神に捧ぐは
「赦し、か」
成程。それなら儀式で得られるものは武具がふさわしいだろう。
人間と神々の絆を引き裂いた張本人が、人間と神々の絆を確かめるアブマイリの儀式を執り行う。それにより世界に赦しを請い、その赦しの証として武具を授かる。
その構図は武具の成り立ちとも結び付けられるだろう。武具の成り立ちは神々による赦しの象徴でもある。
「赦し?」
というと。きょとんとするカンナへ、ほら、とフュリが言う。
武具の成り立ちは学校で習うだろう。基礎教育の範囲だ。
「キロの罪ってやつ」
「あ!」
それか。納得がいった。
古来、原初の時代よりはるか昔の時代。魔法というものは神々に選ばれたごく一部の人間しか使うことができなかった。複雑な魔術式を理解し、扱える素質が必要だった。
その魔法を誰にでも使えるようにと生み出されたのが武具だ。鍛冶を得意とするキロ族により、銀に魔術式を焼き付けたアクセサリーが作られ、誰でも素質を問わず魔法を発動できるようになった。
しかしそれは神々に対する侮辱だ。特別なものであった魔法を凡人でも扱えるように『引きずり落とした』。魔法を神々の手から人間の手に堕としたそれはキロ族の罪と言われる。だからこそキロ族は字でもって名を隠し神々の目から逃げ隠れるようになったとされる。
そうして人間の罪の象徴として生まれた武具だが、やがて神々はその精緻さを人間の努力の証として認めることにした。神に近付こうとする人間のたゆまぬ努力と研鑽の結果だと肯定的にとらえ、その存在を赦した。
それが武具の成り立ちだ。だから武具は人間と神々の絆を示すものであり、アブマイリの儀式で人間の祈りを受けた神々の返礼として授けられるのだ。
その逸話に関連させて武具を乞うのは何ら不思議ではない。むしろ自然だ。
かつてのように人間を赦して武具の存在を赦したのなら、今回のアブマイリの儀式でもヴィトを赦すなら武具を授け給え、と。
武具を授けるというのはつまり、ベルダーコーデックスから能力を分離させて新たな武具に作り直すことをいう。もし赦されるのなら分離は叶い、現実改変能力を宿した新たな武具が完成するだろう。できなければそれは神々に赦されなかったということだ。
運命論だが、『そう』なるのが武具の不思議なところだ。どんな優れた技術者でも神々がその存在を良しとしなければ絶対に完成しないし、神々が良しとするなら技術も知識もなく完成する。『たまたま』邪魔が入ったとか『偶然にも』術式が正しかったとか、そういった不確定の揺らぎの部分で神々の細工が入る。それが武具というものだ。
それで、とフュリが話を次に進める。
「で、何を捧げるの?」
アブマイリの儀式で神々に捧げるのは人々の祈りと感謝。その返礼に武具が与えられる。
ではヴィトは何を捧げるのか。祈りと感謝なんて生易しいものでは足りないだろう。武具を与えられるにふさわしいものを捧げなければ。世界が赦すような、それなりのものを。
ヴィトはいったい何を捧げるのだろう。世界の赦しを請うために何を天秤に載せるのか。
問われ、ヴィトは少し考え込む仕草をした。
「…………王位を」
答えは自然と口をついて出た。続いて後から理由と理屈がついてくる。そんな直感のような思いつきだった。
自分に向けられている世界の恨みはあの日の罪の証だ。なら、罪が精算されるものを捧げる。
それにふさわしいものは王位に他ならない。神々に愛された国と言われるビルスキールニルの正当な王位を返上しよう。王位返還だ。
「王位? 王様だったの、ヴィト?」
「そうダヨ。ビルスキールニルのネ」
もう歴史書にすら載っていないかもしれない名だ。歴史の分類ではなく神話に足を突っ込んでいるかもしれない。
それは往古、神々に愛された国として存在していた国だった。魔法は一部の特別な人間しか扱えないと言ったが、その『一部の特別な人間』が集まっているのがビルスキールニルだ。他の国とは一線を画す天空の国。
その王家の正当な皇女がヴィトだ。リーズベルトの姓はその証。ビルスキールニル第375代皇女、アッシュヴィト・ビルスキールニル・リーズベルトだ。
だから、その地位を捨てる。
「"大崩壊"の原因はボクの感情の爆発だ」
ビルスキールニルはその特性上、魔力が多く濃く存在する。魔力を水でたとえるならば、普通水蒸気として空気中に存在するものがビルスキールニルでは霧のように濃い。深部では霧を通り越して水のように流れ、さらに最深部では結晶化してそびえ立つ。
その結晶塊は魔力の爆弾だ。凝縮された魔力はあの日ヴィトの嘆きに反応して砕けた。砕けたことで内部に凝縮されていた魔力は拡散し物理的な衝撃となった。それが連鎖して世界をなぎ倒すほどの大規模な衝撃になり、そして衝撃波として拡散した濃密な魔力は本来の役目を果たす。すなわち魔法の発露だ。術者が存在しないそれは指向性などなく、空気中の元素を用いて好き勝手に力を放つ。
魔力の衝撃波と指向性のない魔法と。そうして世界が蹂躙されたのが"大崩壊"だ。
その感情の爆発に至った経緯は神に裏切られたことへの嘆き。神々が愛したはずの地を神々が放棄したことによる怒り。
それほどヴィトにとってビルスキールニルは大事なものであった。世界を壊すほどの望郷の思いだ。
だから、その繋がりを断つ。王位を返還し、この望郷の思いは間違いであったと認める。
謝罪するにはまず過ちを認めることから。そうして詫びて初めて自らに向けられている世界の怨恨と向き合えるだろう。
「だから……いつまでもしがみついてるボクの最後の一線を……捨てる」




