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かえってきた

「待ってヨ。恨みを昇華しても意味がないってワケ?」


アブマイリの儀式にならって王位を返還して許しを請い、世界の恨みをほどく。それが計画だった。だがリグラヴェーダの話が本当なら前提が崩れるじゃないか。


事象消滅の力が不死をもたらしているなら、募り募った世界の恨みは不死とはまったく関係がない。恨みを昇華してやったところで事象消滅の力は健在だ。


「えぇ。だけど大丈夫。結局やることは変わらないから」


今までの話では解決すべきことは世界の恨みひとつだった。しかし真実は世界の恨みと事象消滅の力のふたつを解決しなければいけなかったというだけ。

『このために』の対象が少し変わるだけで、実際やることは計画の通りで構わないだろう。アブマイリの儀式にならって王位を返還して許しを請い、世界の恨みをほどく。人間が捧げ、神々が返礼するアブマイリの儀式の手順を踏むのなら、神々の返礼として武具がもたらされる。つまりはベルダーコーデックスの能力の分離。分離した現実改変能力は新たな武具として神々の返礼という名目で授けられる。

その新たな武具でもって事象消滅の力を消せば良い。現実改変能力による改変は事象消滅を上回るかという話については、まぁ、精霊がそう望んでいるので改変は消滅することはなく達成できるだろう。

一段階増えただけで、やるべきことは変わらない。ヴィトとフュリとカンナはアブマイリの儀式を執り行えばいいし、ベルダーコーデックスの能力の分離を目指せばいい。そしてヴィトは不死を消して神の国に至ればいい。


「道筋は綺麗でしょう?」

「まぁ……そうだケド」


結局変わらない、と。


リグラヴェーダの話は嘘ではないだろう。真実を司る氷神の信徒であるリグラヴェーダは嘘を言わない。いくつかの事項を伏せて誤認させることは多々あるが、言うことに嘘を混ぜない。

そこは絶対だ。氷が冷たいかどうかを疑うくらい、その疑心暗鬼には意味がない。リグラヴェーダは嘘を言わない。


だから不死の仕組みも、解決するための道のりにも嘘はない。いくつかの事項を伏せて事実を誤認させる悪癖も今回はないだろう。答え合わせをして正解を告げるためにやってきているのだ、正解を紛らわしくさせて誤認させる教師がどこにいる。


「納得してくれたようね」


さて。では前提知識と理論が更新されたところで、更新された知識と理論を踏まえた問題点をひとつ。これはリグラヴェーダにはどうしようもなく、ヴィトたちに解決してもらわないといけない問題だ。


「世界の恨みをほどいてはならない、ということよ」

「はい?」

「意味がわからないでしょうね。でも、これを聞いたらわかるんじゃない?」


帰還者って、知ってる?


「…………きかんしゃ?」


投げ込まれた問いにヴィトは目を瞬かせる。聞いたこともない。

何だと問おうとした横で、カンナが理解したらしく目を見開いていた。


「帰還者、って……」


神秘生物学の授業で習ったばかりだ。

帰還者。その正体は濃い魔力によって焼き付いたいつかの誰かの感情。重なり続けたいつかの誰かの思いが帰還(かえ)ってきた者。


どんな思いか。それは今まで散々語られた通り。"大崩壊"によって奪われたあの日の命の総意。世界の恨みだ。

"大崩壊"の正体はヴィトが慟哭とともに吐き出した魔力の暴走。世界中に拡散した濃い魔力が世界を引き裂いた。

帰還者を成立させる条件が揃いに揃っている。無数に降り積もった感情も、濃い魔力も。


「そう。あなたはあの日の命の総意によって成立した帰還者なのよ」


もうすでにあの時死んでいて、その残滓に無数の感情が焼き付いて生まれた『あの日の影』。

いつかの誰かと形容される不定の部分が特定されているだけで、その本質は。


「だから、恨みをほどいちゃいけないの」


その世界の恨みはヴィトという帰還者を成立させる構成要素だ。

だからアブマイリの儀式によって恨みをほどいて昇華させれば、その力は多いに削がれる。肉体を削るようなものだ。人間でいえば筋肉や脂肪を削ぎ落としていくようなもの。

その身を構築しているものを完全に昇華させてしまえば帰還者(ヴィト)はどうなるかなど予想がつくだろう。確固とした個体はなくなり、薄い幻のようになる。事象消滅の力でもどうしようもない。薄い幻のように成り果てた結果を消滅させても、消滅させた結果を埋め合わせるものがない。幻ではない、では何だと答えに窮して何にもなれない。


その有様で神の国に行ったところで何になるというのだ。惨劇を嘆く薄い幻影で何をなせる。何もなせない。


だから世界の恨みをほどいてはいけない。それは自身の力を削ぐことになる。

だが恨みをほどいて解放されなければ神の国には至れない。堂々巡りだ。


その問題を解決せねば中途半端な結末しか生まないし、中途半端な結末が新たな嘆きを生むだろう。


「こんなはずじゃなかった、って。……いつもあなたはそうだものね?」



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