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精霊騎士  作者: 羽嵐
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12.玫瑰(まいかい)の蕾に隠されたは…… (2)


 そこまで聞いたリューリは顎に手を添えた。


「成る程、それは一種の洗脳だね」

「洗脳?」

「そっ、幻術を使った洗脳。ローズでさえ嵌ってしまったってことは、相当の手練れだろうね」


 それを聞いたエンナは少し安心した。やはり、ローズは好き好んでこのようなことをしたわけではなかったのだ。

 しかし、ローズの顔は一向に曇ったまま。仮にも精霊騎士という身でありながら、洗脳されてしまった自分を責めているのだろうか。


「でもそれって仕方ないことじゃない。まぁ、もしかしたら精霊騎士の誇りとかあるんだろうけど、ローズがそこまで思い詰めることは」

「いいえ」


 ローズを慰めるようにエンナが声を掛けると、彼女はもう一度「いいえ」と言って首を振った。


「それは違いますわ。確かに精霊騎士たる者、あのような輩に絆され利用されたことには甚だ恥ずかしく情けない話。でも、わたくし、わたくしっ……」


 ローズはぎゅっと目を瞑り、拳をきつく握って何かに堪えるように言葉を続けた。


「わたくしが一番許せないのは、一瞬でもリューリ様とシェル様のことを疑ってしまったことです」


 ローズは感情の波を抑えるように話す。

 自分はとんでもないことをしてしまった。

 ローズはそれを寧ろ利用しようと考えた。一時はベンドールの仲間であるかのように振る舞って、あわよくばと。

 彼女も必死だった。

 リューリもシェルも彼女にとってしてみたら、一番役に立ちたいと思って止まない、尊敬している人達なのだから……


 しかし、ルージュ達と話した晩のこと。

 ローズは聞いてしまったのだ。バルコニーでリューリとシェルの話を。

 ローズの脳内でフラッシュバックする。蝶の少女が見せたあの幻――


 もしかしたら、少女の言っていた通りだったのではないか?


 リューリとシェルは、場合によっては本当に殺してしまうかもしれない。


 殺してしまったら、二人はどうなる?


 恐怖がローズを襲った。恐れが心を蝕んで、正常な判断もつかない。

 なんとかしなければならないと思った。

 そうなる前に自分がなんとかしなければ、と。

 あの二人が手を下さなければならないのなら、いっそのこと……


 いっそのこと前国王派へエンナの身を渡してしまえば、方法はどうあれ彼女は命を落とすことはない。


 ローズは両手で顔を覆うと、震える声で痰を切るように言った。


「わたくしは耐えられなかったのですっ。お二人に再び身を切るような思いをしてしまうのではないかと思うと……それに、これがきっかけで心までも壊れてしまわれるのではないかと思ったら、わたしくは恐ろしくて……どうしようもなく恐くて仕方なかったのですっ!」

「ローズ……」


 肩を震わせて訴えるローズ、にエンナはただ名前を呼びかけることくらいしかできなかった。

 ローズはずっと、それを今まで一人で抱え込んでいたのだ。

 どんなに辛かったことだろう。

 きっとローズは今泣いている。顔を隠しているのでわからないが、弱々しく項垂れるローズを見ているとそんな気がした。

 エンナは痛い程伝わってくるローズの思いにぐっと涙を堪える。

 そこへすっとシェルがローズの方へ近付いていって膝を折った。


「ローズ、すまなかった」

「シェル様……?」


 シェルの謝罪にローズは不安に揺れる瞳のまま顔を上げた。


「そこまで俺達のことを思っていてくれていたなんて……一人で全部背負い込ませてしまって、それに気付いてやれなくてすまない」


 詫びるシェルの声には、申し訳なさとローズを労る感情が伝わってくるようだった。


「でももう大丈夫だから、安心しろ」


 シェルはぽんぽんとローズの頭を軽く撫でてやる。そのシェルの顔は、落ち着かせるように優しくローズへ向けられていた。

 シェルの言葉で安心したのだろう。ローズの目から、ポロポロと雫が流れ落ちた。ローズはぎゅっと瞼を閉じると、それを隠すようにまた俯いてしまう。

 小さく嗚咽を漏らして泣くローズにリューリは溜め息をついて緊張を解く。リューリの困ったような微笑みには、もうあの凍えるような冷たさは消え去っていた。


「やれやれ……部下をここまで追い詰めさせるなんて、僕達もまだまだだね、シェル」

「そうだな」

「ち、違いますわっ。これはわたくしが未熟で」


 自分達の不甲斐なさを責めるリューリ達にローズはたまらず声を上げる。それを遮るように、エンナはガバッとローズに抱きついた。


「え、ちょっ、あ、貴女?」


 いきなりのことで慌てまくるローズには構わず、エンナはぎゅうと抱き締めた。


「そんなこと気にしなくて良いから、今はローズは思いっきり泣いてればいいの。こんな辛い思いして、一人で戦ってたんだもの。当然の褒賞だわ」


 こんなどうしようもない二人を気に掛ける必要なんて、今のローズにはないのだ。

 そう思って、エンナはリューリとシェルをキッと睨み付ける。仮にも隊長たる者が隊員の精神面を察知できないでどうするんだと。

 それが伝わったらしい。リューリは「参ったな」と苦笑を零して、シェルに至っては落ち込んでいるところをかなり沈ませてしまったようだ。明らかに凹んでしまっている。

 沈め沈め。地中の中にでも沈み込んでしまえ。

 それでも、ローズはまだ何か言おうと「でも……」と口を開きかける。エンナはローズを抱く腕にまた力を込めた。


「リューリもシェルも、そしてわたしも守ってくれようとしたんだよね……」


 エンナはそっと優しくローズの背を撫でてやる。彼女は結局、三人のことを守ってくれようとしていたのだ。だから……


「守ってくれてありがとう、ローズ」


 自分が一番言いたかったことを口にする。

 まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。ローズは一瞬身体を硬直させて驚いた。

が、次第にローズの身体から力が抜けてきて、再び震え始める。

 自分の肩に顔を寄せて嗚咽を漏らすローズを、エンナは優しく受け止めて背をさすってやった。

 リューリとシェルが顔を見合わせて、困ったような笑みを交わし、エンナ達のことをただ黙って見守る。

 そこへ、フレンの威勢の良い声が遠くの方から聞こえてきた。



  *  *  *



 その頃、ベンドールは荒い息を吐きながら四つん這いになっていた。

 身体中から汗が噴き出て、滝のように流れている。


「おのれ、おのれ……あの若造め。爵位剥奪だけでなく、私がガルヘルド行きだと……」


 ふざけている。私はこれからもっと、もっと高みへ行くべき男なのだ。


「大丈夫で」


 そこへシラクが背後から声をかけてくるが、それが引き金になって頭にカッと血が上る。

 ベンドールは力任せに雑草を握り締めると、根っこごと引っこ抜いてシラクへ投げ付けた。シラクは「おっと」となんの苦もなく避ける。虚しく地面へと落下した怒りの球を見たベンドールは、更に逆上していった。


「この馬鹿者が!! お前っ、あの戦いの時何処へ行っていた!?」

「はぁ、何処と言われましても」


 煮え切らないシラクの態度にベンドールは顔を真っ赤にしながら怒った猫のようにふーふーと唸る。


「いいか、私とお前は謂わば雇い主と雇われの身の関係だ! なのにお前ときたら、肝心な時に」


 シラクはベンドールの言葉を遮るようにはぁ? っとわざとらしく皮肉の交じった笑みを浮かべる。


「何言ってんだ。俺は契約したことはきっちり遂行させた。それ以外は俺の仕事の範疇外。捕まっていたアンタを助けたのだって俺の仕事じゃないぞ」


 先程と打って変わってガラリと態度を変えたシラクにベンドールは戸惑ったが、今は怒りの方が勝っていた。ベンドールは生意気なシラクに対する怒りが益々上がり、罵声を浴びせようと口を開く。

 が、開こうとしたら瞬間に何かが頬を掠めて飛んでいった。すると、頬が熱を帯び始め、そこから生暖かい何かが流れているのを感じた。拭ってみると、手の甲が赤色に染まる。ベンドールは驚いて飛んでいった何かを確認するように後ろを見た。

 振り向いた先の木の幹に、何かが突き刺さっている。

 風車のような形をしたもの。確か、“手裏剣”などと呼ばれる武器だ。

 ベンドールはぞっとして、真っ赤だった顔が青く豹変した。


「あ~ぁ、外れちゃったぁ」


 この場にそぐわぬ甘ったるい声が、した。

 慌ててそちらへ目を向ければ、シラクの向こうにいつの間にか少女が一人立っている。

 その少女は、黒を基調としたなんとも変わった服を身に纏っていた。半着を腰くらい幅のある布――いや、紐なのだろうか――で結び、袖はゆったりと絞っている。下はショートパンツを履いておりとても動きやすそうだ。

 彼女は、耳上に少し高めで一つに結い上げられたカールした黒い髪を揺らしながら近付いてくる。

 まるで蝶のような姿は可憐で優美だ。


「マユメ」


 シラクは振り返って非難気味にその少女の名を呼ぶと、彼女は妖しい笑みを浮かべた。


「だって~、その人が悪いんだよ。しぃちゃんに泥の塊を投げ付けるなんてことするから」

「お前な……」


 呆れ気味にシラクは溜め息をついた。


「おい、チアキ。いるんだろう?」


 何処にともなくシラクが声を掛けると、上から人が振ってきた。

 その人物もまた、黒い髪と同じ色を基調としており、マユメと似たような民族的な衣装を身に纏っている。ただ彼女とは違い、こちらは随分とシンプルだ。

 彼は立ち上がると、手にしている薙刀を持ち直した。


「なんだシラク」

「やっ、なんだじゃなくてお前、いるんならマユメを止めろよなー」

「それは無理だ」


 即答するチアキ。

 シラクは呆れて半眼になる。


「なら、もし同じ状況でシラクと俺の立場が逆だったとしたら、お前は止められたのか?」


 チアキは素朴な問いに、シラクは一度マユメへ目を移し、


「無理、だな」


 気まずそうに視線を逸らした。


「だろう?」

「ちょっとぉ、二人してなんか酷くない? まるであたしが危険人物みたいな」


 マユメは不服そうに頬を膨らませた。

 シラクとチアキはお互い顔を見合わせ、


「実際そうだろ」


 二人同時に一字一句違えることなく同じ台詞を口にする。

 マユメは眉尻を吊り上げると、「酷い」と何回も言いながらシラクとチアキを叩いた。


「まぁ、兎に角」


 切りがないと思ったのか、チアキが灰色の瞳をベンドールへ向けてくる。それに倣って、二人もベンドールへ視線を投げた。

 三人のじゃれ合いを呆然と見ていたベンドールは、言い知れぬ恐怖を感じた。

 シラク達の感情のない眼。

 見えないのではない。ないのだ、一切。

 先程三人でふざけあっていた様子が嘘のよう。まるで、心のない人形のようだ。


 なんなんだ。なんなんだこやつらは!


 ガチガチと歯を鳴らして、ベンドールは後退る。しかし、上手く身体が動かなくて、足が滑って進まない。

 無様なベンドールを目にして、チアキは眉根を潜めた。


「どうしてコイツをあそこから助けたりしたんだ、シラク。あのまま放っておいても何も問題はなかっただろう?」

「そうなんだけど、マユメが」


 シラクとチアキの視線がマユメに移る。マユメは二人に可愛らしく笑ってみせた。


「だってぇ、ガルヘルドなんて行ったら、この人の苦しんで苦しんで苦しみまくって死んでいく姿が見れないじゃん」


 忍び笑いをたてながら、マユメはベンドールに視線を落とす。そのアメジストのような瞳には、嗜虐的な光が煌めいていた。


「な、なんだっ。貴様ら、私に何をするつもりだ!?」

「あたし達のお父さん達にされたことと同じ事ぉ。あっ、でもそれじゃ気が済まないから、倍に返させて貰うけどねぇ」


 甘ったるく言いながら、少女は唇に人差し指を添えて笑みを深めた。


「同じ事だと? 私が一体何をしたと」

「おい、それ本気で言ってんのか?」


 シラクは黒い瞳に強い憎しみを光らせながら、ベンドールを蔑視した。

 ベンドールは恐怖で「ひっ」と悲鳴を上げる。


「ジャパルカ族」


 チアキが静かに彼らの正体を告げる。ベンドールの顔から血の気が引いていった。


「ジャパルカ族、だと? あの時の生き残りかっ?」

「そうだ。いや~まいったな。チアキとマユメの格好を見ればすぐに察しがつくと思ったけど、手にかけた相手のことを全く知らないなんて……」


 シラクは怯えまくるベンドールを睥睨した。


「ちょっ、ちょっと待て! わ、私が手をかけたわけでは」

「お前もエイブラムに喜んで協力していただろう。かけたも同然だ」


 チアキがハエでも見るような目でベンドールを見下す。ベンドールは恐怖に戦きながら必死に言い繕った。


「わ、わかった! ならこうしよう! まだ私には切り札があるっ。上手くすれば」

「あぁ、それねぇ無駄だと思うよぉ。切り札ってローズのことなんだろうけど、あの子、結構なかなかにやる子みたいだったから、とっくのとうに正気に戻ってるだろうし」


 容赦ないマユメの台詞に顔を真っ青にして、追い込まれたベンドールは唾を飛ばす勢いで口を更に開いた。


「なら金だ! 金ならどうだっ!? もしこのまま見逃してさえくれれば約束の倍は」

「うるさい、黙れこの下種野郎が」


 と、強い口調でベンドールの言葉を断ち切ったのはシラクだった。ベンドールは短い悲鳴を溢して身を竦ませる。


「ねぇねぇ、しぃちゃん。そろそろヤっても良いかなぁ? あたし、もうこのおじさんと話してるの飽きてきちゃったぁ」

「あぁ、いいぞ。マユメの好きにしろ」


 シラクがマユメにそう返すと、彼女は嬉しそうに微笑んで、そして


「おじさん、あたしと一緒にあ~そぼっ」


 マユメはベンドールに笑いながら歌うように誘う。

 アメジストの瞳に、嗜虐的な光を宿しながら――

 ベンドールの恐慌染みた絶叫が森中に響き渡った。





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