懐古をたどって、おかえりなさい
ところでヴィトは。帰還者としての存在がほどけてしまって、それから。
計画では完全帰還者になって帰還ってくるはずだ。だが、魔力の霧で視界が奪われていることを差し引いてもこの吹きさらしの屋上にヴィトの姿が見えない。
まさか、完全帰還者になれなかったのか。失敗したのか。だとしたら。
カンナの背筋に冷たいものが滑る。急速に冷えた指を周囲を見回す。
「ヴィト、どこにいるの!?」
「ナァニ?」
焦るカンナとフュリとは対照的に、のんびりとした声が響いた。
え、と見回す。だが変わらずヴィトの姿は見えない。
いったいどこに。こっちこっち、と手招きする声を慎重にたどって声のするほうへと進む。さっき来たばかりの階段から声はしていた。
「やっほー」
「ヴィト!」
手すりもない階段の下、9階にあたるフロアでヴィトが手を振っていた。
なんでそんなところに。聞けば、落ちた、と返された。
「いやネ、フラフラしてたら足元に床がなくて」
アブマイリの儀式の最中、ヴィトはずっと集中していた。
帰還るのだと念じながら自分の姿を思い描き、皆のためにボクはまだ死ねないと強く思い何回も繰り返しながら。
一瞬意識が濁って、体の感覚もなくなり、このまま気を失ってしまうのではないかという直感が全身を貫いた。この奇妙な酩酊感に身を任せたらいけないと本能が告げ、しがみつくように決意を想起した。
馬車に引っ張られながら走っていたら唐突に水の中に突っ込んで溺れたような感覚、水面を探してもがくような混濁、そして水面から顔を出して息を吸う時の安堵感。そんな感じの動乱があり、そうして水からあがって岸で咳き込むように、朦朧とした意識の中でふらふらと歩いていたらなんと足元に床がなかった。ど派手に階段を転がり落ちて今に至る。
「だ、大丈夫なのそれ……?」
「ダイジョーブ、タブンネ」
階段を転がり落ちる最中、鳴ってはいけない音が首から何回かしたが。それもまぁ治った。不死様々だ。
――その不死も今から捨てるのだが。
「フュリ、武具はできたんだヨネ?」
「うん」
自分の無様な負傷は置いといて。目的をさっさと達成しよう。
こうして完全帰還者になれたのだ。あとは自身に宿る事象消滅能力を消す。そうすれば次に死んだ時、この体はこの世界ではなく神の国とやらで再構築される。この世界を脱し、皆が神々に虐げられているという神の国に乗り込めるのだ。
それこそがヴィトの望み。不死を消すのも死ぬのもその過程でしかない。この世界の狂信者とは意味が違えど、ヴィトもまた神の国へ行くことを望んでいる。
「始めるね」
早速。サヴマと名付けられたばかりの真新しい武具へ、フュリが魔力を流す。起動できるかどうか、そして起動したサヴマがヴィトの事象消滅能力を消せるかどうかという部分は検証しなくていい。フュリの祈りを受諾してヴィトの王位返還を受諾したのならベルダーコーデックスから能力を切り離せ、切り離した能力は新たな武具として作り、なおかつフュリが使えるようにしろと要請した。『そう』なるように拵えてくれと要請したのだから、『そう』なる。
魔力も当然足りる。『そう』したのだから。
本来の手順、つまり鍛冶で武具を作っていたのならカンナはもちろんフュリでも起動できなかっただろう。それほど膨大な魔力が必要になっていた。
だが、今回はアブマイリの儀式によって作られたもの。儀式を通じて神々が力を貸したのだから多少の法則の無視は許される。世界の法則を作った存在だからこそ可能な脱法だ。
「いくよ……!!」
魔力を込める。使えるのはこの1回だけ。使えばサヴマは砕け散る。だが、絶対に成功する。1回きりの奇跡、行使する対象を限られたピンポイントにすることで脱法は成った。
賭けになる要素はない。絶対に成功する。『そう』なのだから『そう』なる。
「ヴィトに与えられし力を、消して!」
ひときわ魔銀が強く輝く。強い光に照らされてカンナは思わず目を閉じた。閉じた瞼の上からでも光に灼かれそうで顔を手で覆う。だがその上からでも光は瞼を貫通しそうだ。
それほどの強い光が一瞬輝き、そして収束する。光に照らされた反動でいっそう暗く見える瞼の視界の端で、ぱりん、と銀が砕ける音がした。
「……成功した、の?」
「………………たぶん?」
失敗はない。使えば砕け散る。そういうものが砕け散ったのだから、成功したとみていい。はず。
光が収まった空間でカンナとフュリは顔を見合わせた。外から見る限り、ヴィトに何ら変化はない。サヴマを使う前どころか塔を登る前の姿と比較してもまったく変わったところが見られない。
「ホントに成功したのかぁ?」
理論上は成功、失敗はないはずなのだが、こうも見た目に変化がないと疑いたくなる。
本当に成功したのだろうかとベルダーコーデックスが疑いの目を向ける。
「んー、じゃ、確かめてみようカナ」
試すのにちょうどいい方法がある。




