お願いします、校長先生!
日が明け、翌日。いつも通りに校長室で書類仕事をこなしていたアスティルートの元にフュリがやってきた。曰く、生徒として、巫女として、両方の立場から頼みがあるのだそうだ。
「光の塔の立ち入り許可がほしいの」
「光の塔……ですか」
「えぇ。わたしの研究の内容は知っているでしょ?」
フュリが高等魔法院の生徒として研究していること。それはアブマイリの儀式に関することだ。かつての儀式はどうだったのか、現代の様式は往古と変わらないのか、分析と比較と検証がテーマである。
その一環として再信審判についてを調べ、再信審判での決闘の跡地に建ったここヴァイス高等魔法院に留学してきた。
だから光の塔に興味をもつのは当然、そして立ち入りの許可を申請に来るのももちろん予想できていた。
だが。
「許可を出したいは山々なのですが……」
許可を出したい、が、出せない理由がある。そう語ったアスティルートが困ったように眉を下げる。
あそこが立ち入りであるのにはそれなりの理由がある。かつて神聖な場所であったからという理由で閉鎖しているわけではない。
あの内部は濃密な霧が立ち込めている。ただの霧ではない。魔力の霧だ。空気中の水分が湿度の増加にともなって霧になるように、高い濃度の魔力が霧という形で溜まっている。
濃い魔力は危険だ。それこそ"大崩壊"の原因は濃密な魔力による武具の暴走と魔法の発露。"大崩壊"を引き起こしたそれと比べて薄いとはいえ、それでも危険に変わりはない。たとえるなら可燃性のガスがたっぷり詰まっている部屋にマッチを持って行くようなものだ。火を起こせば大爆発、いや、ちょっとした物擦れで起きた静電気の火花で引火してしまうかもしれない。
そして忘れていないだろうか。魔力は想いを空間に焼き付ける特性があるのだと。
かつて再信審判の勝者を決めていた祭壇。当時の人々は皆、そこを目指して進んでいただろう。その信仰と情熱はいかほどか。
その信仰と情熱という感情をあの場に留まる魔力が焼き付けていないわけがない。
焼き付けられた感情は何層にも塗り重ねられてやがて形を取る。帰還者、もしくはダレカというものだ。つまり光の塔にはダレカがうろついている。
濃密な魔力の霧で視界を奪われ不自由しているところにダレカに襲われたら。もちろん反撃するだろう。しかし、反撃しようとしたら。濃密な魔力の中で武具を使ったら。
その時どうなるかは想像できるだろう。
そんな危険な場所に行きたいと言われて、はいそうですかと簡単に許可を出すわけにはいかない。
彼女は留学生なのだ。ニウィス・ルイナ高等魔法院から大事な生徒を預かっているということだ。それにラピスの巫女の末裔。
もしフュリの身に何かあればそれは大きな損失になる。誇張抜きに、人類の発展は100年ほど後退してしまうだろう。
「イイじゃん、許可出してあげなヨ」
許可を出したいのは山々だが、という雰囲気で膠着する前に。いつの間にか校長室に入ってきたヴィトが横から口を挟む。どうして入ってきたのだというアスティルートの剣呑な視線は無視。
計画のことを黙り、あくまで研究のためだというフュリの体裁は保ちつつ、口添えをする。
「もしかしたらソレでボクを殺すヒントが得られるカモしれないしネ」
「光の塔の調査がどうしてそこに繋がるのです?」
「さぁ?」
それについては置いておく。下手に説明づけようとしたら計画のことがばれてしまうだろう。"灰色の魔女"を不死でなくすことはともかく、カンナといういち生徒を巻き込んでいるのは校長の立場として看過できないだろうから。
まったく関係ないことでもひょんなことから思わぬヒントになったりする可能性もあるので、と返しておこう。
そして光の塔の調査が魔女殺しにつながるかもしれない、というのなら、アスティルートはなおさら許可を出さなければいけない。
「魔女殺しの探究は邪魔するなかれ、デショ?」
"灰色の魔女"本人が言うのも何だが。校則のひとつだ。違法であったり倫理を踏み外す行為でなければ、魔女殺しのための研究実験実践その他は阻んではいけない。
「校長センセイが校則破るのはマズいよネ?」
「…………はぁ……わかりました」
ものすごく心が進まないが。非常に危険だというリスクの説明はした。それでもなお調査したいと言うのならその希望を汲んでやるべきだ。
「入念に準備をするように。あなたの死は人間の100年の衰退です」
はい、と頷いたフュリに微笑み頷いて返す。
そして。柔和な表情を引っ込め、剣呑な視線をもう一人に向ける。
「あなたの死は人間の100年の発展でしょうね」
"灰色の魔女"に向かってそう言い放った。




