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精霊騎士  作者: 羽嵐
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6.先見 (2)



  *  *  *



 もう皆が寝静まった頃、リューリは一人屋敷のバルコニーにいた。手すりに腕を乗せ、夜空に浮かぶ月を見上げる。暗夜に包まれた世界を淡い金に輝く月が優しく照らしていた。

 リューリは先刻の出来事を思って溜め息をつく。

 今日は騒動があった。

 占いの最中、ルージュが倒れてしまったのだ。

 皆大変だと慌ただしく動き、呆然としてしまっているエンナをローズとスラッツに任せて、リューリ達はすぐにルージュを寝室へ連れて行った。ルージュを寝台へ横たわらせたのだが、その時、彼女は一瞬だけ意識を取り戻して、リューリの服の袖を掴むと必死にこう言ったのだ。


『“救い”がない、“救い”が視えませんでした……このままではエンナお姉様は……』


 息継ぎの後、ルージュは泣きそうな顔で告げた。


『死んでしまいます……』


 それだけ言ってルージュは意識を失ってしまった。

 ルージュが視た未来は、絶望的なものだったのだろう。

 しかし、それでも未来は一つだけではない。本来、未来というものはそれこそ数え切れない程のパターンがある。それをルージュは、辿るであろう一番確率の高い未来の他に、確率の高い方から順に違う道筋をいくつか垣間視ることのできる、凄い能力の持ち主なのだ。

 だが、そのルージュが一つしか未来の最終的な結末を視ることしかできなかった。


 救いがない――


 とはそういうことだ。

 それが何を示しているのか。それはどんなことをしても、確実にエンナが死するということを意味している。

シェルに速く知らせなければならない。これは一大事だ。


「ヒン」

「はいよ、リューリの旦那」


 リューリがヒンを呼ぶと、シェルの精霊は彼の肩にその姿を現した。


「シェルと通信したいんだけど、あっちは平気そうかな」


 ヒンは鼻をひくつかせてから頷いた。


「へい、大丈夫そうですぜ」

「ん、じゃ頼むよ」


 リューリが頼むと、ヒンは「はいよ」と一つ返事をして、若草色をした瞳が一瞬目映く光って淡く輝き出した。


『――リューリか?』

「そうだよシェル」


 程なくして、ヒンを通してシェルの声が頭に伝わってきた。心配はしていなかったが、案の定シェルは大丈夫そうだ。それを満足げに感じてリューリは笑みを浮かべた。


「あの多勢を相手に全然へっちゃらそうだね。やっぱり“風鷹”と名高いだけある」

『……頼むから、そう呼ぶのは止めてくれ』

「なんで? 別にいいじゃないか」

『いや、良くない』

「なんでそこまで嫌がるかな。良いと思うのに」


 と言っても、シェルからの返事はない。きっとシェルは口をへの字に曲げて、眉を潜めているに違いない。それを想像してリューリは肩を竦めた。


「本当シェルって見た目によらず照れ屋さんだよね〜。顔は仏頂面なのに」

『……切るぞ』


 リューリは笑いを堪えながらごめんと謝った。意外にシェルはからかい甲斐があるから面白い。しかし、少し言い過ぎてしまったようだ。


『お前、全然自分が悪いだなんて微塵も思っていないだろう』

「うん」


 リューリは満面の笑みで元気よく答えた。何を当たり前のことを、と思う。だって、からかって遊べるならそれを存分に楽しまないと損というものだ。

 ヒン越しにシェルの溜め息に似た息を吐く音が聞こえる。シェルの呆れている顔が目に浮かんだ。


「まぁそれは兎も角として、シェルに知らせとかないといけないことがあってね」

『何だ? そっちで何かあったか』

「まぁね」


 と、リューリは今日起こったことをシェルに話し始めた。シェルはそれを静かに聞いて、たまに相槌を打っている。

 説明し終わった後、少しの間を置いてシェルは呟いた。


『それは本当か?』

「冗談でこんなこと言うと思う? 本当だよ」


 リューリもこれが冗談だったらと何度思ったか。だがこれが現実であり真実だ。目を逸らしたところで何にもならない。


『救いがないか。まいったな……』

「そうなんだよね〜」


 リューリは手すりに背を向けて寄り掛かると夜空を見上げた。銀色に光り輝く満点の星々が、まるで“どんなに知恵を絞ったところで不可能だ、星の軌跡は変わらない”、と嘲って言っているみたいだ。これは単なるリューリの妄想にすぎない。しかし、普段は綺麗だと眺める星達も、今は意地悪に思えてリューリは失笑してしまいそうになった。きっと、シェルも今頃そんな思いでいることだろう。


『兎に角、今は俺達の成すべきことする。それだけだ』


 全くシェルの言う通りだ。例え、先の結果が絶望的であったとしても、所詮は“未来”だ。占いなんて不確かで未来は今この時の選択で変わっていくもの。そう、先見を行ったのがあのルージュであったとしても、未来はまた別の終着点になるかもしれない。可能性はないわけではないのだ。限りなく零に近いとしても、変えることだって可能。ならば、自分達の望む結果になるように全力を注げばいいのだ。


「そうだね」


 リューリはシェルの言葉に同意した。


『それで、リューリ。そっちは人手等大丈夫そうか?』

「うん、全くもって問題なしだけど」


 なんで? と聞きながら、リューリには何となくシェルが何を言おうとしているのか、何を考えているのかわかった。だが、敢えて問うたのは一応確認の意味を含めてのことだ。


『俺は暫く別行動で動きたいと考えている。少し気になることがあってな。駄目か?』


 案の定。

 リューリはただ満面の笑みを称えた。今、自分が気になっていることとシェルが気になっていることは同じだと確信を得たからだ。

 前々から可笑しいとは二人で話していた。今までの逃亡時を見てそれは明らか。

 そして今回、ルージュの占いの結果だ。


『――周囲を欺き潜む者 ついに刃を向けて 背を向ける』


 この一節が二人の考えを証明しているも同然。


「ううん、良いよ。寧ろ僕もシェルに頼もうって思ってたところだったんだ。好きに動いて」


 だからここで意思確認しなくてもこれだけで良い。シェルには伝わったはずだ。

 シェルならば上手くやってくれるだろう。

 シェルはわかった、と短く答えた後、言葉を続けた。


『それからリューリ。お前に言わないといけないことがあるんだが……』

「ん、何?」

『いや、もしかしたらお前も気付いているかもしれないが、実は……』


 言い辛そうに言葉を切るシェル。

 リューリはハッキリしないシェルに首を傾げたが、彼が何を伝えようとしているのかわかって「あぁ」と呟いた。


「それってエンナが精霊を視認できているんじゃないかってこと?」

『やっぱり気付いてたんだな……』

「そりゃまーね。あれで気付かない方がどうかしてると思うよ。寧ろこっちが気付かないふりをするのに一苦労だったくらいさ」


 リューリは肩を竦めた。

 そうなのだ。エンナは絶対に精霊が見えている。

 それに気付いたのは、シェル達と待ち合わせしたあのロロの噴水の前でのことだ。

 ヒンがリューリからシェルの肩に跳び移った時、エンナの目がその後を追っていた。その上、暫くの間じっとヒンのことを興味深そうに見ているのをリューリは視界の片隅でしっかりと確認している。


「全くこのタイミングで覚醒しちゃうなんてね」


 まるで見計らったかのようなタイミングだ。


「因みにシェルはいつそれに気付いたの?」

『リューリと待ち合わせする当日の朝だ』

「となると、きっとその辺りだろうね。完全に目覚めたのは」

『どうする?』

「どうするって、生かすかどうするかってことだよね。まぁ、現状維持かな。今ここで僕達がどうこうしたところであまり意味がなさそうだし、先走ってやってもそれは得策とは思えない。エンナをこのまま国外へ逃がす計画は続行するよ。シェルもそう思ったから、何もしなかったんじゃないの?」


 リューリの問いかけにシェルは肯定に短く答えた。でもそれは、何処か遠くの方へ意識を飛ばしているような、そんな呟きにも似た返事だった。

 シェルはあまり言葉にしない。他の人達に比べれば無口な方だ。決して変な意味ではなく。

 でもその変わりに、シェルは彼なりに沢山のことを考えている。勿論、何をどのように考えているのかは詳しくはわからないが、漠然的にならわかることもある。

 それは、今リューリと同じような気持ちでいるのではないかということ。

 しかし、リューリの考え通りだったとしても、その思いはもしかしたら彼よりもシェルの方が重く深いかもしれない。


「本当、困った子だね」


 だから、遠回しな言い方でシェルの思いを代弁する。それはリューリの思いも含んでのこと。そこは全く同じだったからだ。


『そうだな』


 シェルの声なき声は、頭の中で静かに響いて、憂いに似た思いの余韻が残るようだった。



  *  *  *



 明くる次の日。

 エンナ達は、今居る屋敷で一日休むこととなった。どうやらこの屋敷はルージュのもので、取り敢えずは安全らしい。と言っても、ずっとここにいるわけにもいかないので、一日だけということみたいだが。それでも、エンナにとって一日休めるというのは大きく、非常に助かった。

 あの裏組織に捕らわれてから休むことなく逃げ続け、心安まることなんて殆どなかったのだ。


 たった三日、されど三日。


 正直しんどいとかそんな程度のものではない。精神的にも肉体的にも大いに疲労困憊だった。特に精神的なものは、徐々に徐々に磨り減って大分ギリギリのところまできていた気がする。でも、こうしていると昨日のことまでがまるで嘘のようだ。

 因みに今はお昼過ぎ。満腹に美味しい昼食を食べて大満足。身体の方もエンナが寝たことのない豪華なふかふかベッドのお陰か、旅の疲れが全て取れている。やっと本当の意味で休めたという実感が沸いた。

 しかし、エンナには気掛かりなことがあった。


「あの子大丈夫かな」


 あの子とは勿論ルージュのことだ。

 昨晩の占いの最中、ルージュが突然失神してしまったのである。いきなりのことで動けなかったエンナの目の前を慌ただしく皆が動く。それをただ呆然と目で追っていた。そこへローズとスラッツがエンナの側へやってきて、夕飯の準備は出来ているから、それを食べたらもう休めと言い放つ。その後の二人の行動は素早く、あれやこれやと引っ張られる感じ食事を済ませると、用意された寝室に追いやられるように入れられたのだ。ルージュのことが気になって彼女のことが聞きたがったがとりつく島もない。

 ルージュが倒れてしまって皆それの対応に忙しいのだ。明日になったら聞いてみようと思い直して、エンナは大人しく床へと就いた。


 そして、今日に至るわけだがルージュは朝も昼にも、皆が集まる食卓の席に姿を見せなかった。エンナはルージュのことを心配して、侍女のアンに彼女の状態を尋ねたところによると、今は落ち着いて寝台で横になっているらしい。それを聞いてひとまず安心したエンナは、試しに面会できるかとアンに聞いてみた。が、それはまだ駄目だとキッパリ断られてしまった。

 ルージュが何を視たのかはわからない。

 だが、あの様子からとても恐ろしい未来を垣間見てしまったに違いない。


 そして、その対象者は紛れもなくエンナである。エンナは知らず知らずのうちに溜め息をついていた。

 そんなこともあって、気が落ち着かなかったエンナは屋敷探検と決め込んで屋敷内をブラブラと歩いている。屋敷の内なら自由に歩いても良いと言われたのだ。

 屋敷の中に陽の光が差し込んで夜とは違った姿が見られた。新築のように綺麗で、汚れたところは一切なく、隅々まで掃除が行き届いている。屋敷を飾っている品もそこかしこにあるわけではなく、ここと思ったところにあって、逆にそれが屋敷もその品々さえも引き立てているような気がした。


 暫く気ままに歩いていると、屋敷の中庭らしきところに出る。そこには円状の花壇があって、その中心に女神らしき白い彫像が優しい眼差しで花達を見下ろしていた。

 エンナは何気なくその女神の像へと足を進めた。女神像の側までくると、彼女は慈愛に満ちた微笑みを称えてエンナと見つめ合う。

 神様が本当にいる、とはエンナには思えない。

 例え、教会で育って神の教えだなんだと諭されても、エンナにはどうにも信じ切れなかった。皆が「神様、神様」と崇め称える中で、エンナは一人蔑んだ心根で神の彫像を睨んでいた。もし、本当に神様がいて、神様からの救いなんてものがあるのだとしたら、この世界に住む人々は皆幸せになっているはずだ。


 でも、そうじゃない。少なからず、エンナも、エンナの義兄弟達も、捨てられたり事故で一人になったりなんてことはなかったはずである。

 確かに親代わりの神父様もいて、義兄弟達も沢山いて幸せだったけど、皆心の何処かにポッカリと穴が空いていた。目では見えない、心の目でも確認できない、癒えない穴が。


「お母さんか」


 女神の彫像を見上げながらエンナはぽつりと呟いた。

 ルージュの母にして、エンナの母親。

 どういう人だったのだろう。この女神様みたいに慈愛に満ちた優しい人だったのだろうか。

 でも、そんな人だったとしたら、どうして自分は捨てられてしまったんだろう。


 そんなに自分は邪魔な存在だった? 疎ましい存在だった? 存在しない方が、生まれない方が良かった?


 エンナの中でドロドロと黒いものが渦を巻いて、吐きたい衝動にかられる。自分はこんなにも“家族”というものに対してトラウマを持っていたのかと気付かされた。

 そこでエンナはなんとなく、自分の胸に掛かっている首飾りを服の襟口から取り出して掌に乗せた。あのリベラと名乗った青年から貰った鱗みたいな飾りだ。エンナはアンにこっそりいらない紐はないかと聞いて、それを譲って貰ったのだ。鱗型の飾りは角に小さな穴が空いていて、そこに紐を通しこうしてペンダントにしている。なかなか洒落た首飾りになった。

 エンナはそれをまたなんとなく、黒い色をした鱗を太陽に翳してみる。鱗から光が透け、薄黒い世界をエンナに見せた。

 それはまるで、自分の心の目がどんな風に世の中を映しているのか、再認識させているようだ。

 この鱗の飾りは、まさに今の自分の中を形として表しているかのようだ。堪えかねてエンナは首飾りを服の下へと戻した。


「キュゥ」


 エンナが苦辛に耐えて、歯を食い縛り足下を睨んでいると妙な鳴き声が聞こえた。

 訝しんで荒んだ目のままそちらへ視線を向ける。そこにはなんと……

 エンナは目を丸くした。花壇に植えられた花々の間から、何か物凄く可愛いのが顔を覗かせていた。三角型の輪郭に低い鼻。アーモンド型のくりくりっと円らな瞳でエンナのことをじっと見ている。


 何これ。なんか凄い可愛いのに見つめられてるんですけど。


 黒い感情を吹っ飛ばされたエンナは、乙女心を擽られ目線を合わせるようにしゃがみ込む。よく見るとその何かの動物らしき生き物の瞳は、瞼を閉じる度に色が違っていた。青かと思ったら緑に、緑にと思ったら今度は左右が赤と黄色と違う色に変化していく。

 わかった、これは精霊なのだ。こんな風に瞳の色が様々に変わる生物なんていやしないのだから、間違いない。

 エンナは好奇心を抑えられずそうっと手を差し出してみた。逃げてしまうかもと心配したが、その生き物は少し警戒を示したものの、鼻を寄せてくんくんとエンナの匂いを嗅いで頻りに首を傾げている。


 可愛い!!


 その仕草は見事エンナの乙女心を射止めた。胸がキュンキュンしっぱなしだ。

 そうなると今度は触ってみたいという衝動にかられるのは当たり前のことで、エンナは恐る恐るといった具合に精霊と思われる生物の白い頭を撫でようとした。しかし、手はするっと精霊の身体を擦り抜けてしまう。


「あれ?」


 もう一度、触ろうと手を伸ばしてみても指は空を切るばかりでその精霊に触れることはできなかった。

 どうして触れないのだろう。そういえば、ローズが契約すれば実体のどうのこうの言っていたのを思い出す。

 それによくよく考えたら、精霊は普通の人間には目で確認することはできない。前までエンナもそうだった。幽霊とは違うが、霊は触ることなんかできやしないのと同じで、実体のない精霊もまたそれは変わらない。触れないのは当然だ。

 エンナはがっくりと項垂れて肩を落とした。ふさふさして気持ちよさそうな白い毛並みをしているのに、それを感じることができないなんて悔しいにも程がある。

 自分の膝に腕を置いて、両手に顔を乗せるとエンナは溜め息をついた。

 というか、どうしていきなり自分は精霊が見えるようになったのだろう。そこに何か意味がなくても、こう色々なことがあると勘ぐってしまう。第一、エンナが精霊を見えるようになったことを何故隠さなくてはいけないのか。そんなにいけないことだろうか。

 それに、結局うやむやになってしまったが、自分がどうして狙われているのか聞けなかったし、ルージュ達の正体もちゃんと明かされていない。いや、ルージュがエンナの妹というのはわかったが。

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