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精霊騎士  作者: 羽嵐
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11.緑の羽に抱かれしワイバーン (1)




 我を取り戻したらしい周囲がそれぞれ目的を果たさんと動き出す。エンナはローズに支えられながら急いで立ち上がった。


「エンナ!」


 シェルが剣を振るい、風の衝撃波で周りを蹴散らしながらこちらに走り寄ってくる。いつの間にそんな近く来ていたのだろう。回らない頭でエンナは、若干青く見える顔で駆けて来るシェルをぼうっと眺めていた。


「エンナっ、怪我は……!」


 側まで寄るとシェルはエンナ達を庇うように剣を構え直し、肩越しに声のない声で彼女に叫ぶように問う。彼にしては、今までの見てきた中でかなり感情的なんじゃなかろうか。


「だ、大丈夫。何処も怪我はしてない」


 シェルの啖呵に若干気圧されながら答えると、それを聞いた彼は少し落ち着いたらしい。

 そうかとシェルの言葉が静かに脳裏に響いた。

 そして、その束の間。


「その戦、待ったーっ!!」


 動き出した戦場に響き渡る制止の声。

 再び時が止まり、戦いを止める無粋な言葉が聞こえた方へ各々が視線を投げる。

 そこには青年が一人、白馬に乗ってこちらを見ていた。

 鮮やかな金の髪は太陽のように煌めき、晴天を思わせる瞳は今は鋭く煌めいている。身に纏っているものは青と白を基調としたもので、羽織っている外套も服に合わせたデザインをしていた。その姿はまるで、お伽噺に出てくる王子様だ。

 後ろには従者らしき者達が馬に跨って控えており、皆同じ制服のようなものを着込んで鎧を纏っていた。両端にいる二名はその手に旗を掲げている。旗の色はロイヤルブルーからエメラルドグリーンへ変わる綺麗なグラデーション。描かれる紋章は、精霊の羽を模した風と蔓に優しく抱かれる楯だ。楯の中にはワイバーンが描かれ、上にアーチのない冠が乗っていた。

 あれはこの国の……


「ま、まさか……!!」


 彼の姿と旗を目にしたベンドールの表情が驚愕と恐怖で一変する。それはウル達も同様で、愕然となっていた。


「シェル、連れてきたぞ」

「トゥグル」


 トゥグルが突如、前触れ無しに天空から舞い降りてきてシェルの肩に留まった。

 エンナは驚いて目を丸くする。

 そういえば、トゥグルは今まで何処に行っていたのだろう。昨日からずっと姿がなかったことに今更気付いた。


「どうやら間に合ったようだな」

「あぁ、おかげで助かった」

「シェ、シェル様っ。あのお方は……!!」


 ローズも他の者達と同様かなり驚いているようで、その声は上擦っていた。


「えっ、何? あの人が何?」


 エンナは周りの狼狽ぶりに自身も混乱しながら思わず問う。

 あの旗は間違いなく……いや、きっとエンナの見間違いだ。あんな身分の高い人がこんなところにいるはずがない。


「あのお方は、エンナの従兄に当たる方だ」


 シェルが白馬の王子様に視線を逸らさないまま、エンナの疑問に答えてくれたがいまいちピンとこない。


「はっ、従兄?」

「第二王子殿下、アルベルト・フェル=フィアデル殿下。アラディン国王陛下とコルネリア王妃殿下のご子息に在らせられる」


 シェルが片膝を折り恭しくこうべを垂れる。目を見開いて呆けているエンナの横で、我に返ったローズが急いでシェルに倣った。

 周りが戸惑いでざわめき始めると、見計らったようにアルベルト殿下の背後に控えていた者の内の一人が一歩前へ進み出る。

 その人は、なんとも慈母を思わせるような女の人だった。春風を連想させる柔らかな茶色の髪は高い位置で一つに纏められ、顔には柔和そうな笑みを浮かべている。白鳥のような色の制服が後ろの者達と異なり非常に目立つ。それに拍車を掛けるように整列している彼らより身なりが立派な気がした。

 そして、極めつけは彼女の耳。エンナには彼女の耳が尖って見えるのだが、気のせいだろうか。


「アルベルト殿下の御前ですよ。いつまでそうしているおつもりですか?」


 彼女は笑みを浮かべたまま、子供に言い聞かせるかのようにゆっくり、それでいて上品に告げる。その声は穏やかで静かなのに、この広い平原にとてもよく通った。

 告げられた言葉に周囲は雷が走ったかのように慌てて跪く。

 エンナも弾かれたように額が地面に擦り付けんばかりに平伏した。


 って正真正銘、この国の王子様じゃないの!!


「精霊騎士団第八隊、隊長ウルーディ・テリス・ジェディス!」

「はっ、ここに」


 ウルは顔が見えるくらいまで急いで走っていくと、すぐにその場に跪いた。


「一体これはどういうことだ」

「それは……」


 苦しそうに言い淀むウルに、アルベルトは溜め息をついた。


「勝手に動くなと言っただろう。どうしてこんな軽率なことをしたんだ」


 呆れ交じりのアルベルトにウルは勢いよく顔を上げた。


「ですかアルベルト様っ! 事が事です! 放置するにはあまりにも危険と」

「言い訳は聞かないぞ、ウル」


 ウルは言葉を詰まらせると、ショックを受けたのか頭を下げる。

 ウルの消沈する態度にアルベルトはもう一度深い溜め息をついた。


「ウル、お前が私達のことを思っていることは分かっている。今回の件も、心配しての行動だということもだ。しかし、やり方が目に余るぞ」

「…………」

「……第八隊隊長ウルーディは二週間の謹慎、副隊長グラデウス及び隊員は一週間の謹慎処分とする!」


 彼らに科せられた罰にウルは勢いよく顔を上げた。


「アルベルト様!」

「父上も、勿論私も、お前やお前の隊員だからこそ信頼しているんだ。これからも頼むぞ」

「勿論に御座います……!!」


 アルベルトの言葉にウルは感極まったようだ。高ぶる感情を抑え込むように再びアルベルトへ頭を垂れる。

 アルベルトはウル達の態度を満足そうに頷くと、今度は目を鋭くさせた。


「ベンドール・シュペッゼ伯爵!!」

「は、はいっ、ここに」


 ベンドールは急いでこちらに近寄ってきていたようだ。息を切らし、顔や首からは滝のように汗を噴き出している。

 彼は荒い息のままその場に膝をついた。


「ベンドール伯、貴様の弁明など聞く余地もない。陛下への反逆行為は明白であり、その他に罪を犯していることも既にわかっている。よって陛下に代わり、陛下の名の下、この場で私が貴様に沙汰を下す。ベンドール伯はこの時より爵位を剥奪、全財産の没収と共にガルヘルド行きとする!」

「そ、そんな……」


 ベンドールは真っ青になりながら、恐怖で身体を震わせた。

 ガルヘルドは北の海に存在する監獄孤島のことだ。この世の地獄とも表されるこの牢獄は、無期有期関わらず送られてきた囚人達の殆どを死に追いやる。何故そのようなことになるのかは、詳しくは知られていない。が、皆の推論では、何らかの原因で囚人達が精神崩壊してしまい、そのまま死んでしまうのではないかと言われている。

 兎に角、この牢獄へ送られるということは、ある意味死刑宣告をされたも同然なのだ。


「ディック隊長、並びに兵の皆さん。一体何をしていらっしゃるのです。早くその者を引っ捕らえなさい」


 傍らに控えていたあの女性が慈愛の微笑とは裏腹なことを皆に促す。

 ディックやベンドールの側にいた兵士達は、すぐさま行動を起こした。あまりの恐怖にガクガクと震えることしかできないベンドールを逃げられないよう捕らえる。


「待て、ディック隊長」


 兵士と共にベンドールを連れて行こうとしていたディックを止めたのはアルベルトだった。呼ばれたディックは姿勢を正し、神妙な面持ちでベンドールと兵士達を背に膝をつく。


「……お前の妻も娘も無事だ」


 ディックはハッと顔を上げる。その表情には驚きで目が思い切り見開かれていた。

 ていうか、この人。奥さんと娘さんを人質にとられていたのか。

 その事実にエンナも驚いた。


「シェルに感謝するんだな」


 次にディックが視線を送ったのは当然シェルの方だった。しかし、シェルはじっと頭を垂れたままで微動だにしない。ディックは、悔しさか喜びできているのかわからない顔で、きつく瞼を閉じて再び俯いた。


「処分は追って出す」


 アルベルトはそんなディックにもう行って良いとこの場を去ることを許すと、彼は礼をとって走り出した。

 連行されるベンドールの情けない後ろ姿を暫し蔑むでから、アルベルトは「さて」と態度を改める。

そこで間抜けな顔でいたエンナとアルベルトの目がばちっと合ってしまう。エンナは慌てて顔を伏した。


「リューリ、シェル。この娘が」


 はっきりと返事をするリューリの声がすぐ後ろから聞こえてきた。

 いつの間に。


「今は亡き先の王エイブラム様が王女、エンナ・ティル=フィアデル様で御座います」

「ほう……」


 興味深そうな呟きとともに、ビシバシとアルベルトの視線を感じる。その刺さるような彼の目からエンナはこの場から逃げ出したいとさえ思った。

 衣擦れと草地を踏む音がして、どうやらアルベルトが馬から降りたらしいということが伺えるが。その音が近付いてきているのは気のせいだろうか。更に、足音がピタリと腕一本分の距離ほど近くで止まったのは、幻聴だろうか。


「エンナ、おもてを上げよ」


 頭上からアルベルトが命じてくる。エンナは恐る恐るといった具合に顔を上げてみせた。

 そこには凛々しく立っているアルベルトの姿がある。間近で見ると、これぞまさしく王子様! といった容貌だ。エンナは、眩しい彼に感嘆として見惚れてしまう。

 しかし、それも一時の間だけで、先程からアルベルトの視線が痛い。まるで品定めでもするかのように、まじまじとエンナを観察している。エンナは珍獣にでもなった気分だった。居心地が悪くて、顔を背けそうになるのを必死で我慢する。


「なんだ、どんな女かと期待していたが……」


 残念だとばかりに憂いのある溜め息をつくと、アルベルトは肩を落とす。

 エンナはアルベルトの物言いにガチッと凍りついた。

 なんだそれ。どういう意味だ。

 確かに、自分は綺麗なわけでも可愛いわけでもない。ごくごく普通の何処にでもいそうな町娘だ。美形に囲まれて、余計見劣りしているのも理解できる。

 しかし散々人のことを見ておいて、挙げ句年頃の娘にそれはあまりにも失礼すぎやしないだろうか。


「殿下、女性に対してそのような言い振る舞いは失礼ですよ?」


 特徴的な耳をしているあの女性が傍らにきて、やんわり王子を窘める。アルベルトは彼女の言葉に肩を軽く竦めた。


「だってそうだろう。ルージュの姉、つまりはエメリナ様の娘だぞ。期待しない方がどうかしている」


 そんな勝手に期待されても。こちらとしては心外だ。

 多分、エンナとルージュの母、エメリナは美しい人物だったのだろうが、だからといって勝手に想像を膨らませて期待されても困る。

 すると、彼女はあらあらまぁまぁと口元を手で覆った。


「エンナ様は十分可愛らしい方ですわ。アルベルト殿下の目はとても節穴ですのね」

「おい待て、アテリア。お前だってその言い草は王族に対して無礼だぞ。大体、そうしてずっと目を瞑ったままのお前に何がわかるっていうんだ」


 アルベルトの言う通り、アテリアはずっと目を瞑ったままだが、どうしたのだろうか? 目が盲目なのだろうか。でも、それにしては随分と普通に立って歩いているような。


「あら、こうして目を閉じていようと、わたくしには手に取るようにわかるのです。ね? エンナ様」


 アテリアは柔和な微笑みをエンナへ向け、小首を傾げた。

 が、そんなことを尋ねられても困る。エンナは曖昧に「はぁ」と答えることしかできなかった。


「アルベルト殿下はエメリナ様のことを慕っておいででしたから、無理ないかもしれませんが、私も殿下の目は節穴と思います」


 と、アテリアに同意を示したのは意外にもシェルだった。耳にしたアルベルトも、エンナでさえ面食らって動けなくなる。

 アテリアは嬉しそうに両手を合わせてた。


「そうですよね。エンナ様は誰が見たって、とても可愛らしい方だと言いますわ」

「なのに殿下ときたら……」


 二人して同時に嘆くような溜め息をつく。シェルに至っては米神まで押さえて。

 アルベルトはそこでハッと我に返った。


「二人共! 王子に向かって失敬にも程がある。アテリアはまあ良いとしてシェル! お前は不敬罪に問われても文句は言えないぞ」

「その心配はありません。私の声は半径四メートル以内の者にしか聞こえぬよう限定させて頂いているので、今の会話はアルベルト殿下、アテリア団長、リューリ隊長にローズ、そしてエンナ様以外には伝わっておりませんので」


 抜かりありません、とキリッと至極真面目に答えるシェル。アルベルトは驚いて目を見開いた。


「い、いや、しかしだな……そのうちの誰かが証人として」

「それは無駄かと。この場にいる者達がそのような殊勝なことをするとは思えません」


 シェルの助言を証明するように、アテリアは「まぁまぁ」とほのぼのしい笑みを浮かべているだけ。リューリなんかは、胡散臭い爽やかな笑顔で完全に傍観を決め込んでいる。

 エンナは辱められていた張本人なので数から除外されているらしく、見向きもされない。アルベルトは最後の希望とばかりにローズへ目を向けるが、彼と視線があった瞬間、気まずそうに彼女はサッと顔を背けた。

 アルベルトの身体がわなわなと震え始める。

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