真実の本の割譲
「デネ、キミに協力してほしいって思ってるノ」
「協力って……」
と、いうことは殺すということだろうか。ベルダーコーデックスの改変の力でヴィトの不死を取り除く、そうなればヴィトは死ぬ。それはこの手で彼女にとどめを刺すということにならないだろうか。
不安が胸を押し潰す。ずしりと胸に鉛が落ちた気分だ。
ヴィトは友達だ。彼女もそう思ってくれているだろう。それなのに、この手で殺さねばならないのか。
ハルヴァートと離別し、ナツメを亡くし、レコまで失って。喪失ばかりだ。その上にヴィトまで失えというのか。
アルカンという先輩にも知り合えた、ベルダーコーデックスとも和解できた。得られたものはあれど、その反面、失ったものは多い。ここにヴィトまで重ねろというのか。
「それはちょっと…………賛成しづらいなぁ……」
「え? ……あぁ! ゴメンゴメン、ダイジョーブ!」
何やら誤解させて申し訳ない。ベルダーコーデックスの改変能力で消すのは自身の命にくっついている無限の残機のほうだ。『今』の命は失わない。
とてもわかりやすく言えば、一度死ねば終わりのただのヒトになるということだ。そしてそうなったとしても、なったからといって簡単にこの命を投げ出す気はそうない。カンナという友達の生を見送ってから死ぬつもりだ。
「そ、そうなの?」
「そうなノ!」
だから大丈夫、そう簡単に命を手放す気はないので。
「でも協力って、何をすれば?」
じゃぁ話を進めよう。協力してくれと言うが、いったいどんなことを求めているのだろう。問うカンナに、うん、と頷いたヴィトが話を進める。
協力と言ったが、やってもらいたいことを踏まえたら『提供』と言ったほうがふさわしいだろう。
というのもだ。ベルダーコーデックスから現実改変能力を抜き取りたいのだ。
ベルダーコーデックスから改変能力だけを分割して抜き取り、別の武具にする。元々は後付けの能力だし、分離させられるはずだ。
そうして分離すれば今よりずっと簡単に能力が行使できるはず。今だと、改変能力を発動するためにはカンナ自身が改変をなすための魔力や改変を成立させるための理論を持ってないといけない。何をするにもカンナを挟まなければならない。
ナツメのように魔力を他人に譲渡できればいいのだが、残念ながらヴィトにはその力もない。もしこの不死をどうにかしようと思ったら、それができるだけの魔力をカンナに持ってもらわねばならない。
そんなの不可能に近いだろう。
だからベルダーコーデックスから能力を分離させて別の武具にする必要がある。そうすれば分割後の武具をヴィトが使えばいい。カンナが膨大な魔力を持つ必要はない。ずっとずっと、改変は楽になる。
もちろん改変を成立させるための魔力や理論が必要なのは変わらないだろうが、いちいちカンナを挟まなくていいぶん話がシンプルになる。
だからカンナに、ベルダーコーデックスの能力の提供を頼みたい。
もし能力を分割すればベルダーコーデックスから何の力もなくなる。ただの口と態度の悪い本になるだろう。
現実改変なんて便利な能力を手放したくはないはずだ。嫌ならそれで構わない。その時は別のやり方を探るし、カンナにはそれを手伝ってほしい。
「どうカナ?」
「言いたいことはわかったけど、でも一言いい?」
「ナニ?」
「ベルダーの人格を無視しないで」
ヴィトの話はわかった。だが、主語が気に入らない。
現実改変能力を分割して差し出す。その判断をするのはカンナではなくベルダーコーデックスにあるはずだ。その意思決定にベルダーコーデックスを無視しないでほしい。
どうするかを決めるのは『カンナ』ではない。
「ぅ……ゴメン、そうだネ」
「おう、無視すんなよ馬鹿野郎」
口を挟む暇がなかったので黙っていたが好き勝手に話を進めやがって。いつそのことを指摘しようか腹の中で言葉を煮詰めていたところだ。言う前にカンナが言ってくれたが。
ふん、と鼻を鳴らし、憤懣やるかたない様子のベルダーコーデックスは、それで、と気持ちと話題を切り替えた。
「で、オレの能力を分離するって?」