ひとり問えぬからふたり問い答える
翌日。授業後、ヴィトからカンナへ呼び出しがあった。
寮の部屋のドアに挟んであったメモはこの前のものと同じだ。ということは、そこに行こうと思った瞬間にナツメの小屋に転移する魔法が仕込まれているのだろう。
「行こうか」
「おう」
ちょうどいいものをアルカンからもらった。ナッツ類がたっぷり入ったパウンドケーキだ。アレイヴ族の価値観では、ナッツなどの木の実は物事の成果を象徴する。芽が生え、木へと育ち花を咲かせ実をつける。その工程の最後だ。
まさに『実を結ぶ』。よって栄養のたっぷり詰まったナッツはよりよい成果の象徴であり、成功を願うものとされる。
大層なことを言ったが要するに勉強頑張ってねという応援だ。甘いものは疲れにも効くというし。そう言ってアルカンが寄越してきたのだが、ひとりで食べるにはいささか多い。日持ちするように作られているので1人でも腐る前に食べ切れるだろうが、やはり美味しいものは早いうちに食べてしまいたい。
それならヴィトやフュリと一緒に食べてしまおう。
教科書やノート、筆記具類を机に置いてからメモとパウンドケーキの箱だけを手に取る。行く、と念じた途端、転移魔法特有の足元の消失感がした。
もう慣れた感覚だ。咄嗟に目を閉じてしまうのだけは仕方ないが。
咄嗟に閉じた目を開けばそこはカンナの部屋ではなくナツメがいた小屋だ。出迎えだろう、ヴィトが玄関に立っていた。
「あれ、ヴィトだけ?」
「フュリは今日はいないヨ」
いてもいいのだが、まぁ目的を果たすにはカンナひとりがいればいいので。
小屋にいる気配を察して来るならよし、来ないならそれでもいい。フュリの存在は今はどちらでもいい。
手早く茶を用意して向かい合うように座る。お土産、とカンナがパウンドケーキを切り分けて配る。
話を始める前にしばし紅茶とパウンドケーキの味を楽しみ、適当なところで、さて、とヴィトがようやく本題に入った。
「ちょっとやってほしいコトがあるんダヨネェ」
「やってほしいこと?」
というと。目を瞬かせるカンナへ、そう、とヴィトが頷く。
といっても難しいことではない。いや、考えようによっては難しいかもしれないが。
前置きはいい。本題に入ろう。カンナにやってほしいのは自問自答の問い側だ。
カウンセリングの手法にひたすら相手の言葉を繰り返して訊ねるというものがある。こうなのは何故、あぁだから、あぁなのは何故、そうだから、そうなのは何故、と掘り下げていくことで内面に隠された本心や無意識を探る。
それを応用して自身の内面を解いていきたい。曖昧である部分を明確にして、そして答えにたどり着く。
その手法の問いかけ側をしてほしい。ヴィトの回答に対して、それはどうして、と半ばオウム返しのように聞き返してくれるだけでいい。そこにカンナの分析や見解を挟む必要はないのでそう難しいことではないだろう。
「ダメ?」
「いいけど……」
それは構わないが、分析や見解を挟むなと言われると難しい。なにせ将来の目標は神秘学者だ。常に『何故』を追求して物事を分析するという思考が癖づけられている。自然と推測が始まってしまう。
ただオウム返しすればいい、というのは逆にやりにくい。無意識に行っている癖を止めろと言われると、意識してしまうあまり頓珍漢になりそうだ。
「あぁ、なんだ。何ならオレがやってやろうか」
お喋り相手の本領発揮だ。元々、自分は孤独な老人の話し相手として作られた。相手の感情や言葉を受け止めて丸めて整わせるなんてことは製造目的の範疇。得意中の得意。
「エ、できるノ?」
「オレを何だと思ってんだ」
「口と態度が悪い本デショ?」
「なんだと!!」
テメェこの野郎、と地団駄を踏む代わりに表紙をばたつかせて抗議するベルダーコーデックスに思わずカンナが笑う。その通りなのだが身も蓋もない。
「やってやらねぇぞ」
「ヤダヤダ、ごめんネ! ジョーダンだってば!!」
よろしくお願いシマス、と両手を合わせて拝む仕草をするヴィトに、やれやれとベルダーコーデックスが溜息を吐く。そういうわけでオレがやるけどいいかとカンナに聞き、いいよと返される。
自分より適任がいるならその人に任せるのが一番いい。自分はその横で話を聞きつつ、分析と推測を挟んで別の角度からアプローチしてみよう。
「おう、じゃぁ始めるぞ」
「ハァイ、お願いネ」




