと、あったあった――……って。うげっ」
「どうした?」
「敷地総面積346平方キロメートルって書いてあるよ」
「346平方キロメートルか……うん。分からん」
広いことはすぐに分かったけどその広さを具体的にイメージすることが出来ない。
「今、前方に見えてる場所は全部学校の敷地って事」
「え……お城の後ろにある森とか山も?」
「そうそう。アレは演習林って呼ぶみたいだよ」
「どう見たって林じゃなくて森でしょうよ」
「同じようなものでしょ?」
「何となくスケールが違う」
「確かにその感覚は分かるけどさ。演習林って呼ぶんだからアレは林なの」
「ちなみにアレの広さはどのくらいなんだ?」
「280平方キロメートル」
「学校の敷地のほとんどを森が占めていらっしゃる!?」
「森じゃなくて林ね?」
わざわざオーバーリアクションで返事をしてあげたのに冷静に諭された。
「どっちでもいいよ……それよりもナノカ、アレは何か分かるか?」
「どれのこと?」
「あそこにある塔みたいなやつ」
「あーあれはね……って、着いたみたいだよ? 説明は降りてからね」
王立ハスファルク高等魔道学校正門前で馬車は停車した。
馬車から降りてすぐ、門前で一驚。
門のサイズが既に桁違いだった。
「巨人でも通ってんのか……」
「そんなわけないでしょ、いいからそこを退いて。降りられないじゃない」
「あぁ、悪い悪い」
一歩横へずれる。
「それでは、ありがとうございました」
ナノカは馬車の操者に挨拶をすると腰を曲げた。合わせて俺も会釈をする。
馬車の見送りが済んですぐに俺たちは門前に出来上がっている受験生たちの列に合流するべく歩を進める。
受付から伸びている列は全部で十。その全ての列が長蛇を成している。
ここに並ぶ人間全員が受験生なのか。にわかには信じ難いな。
「あっ」
俺はある事が気に掛かり呟いた。
「なに? 忘れ物?」
試験に際して必要な物は案内状と筆記用具、それから五体満足な自分の身体だけだ。それさえ揃っていれば最悪なんとかなる。
今は一つとして欠け損じていない。
「忘れ物じゃなくて……帰りはどうする?」
俺たちをココまで運んでくれた馬車は遠退いていくばかり。学校付近に馬を休ませる停車地があるようには見えないし、近場で待っていてくれるとも思えない。試験の終了時間は不定とあるから合わせて帰ってくる事も難しいはず。
「それなら気にしなくても大丈夫だよ。学校が馬車を出してくれてるみたい。それに、歩いて帰れない距離でもないでしょ?」
馬車で三○分以上かかる道のりを歩いて帰るのは絶対に嫌だ。
19001人全員に配車するとしたら帰りの正門付近は酷いことになってそうだけど……とりあえず、帰りの心配はしなくて良いか。
「それでねお兄ちゃん、さっきの塔の事だけどーー」
「待ってくれ。その前にもう一つ確認したいことがある」
ナノカは首を傾げる。
「あの門の先。今、俺たちの目の前にあるお城みたいな建物、あれが本校舎なのか?」
「そうだよ? あの黒くて大きいお城がハスファルク高等魔道学校の本校舎だよ」
「なるほど。巨人が通学してる説が確信へと近付いたな。身長は5メートルと見た」
「その結論はむしろ、間違いしかない気がするけど……」
呆れ気味のナノカを他所に俺は辺りを一瞥した。
さすがは入学希望者数19001人。辺り一面人で覆い隠されている。
ざっと見た感じだけで、数千人と居そうな具合。
普段こんなに多くの人を目にする機会が無いからな。余計に多く感じる。
それにしてもーー。
「なんか俺たちの場違い感が半端じゃない気がする」
「どうして?」
「立ち振る舞いっていうのかな、分かんねえけど皆んなそれなりに身分が高そうだ。歩く姿一つとっても、なんというかーー」
「優雅って感じかな?」
「そう! それだ! 優雅で煌びやか。それに対して俺たちを見てみろ。茄子とお芋って言葉がよく似合いそうなほどに田舎感が丸出しだ」
「もしかして……ううん。もしかしなくても、お芋っていうのは私のことかな?」
「お前以外に誰がいるってんだ」
ゴツん、と。
こめかみ辺りに強い衝撃が走る。
一瞬、隕石かと思った。
もちろん隕石なわけがなく、それはナノカの拳骨だった。
「痛いです、ナノカさん」
「お芋でも飛んできたんじゃない?」
「確かに、お芋のお芋が飛んできたな」
再びナノカの拳がコメカミを狙う。
しかし今度は後ろにのけ反りヒラリとかわした。
ふっ、何度もやられる俺じゃあねえぜーーそんな風に決め込んでいたら、トンっと背中に何かが当たった感触が走る。
「あ、悪い」
咄嗟に謝った。
どうやら後ろに並んでいた人にぶつかってしまったらしい。
「別に構わん。が、ここは公共の場ではあっても遊技場じゃあないんだ。遊びに来ているのなら、公園にでも行ってやってくれ」
構わないと言ってはいるものの、やはり気には触れたらしい。後者の言葉と、語る声色がそのことを物語っていた。
「遊びには来ていない。もう迷惑もかけない。悪かったな」
「そうか、ならいい」
うぉおおおおお、緊張した。殺されるかと思った。
妹と両親を除けば、近所の人間としか会話をしてこなかった。それを思えば、だよ。よくやったと褒めてあげても良いのではなかろうか。
そんな風に自分の失態を慰めていると何やら前方から人海を抜けて駆けてくる男の姿が目に入った。その男は真っ直ぐにコチラへと向かってくる。
そして、俺の前で停止した。
「お待たせして申し訳ありません、あちらの列で準備ができましたのでお迎えにーー」
「え、だれ?」
俺は咄嗟に口を開いてしまった。
息も絶え絶えに走って来た彼は言葉を言い切ってはいなかったのだ。それを確認せずに先走ってしまったがために、俺は恥をかく事になる。
彼は『え、だれ?』と口にした知らない男、つまりは俺に冷ややかな視線を一瞬飛ばして、終わっていなかった言葉を紡ぐ。
「ーーお迎えにあがりました。ビルドレックス様」
ビルドレックス様なる者。
それは当然、俺ことトーヤ・アクリスタの事ではない。
では、いったい誰なのか。それは先ほどぶつかってしまった男。
そう、俺の背後にいた、あの男の事だったのだ。
うおおおおおおおお!!!!
恥ずかしいいいい!
公園に行っとば良かったぁぁぁあああ!!
顔を赤熱させて、必死に平静を装う俺を横目に、ビルドレックスは「ふん」と鼻を鳴らして去っていく。
くそっ。俺が悪い、勘違いした俺が悪いけども、覚えてやがれビルドレックス様。
「お兄ちゃん。まあ、そういうこともあるよ。気にしない、気にしない」
「放っておいてくれ。いや、ホントに……」
とほほ、と嘆きたい気持ちをグッと堪えて俺は深く息を吐いた。
そこからは大人しく、一言だって喋らずに列が進むのをただ待った。
多分、一〇分も待たされてはいないと思う。それなのに、俺は一時間以上に感じていた。
「次の方、こちらへどうぞ」
受付に座る女性に呼ばれて俺は行く。歩を進める前にニ度左右に首を振って、間違いなく俺に言っていると確信を持ってから足を前に出した。
「それでは、案内状と受験番号、それから氏名をお願いします」
懐にしまっておいた案内状を取り出してから俺は言う。
「受験番号19001、トーヤ・アクリスタです」
女性は少しだけ目を見開いて俺を見る。
しばしの沈黙。
「あの……なにか問題でもありましたか?」
あまりの返答の遅さに痺れを切らして俺は問う。
「あ、いえ! 問題ありません。トーヤさんですね。しばらくお待ち下さい」
女性は眼前に直径50センチ程の魔法陣を構築し案内状を翳した。
「はい、登録が完了いたしました。それではこちらの紙を持って試験会場Ζへとお進みください。途中、案内板がありますのでそれに従ってお進みいただければ迷わないはずです」
「分かりました。ありがとうございます」
案内状を受け取り会釈をしてから列を離れる。
さて、俺の試験会場ゼータなる場所を示す案内板とやらはどこかなーーそんなことを考えながらキョロキョロと首を振る。
「お兄ちゃん、こっちこっち」
大きく手を振って俺を呼ぶナノカの姿。
知り合いって良いな。すぐに自分が呼ばれているって分かるから。
「お兄ちゃんはどこの会場?」
「ゼータだって言われた。お前は?」
「私はアルファだよ。真逆だね……」
「真逆って事は、会場がどこか知ってるのか?」
「案内板なら、そこにあるでしょ?」
ナノカが指で差し示したのは地面だった。
そこにはデカデカと記された各会場への行き方。
「案内板……板ってなに……」
「私も聞いた瞬間は木板でも用意されてるのかなぁって思ったけど……こんなに大きい目印なんだから普通なら気付くよね」
「また誰かにぶつかったら大変だからな。下を見ないようにしてた」
「もおっ、アレは別にお兄ちゃんのせいじゃないんだから気にしなくていいのに」
「んなこと言ったってなぁ……気になるよ。死にたくなるほど恥ずかしかったんだから」
「気にしすぎて試験に集中出来なかったらどうするの! いい? 今は試験優先! 反省も後悔も家に帰ってからゆっくりしよ?」
「はいはい、分かりましたよ」
「はいは一回!」
「へいっ」
「ヘイになっちゃった!」
しばしの沈黙。
木枯らしに似た冷たい風が俺たちの身を煽る。
ふっ、と息が抜けて肩の荷が降りた。
「んじゃ、また後でな」
「お兄ちゃん、本気を出して来てね! 良い? 本気だからねーー」
駆け足で去って行くナノカの背から目線を切って足元に視線を移す。
矢印と会場名。
確認して俺は会場ゼータへと歩を進めた。
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