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それはすべての始まりにして

ビルスキールニルとは、東方にあると言われる『不滅の島』である。最も神に近く、最も尊く、最も敬虔な民たちがいるとされる。


長らく伝承上の存在であったが、それはある日を境に歴史に姿を見せた。それを解説するにはパンデモニウムという集団の存在に触れねばならないだろう。


魔術師団パンデモニウム。彼らは不敬にも神殺しを企み、それをなそうとした悪徳の集団である。細かに階級分けされ統率の取れた集団は北の大陸の過酷な環境を隠れ蓑にして一大勢力を築いた。

力と数を揃えたパンデモニウムはついに牙を剥いた。その第一の標的にされたのが『不滅の島』ビルスキールニルを滅ぼすことだった。最も神に近く、最も尊く、最も敬虔な民がいたビルスキールニルは神殺しを謀る者たちにとって重大な意味を持つ。一番大きな獲物を狩ることで世界に自らの存在と目的を迅速に効果的に伝達したのだ。


そうした意図により、『不滅の島』ビルスキールニルはパンデモニウムにより滅ぼされた。

パンデモニウムは勢いを増し、世界を飲み込んだ。武具でもって暴力を、略奪を、強姦を、絶滅を、ありとあらゆる悪徳をなした。奪い壊し滅ぼしゆくパンデモニウムに世界は押されていった。


しかし悪があれば正義もある。パンデモニウムに対抗せんとする人々が手を取り合って徒党を組んだ。やがてそれらはコーラカルの名を名乗るようになった。

コーラカルとは鐘を意味する。鐘というものは時間の区切りを示すもの。つまり、パンデモニウムの支配という時代を終わらせて新たな時代を到来させることを示唆する。鐘の名を持つそれはパンデモニウムへの反撃の狼煙だ。


世界はパンデモニウムとコーラカルの2つに分割される。

国々はコーラカルに味方し、パンデモニウムに支配されていた土地をひとつずつ解放していった。形勢は次第に逆転し、やがてパンデモニウムは滅ぼされる。


その後、"大崩壊"が起きて不信の時代が始まる。


そこまでを一息で読み、ヴィトは歴史書から目を離して息を吐いた。

うん、自分の知識となんら相違はない。違いがあるのはコーラカルの筆頭が自分であったことがどこにも書かれていないということだ。ビルスキールニルの皇女が先頭に立っていたという記述は歴史書から消えていた。おそらくそれはコーラカルの筆頭が"灰色の魔女"という大罪人であっては都合が悪かったのだろう。

まぁそれはいい。旗印など誰でも構わない。当時のラピスの巫女が筆頭であったという記述を指でなぞった。ビルスキールニルの皇女が"灰色の魔女"という大罪人になったせいで、空白を埋めるためにあてがわれたのだろう。


「……そう、合ってるんダ」


故郷の滅びを否認して、取り戻そうとして神と契約を交わした。パンデモニウムを滅ぼせばビルスキールニルの時を巻き戻して失われたものを復活させよう、と。

そうしてその通りにパンデモニウムは滅び、ビルスキールニルは復活し、すべては元通り。そうなるはずだった。だが。


巻き『戻る』のだから、いずれ同じ運命は再来する。『なかったこと』にしても、再び巡り来る。

だからビルスキールニルは2度目の滅びを迎えた。神の裏切りによって。

いや。裏切られたというのは語弊がある。最初から神はそのつもりだった。自分が都合よく解釈して希望を見出しただけのこと。


畢竟、自分が愚かだっただけなのだ。


その現実に耐えかねて絶望し、慟哭した。その慟哭を引き金に"大崩壊"が起きた。

故郷だけでなく世界すらも自らの愚かさで滅ぼしたのだという現実だけが残された。


それすらも否認しようとして、事象を消滅させる能力を得た。

何もかも、愚かだった証を『なかったこと』にするために。対価と引き換えに何でも願いを叶えるという彼女に縋り、自らの罪を『なかったこと』にした。


自分の罪を隠蔽して粉飾した。目を逸らして逃げて、そして今に至る。

だからこそ必要なのはその愚かさを認めて罪に向き合うこと。そのための王位返還だ。愚を犯すに至ったのは自身の故郷への思いゆえ。ビルスキールニルへの望郷の一念が過ちの発端。だから望郷の象徴である王位を還す。未練を捨てたことを示すために。


「……でも」


それほどしがみついていたのは何でだろう。それが曖昧なのだ。

これだけの愚を犯すほど故郷にしがみついていた。何が自身の軛になっていたのだろう。

客観的に評価して、皇女という責任感からと言うには拘りが過ぎる。奪われたものの復讐のためと言うには長すぎる。世界のためと言うには大層すぎる。


死んで何がしたい。神の国に行きたい。神の国に行って何がしたい。神々に復讐したい。

復讐したいのは何のため。自分の胸がすくためだろうか。


自分は何のために剣を取ったのだ?

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