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秋が終わり、冬が始まる。

秋が終わり、冬が始まる。


1ヶ月に及ぶ合宿が終わり、季節は冬へ。授業も普段通りだ。


「今日はお知らせがあります~」


文化学の授業のはじめ、教壇に上がったブリュエットが手をぱんぱんと叩いて生徒たちの注目を集める。

一同の注目が集まったところで、実はですねぇと切り出す。


「このヴァイス高等魔法院に留学生がやってきました~」


交換留学で他の高等魔法院から一時的な留学だ。近いうちに全校集会が開かれて留学生の紹介が行われるだろう。

仲良くしてあげてくださいねぇと微笑み、さ、とブリュエットが話題を切り替える。


「じゃぁ授業をはじめましょうか~」


***


授業を受けるのは久しぶりな気がする。合宿期間中はずっとアルカンとの議論ばかりだったし、他の授業は開講されていなかった。

なんだか懐かしささえ感じる。ブリュエットもその気の緩みを感じ取っているのか、授業は早めに切り上げられた。優しいのは合宿明けの今日だけで、明日からはいつも通り授業時間中みっちりと続くのだろう。優しいうちに感覚を取り戻しておかないと。


気を引き締めつつ、持て余した時間を潰すためにとりあえず休憩用のスペースまできた。

休憩スペースにいるどの生徒も気の抜けたような顔をしている。通常授業のない合宿期間と、その終わりの1週間ほどの長期休暇で誰もがすっかり鈍っているようだ。


「たった1ヶ月でボケるなよ、情けねぇな」

「久しぶりだから感覚忘れてるだけだよ、失礼な」


まったく。ベルダーの憎まれ口は相変わらずだ。

当たりがほんの少し柔らかいのは精霊郷での和解のおかげだろう。まぁ、毒舌と皮肉ばかりなのは変わらないのだが。その毒舌と皮肉も心配や気遣いの裏返しだと理解しているのでとやかく言わないことにする。


「あ、カンナちゃん」

「やっほー! 俺だよ!」

「忘れてないよな!?」

「覚えてますよ、アルカン先輩」


1週間ほど長期の休みがあったが、それで忘れるほど薄情じゃない。

どうも、と微笑むと右の兄弟が見るからに嬉しそうに喜んだ。やったな兄弟と左の兄弟がアルカンに笑いかけ、右の兄弟とハイタッチをする。

大好物を前にした犬みたいな喜びようだが、何をはしゃいでいるのやら。よくわからないが嬉しそうなのでそれでよしとしておこう。


「それで、何か用事でもありましたか?」

「え」

「え」

「え」

「え?」


なんだその空気は。こっちは何気なく用件を聞いただけなのに。


「いや、特に用はないんだけど」

「用事がないと話しかけちゃだめなのか!?」

「雑談くらい許してくれよぉ!」

「あぁはいわかりました! たまたま見かけたから声をかけただけなんですね!」


左右の兄弟がオーバーリアクションでやかましいせいで大声を張り上げないと聞こえない。

ぎゃぁぎゃぁと大声を張り上げるアルカンと兄弟、カンナの様子に何を騒いでいるんだと周囲の注目が注がれる。注目を集めていることに気がついて、ごほんと咳払いして息をひそめた。


「はぁ……なんだか久しぶりですね先輩がたも」

「休み中は会えなかったし」

「兄弟が寂しがってたぞ!」

「兄弟も寂しかったぞ!」


うるさい、とアルカンが左右の兄弟をたしなめる。自我はアルカンに沿うとはいえ、ある程度の独立した思考と判断能力を持っているせいでその言動はアルカンの管理の外だ。つまりある程度なら勝手に喋るし勝手に動く。

やたらハイテンションなのもアルカンの指示ではなく兄弟の思考と判断の結果だ。


「何をそんなやかましいんだテメェら……あぁ、まさかアレか?」


騒音の害鳥代表のムクドリが静かに思えるレベルでうるさい。何をそんなにぎゃぁぎゃぁと。

呆れた溜息を吐いたベルダーコーデックスが、あぁ、と何かに思い至る。


あの兄弟たちはアルカンの感情と思考の発露の装置だ。人格をコピーして作り上げた人形。独立した思考と判断を持つといっても、そのベースはアルカンであるのだ。

兄弟が喜んでいるということは同じ感情をアルカンも持っているということ。成程、そういうことか。


したり顔、といっても顔はないので雰囲気だけだが。成程なぁと納得したふうで頷くベルダーコーデックスへ、何かを察されたアルカンが低い声で脅しつける。


「……おい、言うなよ」

「バラしたら燃やすぞ!」

「表紙に落書きしてやる!」

「ほーう」


ということはこの予想は正解ということか。成程、そうかそうか。思わず笑顔になってしまう。顔はないので以下略。

顔がないただの本でよかった。でなければ全力でにやけていた。笑いが止まらない。いやぁ若者の青春はいいものだ。つい年寄りめいた感想が漏れてしまった。寒い季節なのに一足早く春が来るとは。


「え、なにベルダー? どういうこと?」

「いやー知らぬは当人ばかりなりってなぁ」


暴露する無粋はやめておこう。こういうのは見守るのが一番美味い。ついていけず混乱するカンナの様子が面白い。

人間の体を持っていないことが恨めしい。いい酒の肴になったものを。


「ベルダー? ねぇってば、何?」

「さぁなぁ」


季節がめぐる。

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