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精霊騎士  作者: 羽嵐
3/31

1.空中ダイブ (2)

「<我が精霊にして 炎の化身ファイリア 我が声に答えよ>」


 すると、少女が翳した手の先に赤い光の粒子が集まりだして、集まった粒子が渦巻き、赤々と燃え上がる炎の球体を作り上げていく。

 それをエンナは目を見張って見ていた。

 この子、もしかして……


「<我の道阻むものを破壊し 切り開け!>」


 少女は呪文の終焉を高らかと告げ、それと共に炎の塊を前方へと投げつけた。

 空気中の酸素を燃やしながら、炎の球は石の壁に吸い込まれるように一直線に向かっていく。

 次の瞬間。

 轟音が轟き、爆風が吹き荒れた。風に乗って叩き付けてくる砂埃にエンナは思わずぎゅっと目を瞑る。

少しすると強風が収まり、エンナは閉じていた瞼を開けた。

 そして、エンナの目に飛び込んできたのは、無惨に破壊された壁。

 ぽっかりと穴が空いたそこを通り道に夜風が吹き出してくる。

 エンナはよろよろ近付いて、そこから見える景色を呆然と眺めた。

 景色を遮るものがなくなって、さっきよりももっと見晴らしが良い。ここから朝日を見られたら、さぞ美しい風景だろう。


「よし」


 少女は腕を組み、その眺めを見て満足そうに頷いた。


「いや、よしじゃないでしょよしじゃ!!」


 現実逃避をしていたエンナは、少女の満足そうな声に我に返ってすかさず突っ込む。

 自分が何をしでかしたかわかっているのかこの子は。


「どうすんのよこれ! こんな派手にぶっ壊しちゃって!!」

「いいじゃん別に。自分の家じゃあないんだから」

「そういう問題じゃなくてー!!」


 エンナは髪がぼさぼさに乱れるのも構わず頭を掻きむしった。

 もし、ここで二人共々捕まったら、一体どんな仕打ちが待っていることか。

 一応、エンナは“商品”ではあるのだし、いたぶられることはあるかもしれないが、殺されることはないだろう。そんなことをしても、やつらの利にはならない。

 しかし、郭になんて売られでもしたら……

 考えただけでもぞっとする。

 特にこの少女は美麗だから尚のことだ。

 通常の競りならまだ良い主人に巡り会える可能性が――極めて低いが――ないわけではないから、遊郭に売られるよりはこちらの方がまだマシである。


「てめぇら! やっと追い詰めたぞ!!」


 そうこうしているうちに、連中が屋上の入り口からぞくぞくとやってきた。

 そして、穴が空いている壁を見て、皆一様に愕然としている。


 もう駄目だ。終わった……


 エンナは、半分灰になりかけた。いや、もういっそのこと、灰になってしまいたかった。そうしたら、風に吹かれて跡形もなくここから消え去られるのに。


「あぁぁああああっ! てめっ、頭の屋敷を壊しやがったな!?」

「うん、少しだけね。いいじゃんこんくらい。許してよ」


 なんの悪びれた風もなく、少女はそんなことをのうのうと言ってのけた。


「バッキャロー!! これが少しってレベルか!? 許せるわけがねーだろっ!」

「ちょっと待て」


 今にも襲いかかってきそうな勢いの男を遮って、厳つい身体と顔をした大柄の男が前へ出た。そうすると、ギャンギャン吼えていた男はすぐに口を閉じ、大人しくなってしまう。

 どうやらこの男、ここにいる連中の中では立場は上の方にいるらしい。


「女、お前、精霊使いだな」


 眉間に皺を寄せ、少女を睨み付けながら男は言った。

 その言葉にエンナは確信を得、あの男以外の組織連中は狼狽えた。

 今まで彼女が見せたあの力。

 それがもし、魔法だったのだとしたら、魔法が廃れたと言っても良いこの世界で、唯一それを扱えるのは精霊と契約を交わした精霊使いのみだ。

 少女は、口端を吊り上げて不適に笑う。


「女? 女って誰のこと?」


 男達は皆眉を潜めた。それは勿論エンナも。

 誰ってお前のことだよ、と皆の目が言っている。

 しかし、その目が一斉に驚きに変わり息を呑んだ。

 エンナも固唾を飲んで少女を見る。

 なんと、少女の身体から朱色の炎溢れ出して、その炎に包まれてしまったのだ。

 少女の長い髪が、服が、揺らめく炎ではためき、黒く変色したところからボロボロと崩れ始め、灰が風に攫われていく。

 エンナは立ち尽くして、事の次第をただ見守ることしかできなかった。それは男達も同じようだった。手を出すこともなく、その場に立ち尽くしてしまっている。

 そうして、粗方少女の髪や服が燃え尽きた後、まるで終止符を打つように炎が激しく燃え上がり一気に沈下した。


 炎の中から姿を現したのは、先程とは随分違う身装の少女だった。

 背中に流れるような茶色の髪は、ショートカットの鮮やかな赤い髪に。

 服装は、膝丈のゆったりしたワンピースから、ズボンにワイシャツの装いに。スラリととした体躯をしている少女なので、シンプルな服装でもよく似合う。

 変わらないのは、彼女の端麗な容姿とブーツくらい。

 それにしても、随分とスマートになったものである。胸もなければ腰の括れもない。

 その姿はまるで……


「やっとあの格好から解放された。ホント、スカートって動きにくくて」


 まいったまいったと呟きながら、少女は服や髪についた灰のカスを手で払って落としていく。

 この時エンナは、あんなに燃えていたのに大丈夫かとか、服が勿体ないとか、色々言いたいことはあったが、最初に出てきた言葉は。


「アンタまさか、お、おおとっ、おと」


 エンナは驚愕して、たった一言なのにつっかえて上手く言葉に出ない。

 そんなはずはないという信じられない気持ちがあったからかもしれない。

 少女はエンナの方に振り返るとにっこり笑った。



「うん、僕は男だよ」


 エンナの言わんとしていることを察して、さらりと肯定。


「そんな馬鹿な……」


 一瞬の静けさの後、そう言ったのは男達の中の一人だった。

 信じられないというより、それこそが偽りで、どうしてそこで嘘を突くのかと思っているようだ。

 全くその通りである。

 こんな綺麗な男がいたら、女であるエンナの立場がない。

 信じられない気持ちは十分理解できる。

 しかし、一応女の子なエンナにはわかる。

 それは女の感という不確かなものだが、案外と当たる確率が高い直感だ。それにちゃんと観察してみたのだから、間違いない。

 この少女は、信じたくない事実だが……男だ。


「ここで嘘突いたって仕方ないでしょ。まぁ、そんなに信じられないなら上半身脱いで見せても構わないけど?」


 少女、いや、少年は可愛らしく首を傾げてみせた。

 暫しの沈黙が流れた後、周囲は一斉に震撼した。


「男ーっ!?」

「嘘だろっ」

「俺めっちゃ好みだったのに……!!」


 そんな男連中の悲痛な叫びは、エンナにもよく分かる。思わず頷いてしまったくらいだ。好みのどうのはよくわからないが。

 この中でリーダーらしきあの男が、傍で「好きだったのにー!!」と嘆いて落胆している男の頭を思いっきりぶん殴った。


「何ふざけたことを言ってやがる! 女だろうが男だろうが、相手は侵入者だぞ!!」

「そういうがあれは……」


 反則だ、と殴られた男が目に涙を浮かべ、痛そうに頭をさする。


「この馬鹿野郎共が! 良いか、奴は精霊使いなんだ!!」


 目を覚ましやがれ! と男が喝を入れた。

 その言葉に連中はハッとする。そうだ、相手は精霊使い。容姿や性別など関係無しに精霊使いは危険な存在だ。

 男達が自分を取り戻し始め、緊張が一本の線になってピンと張り詰める。

 皆の視線はただ一つ。

 少女……ではなく、あの少年だ。

 少年はそんな彼らを見て肩を竦めた。


「見逃しては貰えそうにないようだね」

「何を当たり前なことを」

「まぁ、そう言わずにさ〜……見逃してよ」


 エンナは、そう言って妖しく微笑む少年を見ていて、その瞳に吸い寄せやれるような不思議な感覚を覚えた。

 何故か目が離せない。頭もポーッとしてきて、何も考えられなくなってくる。


「魅了、チャームか……!! おいっ、奴の目を見るんじゃない!!」


 リーダーの男がいち早く異変に気付き、周囲を叱り飛ばした。

 その叱責の声で、夢現だった男達が次々と我に返る。エンナも夢から覚めるように現実へ引き戻された。

 どうやら、この少年がまた何かしたようである。


「おっさん、なかなかやるね」


 少年はにやりと笑った。


「知り合いに魔法に詳しい奴がいるんでな」


 おっさん呼ばわりされた男は、それを怒るでもなく受け流して、警戒を緩めずに少年を睨め付ける。


「ふ〜ん、成る程ね。他の奴らと違って、あんたとなら少し楽しめそうだ」


 彼は不適な笑顔のままそんなことを言う。


「そんなわけで、僕はコイツらの相手をしてるから、エンナは先に下へ降りててくれる?」

「やっ、アンタ何言ってんの」


 いきなり話を振られた上、先に降りろとは意味がさっぱりわからない。


「だから、先に逃げててくれって言ってるんだけど」

「この状況でどう逃げろと」

「そんなの、そこから逃げればいいだけじゃないか」


 彼は、自分が空けた壁穴を当然と言わんばかりに指差した。

 壁穴から風が入ってきて、エンナの髪を攫う。

 下へ逃げ降りる。

 それってつまり……


「まさか、ここから飛び降りろと……そういうこと?」

「うん」


 彼は満面の笑みで頷いた。


「益々何言ってんの!? こんな高いところから落ちたら死んじゃうじゃない!!」

「大丈夫大丈夫。僕の仲間が下にいると思うから、きっと上手く受け止めてくれるよ、多分」

「さっきから“思う”とか“きっと”とか“多分”とか、不安要素満載なんですけど! 大体、こんな所から飛び降りたわたしを受け止めたら、その人まで死んじゃうって!!」

「大丈夫だって〜」


 少年は、満面の笑顔のまま、エンナの後ろから両肩を掴んでぐぐぐっと押してきた。

 それにエンナは必死に抵抗する。

 ここから飛び降りるなんて、自分から死にに行くようなものではないか。

 しかし、エンナの抵抗虚しく、あっという間に穴の縁まで追いやられてしまう。

 眼下に薄暗い森が見える。あと一歩踏み出したら、地上と激しいご対面を果たさなければならない。

 エンナの顔は真っ青になった。


「ちょっ、無理無理無理!! マジ無理だって! ぎゃぁあっホント勘弁してー!! アンタわたしを殺す気!?」

「あっはは、そんなわけないじゃないか。大丈夫、怖いのは最初だけだよ」


 少しも大丈夫ではない。


「最初だけって何!? こんなこと一度だってしたくないんですけど! てか、アンタ今笑ったわね!?」


 今まさに少年はとんでもないことをしようとしているのに終始笑顔である。

 心底楽しそうだ。


「深刻な顔よりは、笑ってあげた方が安心するかなって思って」

「トンチンカンだってそれ! というか全然そんなこと思ってもない癖に!!」

「エンナ」


 少年は、エンナの身体を自分の方へ向かせると、じっと彼女のことを見つめた。

 真剣に見つめられたエンナは、金縛りにあったように固まる。

 いきなりそんな目で見られては、どう反応を返せばいいのか困る。

 そして彼は、にこっと可愛らしい笑みを浮かべて、


「じゃ、頑張ってね」

「へっ」


 とんっとエンナの肩を押した。

 エンナの身体は外へと傾き、落ち際に見えた少年は、良い笑顔でエンナに手を振っていた。

 その向こうに見えた男達は一様に「あっ」という表情をしている。


「いやぁぁあああっ!!」


 そうして、エンナは外へとその身を投げる羽目になったのである。



  *  *  *



 エンナは、一瞬のうちに思い返した自分を凄いと褒めた。

 それと同時に、走馬燈というものがどういったものなのか理解する。

 人が死に際に過去を思い返すとはよく聞くが、まさか自分がこの年でそれを体験することになるなんて。


(教会のみんな、心配してるかな……)


 エンナは自分の義兄弟達を、優しく見守ってくれた神父様を想う。

 血は繋がってなくとも、そこには温かな家族という絆があった。

 エンナの大切な帰る場所。

 居場所だった。

 そういえば、まだ小さい義弟妹のことが心配だ。大丈夫だろうか。

 いや、自分がいなくなっても、上の子達が面倒を見てくれるだろう。どうせ、もうすぐエンナは教会から出ていかなければならなかったし、上の子達もよく小さな義弟妹の面倒を見てくれていた。心配ない。

 しかし、結局神父様には最後まで孝行することができなかった。

 自分が働くようになってお給金が貰えるようになれば、そのお金を寄付して、少しでも教会の力になれればと思っていたのに。

 それが悔やまれてならない。


(神父様、義弟妹のみんな、ごめんね……)


 エンナは、心残りが一杯あるなと思いながら、意識を手放そうとした。

 あぁ、神様。教会で育った癖に信心深いわたしじゃなかったけど、今まで精一杯、真面目に生きてきました。都合が良すぎますが、死後はどうか、どうかせめてみんなのことを見守れる天国へとお導き下さい。


「わぷっ!」


 そろそろ目を閉じようとした時、強風がエンナを襲ってそれを阻んだ。

 息ができないくらいの強い風。

 まるで、落ちていくエンナの身体を押し戻そうとしているかのように天に向かって吹く。

 確かに、落ちる速度が緩やかになったような気がした。

 今度は風が包み込むようにまとわりついて、エンナの身体を一回転させる。真っ逆様に頭から落ちていた身体が一瞬ふわっと浮遊して、普通に座っている時の状態になった。

 そして、すとん……と何か温かいものに受け止められる。それは驚く程軽く、来ると思っていた痛い衝撃もない。

 不思議に思い、エンナは恐る恐る固く閉じていた瞼をゆっくり開けた。

 どうやら、エンナは誰か抱き止められたらしい。

 その誰かを確かめようと目線を上げる。

 驚いてエンナは目を丸くした。

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