アブマイリの儀式のために
「結局、いつも通りアブマイリの儀式でいいのカナ?」
応用して何かを改変しなくても、毎年執り行っているように。
変わるのはごく一部、神々への感謝を捧げるのではなく世界へ許しを請うということだけ。
「何か必要なものはあるの?」
儀式というからにはあれやこれや細かな祭具が必要なのだろうか。貢物の類だとか。
訊ねるカンナの問いにフュリは首を振る。専用の祭具はあるに越したことはないが、なくてもいい。
というより、アブマイリの儀式については"大崩壊"と不信の時代の間にほぼ情報が失われてしまった。毎年執り行っている儀式に用いている祭具も極論『あったほうがそれっぽい』という曖昧な認知で使われている。巫女として儀式を執り行った際のついでに神々にお伺いを立ててみたので間違いない。伝承や文献から再現してみたのだが作法はこれで合っているかと聞いたら、神々の信託を告げる石版には『作法よりも心だ』と返された。格式張った祭具がなくても、巫女と立ち会う者たちが心から祈る気持ちがあればそれでよいのだ、と。
だから祭具だとか供物の類は必要ないだろう。あるに越したことはないが。
たとえるなら、一緒に遊んでいる友人へ日頃の感謝を伝える時にどうするかというようなものだ。高級レストランで夜景を見ながら貴金属のアクセサリーを渡すも、花屋で買った小さな花束とメッセージカードを送るも、市販の菓子の詰め合わせの小袋に手書きのメモを添えて渡すも、どれでも構わないように。
「だけど場所は選びたいな、これは個人的な希望なんだけど」
形にはこだわらない、心持ちが重要なのだとしても。それでも友人に日頃の感謝を伝えるならそれなりのシチュエーションは用意したい。
ヴァイス高等魔法院にはちょうどそれにふさわしい場所がある。敷地の北東に建つ石造りの塔。10階建てのそれは光の塔と呼ばれる。ヴィトが暮らす家代わりの小さな塔、闇の塔と対をなすものである。
「光の塔はわたしがここに留学する目的の3割くらいを占めてるし」
あの立ち入り禁止の塔は古くは再信審判の結点であったという。かつては祭壇があり、そこで神に祈りを捧げ自らの信仰を示した者が再信審判の勝者とされた。
その祭壇を10階建ての塔に作り直したのがあの建物だ。
神に感謝し祈りを捧げるアブマイリの儀式が形を変えて再信審判となったのなら、再信審判に由来のある光の塔はぜひとも調査しておきたい。内部がどうなっているのか、そしてかつての祭壇は頂上にあるのか。それだけでも。
歴史ゆえに神聖で、それゆえに立ち入り禁止となっているのが残念だが、それについては巫女の立場を存分に使ってどうにか許可をもぎ取るつもりでいる。
もし許可が出て立ち入れるのなら、アブマイリの儀式をするのに不足はないだろう。
かつて再信審判で人々が自らの信仰を示す場所として支配権を争い、戦った祭壇なのだから。
そして塔という形態。
伝承に曰く、神の国は塔の形をしているという。誉れある人間が死後に招かれる神の国はこの世界の人間をすべて収容するには狭すぎた。全人間を収容するために神の国は日々拡張されており、いずれは誉れに関係なくすべての人間が招かれるようになるという。
塔という形は神の国が拡張されていくイメージを明確に伝えやすくするためのものだ。塔を建て増しして階層を増やすようにして神の国を拡げていく。
それはもう、言ってしまえば光の塔は神の国の模倣と言っていい。神の国を模倣しその有り様を象徴するものだ。
「塔、ねぇ……」
「なに、ヴィト?
「ナンデモナイ」
神の国についての情報はヴィトのみが保持している。リグラヴェーダの術によって記憶が封印されたカンナとフュリは神の国の実態を知らない状態だ。
ヴィトはそれがいかにろくでもない世界か知っている。だから神の国の模倣であり象徴だという光の塔の存在に苦い気持ちになってしまう。
そんな風に憧れるものなんかじゃない。言ってやりたいが、それを口にしても言語崩壊の呪いによって掻き消えるだけなので黙るしかない。
「ヴィト、内部はどんなふうかは知らない?」
「知らナイ」
光の塔にはそもそも近寄ってすらいない。近寄るとアスティルートに睨まれるので。
特に何かのお宝があるわけでもないただの石造りの塔なので興味もそそられない。内部に何かあるとは聞いてないし、人間たちの信仰の象徴の場所に"灰色の魔女"が近寄るべきではないと思っている。
「じゃぁ立ち入りの許可をもらうついでに中の様子も聞いておこうか」
とりあえず今日のところはここまでだ。
アスティルートに許可をもらいに行くのは後日、日を改めて。
うん、とお互いに頷き合う。じゃぁまた明日、と言い合おうとして、ふと何気ない疑問が口をついた。
「…………あれ、もう夜?」
なんだか時間の経過が早い。
まるで時間が飛んだみたいだ。
「……気のせいかな?」
「ハラ減ってるからじゃねぇの?」
「人を食いしん坊みたいに言わないでよ」




