幕間小話 魔法と武具の話
ずるくないか、と唐突にカンナが呟いた。
「あれ、ずるくない?」
「何がだよ?」
「ヴィトの転移魔法」
自分も他人も簡単に転移させられる。便利すぎる。ずるい。
自分にもあれがあれば防げた遅刻がいくつかあったはずだ。ずるい。
ヴィトだけではない。リグラヴェーダだって使える。ナツメだって使っていた。
あんなに簡単にほいほいと自分も他人も転移させて移動時間を省略できるのがずるい。
転移魔法を使う時には、武具に魔力を込めて転移先を指定するステップが必要になる。指定先を間違えれば次元の狭間に囚われて出てこれなくなるし、もし壁の中など物質的にふさがっていたりなんかするとそれに弾かれる形で転移が失敗したりする。最悪、転移座標先の壁と融合してしまったりなんかする。
それくらい繊細なもので、扱いには非常に気を払う必要があるという。
カンナにはベルダーコーデックス以外の武具は使えない。だから転移武具を使ったこともない。転移魔法を用いて転移したのは東の大陸からここヴァイス高等魔法院への超長距離移動をするために転移サービスを使ったことだけだ。
高等魔法院に入学するからと色々な補助や福祉サービスを利用して出費をほぼゼロに抑えたが、それがなければ目が飛び出るくらいの高額が必要だった。それくらい転移魔法というのは貴重で希少で繊細なもの。
なのに彼女らは指をぱちんとひと鳴らししただけで転移する。文字通り息をするように簡単にやってのける。ずるい。
「私だってこう……パっと移動とかやってみたいよ」
だがそれが難しい。武具というものには適正がある。武具と魔力の波長が合わなければ発動することはない。まるで噛み合わない歯車のように、どれほど莫大な魔力を有していても相性が合わなければうんともすんとも言わない。
そして、自身の魔力と適合する武具はたいてい1人ひとつまでだ。全世界の全武具を探しても、たったひとつの武具しか適合しない。逆に言えば、世界に1つ必ず自分と適合する武具が存在するということだし、存在するのなら必ず遭遇するようになっている。運命論だが、『そう』なので『そう』なのだ。その出会いを神々による奇跡と表現するか、精霊がそのように台本を書いたと表現するかは人による。
カンナの持つ武具はベルダーコーデックス。武具は1人ひとつという法則に当てはめれば他に適合する武具は存在しない。存在しないので仮にここに転移武具があったとしても発動できない。悲しいことに。
それなのにヴィトやリグラヴェーダ、ナツメなどは簡単にやってのける。おそらく転移だけが彼女たちの力ではないだろう。何かの本命があって、転移はそのおまけだ。ナツメだって転移能力の他に様々な能力を持つ能力複合武具を持っていた。
その『おまけ』の部分が羨ましい。
「あぁ……昔の人は複数持つのが当たり前だったみたいだよ」
フュリはナツメのことを知らないので彼がそうかは知らないが。少なくともヴィトはそうだろう。
原初の時代、ヒトは複数の武具を所持して使い分けていたという。といっても何十も所持するではなく、2、3個がせいぜいだが。今よりはずっと環境が違うのだ。
だからヴィトは本命の他に転移武具を持っているし、使っているのだろう。
「だがよ、あの女は武具を持ってるようにゃ見えなかったぜ」
「あの女って、リグラヴェーダ先生?」
「そうソイツだよ」
複数どころかひとつも持っているようにはまったく見えなかった、とはベルダーコーデックスの弁。
武具は通常、アクセサリーの形で作られる。それなのにリグラヴェーダはそれらしい装身具がなかった。世の果てのような漆黒の衣装のどこかに仕込んであるのかもしれないが、それらしいものは見受けられなかったような気がする。
「……まさか武具無しで魔法を使えるだなんてことは……」
武具とは言ってしまえば専門知識が必要な複雑な魔術式を誰にでも扱えるように加工したもの。文字のを覚えるために薄く引かれた線をなぞって文字の形を書き取るようなものだ。
つまり、大本の魔術式を正確に理解していれば武具は必要ない。普段使い慣れている文字を書くのにいちいち50音の見本は必要ないように。
だがそんなの、理屈の上では可能だが実際は不可能だ。
武具が登場したのは原初の時代のはるか以前。武具の登場以来、魔術式を教え伝える必要はなくなりその概念は消失した。魔術式という概念は武具に刻むために構築して使うもので、魔術式を魔法として使う技術はなくなったはず。
だから魔術式を魔法として使い発動させるのはもはや古代の失われた技術だ。恐竜が現代に生きているに等しい。それをやる、やれるというのは。
「………………リグラヴェーダ先生って……」
年齢が5桁とか、いやそんなまさか。




