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精霊騎士  作者: 羽嵐
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9.精霊騎士 (3)




 エンナ達は暫く湖の側で休んだ後、早々にその場から出発した。一所に長いこといると各派の追っ手にすぐ見付かってしまい、追いつかれてしまうからだ。

 特にリューリ達が気にしていたのが現国王派のグラウ。

 彼は土の精霊使いらしく、下手するともう居場所があちらにわかってしまっているかもしれないという。

 そして、今エンナ達が向かっているのは予定していたイリコットではなく王都エティア。

 精霊使いになるにしても、王族の前に膝を折り、誓いを立て王より許可を得なければならない。その上で、彼らとそしてそれを見届ける証人として、大臣や団長の目の前で契約の儀式を執り行わないといけないらしい。王位継承者が精霊使いまたは精霊騎士になるための仕来りなのだそうだ。なんとも面倒な話だ。

 兎に角、一刻も速くアラディン国王陛下に拝謁し、エンナが精霊騎士になることを宣誓しなければ。


 そして、その日の夜。

 彼女達は洞窟の中で夜を明かすことにした。

 今日は運悪く満月。満月の日は魔物がより活発に、且つ凶暴性が増す上魔力も高まる日なので、夜動くのはかなり危険なのだ。

 シェルは魔除けとグラウの探査除けの結界を張って、彼を除いた三人は洞窟の中で身体を休めている。

 それにしても、またシェルが周囲の見回りなのか。

 エンナ達と一緒に行動を共にしていた限りでは、いつも彼が周囲を見張っていた。シェルはいつ休んでいるのだろう。

 仮眠を取っているローズの隣で、エンナは眠れずにそんなことを考えながら外を見やる。月の灯火が森の中を優しく照らしていた。


「シェルのことが気になる?」


 いつ何が起きても動けるように剣を持って、洞窟の入口の縁で腰掛けていたリューリがエンナの方へ視線をやった。

 この人の勘の鋭さには驚かされる。リューリには、他人の考えが手に取るようにわかるのではないだろうかとさえ思う。


「気になるっていうか、いつも見張りとかしてて身体壊さないのかなって」

「それは大丈夫だよ。シェルには三体の精霊がついているからね。いつも彼らと交代しながら見張ってるみたいだから、そんなに身体への負荷はないみたいだし、ねっヒン」


 リューリの肩に小さな旋風が出来て、そこからヒンが現れる。リューリの赤い髪が風に攫われて、月光を反射した。

 ヒンはリューリの肩に乗ると、元気よく「へいっ」と答える。


「今はスーと一緒に見回ってるんで、心配はご無用ですぜエンナのお嬢」

「お、お嬢……」


 なんだか極道の女みたいな呼ばれ方だ。


「心配ならシェルと直接話してみやすかい?」

「話すって、そんなことできるの?」

「へい! スーとあっしは双子の風精霊。あっし達が繋がれば遠くにいる相手と話すことが出来るんでさ」

「そんなこともできるの。凄いわね」


 素直に賞賛すると、スーはそんなことはないと、照れを隠すように小さなお手々で顔を擦った。

 あっ、可愛い。


「んで、話してみやすかい?」


 そこでハッと我に返る。ヒンの愛らしさに胸をときめかせている場合ではない。


「い、いいっ、いい! あっちも悠長にお喋りしている場合じゃないと思うし」


 慌ててヒンの申し出を断る。シェルと二人で話すって、一体何をだ。しかもあまりにも唐突すぎる。

 ヒンはエンナの慌てぶりに首を傾げた。


「そうですかい? 今は向こうも落ち着いてるみたいですが」

「うん! 大丈夫だからホント!」


 エンナは両手を振って必死に断ると、ヒンは益々首を横に傾げるが、やがてわかりやしたと頷いてくれた。

 ほっと胸を撫で下ろすエンナを見て、リューリはくすくすと笑う。


「わ、わたしちょっと水飲んでくるっ」


 居心地が悪くなって、エンナはそそくさと外へ出た。確かすぐ側に小川があったはずだ。


「遠くには行かないようにね。結界があるとはいえ、何が起こるかわからないから」

「そんなことわかってるわよっ。結界からは出ないようにするし」


 背後からリューリがそう注意すると、エンナはツンと返す。またリューリの可笑しそうな笑い声がしたが、聞こえないふりをして目の前にある小川へと向かった。

 洞窟と森の間に境目を作るようにしてあるその小さな川は、月の光を浴びてキラキラと輝いていた。膝をついて手を器代わりに水を汲む。水は冷たくて、喉へ流し込めば冷気を放って身体の中を潤した。

 そこでふと、エンナは今朝のことが頭に過ぎる。

 突然、精霊騎士になれと言われたって、すんなり受け入れられるはずもなく。第一、精霊使いになること事態がまず大変なことなのだと教えられたら、余計に受け入れがたかった。

 思わず、深い溜め息をついてしまう。色んなことが唐突すぎて頭が破裂してしまいそうだ。


――エンナ……姉……ま――


 そこで突然、エンナの耳が涼やかなソプラノの声を捉えた。驚いて周囲をさっと見渡すが誰もいない。いや、しかしこの声には聞き覚えがある。あの時、エンナが不安で眠れなかった夜に聞こえた……


「もしかして、ルージュ……?」


 恐る恐る誰もいない周囲に問いかける。すると、か細く「はい」と返事が返ってきた。


「どうしてルージュの声が? 何処にいるの?」

「エンナお姉様、川を。小川を見て下さい」

「川?」


 エンナは先程水を飲んでいた小川へと視線を下げた。そこにはなんと。


「ルージュっ」


 今生の思いで別れたルージュの姿が水面に映し出されていた。お月様のお陰でハッキリ彼女の姿を捉えることが出来る。

 心底驚いているエンナに、ルージュは控えめに笑った。


「すみません、驚かせてしまって……」

「いやいや、別にそんな謝ることなんてないんだけど、ルージュってこんなことも出来るのね」

「はい。水とお月様の力があれば、こうして意思疎通を図ることができます」

「へぇ、精霊術って本当便利なのね。てことは、やっぱりあの時の声もルージュだったんだ」


 ルージュは一瞬目を瞬かせたが、何のことを言っているのかすぐに分かったらしく「はい」と微笑んだ。


「そっか。あの時は本当にありがとう。ルージュがあの時声を掛けてくれなかったら、わたしどうにかなってたかも」


 色んなプレッシャーに押し潰されそうだったエンナ。もし、ルージュの言葉がなかったら、そのうち心が発狂していたかもしれない。


「い、いえっ、わたくしは大したことしてませんから……」


 ルージュは照れ臭そうに顔を綻ばせた。

 優しいルージュ。こうして顔を合わせているだけでも、純真無垢な彼女に癒される。

 そこでふと、エンナはルージュに聞いてみたくなった。


「そういえばさ、ルージュはどうしてわたしを助けようとしてくれたの?」


 ルージュはきょとんと目を瞬かせた。

 自分が意地悪な質問をしているのはわかっている。でも、ルージュからその答えを聞けたら、リューリから問われたことへの答えが自然と見出せる気がするのだ。

 自分が助かる道。

 それだけじゃ足りない。精霊騎士になりたいと、なると強く思える確固たる何か――

 そしてきっとルージュなら、エンナが欲しい言葉をきっと……


「エンナお姉様はわたくしの大切なお姉様ですもの。それに、もし血の繋がりがなかったとしても、誰かが危険に晒されているのだと知ったら、その人を助けたいと思うのは当たり前です」


 それが当然とばかりに言うルージュ。彼女はどうしてエンナが突然そんな当たり前のことを聞いてきたのかわからず、ただ首を傾げた。

 エンナは微笑んだ。

 人間というものは、言葉ではいくら言い繕っても、実際目の前で何かが起こったら自分に関わらない限りは手を出さないものだ。でもルージュなら、何の関わりがなくとも本当にそうするだろう。

 この子の心は純粋で穢れもない。でも、だからこそ危うい。

 世の中、それだけで通れる程綺麗な世界ではないのだ。


『エンナ、今の自分を全て捨てる覚悟はあるかい?』


 リューリにそう問われた自分の答え。

 エンナの中で、確かな決意が固まった。それは絶望でもなく、希望に充ち満ちた光。エンナの未来を照らす道標。自分自身を縛り付けるでもない、その決心は寧ろ精霊使いになることへの恐怖心をも吹き飛ばして、幸福感と温もりをエンナにもたらしてくれた。

 もしかしたら自分は、ルージュに背中を押して貰いたかったのかもしれない。一歩踏み出す切っ掛けが欲しかったのだ。


 うん、出た。

 私の答え……


「ルージュ、ありがとう」


 自分を導いてくれたルージュにお礼を言うと、彼女は益々首を捻った。

 不思議そうにしているルージュを見て、エンナはただ笑う。

 でもその顔には、何処か吹っ切れたような、晴れやかで希望に満ちていた。

 エンナの首にかかるあのペンダントが揺れる。エンナは服の上からペンダントをぎゅっと握った。

 その胸に、新たな強い思いを秘めながら。

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