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精霊騎士  作者: 羽嵐
21/31

8.月輝く夜に (3)

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!!」


 エンナの無情を訴えるかのような叫びが響き渡る。


 折角ルージュがくれたのに……


 エンナはショック過ぎて膝をつき、額を窓の縁へ乗せた。

 まさか食べてちゃうなんて。

 その状態のまま唸っていると花精がまた鳴き始める。エンナは恨めしそうに顔を上げた。

 しかし、その表情は一変して目を丸くする。

 花精の瞳がまた七色に輝いていたのだ。花の精霊が尻尾を左右に二、三度振る。そこからキラキラと星の欠片のような何かが落ちた。それは輝きを失わず、まるで雪のように地に向かって降っていく。エンナはそれを興味深そうに目で追っていると、花精が一際甲高く鳴いた。

 エンナがその声に気を取られ、花精に視線を戻した刹那、下の方から何かがせめぎぎ合うような音が響いてくる。何だろうと訝しく思って窓から顔を出し、下を見やれば沢山の蛇が凄い勢いで壁を這って迫り来ていた。


「なっ、ちょっとえーーー!?」


 エンナは目を剥いて慌てて顔を引っ込めた。尻餅を着いたまま後退ると、何匹もの蛇がついに窓辺から顔を出す。そして、奴らは暫く蠢動しゅんどうした後、窓の縁にへばりついて動かなくなった。

 恐る恐る近付いてみると、蛇と思っていたそれはエンナの勘違いで植物のようだった。所々に花をつけている。種類はわからないがツル植物には違いない。


「どうなってんのこれ……」


 エンナは壁にへばり付いている植物を、窓辺から草の生えていない地面にかけて目を流す。


「アンタがやったの?」


 エンナは理解できないであろうと思いつつも、つい花精に質問する。すると、まるで花精はエンナの言葉がわかっているかのようにあの可愛らしい鳴き声で答えた。

 しかし、どうしてこのようなことを。


「もしかして、これを伝って逃げろってこと……?」

「キュゥ」


 そうだよ、と言わんばかりに花精は鳴く。

 エンナは花精と植物を交互に見た。

 花精が本当にエンナを逃がしてくれようとしてやったことなのか、それともただの悪戯の一端でたまたまなのかはよくわからない。しかし、これを使う手はないと思った。このままじっとしていたって仕方ないし、それでは現状は何も変わらない。この状況をどうにかしたければ、足掻けるところまでとことん動いて自分の力で切り開かなければ。


 エンナは一応花精にお礼を言ってからツルに手をかける。

 木登りは得意だ。昔は、よく木登りをして神父様に叱られていたのを思い出す。しかも、屋上から飛び降りた経験を持つ今の彼女に怖いものはない。ツルを使って降りるなど容易いことのように感じた。

 エンナはツルがしっかり壁にへばり付いているか、茎が切れない程丈夫か確認してから、梯子の要領で茎の間に足をかけて降り始める。花精は付かず離れずの距離を保ちながらエンナの側で浮遊して後をついていった。

 丁度一階くらいの高さまで降りきると、エンナはえいっと手足をツルから離して宙に身体を躍らせる。ヒラリとネグリジェの裾を閃かせて華麗に着地してみせた。


 今のちょっと格好良かったかも。


 なんて、自画自賛をするのも束の間。

 さっと視線を走らせて周囲に誰もいないかどうか確認する。一つも人影はなく、無人であることに少し安堵して、エンナは石の塀の側にある茂みまで走ってそこに身を隠した。


「問題はここからね」


 そう、ここまでは良いがここからどう脱出するかが問題だ。

 この小城のようなお屋敷は、四方を石の壁で覆われている。抜け穴が何処かにあるかもしれないが、探しても無駄な気がした。押し寄せるような圧迫感を感じるこの壁に欠点なんてなさそうな気がするのだ。それは緊張のあまり焦っているからそう感じるのかもしれいるが、兎に角今は時間が惜しかった。

 が、かと言って隙をみて門から抜け出すというのも無理な話だ。


 あとは。


 エンナは聳える石の壁を見上げた。


 あとは、ここをよじ登って脱出するか。それが一番手っ取り早い。


 しかしこれには問題がある。

 まず一つは、花精がまたあの技を披露してくれるかどうか。

 もう一つはここの見張りに見付からないか。これが一番の問題だった。門から死角になっているとはいえ、見回りがここへ巡回に来てよじ登る彼女の姿を目撃される危険が非常に高い。

しかし、名案が浮かぶ程の考える猶予はない上、今の彼女にはそれしか思い付かなかった。脱出作戦には、ある種の大胆さもなければ。と、無理矢理自分の良いとは思えない作戦に頷く。

 それに誰も巡回に来ていない今しか、この作戦は実行できないのだ。

 しかしだ。まず花精がまたあれをしてくれないと始まらない話でもある。


「ねぇ、ここの石の塀を登って向こう側へ逃げたいんだけど、さっきのあれ、またできる?」


 と、試しに聞いてみる。花精は「キュル」と一つ鳴いて、石壁へと飛んでいく。やはり、あの花の精霊はエンナの言葉が理解できているようだった。エンナは花精の後をついて石の塀の側まで近付く。花精は、クルクル回って尻尾からまたあのキラキラした光の粒を蒔いていった。そして、先程と同じように甲高く鳴く。すると、そこからツルが一斉に湧き上がって石壁の天辺まで一気に昇っていった。


「なかなかやるじゃない」

「キュルルッキュル」


 エンナが褒めると花精は誇らしげに胸を張り、尻尾をピンと伸ばした姿勢をとった。その様子を可笑しそうにエンナは忍んで笑ってから、茂みの向こう側をもう一度見渡して誰も来ていないことを確認する。

 よしっと息巻いて、エンナはツルを登り始めた。石壁は多分六階分くらいはありそうだが、そのくらい登ってしまえばお茶の子さいさいだ。エンナは足場をしっかりツルの隙間にかけながらスイスイと登っていく。


「ちょろいちょろい」


 鼻歌でもしてしまいそうな程順調によじ登っていくと、下方から人の声が聞こえた。ピタリと動きを止め、エンナは恐る恐るそちらへ視線を向ける。どうやら見回りの兵士が二人程、ここへやってきてしまったようだ。二人は部屋の開け放たれた窓にツルが不自然に伸びているのに気付いて、何か話している。


「ヤバイ……」


 脱走がバレた。確かに、こんな大胆な脱走が簡単にいくわけがないとエンナ自身も思っていたことだったが、ごくりと固唾を飲み込む。

 こっちに気付くな、気付くなと祈るように心中で呟いていると、二人のうち一人がこちらに目を向けた。

 その兵士とエンナの目がバッチリかち合う。

 兵士の男は言葉も出ないようで、視線はエンナに向けたまま傍らにいる仲間の肩を叩いて必死に訴えた。もう一人の兵士が五月蠅そうに「何だよ」と振り返る。「あれ」と指差す彼の指を目で追いながら石の壁を登るエンナにやっと気付いた。

 少時、エンナと兵士二人は固まって、お互いを見つめ合い、


「だ、脱走だああああっ!!」


 それだけを言うのに精一杯だったのだろう。

 あとからエンナに気付いた方の兵士が叫んだ。

 その声にエンナの身体が動き出す。エンナは必死になってツルで出来た綱をよじ登った。急いで石壁の頂上までくると、ツルはそこから更に下まで伸びているようだ。これは助かる。エンナはしっかりツルを掴んだまま、塀を跨って反対側へ出た。決して下は見ないように、慎重に。見付かったことへの緊張と石壁の高さへの怖さが相俟あいまって、足が竦んで震えた。そこをなんとか叱咤して、エンナはツタを今度は降り始める。

 あと地上まで一階と半位までというところで、エンナは焦りからツタで降りるのも焦れったく感じてそこから飛び降りた。着地と同時に走りだそうとしたが、それなりの高さがあったために勢いがつきすぎて走り出すのに失敗しつんのめってしまう。


「待て!!」


 なんとか体勢を立て直すと、塀の天辺に兵士がいた。きっとあのツタを伝ってきたのだろう。

 見上げながらヤバイと汗を流す。そこへ視界一杯に何かが景色を遮った。

 花精だ。

 花の精霊は一際甲高く鳴く。花精の鳴き声は空気を振るわせて夜空を貫くようだ。

 すると、それを合図にツタがどんどん痩せ細り、茶色く変色し始める。

 急速に衰えたツタに興味を持って、瑞々しくついていた葉に触れ、軽く摘んでみた。


「枯れてる」


 小気味の良い音を立てて葉は崩れ壊れた。

 程なく兵士の困惑に似た悲鳴が上から振ってくる。どうやらツタが枯れてしまって降りられなくなってしまったようだ。


 ご愁傷様。


 塀の天辺に取り残されてしまった兵士に哀れみの視線を送っていると、壁の向こうが騒がしくなってきた。

 速くここから離れなければ。

 エンナは助けを求めて叫いている哀れな兵士を残して、月明かりが木の葉で遮られている森の中へと走った。木の根に足を取られないように気をつけながら、薄暗い樹木の間を縫うように駆け抜ける。

 一体、自分が何処へ向かっているかなどわからない。でも、速く離れないとという危機感に急かされるままに兎に角走った。

 走り始めて少しすると、月の光が入る開かれた所に出た。エンナは呼吸を肩で荒くしながらそこを眺め、茂みの中からそこを突っ切ろうとした時、彼女は冷たい空気を呑み込んだ。

 向こうの背の高い木々の間に、何か黒い塊がいた。二つの禍々しい紅の光がエンナを見ている。


 魔物……!


 妖しい光を宿しながら、魔物は月光の下にその姿を現した。

 犬よりも身体は大きく、体格がガッシリとしていて、毛並みは灰色より黒寄りの色をしていた。

 狼の魔物だ。

 それも姿を見せた一頭だけと思ったら、案の定というかそうではなかった。赤光の数が増え、二つだったのが十、いや十二にはなった。

 魔狼は鼻頭を中心に皺を寄せ、犬歯を覗かせながら唸っている。

 目を逸らすこともできず、まして後ろへ振り返って逃げ出すこともできず、エンナは相手を睨み付けた。ここでエンナが顔を向けてしまったら、それこそ命取りだ。奴らは確実に襲い掛かってくるだろう。

 エンナは魔狼へ視線を送りながら、ゆっくりと後ろへ下がった。しかし、エンナの様子を伺いながら魔狼もジリジリと躙り寄ってきているので、それ程距離は縮まらない。いや、寧ろ縮んでいる気がした。しかも、他の仲間は少しずつ左右から囲うように移動し出している。


 どうしよう……こんな時どうしたらいいのよ。


 拳を握る掌に冷や汗が滲んでエンナは睨みを利かせながら後退ると、花精がエンナを守るように前へ出て魔物に威嚇する。


 しかし、花精の威嚇はあまり効果はないようだった。魔物は花精の姿が見えているのか見えていないのか、出していた前肢を止めたがそれも一瞬のことでまたこちらへ向かってくる。


「アンタ……」


 エンナが花精に気を取られたその瞬間、魔物達が一斉に駆け出して襲い掛かる。

 エンナと睨み合っていたあの魔狼が花精も巻き込んで彼女達に覆い被さるように跳び上がった。月が隠れて視界一杯に魔物の身体が広がる。


 もう駄目だ――


「<茨槍いばらそう!!>」


 間髪入れず空を跳ぶ魔物の身体が何かに貫かれた。赤が飛び散ってエンナの頬を掠める。魔物が突き出た茨の大輪のようにエンナを影で覆った。


「貴女、無事ですわね!?」


 エンナが急所をやられ絶命している魔狼を呆然と眺めていると、横からローズが飛び出してきた。


「ローズ」


 一体どうやってここを?

 ローズは庇うように彼女の背後にエンナを押しのけた。


「全く、エンナも良い度胸してるよ、脱走してくるなんて。手間が省けたとはいえ、ヒンがいなかったら探し出すのは難しかっただろうね」


 いつの間にかリューリがエンナ達を背にして立っていた。手にはあの揺らめく炎のような刀身の剣が握られている。リューリはさっと目を走らせて、彼を警戒して足を止める魔狼達を確認した。


「数は五か。ローズ、エンナを頼んだよ」


 背中越しにリューリが言うと、ローズははいと頷いた。


「さて、こっちも悠長にしてはいらんないから、さっさと終わらせて貰おう。<火焔宿>」


 リューリが剣を一振りすると、細身の刀身がまるでそれ自身が炎であるかの如く赤く輝いた。

 魔物達は牙を剥いてリューリを威嚇している。それでもリューリは怯まない。自分に敵意を向ける魔狼を面白そうに構えている。挑発的ともいえる態度に魔狼達の標的は完全にリューリへ移ったようだ。魔狼達の気がエンナの時よりも数倍殺気立つ。

 しかし、魔狼達はすぐにリューリに襲い掛かろうとはしなかった。人よりも五感が働く彼らは、リューリが徒者ではないと察知しているようだ。

 リューリの様子を伺うようにうろうろと逡巡して、一斉に飛び出してきた。リューリはそれをじっと待って迎え撃つ。

 手始めに左右から来た魔狼にリューリは剣を走らせた。赤い軌跡を残しながら薙ぎ払うように二体に深い傷を負わせた後、下から狙ってきた魔狼にリューリは剣で牙を受け止める。


「<我が炎熱に藻掻き苦しめ 炎魂滅波えんめつ>」


 そこをリューリは間髪入れず精霊術を発動した。リューリの剣が一際赤々と光ると、魔狼は目を剥いて刀身を放し、身体の中の異物を追い払うように咳き込んでいる。そのうち耐えられなくなったのだろう魔狼は、その場に身体を擦り付けながらのたうち回って、事切れた。

 魔狼の身に何が起こったのか?

 ローズに守られながらエンナは穴が空く程横たわる遺骸を見る。肉が焼ける匂いを鼻腔に感じた。


 もしかして、焼け死んだの?


 リューリは絶命した一頭に目もくれず、遠距離から魔術を発動しようと口内に魔力を集めている魔狼に向かって走り出す。それを阻もうとリューリの前に負傷したあの二頭と無傷の魔狼が前と後ろから襲い掛かってきた。リューリは紙一重で背中からきた魔狼の爪を躱すと、それの後肢を骨ごと切断する。あんな体格の良い魔狼を骨まで断ち切ってしまうなんて、男にしては華奢なリューリの身体は一体全体どうなっているのだ。

 エンナが絶句している間にも、リューリは休むことなく動く。今度は同時にではなく時間差で跳びかかってきた魔狼達に彼は余裕で躱しながら、もう一撃炎の刃を喰らわせた。


「<延火業えんびのごう>」


 更にリューリの精霊術が炸裂する。魔狼達は斬り付けられたところから炎が上がり燃えた。茫々と音をさせながら魔狼の身体と空気を焼いていく。狼の魔物達が地に着く頃には消し炭と化していた。


「リューリ様っ……!!」


 ローズの切羽詰まった呼びかけにエンナはハッとなる。リューリのずば抜けた身体能力に呆気に取られていたが、まだ魔狼は倒しきってはいない。

 魔術を使おうとしているあの魔物だ。


「わかってる」


 リューリが他の魔狼と戦闘している間に着々と完成形に近付かせていたようだった。


「ここではなるべく術を使いたくないんだけど、仕方ない」


 急いで近付いても間に合わないと判断したのだろう。リューリは即座に手を翳し、精霊術を展開する。


「<炎の粒子をかの者に集わせ 猛る狂う灼熱の地獄を見せよ>」


 リューリの声に応えるように数十個の赤い光の粒が魔狼に集まりだした。まるで、赤い蛍のように漂い、魔狼の中へ吸い込まれるように消えていく。


「<炎魂滅衝えんこんのしょう>」


 終止符の言霊をリューリが発すると、あと一息というところで魔狼の魔術が一瞬にして消え去った。

 そして、苦しみながら死んでいった魔狼と同じく、涎をダラダラと流し泡を吹きながら暴れ出した。先程の魔狼と違うのは、こちらは体毛に篝火のような小さな火が幾つも点いていたことだ。魔狼は火の粉を撒き散らしながらのたうって、自分に迫る死に足掻くように足をひくつかせて、息を引き取った。

 リューリは、静かにそれを見届け、剣を一度振って赤を纏う刀身を元の状態に戻してから鞘に収める。剣がカチリと鞘の中へきっちり収まった頃には、魔狼の体毛や芝生に引火した篝火はいつの間にか消えていた。


「さてと」


 一息ついてからリューリはこちらに振り返った。思わずびくりと身体を震わせて後退る。


 そうだ、助けて貰ったとはいえ、リューリ達も……


 シラクの言葉が頭の中を過ぎる。


『エンナは殺されていただろう』


 エンナは顔を強ばらせた。

 彼女の不審な様子に気付いたローズが眉を寄せた。


「貴女?」

「こないで!!」


 リューリはピタリと動きを止め、ローズはエンナの言葉に驚いている。リューリ達を睨み上げながらエンナは肩で息をした。

 今となっては彼らも信用できない。今まさに、自分を殺害しようと考えているかもしれないのだ。


「貴女、一体どうしたと」

「わたし本当馬鹿だわ。アンタ達のこと、いつの間にか信じて、信じ切って、頼ってた……」


 言ってて目頭が熱くなってきた。これは怒りからきているものなのか、悔しさからきているものなのか自分自身でもわからない。それでもリューリに泣き姿なんて見られたくなくて、エンナは彼らを睥睨することで抑えた。

 エンナの彼らを拒絶する態度にリューリは「ふむ」と顎に指を添える。


「僕達のことについて何か言われたみたいだね」

「リューリ様、そんな落ち着いている場合ですか」


 冷静に分析するリューリにローズは呆れ返っている。リューリはそんな彼女に肩を竦めてみせた。


「兎に角、今時間が惜しい。エンナ」

「だからこないでって言ってるでしょ!!」


 リューリが近付こうとするとエンナは声を張り上げ、鋭い視線をリューリに向けたまま一歩後ろへ下がった。リューリはそれが気に食わなかったようで眉根を寄せる。

 そこへ花精が割って入ってきて、エンナを守るように立ちはだかった。花精は耳と尻尾をピンと立たせ、まるで猫が威嚇しているみたいに毛を逆立たせるとシャーッと鳴く。

 ローズが驚いて「まぁっ」と口元を手で覆った。


「あの花精ではありませんか! どうしてこのようなところに」

「エンナのことが気に入ってるからじゃない。そんなことよりも」


 リューリはスッと冷たいとも受け取れる目付きで花精を見据え、何事か喋り出した。

 しかし、エンナには何を言っているのかさっぱりわからない。エンナ達の普段使っている言葉とは全然違う言語で話しているらしいが、一体何語? と言いたくなる程、一欠片も理解できなかった。

 が、どうやら花精やローズには通じているらしい。花精の勢いは徐々に静まってきてはいたが、耳と尻尾を下げて首を窄めてしまっている。リューリに対して花精は怯えているように見えた。


「スタナダネドラ」


 リューリは最後に語尾を上げて花精に冷ややかな視線を送ると、花精はとうとう彼の迫力に負けてしまったようだ。「キュウゥ」と情けなくも可愛く鳴きながらエンナの背後に隠れてしまう。

 一体何を言われたんだろうか。リューリの言語が理解できているらしいローズが「リューリ様っ」と咎めるように彼の名を呼んだことから、相当この花精を怖がらせるようなことを言ったのだろうと推測はできるが。


「あまり悠長にしている時間はない。頼むからエンナも僕らの手を煩わせないでくれないかな」


 それは高圧的で有無も言わせない程の圧力。顔は愛らしくも見える笑みを浮かべているにも関わらず、この迫力はなんなのだろう。エンナは身を固くさせた。

 もはやこれは、頼みではなく命令と大差ない。いつものリューリであれば、こんな上から押さえ付けるような態度にエンナは反発していただろうが、そういう気にすら起こらない気迫があった。

 リューリは歩き出す。エンナの横を通り過ぎ際に彼は目線を流した。ついてこい、ということなのだろう。こうなるとエンナには逆らうことなどできるはずもない。


 もしかしたら、この後自分は殺されてしまうのかもしれない。


 そう思うと怖くて心臓が早鐘を打つが、身体が震える程ではなかった。まだ、心の何処かで彼らを信じているのだ。本当に、自分は阿呆者だと思う。

 後ろでローズが心配の色を乗せて声をかけてきた。

 それに後押しされるようにエンナは唇を引き結んで覚悟を決める。


 兎に角、今はリューリの後をついていく他ない。


 エンナは緊張で身体が揺らがないよう地にしっかり足を踏み締めて歩き出した。






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