もうこの瞬間結末は決まったのだ、後はその道筋を作るだけ
自分の郷愁の思いによって世界は滅びた。
もしあの時、巻き戻しの提案を断っていればこうはならなかった。
ビルスキールニルは滅びたのだとその滅亡を受け入れていればよかった。いいや滅びていないと滅亡を否定し、失われたものを取り返そうとしたからこうなった。
それは過ちだったのだ。失われたものは神の権能であっても取り返せない。それは世界の理だ。その理を侵してでも固執したことがすべての過ち。
故郷への固執が間違いの発端で、滅びの引き金だった。それを認めて頭を垂れる。
その証明として、未だ執着している王位を捨てよう。未練がましく抱えているリーズベルトの姓を。ビルスキールニル王位を神々に返還する。
「ボクの郷愁が根本デショ? だから、その寄る辺をなくすヨ」
そうして頭を垂れよう。それで赦されるはずだ。
赦されれば恨みは晴れて身軽になれる。
やっと死ねるのだ。
***
何やら面白い相談をしている、と金の光が告げた。
「アノ子、不死ヲ消ソウトシテルンダッテ!」
「馬鹿ナ子! 愚カナ子!! 全然足リナイ、モット苦シメバイイノニ!!」
「世界ノ大罪人ガ楽ニナロウダナンテ、甘イニモホドガアルワ!」
温室の花々に水をやりながら、リグラヴェーダはきゃいきゃいと騒ぐ風の精霊の声を聞き流す。
精霊の声など今目の前のしおれかけたムルトルの花以下だ。手をかけて手入れをしているのにどうしてかしおれてしまっている。困ったことに原因が思い当たらない。はてさてどうしてかという悩みのほうが大事だ。
「風ノ子タチ。デモ私思ウノ、ソロソロ場所ヲ変エテモイインジャナイカッテ」
呟いたのは植木鉢に腰掛ける雷の精霊だ。活性を司る雷の神の眷属である精霊は原因不明の萎れ花に活力を与えるためリグラヴェーダに呼び出された。萎れ花に活性の祝福を与えてその役目を果たしつつ、風の精霊たちの会話に混ざる。
もう2000年以上。この世界で嬲るのも飽きてきた。そろそろ別の場所に場を移すのも悪くないのではないか。新しい環境で新しい苦痛を体験させてやろうじゃないか。
そうやってもっと苛んでやるのだ。神々の怒りは根深く、世界の恨みはまったく晴れていない。精算するまで永遠に続くし、続かせてやる。それこそいつ終わるかなど忘れてしまうほどに。
「ネェ、蛇ノ子。手伝ッテアゲテ」
「次ノステージに連レテイッテアゲマショウ!」
もっともっと、神々に近しいところで。神の膝下で。近ければその苦悶の表情も悲鳴もよく見えて聞こえるから。
場所を変えて次のステージに連れて行こう。そう、人間たちは確か神の国と呼んでいるところに。
「チョウドイイワヨネ、アノ子モ行キタガッテタ場所ヨ」
巻き戻してまた故郷を滅ぼした、神々は救済などせず裏切ったのだと怒りを燃やしていたあの大罪人はそう言っていた。裏切った神々を殺すため神の国に乗り込むのだと。
そうはさせてなるものかと罰を与えるために世界の恨みなどという軛でこの世界に繋ぎ止めさせたわけだが。
そろそろその軛から解放してやるのも悪くない。神の国へと送ってやろうじゃないか。
「そう」
リグラヴェーダは反対も賛成もせず、そう、とだけ答えた。
神の国へと送ってやるなんて言葉は哀れみでも赦しでもなく、悪辣な加虐心ゆえのもの。
まだ足りないのか。2000年も苛んで、まだ。神々の復讐はまだ終わらないのか。どれだけ八つ当たりと当てつけを繰り返せば満足するのか。
もう神々自身どうしたいのか忘れてしまっているのだろう。目をかけて育てた人間に手を噛まれた驚きと動揺と失望とその反動の怒りをただ反芻し続けている。
不毛なことだ。リグラヴェーダはそう思う。いつまでも過去の遺恨をねちねちと。
それほどまでに神の怒りは深かったと解釈できなくもないが。
「それで、私に何をさせようって?」
"灰色の魔女"が神の国へと行けるよう手伝ってやれと言ったが、さて精霊は何を要求しているのか。
神の国に行く。つまりそれは平たく言えば死ぬということだ。死ねば魂は転生の輪に乗るか、あるいは神の国へと送られる。
死ぬためには不死を取り除く必要がある。今彼女らがあれこれと理論をこねくり回しているのもそのため。
手伝え、というのはつまり不死を取り除く手伝いか。確認すれば、そう、と頷かれた。
「……はぁ」
面倒な。まぁいい。転生の輪に乗ろうとする魂を掬い取り神の国に送ることは自分たちの領分だ。
「本来、私とはそういう役割だもの」
運命という筋書きを作る者がそう望むなら、その通りに事を紡ぐのが役目なのだから。




