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誕生を司る巫女

詳しくは人文学の授業に譲るが、概要として。


原初の時代、ラピス諸島ではアブマイリの儀式が行われていた。人間と神々の蜜月の時代だといわれるこの時代に行われていた儀式はラピス諸島にとっても世界にとっても重要な儀式であった。

それは、人間と神々の絆を確かめるための儀式だったのだ。


人間が神を信仰し、それを受けた神々が人を守護する。人々は恩寵に感謝しさらなる祈りを捧げる。集められた信仰を糧に神は力を増し、よりよい恩恵を返す。

その清く美しい関係を再確認するための儀式がアブマイリ。誕生を意味する言葉だ。儀式をすることで人間と神々はより強い絆を生み出していたのだろう。


その儀式は不信の時代の神の棄却によって途絶え、再信の時代になっても行われなかった。信仰を示すならうってつけの儀式だったろうに。

アブマイリの儀式をしなかったのではない。できなかったのだ。アブマイリを執り行えるのはその地に伝わる巫女の血族のみ。その巫女の血族も"大崩壊"を機に消息を絶った。

しかし再信の時代の終わり、ニウィス・ルイナの再信審判勝利の際に巫女の血族がかの地に戻った。そうしてアブマイリの儀式が復活し、今に至る。


「だからこそ『最も尊い』のさ」


原初の時代、そして再信の時代、両方の時代で人間と神々の絆を象徴する地となった。だから『最も尊い』のだ。


「ま、僕としてはそんな古い地名をわざわざ名乗る理由のほうが気になるけどね~」


世界を旅し、地名の由来にもそこそこ詳しいクロッケスですら知らなかった地名だ。氷の国の歴史書をあさって見つけた古い文献に見かけた地図にかろうじて記載されていた。あれを見落としていたらたどり着けなかった。

それを見つけた時の興奮と言ったら。それはもう残りの授業時間を費やしても語りきれないだろう。これだから地理学は面白い。


「原初の時代の地名が今にも伝わってるのはキロ島やクレイラといろいろあるけどラピスだけは脱落しているってことは不信の時代の神の棄却によるものなんだろうね。人間と神々の絆を示す地だからこそ真っ先に捨てないといけなかった。それはもう徹底的に消すつもりだったんだろうけど……」


クロッケスの早口での語りが始まった。これは残りの授業時間中ずっと語るつもりだ。一回火がついたら止まらないんだよねと生徒たちは顔を見合わせて苦笑した。


***


校長室で待っていた者を前にしても、フュリは特に驚くこともなく小さく頭を下げて会釈するだけだった。


「エー、もっとこう、他にナイの? 一応ボク、世界の敵なんだけど」


いやまぁ、そこの校長のように顔を合わせるなり殺しにかかってこられても困るのだが。コミュニケーション的に。

それにしたって淡白だ。敵意がないことはコミュニケーション的には歓迎すべきことではあるが。


まぁいい。交換留学のシステムを利用してまで彼女を呼び寄せたのは理由がある。

それを語る前に、と"灰色の魔女"は彼女の前に立った。その黒い瞳をじっと見つめる。


「あぁ……やっぱり、似てるネェ……」


かつて顔見知りだったラピス諸島の巫女と同じ目だ。やはり巫女の末裔で間違いない。

懐古を胸に踊らせ、しかしそれを押し付けることはせず、"灰色の魔女"はかつての友人の末裔に手を伸ばした。握手を求めながら自己紹介を。


「はじめまして。ボクはアッシュヴィト」


アッシュヴィト・カーディナルシンズ・リーズベルト。大罪を冠する"灰色の魔女"だ。

名乗られた名に怯むこともなく、フュリはその握手に応える。


「こちらこそはじめまして。フュリ・ラピス・サイトです」


かつてラピスと呼ばれた聖地の巫女の血族。堂々と名乗り、差し出された手を握り返す。

"大崩壊"の大罪人と神々への信仰の代表者。背負う名と地位の大きさに似合わず、その握手は呆気ないほど穏やかに終わった。一触即発の殺し合いなど起きることもなく。それでいい。そうでなくては困る。コミュニケーション的に。


「うん、メンドウな段階がないのはイイコトだネ。じゃ、ソレダケ」


特に用事はない。これからの学校生活について、アスティルートからの説明を受ける前にちょっと顔を合わせたかっただけなので。わざわざ指名して呼び寄せた理由はあるが、それを今ここで明かしてあれこれ喋るのは本来の目的を遮ってしまってよろしくない。今日は顔見せだけにとどめよう。

それに、これ以上長く滞在したら若干面倒なことになるだろう。アスティルートからの敵意が痛い。いつその首を切り落としてやろうかと窺っているのが伝わってくる。実行に移される前に退散するが吉。


「学校生活楽しんでネ」


じゃぁね、と言う前に。


"灰色の魔女"の首は胴を離れ、そして分離した首と胴ごと校長室の窓の外に放り出される。

5階の高さから落下した痩躯が地面でぐしゃりと潰れる音は素早く窓を閉めた校長室へは届かなかった。


「…………ヒドくナイ?」


こんなことじゃ死なない。

音もなく肉体を再生し、"灰色の魔女"は頭上を見上げる。校長室の窓はぴったりと閉められていた。

コミュニケーション不能な校長め。交流を遮断するように締め切った窓へ不死の"灰色の魔女"は苦々しく呟いた。


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