食の話
食堂に到着する。早くも大混雑だった。
すごい人だね、と言い合いながら席を取り、食券式の注文をして食事を受け取り席につく。
今日の日替わり定食はワインバークの名にちなんだ挽き肉のワイン煮込みだ。よく煮込まれたハンバーグは柔らかく、口に入れるとほろりと崩れる。
黒麦のパンと季節の野菜を使ったサラダ、そして豆がたっぷり入った具だくさんのスープをセットにしたものが今日の日替わり定食の献立だった。
「異国の食事はどうだよ?」
「ん。悪くないよ」
先程の場でもずっと黙りっぱなしだったし今も暇なのだろう。ベルダーコーデックスがフュリに声をかけた。話しかけられたフュリは動じることなく、悪くないよと答える。
「うちは芋と豆がメインだったけど、こっちの豆はいいね。青臭くない」
氷の国で主に食べられているファルマ芋とライカ豆は歴史あるものだ。昔から今まで、いつの時代でも食を支えている。
芋は再信の時代にアレイヴ族と貿易をして手に入れたそうで、そこから品種改良を経て今のものになった。寒さに強く食べ物になる苗をということで譲られたものなのだが、なんと驚くべきことに成長スピードがものすごく早い。小さな苗から1週間で大ぶりの芋をつける。この成長スピードで人間への影響が出ないのだから不思議だ。
豆は芋よりも歴史が古く、氷の国がかつてニウィス・ルイナというクランだった頃にはもうその土地に自生していたものだそう。原初の時代から存在していたであろう古代種だが、こちらも成長が早くそして収穫量が多い。その代わりにやたら青臭い。
芋をふかして潰し、蒸した豆を潰して混ぜて焼いた団子が氷の国の郷土料理だ。家庭により味付けが違う。
フュリの家では扁平に伸ばした団子にカンドルの葉を巻いて焼いていた。カンドルとは氷の国特産の薬味の一種だ。ライカ豆の青臭さを消すのに役立つ。
「それで雪うさぎのステーキを添えてさ」
「へぇ」
「カンナのところは?」
「私のところは魚が多かったかな」
海沿いの小さな村だったので。自然と魚が食卓に上がる。煮る、焼く、蒸すと色々あったがカンナは一番シンプルな塩焼きが好きだ。
潮が引いた浅瀬に取り残された哀れな魚を素手で獲り、漁師たちが暖を取るための焚き火を借りて焼いて食べるのが子供たちの定番のおやつだった。魚の獲り方は年上から学び、年下の子供に教えて継承していく。子供しか知らない秘密の漁場もあった。
「海に? でもナルド・リヴァイアが怖くない?」
「そこまで沖に出ないから大丈夫だよ」
荒ぶる海竜ナルド・リヴァイアはその身じろぎひとつで波を起こす。本人がそうしようと思って波を起こしているのではなく、体の表面に生える鱗が海水を巻き込んで複雑な海流を発生させて波を起こす。呼吸のようなものだ。
ナルド海の漁はナルド・リヴァイアとの戦いでもある。ナルド・リヴァイアの居場所を常に察知し、避けるように船を動かさなければ彼の起こす荒波に巻き込まれて転覆する。
子供たちは荒波の影響が小さい浅瀬から沖を眺め、子供のうちから海の機嫌を学ぶ。浅瀬の魚捕りはその一環だ。
「昔はレヴィアがいたおかげで楽だったもんだがなぁ」
当時を語る老人のような口ぶりでベルダーコーデックスが語る。原初の時代の頃はナルド・レヴィアも健在で、彼女により様々な恩恵がもたらされたものだ。凪海の化身であるナルド・レヴィアは心優しく、漁船と並んで遊泳し番が生み出す荒波から漁船を守っていた。
時々海岸の方にまで顔を出し、くわえた魚や貝を置いていた。桟橋に誰が置いたかわからない魚や貝があればそれはナルド・レヴィアからの贈り物だ。
それに何より、番の海竜の仲睦まじい様子は見る者の心を和ませた。荒波の化身らしく気性の荒いナルド・リヴァイアが番の前でだけ気弱になる。人間でいえばあれは尻に敷かれているんだと漁師たちは微笑ましく見守っていた。
ナルドの海竜は神々の眷属たる気高い存在であったが、そういうふうに土地の人間たちに馴染み、愛されていた。その関係は"大崩壊"で失われてしまうのだが。
「食べてみたいなぁ」
「いいよ。じゃぁ今度作り合いっこする?」
「やったぁ!」
「あ、おい楽しそうなことすんじゃねぇ、オレはメシ食えねぇんだぞ!!」
「ベルダーはごめんね、雰囲気だけ楽しんで」
「くそぉ!!」
和やかに緩やかに食事の時間が過ぎていく。




