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祈りの矛先

今日の授業を終えて寮に戻る。部屋のドアには小さなメモが手紙代わりに挟んであった。

差出人は書いていないが何となくわかる。ヴィトだ。適当そうな性格に見合わず上品な字のメモには一言、『今日授業後、夏の家で』と書かれていた。盗み見られてもいいようにぼかされているが、意味を推察するに、ナツメの家に集合、ということだろう。彼が家代わりにしている森の中の小屋はそのままにされていたはずだ。

人も近付かず、それなりに密室。落ち着いて話すためのテーブルと椅子もある。悪くはない場所だ。それにヴィトのことだ、わざわざナツメの家を指定したのには意味があるだろう。その意味をカンナはおぼろげに察していた。


これからヴィトの不死を取り除くための話し合いの場にナツメのいた場所を使う。それは、あれだけ魔女殺しに命を費やした彼の思いに報いることにもつながるだろう。狂気にまで至るほどのその想いを汲み、彼の想いを弔う。きっとそういう意味を含んでいるに違いない。

それが本当かはさておき、呼び出されているのだから行かないと。行こう、と思った瞬間、メモが光り輝いた。


「え?」

「んぁ?」


カンナとベルダーコーデックスと。揃って間抜けな声を出す。

閃光のような一瞬の光。足元が消失する感覚。がくんと落ちた気がしてとっさに目を閉じる。その落下感から立ち直って目を開ければ、そこは寮ではなくナツメの家の前だった。


メモに転移魔法が仕込んであったらしい。そのメモを持ったカンナが行こうと思った瞬間に発動するように。そんな方法で転送するな。まったく。


「あ! 意外と早かったネ!」


ぴょこりと玄関からヴィトが顔を出す。明るい笑顔に手招きされて小屋の中へ。夏以来訪れていなかった小屋だが埃ひとつない。きっとヴィトがこまめに掃除や手入れをしていたのだろう。

中にはすでにフュリがいて、何やらまじまじと紅茶葉の缶のラベルを眺めていた。ニウィス・ルイナ高等魔法院や氷の国では見ない銘柄に興味津々らしい。


「あ、カンナ」


ぱっと来訪に気付いて缶をテーブルに置く。おいで、と自分の隣の椅子を軽く叩いて指し示す。

倣って座ったカンナがテーブルにベルダーコーデックスを置いて居住まいを整えている間にヴィトがカンナのぶんの茶を用意する。


全ての用意が整い、さて、と一番最初に口を開いたのはフュリだった。


「前提を確認しておくけど」


ヴィトの不死を改変するため、ベルダーコーデックスの能力を分離して新たな武具に打ち直す。そのために技術も知識もないのに武具を作り上げるアブマイリの儀式を参考にしたい。

それが計画の概要だが、巫女の末裔としてひとつだけ言っておきたい。


アブマイリの儀式というものは本来、人間と神々の絆を確かめ感謝するものだ。武具を作るのが主目的ではない。

武具は感謝の祈りに対する神々の返礼だ。人間の祈りの礼として神々が新たな武具を与える。


「わたしたち人間が何かを捧げ、神々が返す。それがアブマイリの儀式だよ」


捧げ、返す。この関係は古来より続いていた原初の契約と同じだ。人間は信仰を捧げ、神々は恩恵を返す。恩恵を受けた人間はさらなる祈りを捧げ、神々は祈りを受けて力を増す。強大な神を寄る辺としてより深い信仰が生まれる。

アブマイリの儀式はその循環と同じ構図だ。捧げ、返す。この流れを行うことで人間と神々の絆を確かめる。


「……その儀式をやるの? あなたが?」


とてもとても言い難いが、それをヴィトがやるのは複雑な思いだ。フュリ自身、ヴィトに何の良感情も悪感情もない。だが巫女の末裔として、"灰色の魔女"には思うことがある。


平たく言おう。"大崩壊"でもって人間と神々の絆を断った張本人がどの面下げて人間と神々の絆の確認の儀式をするつもりなのだ。


そこまで口汚く言うつもりはないが、言いたいことを要約するとそうだ。計画を聞いた時、面の皮が厚いと思ったのは事実。

自分でさえそう思ったのだ。それが絆を断たれた張本人である神々であればどのように思うだろうか。きっと反発するに決まっている。お前なんか絶交だと平手打ちしてきた相手が馴れ馴れしくパーティの招待状を寄越してくるようなものだ。


「だからダヨ」


フュリの話を聞いていて思ったこと。それは『当時と違う』ということだ。ヴィトの知る当時の巫女が執り行っていたアブマイリの儀式と、今に伝わるそれとは内容が違う。おそらく、不信の時代で一度断絶したことによるものだろう。

アブマイリの儀式は人間と神々の絆を確認する儀式である。それはそうだが、それをするのは何のためかが抜けている。それをするのは世界のためだ。人間と神々をひっくるめた世界すべてへの。


アブマイリの儀式は神々に向けたものではなく、神々を通して世界に向けたものだ。

だからこそ、やる意味がある。


世界の恨みを背負うからこそ、世界に向けた祈りの儀式で許しを請うのだ。

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