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精霊騎士  作者: 羽嵐
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9.精霊騎士 (2)

「えぇ! 本当に三十四歳!?」

「だからそう言ってるじゃないか」


 驚きのあまり、失礼にも指をさしてくるエンナにリューリは可笑しそうにしている。


「だって、どう見たって十代そこらにしか……」

「精霊と契約を交わした人間、精霊使いは老いるということから解放され、不老長寿の身になるんだよ」

「長寿? それって一般の人よりもってこと?」

「うん、どれくらい生きられるかはまだ不明なんだけどね。取り敢えず、実証されている最高年齢は三百歳かな」

「三百歳!」


 そんな不老や長寿などと、かなりありえない話だ。

 人は他の動植物と同じ生き物。生き物は時の流れで老いては朽ちていくものであり、それが定めだ。生きている限り、生きているからこそ、時間は生きている者達の身体に刻まれていき、やがては果てていく。


「そ、そんなことがありえるの?」

「この世に“ありえない”ということの方がありえないと僕は思うよ。それにありえない以前に実在しているからね」


 ぐっとエンナは言葉を詰まらせた。

 しかし、もし二人が真に三十四歳なのだとしたら……

 エンナの疑心に満ちた視線は自然とローズへ向く。

 それに気付いたローズが「まぁ!」っと声を上げた。


「失礼ですわね。わたくしはこう見えてまだピッチピチの二十歳ですわ!」


 機嫌を損ねたローズは、腕を組んでふんっとそっぽを向いてしまった。

 でも二十歳なんだ……

 ショックだ。大分ショックだ。ローズのピッチピチという死語に反応ができなかった程度には、二十歳という事実の方が衝撃だった。同い年くらいだろうと思っていたローズまでも、エンナより五歳も年上だったのだから。

 二人のやり取りを見ていたリューリがくすくすと笑う。


「瞳のこともそうだけど、精霊使いが化け物呼ばわりされる最大の理由は不老長寿ってところと魔法が使えるってところだね。明らかに普通の人とは逸脱した存在だから」


 笑みを浮かべたまま言うリューリ。

 なんだかその言葉は、エンナには哀しく思えた。

 だからって、彼ら精霊使いを化け物と偏見で呼んで良い理由にはならない。


「精霊使いだろうが何だろうが、人は人だわ。同じ人であることに変わりないじゃない」


 彼らは一瞬驚いたように目を見開いた。

 いくら普通の人と違うからって、それがなんだとエンナは思う。

 精霊使いもそうじゃない人も、同じ血が通い、心を持った“人”であることになんら変わりはない。

 それはきっぱりと断言する。

 するとふっと皆の表情が和らいだ。


「皆がエンナのように考えてくれていたら、嬉しいんだけどね」


さて話を続けようと、リューリは気を取り直すかのようにニッコリと笑った。


「実はね、人と精霊が契約を交わす時、人は身体中に痛みを伴うんだ。痛み方に個人差はあるけど、酷い人はそれで一、二週間は寝込む」

「えっ、そうなの?」

「うん。精霊使いになると瞳の色が変わったり、不老になったりと、色々身体の構造が変わるわけだからね。それは当然の代償だよ」


 確かに、そう言われればそうなのだが、しかし少し不安になってきた。

 そんな長い期間寝込んでしまう程の痛みとは、どれだけの痛さなのだろう。大きな病気も怪我もしたことのないエンナには、想像することすらできない。


「あの、リューリは契約を交わした時はどうだったの?」


 エンナは恐る恐るリューリに問うてみた。参考にはなるはず。


「僕かい? そうだなぁ、僕は軽い方だったと思うよ。高熱が出たり、激しい耳鳴りに襲われたり、節々が痛くて起き上がれなかったけど、四日くらい経ったらなんとか起きられたし」


 さらりとリューリは答えた。

 それを聞いてエンナは益々不安になってくる。リューリでさえそんな風になってしまうのだから、身体にかかる負荷は相当なのだ。


「まぁでも、契約に際しての痛みなんてのはそんな大した問題じゃない」


 いや、問題すぎるでしょ。

 エンナが目を窄めていると、リューリは肩を竦めた。


「精霊使いになれば精霊術が扱えるようになるし、一般の人より身体能力は上がる上に年をとらなくなる。病気にだって強くなる。見ようによっては、契約時の痛みさえ乗り越えられれば良いことだらけさ。でもね、実際はそんな良いことばかりでもないんだよ」


 エンナは首を傾げた。

 一体身体への痛みの他に、何が問題だというのだろう。


「シェルがどうして喋れないのか、わかる?」


 エンナはシェルの方へ視線をやった。シェルは目を静かに閉じている。もしかして……


「もう察してると思うけど、身体の一部が機能しなくなることがあるんだ。シェルやローズみたいに」

「えっ、ローズもなの?」

「えぇ……わたくしは左の小指が動きませんの」


 ローズは右手で左手を庇うようにさすった。それは気付かなかった。


「と言っても、それは生活に支障のない範囲でだからまだ良いんだけど」

「いや、全然良くないでしょ。シェルなんか支障出まくりじゃないの」


 それをそうでもないと首を振って否定したのはシェル本人だった。


「別に目が盲目なわけでも、耳が聞こえないわけでもない。自分の意志を伝えるくらい幾らでも方法はあるからな」

「そりゃそうかもしれないけど……」


 しかし、喋れないということだって大変なことだ。実際、シェルとこうして会話が出来なかった時、エンナは彼への対応に困っていたものだ。


「それにこれは場合によりけりなんだ。こういう風になるのは元々健康だった者が多い。逆に何か身体に障害を持っている者は、精霊使いになることで治ったりするしな」

「へぇ……」


 裏を返せば、エンナも精霊と契約したら何かあるかもしれない、ということだ。


「でも、まだこれは良い。どうにかなることだからな。もっと深刻に考えるべきなのは……」


 シェルはそこで言葉を止める。他に何があるのというのだろう。身体に障害が出る可能性がある他に。


「子供が出来にくくなるんだ」


 シェルは少し言い辛そうに言葉を続けた。「えっ」とエンナは溢す。


「子供が……?」


 シェルもリューリも、そしてローズも皆ゆっくり頷いた。


「精霊使いになると、子供が出来にくい身体になるのさ。出来る人もいるけどね。でも、明らかに普通の人達よりは出来ないし、出来たとしても身体が弱い子が生まれることが多いんだ」


 リューリの話に愕然となる。確かにそれは深刻な問題だ。

 やはり皆子供は欲しいと思うものだ。エンナだって例外ではなく、将来的には沢山の子供が欲しいと思っている。そして、質素でも可愛い子供達に囲まれた幸せな家庭を……


「精霊使いになるってことがどういうことなのか、これで少し分かって貰えたかな」


 エンナはリューリの問いに只頷いた。シェルやリューリが何を言わんとしているのか、ようやっとわかった。

 精霊使いになるのは、良いこともあるが大変なリスクも伴うということが。


「それでもわたしが助かる道は……」

「精霊使いでもある精霊騎士になる他ない」


 シェルの言葉が更に重い。


「で、でも、精霊使いになるっていったって、わたしと契約してくれる精霊がいればの話でしょ?」


 精霊使いになることを避けるようにエンナは提案した。肝心の精霊がいなければどうしたって精霊使いにはなれない。

 逃げられるなら逃げ果せたい。

 いや、無理なのは承知の上なのだが、しかし、契約をしてくれる精霊がいなければもしかしたらということも……


「そのことなら心配ない」


 エンナの願いはあっさりシェルによって打ち砕かれた。

 恨めしくシェルの方を向く。彼はエンナの視線の意味がわかっていないようで、きょとんと目を瞬かせている。この人、鈍いんだかそうでないんだか本当によくわからない。

 エンナが更に目を細めてじっとシェルを見ていると、彼は少し困ったように見つめ返してきた。

 リューリのくすくすと笑う声が聞こえてきて、そこでエンナはハッと我に返る。


「と、兎に角、なんで心配いらないのよ」


 何故だか気恥ずかしくなって、エンナはシェルから視線を逸らした。なんで自分が赤くならなくてはいけないのだ。


「エンナにはその花精かせいがいるだろう?」


 シェルは何を今更と言うように小首を傾げている。

 そして、タイミング良くまるでシェルの疑問に答えるように花精が鳴いた。

 いや、ちょっと待った。


「確かにこの子には何故だか懐かれてるし、ここまでついて来ちゃったけど、契約してくれるかどうかなんて」

「何を言ってるんだ。もうエンナとその花精は仮契約を済ませている仲なのに」

「そう仮契約をって、はぁ?」


 仮契約とは何だろう。花精とそんなものをした身に覚えはないのだが。


「エンナ、僕らと会う前にこの花精から名を聞かなかったかい?」

「名前……?」

「うん。言葉として言われたんじゃなくて、例えばそうだね。直接頭に文字が浮かんだような感覚、かな」


 言われてみれば、胸くそ悪いあそこから脱出する前、文字を直接頭に送られてきたようなことがあった。


「フラン・フラワー」


 確か、こんな感じの……

 リューリは笑顔を張り付かせたまま続けた。


「因みにその後、身体に異変はなかった? 目眩が襲ったり、頭痛が起こったり、気分が悪くなったり」


 エンナは黙り込む。


「あるんだね」


 リューリの的確な問いにエンナは頷くしかなかった。

 そうその直後、フラン・フラワーというものが頭に浮かんだら急に貧血のようなものに襲われた。その時エンナは床に座っていたし、別に倒れる程でもなかったので平気だったが。


「エンナ、それが仮契約ってものだよ」

「へ?」

「精霊が名を明かし、その名を明かされた者が言葉として復唱すれば、それで仮契約は成立する。仮契約が成立すると、瞬間的にだけど人の身体に何かしらの異変が起こるんだ」

「じゃ、じゃあつまり……わたし、この子とその仮契約ってやつを……」

「したってことになるね」


 リューリはなんとものんびりにエンナの後に続く台詞を付け加えてくれた。

 エンナは開いた口が塞がらず、只もう唖然とする。

 仮契約というものがどういうものなのかよくわからないが、「仮」と「契約」。仮の契約だってことは理解できる。それはつまり、ある意味契約している状態ともいえるわけで……


「まさかあれがそういう意味だったなんて……」

「良かったじゃない。契約してくれる精霊を見付ける手間が省けて」


 エンナがショックに打ち拉がれていると、そこへリューリの痛快な言葉が振ってくる。


 くそ~この男ぉぉぉ。


 エンナは恨めしく彼を睨み付けた。

 リューリのなんとも楽しそうなこの表情。

 それを目の当たりにすると、実はこの男、ドのつく程のサドなんじゃないかとさえ思い始める。いや、きっとそうに違いにない。人がこんなに困っているのに、それを面白がっているのだから。

 腹黒な上にサド。

 最悪すぎる。なんだこの性格の濃ゆさは。どうやったらこんな人格が出来上がるのか、聞いてみたいものである。

 そんなこと死んでも本人には聞けないが。

 しかし、なんでシェルはエンナと花精が仮契約をしているとわかったんだろう。エンナは疑問をそのままシェルに尋ねてみた。


「俺の声が聞こえているだろう?」

「そりゃまぁ勿論」


 そうでなければ、エンナがシェルに受け答えることなんてできやしない。


「だからだ」


 だからと言われても。

 エンナはよくわからなくて片眉を上げる。すると、シェルはエンナに何かを見せるように手を差し出してきた。

 シェルの行動に始め理解できなかったエンナだったが、彼の掌に乗っているものを目にして反射的に自分の左手首を握る。そこにあるはずのものの感触はなく、自分の体温が伝わるだけ。シェルの掌に載っているものと、握った手首を忙しなく交互に見ながらエンナは驚きの声を上げた。


「ブレスレッド!」


 シェルの手には、彼がエンナにあげた腕飾りがあった。小さなエメラルドの石が朝の光を反射して輝いている。

 いつの間に!


「俺の声は普通の奴には伝わらない。俺から何かしらの手段を使わない限りは。でも、聞こえる奴らはいる。俺が何もせずとも声を聞くことのできる奴らは……」


 何かを媒体にしなくてもシェルの声が聞こえる者。

 そういえば、リューリ達は何も装備していなさそうだったのに彼と意思疎通を図れていた。


「精霊使いならシェルの声が聞こえる……?」


 シェルは頷いて肯定した。


「精霊使い、またはそれに帰する者、仮契約者なら俺の声は普通に聞こえるんだ」

「成る程、そういうことだったの」


 だからリューリ達はシェルと普通に会話できていたのか。やっと謎が解けたような気がした。


「あとねエンナ。本契約したら、人は今の名前を捨てなければならない」

「名前を捨てる?」


 軽く首を縦に振ってからリューリは話を続ける。


「精霊と本契約したら、人は契約の証とその精霊との絆を強めるために、契約を交わした精霊の名と自分の名を捩った名前に改名しないといけないんだ」

「えっ、そしたらリューリ達の名前がみんな異様に長いのって」


 そういうことだよとリューリは点頭した。


「名前というのはとても大切だ。名はその人の本質さえも表している。それを捨てるってことは、今までの自分と決別しなければならない。過去の自分はもうそこには存在せず、新しく精霊の契約者として生まれ変わり、その道を歩んでいくんだ」


 そうか。何となくだが、リューリやシェルがどうして“殺す”などと揶揄していたのかがわかった。しかしそれにしたって、“殺す”なんて物騒な。もう少しマシな表現もあっただろうに、ややこしいにも程がある。

 エンナは呆れた面持ちでいると、少時目を伏せていたリューリはスッと瞼を開け、真摯な瞳でエンナを貫いた。


「エンナ、今の自分を全て捨てる覚悟はあるかい?」

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