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精霊騎士  作者: 羽嵐
13/31

5.目覚め (2)

「今だ、走れ!」


 やがて一直線の開けた道が出来ると、トゥグルは他の兵士と剣を交えていたリューリ達に向かって叫んだ。


「ローズ! エンナ!」


 リューリは剣を合わせていた相手を後方へ押し返して駆け出した。ローズもリューリに続いて、エンナの手を引っ張りながら全力で駆け抜ける。その後をスラッツが追って、最後にシェルが敵兵を牽制しながら走った。


「シェルーーーッ!!」


 シェルが小さな石橋の下を通り抜けようとした時、気合いと共にディックが後方から斬りつけてきた。それをシェルは難なく避けると、ディックと剣を激しく交える。


「シェル様!!」

「ここは俺が食い止める! お前達は先に行け!!」


 ディックの剣を思い切り押し返して後ろへ跳び下がらせてから、シェルはそう言い放った。ディックは堪らず「ぐっ」と呻いてシェルを睨め付ける。


「仕方ない、シェル! そこは任せたよ!」


 視線は眼前の敵に向けながら、シェルはリューリの言葉に頷いた。


「さぁ、愚図ってないで走って!」


 リューリはエンナ達、特にシェルを心配そうに見ているローズに向かって逃げるよう煽った。

 リューリの声に促されてローズは唇を引き結ぶと、再び前を向いて走り出す。

 その時、リューリの肩に何かが飛び乗ってきた。イタチのようなその姿。しかし、鼻が低くイタチにしてはとても丸顔だ。


「折角シェルのところへ帰れたのに、早々また離れさせることになってごめんね、ヒン」


 自分の肩へ乗ってきたヒンに向かって、リューリは謝った。


「良いってことよ!」


 ヒンは可愛い姿とは裏腹に話し方はなんともべらんめえ口調。その姿から発せられた言葉とは思えない程不釣り合いだ。


「それよりもリューリの旦那。何人か敵が待ち伏せてますぜ。数は大体五人ってところ。その内の一人は精霊使いやす」


 それだけ告げると、ヒンの身体は半透明になって跡形もなく消えていった。


「へぇ、まさか精霊使いを連れてくるなんて。アイツもそういうところは進歩したんだ」


 感心だとリューリは笑った。


「いやいやいや! リューリさんそこ感心している場合じゃないですよ! それってかなり厄介ってことじゃないですかっ!!」


 リューリの随分と楽しそうな声音にスラッツは慌てふためいている。

 そりゃそうだ。エンナもスラッツと同意見で、この状況をなんでそんなに楽しそうにしていられるのかわからない。


「何情けない事言ってるのさ。仮にも精霊騎士とも在ろう者が精霊使いの一人や二人に怖じ気づいてどうするの」

「そうなんですけど〜」


 スラッツは愁傷的な声を発した。気の毒に。

 一本道を走り抜けて行くと整備された小川に出た。この町の生活用水になっているのだろう。水の流れは極めてゆったりしている。

 その川の脇道を走ってすぐ、前方に敵と思しき兵士四人とローブを身に纏っている人物が一人いた。


「来たっ、奴らだ!」


 疾走するエンナ達に気付いた彼らは道を塞ぐように立ちはだかる。その後ろに精霊使いらしき男が控えた。ローブ姿の男は高々と命じる。


「<かの者達を捕らえる大蛇となれ!>」


 それを合図に川の水の一部が大きな蛇となってエンナ達に襲い掛かってきた。


「成る程、火に水の判断は間違ってないよ、ディック」


 リューリは不適な笑みを浮かべた。


「でも、この程度じゃ僕は止められない! <灼熱の業火 炎球>」


 リューリの手に直径三十センチの炎の球が瞬時に構築された。球の中央は赤黒く、熱が赤色を帯びているのか、それともそれ自身が炎なのか、透明なガラス玉の中で逃げられずに蠢いている。

 リューリはその赤い球を水の大蛇に投げつけた。水で出来ている大蛇は、炎の球を呑み込もうと口を大きく開ける。しかし、炎球とぶつかり合った途端、そこからじゅわっと蒸発していってしまう。高温の球を受け止めることも、消すことも出来ず、水の大蛇は呆気なく頭から激しい音と泡を立てて消えていった。

 その大量の水蒸気が辺りに立ち込め、視界の先が真っ白になってしまう。途端に敵の姿まで見えなくなった。それは向こうも同じようで、兵士達が術者に対しての罵声が聞こえてくる。

 スラッツはチャンスとばかりに走る速度を上げ、エンナ達を追い越していった。両手には、苦無が握られている。濃くて白い霧の中へ突っ込んで行くと、程なくして兵士達の悲鳴が上がった。

 エンナ達も白に支配された霧の中へ入っていく。肌に纏わり付く水滴を感じながら、そこを駆け抜けた。

白の世界から出た先には、兵士達が皆倒れていた。その中心にスラッツがいる。どうやら、彼が全て片付けたようだ。

 リューリ達は倒れる兵士達には目もくれず通り過ぎる。

 目指すはその先にある石橋。

 小川に架かったその橋を渡って、ローズに引っ張られるままエンナは走って、走り続ける。

 そこでエンナはシェルのことが心配になり始めた。あんな大勢の敵を一人で相手にするなんて大丈夫だろうか。

 思わずリューリに尋ねてみると、彼は声を立てて笑った。


「そのことなら心配いらないよ。シェルの強さは半端ないからね。なんていったって、この国で五本の指には入る程の剣技と精霊術の使い手。僕達があそこにいることの方が足手まといってものだよ」


 そんなにあの人強かったのか。

 エンナは感心してただ「へぇ」という簡素な返事しかできなかった。

 どんなに強くても多勢に無勢。数には勝てない。でも、そんなに強いのならきっと大丈夫に違いない。と、根拠もなくそんな思いが湧き上がる。

 いや、根拠ならある。リューリの自信に満ち溢れたこの態度だ。心配どころか、シェルが負けるなんて微塵も思っていないようだ。

 リューリはシェルに絶対的な信頼を寄せているのだろう。それがリューリの表情から、言葉の端々から伝わってきた。


 リューリがそこまで言うのなら、寧ろ心配している方がお門違いも甚だしいのかも。

 それにシェルは一人じゃない。トゥグルという頼もしい相棒がいる。

 そう思って、エンナはシェルのことは頭の隅に一旦追いやることにした。再び逃げることへ専念する。

 その逃亡の途中途中、待機していた数名の兵士達と遭遇、戦闘になったが、リューリ達の敵ではなく、何の障害にもなりはしない。

 やがて町の出口と思われる境目が見えた。リューリはすぐに出ていかず立ち止まると、小道からそっと外の様子を伺う。すると、案の定兵士が五人待機していた。彼らの側には馬が控えている。リューリはしめたと口元を吊り上げた。


「あいつらの馬を拝借しよう」


 後ろにいるエンナ達に向かって、リューリは作戦を述べた。


「僕とスラッツであいつらを惹きつける。その間にローズ達は馬に乗ってこの町を出るんだ」


 そのあとすぐ僕らも、と手短に言うと、ローズとスラッツは頷いた。


「じゃ、準備は良い?」

「いつでも良いです」


 スラッツが苦無を構える。それを確認して、リューリは行くよ! と飛び出していった。

 兵士達の怒号と悲鳴と、鉄が擦れてぶつかり合う音が角の向こうから聞こえてくる。

 ローズは静かにその一戦を目で追いながら、出る間合いを計っていた。

 リューリ達の誘導で、彼らは馬から離れていく。

 そして、この瞬間という時にエンナに向かって号令をかけた。


「行きますわ!」


 力強く言い放ち、エンナの手を引っ張って走り出す。

 馬達が木の幹に繋がれているその向こうで、リューリ達と兵士達の戦闘が見えた。

 何も目もくれずに馬へと駆け寄って、ローズは馬を繋げている縄を全部解くと、その内の一頭にエンナに乗るように言った。エンナはローズの手を借りながら馬に乗ると、ローズもその前へ乗ってくる。


「しまった! 奴ら馬をっ……!!」


 戦っていた兵士の一人がエンナ達に気付いたようだった。こちらへ走り出そうとするが、その道をリューリが阻んで止める。


「縄は解いておきましたわっ! リューリ様達もお早く!!」


 ローズは二人に告げて早々に手綱と自らの足で馬に走れと命じる。馬は嘶いて、一回前肢を上げた。身体が後方へ傾いて、エンナは慌てて落ちないようにローズの身体にしがみつく。馬の足が地に着く振動の後、馬は風を切って走り出した。


「スラッツ!」


 リューリは流れるような剣捌きで戦いながら、スラッツに先に行くように促す。スラッツは頷いて、彼は一歩跳び下がると精霊ランダーに言った。


「<ランダー アイツらを拘束する!>」


 すると、スラッツが手を突きだしたところから、白い糸が吐き出されるように何本も出てきて、敵の動きを封じ込めた。身動きがとれなくなった兵士は、なんだこれはと文句を言いながら藻掻く。だが、取れるどころかそれはどんどん身体に絡み付いていく一方で、ついには地面に倒れてしまった。

 スラッツは踵を返して馬へ駆け寄り、跳び乗るようにして鞍上に跨ると、もう一頭の馬の手綱を引きながら駆け出した。


「リューリさん!!」


 リューリは三人の衛兵の剣を流れるような動きで受け流しては避けていた。スラッツの呼び声に反応して、リューリは二、三歩後方へ跳ぶと手を天に掲げて唱え始める。


「炎よ」


 すると、兵達はその仕草と“炎”という単語に素早く反応した。顔に恐れで血の気が引いてしまっている。彼らは慌てて各自思い思いに離散していった。


「我が声に応えて 敵を焼き払えー!」


 リューリは両手を挙げて高々に終止符を打った。

 が、おかしなことに何も起こらない。

 相手にしていた兵士達の姿はもうない。市民を守る兵士とは思えない程、見事なまでのとんずらだ。

 戦場に取り残されたリューリは、舌を出した。


「……なーんちゃって」


 あれはリューリの真っ赤なはったりだったのだ。


「リューリさん!」


 またスラッツが彼の名を叫ぶ。振り返ると、スラッツが馬の足を止めてリューリのことを待っていた。

 今行くとリューリは走り寄って、スラッツが連れ出した馬に跨る。そして、スラッツから手綱を受け取ると、二人はエンナ達の後を追って馬を疾駆させた。



  *  *  *



 エンナ達は、インディという町にいた。

 もう日も沈みかけ、空は赤色から紫、紺へと徐々に移り変わってきている。

 何処に向かっているかはわからないが、何やら豪華な家、つまり貴族や富豪が暮らすようなお屋敷が建ち並ぶ住宅街を馬で闊歩していた。薄暗くなっても外観の豪奢さがわかる屋敷群。一体、これ一つ建てるだけでどれだけのお金を投資しているのだろう。エンナは気が遠くなって考えるのを止めた。

 そんな風に、室内灯が灯し始めた街並みを楽しんでいると、馬がとある屋敷の前で止まった。


 そのお屋敷は、どの屋敷よりも質素で、飾り立てのないもののように感じた。外見だけでもケバかった群衆の中で、不釣り合いなのではと思う程だ。でも、エンナはこちらの方が断然好感が持てた。素朴で、温かくて、しかし目につくところには嫌味のない装飾が施してある。とても上品なお屋敷だとエンナは思った。

 リューリ達はそこで馬を降りると、手綱を引きながら黒い門を勝手に開けて入っていく。

 良いのかと一瞬思って躊躇したが、ローズが早く入るよう促してくるので、恐る恐るエンナはその門を潜って、敷地内に足を踏み入れた。近くで見れば見る程、質素なお屋敷だ。

 リューリは馬の手綱をスラッツに預けて、両開きの少し大きめな扉についている、取っ手のような黒い鉄のドアベルでトントンと軽く叩いた。すると、あまり間を置かずに中から「はい」という声が聞こえ、こちらに足音が近付いてくる。


「どちら様ですか?」


 と、扉越しに尋ねられた。


「リューリアス・サラマ・アルベインだよ」

「……合い言葉は?」

「水鏡に誓いを立てる者。月に歌を、太陽に旋律を」


 朗々とリューリが答えると、片方の扉がそっと開いた。隙間からリューリ達の姿を確認しているようだ。

 リューリの姿をきちんと確かめて、納得したらしく、ようやっと扉が開かれた。


「やぁ、アン」


 アン、と呼ばれたその人は、エンナ達とそう変わらなさそうな年頃の女の子だった。ぱさついた赤茶毛の髪を後ろで三つ編みに一つで束ね、両頬には愛嬌のあるそばかすが点々としている。目が悪いのか、丸い眼鏡を掛けていた。

 ここの侍女なのだろう。頭に白いボンネットを被り、腰にエプロンをしている。

 アンはリューリ達を招き入れるように扉が閉まらないよう押さえた。リューリは遠慮無く屋敷の中へ足を踏み入れる。その後に続いて、エンナとローズが中に入っていった。

 エンナは物珍しく、ぐるっと室内も見回した。外観と違わぬ上品さだ。床に敷かれたカーペットも、壁紙も、カーテンも、天井も、嫌味のない絢爛さで、寧ろ温かさみたいなものさえ感じる程だ。


「馬はそのままで。私が馬小屋まで連れて行きます」


 スラッツが困ったようにちらちら馬を気にしていると、アンがハキハキとした口調で言った。

 それならばと手綱から手を放し、馬を置いてスラッツも屋敷の中へと入室する。全員中に入ったのを確認して、アンは扉を静かに閉めた。


「リューリさん」


 その直後、右手にある戸から声が掛かる。

 そちらに目を向けると、青年が一人、柔和な微笑みを称えてこちらに近付いてきていた。

 ストレートの鳶色の髪に、穏やかな縁取りの目は灰色とあり得ない色。この人もきっとリューリ達と同じ精霊使いなのだろう。

 青年はリューリの側まで来ると、労うように彼と握手を交わした。


「まずは無事で良かった」

「ありがとう、ソード」


 リューリはほっと胸を撫で下ろすソードに笑みを浮かべた。


「ローズも無事で良かった。心配したんだよ、飛び出すように二人の後を追っていくから」


 ソードの言葉にローズは「うっ」と言葉を詰まらせる。


「申し訳ありません、ソード様……その、わたしく」


 もごもごと言葉を濁すローズにソードは優しく笑いかけた。


「いいよ、ローズ。気持ちはわからないでもないから」


 ソードの気遣いにローズは逆に恐縮してしまっているようだ。強気な彼女が肩を少し落として、視線を彷徨わせている。ソードは居心地が悪そうなローズにただ朗らかな笑みを浮かべていたが、ふとスラッツに目がいった。ソードは数回瞬きをして、不思議そうに小首を傾げた。


「というか、どうしてスラッツがこんな所に。途中で合流した口かな?」

「はい、まさしくその通りです。派遣先でたまたま」


 そうかとソードは頷くと、彼はスラッツにも労いの言葉をかけた。

 そして、今度はエンナにソードの視線が止まる。


「それで、この方が……」

「そう、エンナだよ」


 リューリが答えると、ソードは点頭してエンナに手を差し伸べてきた。


「お初にお目にかかります。貴女のことは我らが敬愛する方から伺っています。私はソルアード。気軽にソードと呼んで下さい」


 にこっと気さくな笑顔でソードは自分の名を名乗る。エンナは「はぁ」と溜め息に似た曖昧な返事をして、おずおずとソードの手を握った。なんていうか、本当に名前が長い。

 エンナとソードが挨拶を交わした後で、リューリはあの方は? と彼に問うた。


「二階の一室でお待ちしてますよ。それはもう今か今かと待ちきれないご様子で」


 微笑ましいことだとソードは口元を綻ばせた。


「ソード様」


 振り返ると、アンが所在なげに扉の前に立っていた。


「あぁ、ごめんアン。あの方のところへは私が案内するよ」


 ソードの言葉を聞いて、アンは安心したようだった。彼女は宜しくお願い致します、と綺麗な一礼をしてみせると、外へ出て行く。それを見届けてから、ソードはこちらだと“あの方”がいる部屋へ歩き出した。

 ついに、会えるのだ。“あの方”に。

 エンナは期待と不安の混ざった感情の波を抑えるように、ごくりと生唾を飲んだ。



 ソードの案内で階段を上り、二階の廊下を進んで屋敷の奥へ向かう。廊下の窓には既にカーテンで締め切っているが、室内灯のお陰で昼間と違わぬ明るさだった。


「そうそう、リューリさんに言わなければいけないことが……」


 ゆっくり歩を進めていたソードは、途中で立ち止まって後に続くリューリ達の方へ振り向いた。その顔には、困ったような笑みを浮かべている。


「何?」

「いえ、その、非常に言いにくいんですが、実はですね……」


 ソードは言い辛そうに言い淀んで、目を泳がせる。ソードの挙動不審な態度にリューリは首を傾げた。が、はっきりとしないソードに何かを察したらしい。リューリはまさかと眉を潜めた。


「えぇ、そのまさかです」


 ソードはまた困ったように笑う。


「マリアベルさんもご一緒です」






 なんだか先頭を行くリューリが怖かった。

 別にリューリが怒ったとか、そういうわけではない。寧ろ、彼は目映いばかりの満面の笑顔でいる。見知らぬ人々がリューリを見たら、何がそんなに楽しいのだろう? とこちらまで笑みを浮かべてしまいそうな、そんな表情だ。

 しかし、それが返ってエンナには不気味だった。

 それを象徴するかのように、ソードはリューリの様子に微苦笑して、彼の斜め後ろに控えながら案内をしているし、スラッツなんかはなるべく彼を見ないように目線を逸らせ、何事か違うことを考えようと必死に意識しないようにしている。ローズも何だか少し様子が変だ。

 そういうことを含めて考えると、もしかしたら、リューリは実は怒っているのかもしれない。

 なんでなのかはよくわからないが、“マリアベル”という人の名前が出た時から様子が一変したので、この人が原因なのだろう。

 どんな人なのか。エンナは少し不安を覚える。


 怖い人だったら嫌だなぁ。


 それに、リューリ達の言う“あの方”。

 ついに会えるのかと思うとドキドキと緊張した。

 リューリ達に自分を助けてと頼んだ人。そして、自分を助けてくれようとしてくれた人。

 国一の占い師で、リューリ達の上に立っている偉い人。


 どんな人だろう。


 占い師、というからには、きっと神秘的で、それでいて妖艶な人なのかもしれない、と妄想する。

 エンナがあれこれと“あの方”について輪郭を勝手に形作っていると、幾つかある扉の前でリューリ達は止まった。

 リューリは張り付かせた笑顔のまま、扉を軽く叩く。すると、中から返事と共に入っていいとの許可が出た。吃驚するくらい柔らかく穏やかな声に、それが逆に恐ろしく感じてエンナの身体は震える。先程よりも心臓が倍早く拍動して、破裂してしまうんじゃないかという錯覚を覚えた。緊張しすぎて目眩が起きそうになるのをぎゅっと手を握って耐える。


 すると、軽く肩を叩かれた。スラッツだ。彼はエンナを安心させるようににっと笑う。まるで向日葵が咲いたみたいな、そんな笑顔。エンナはそれを目にして、少し勇気付けられた。

 そうだ、大丈夫。別に噛み付かれるわけでもない。それどころか、かの人は自分を救おうとしてくれた恩人とも言える人だ。何をそんなに怯える必要があるのだろう。

 エンナは元気づけてくれたスラッツにありがとうと、口パクで伝える。スラッツは良いよと答えるように肩を一度だけ叩いた。

 扉の前に立っていたリューリは、ソードに笑顔で訴える。開けて、と。何も言わずその満面の笑みだけで自分に命じるリューリに、ソードはただ苦笑を零して扉を開けた。


「失礼致します。リューリ隊長達をお連れしました」


 ソードはエンナ達を招き入れるように扉を押さえ、どうぞと促した。リューリ達は中へ入室する。それに背を押されるようにしてエンナも一歩、部屋の中へ足を踏み入れた。

 そこにはエンナの想像とは程遠い少女が二人、窓際の猫脚の椅子にテーブルを挟んで座っていた。

 一人は、栗色の髪を綺麗に結い上げた女の子で、エンナと同年代くらいだろう。ナチュラルメイクだが、逆にそれが彼女の温和で優しげな面差しを引き立てている。ゴールドドレスはそんな彼女に似合っており、肩にショールをかけていた。彼女はリューリを見ると眉尻を下げ、困ったように笑んだ。


 そして、もう一方の少女。

 エンナは思わず頬を上気させ、見蕩れてしまった。

 蜂蜜のような金色の髪は甘く波打ち、結い上げずに後ろに流している。年の頃は十歳かそれくらいだろう。その少女の瞳は、見る者を全て魅了するガラス玉のような青い色をしていた。華奢な身体は、大切に扱わないと壊れてしまうんじゃないかとさえ思ってしまう。まるで日差しを知らないかのような白い肌は透き通っており、クリーム色のドレスがうっとりしてしまう程よく似合っていた。


 まさしく、天使。

 地上に舞い降りた天使だ。


 天使のような少女は、エンナに目を止めると勢いよく立ち上がった。瞳をキラキラと輝かせて、だがその後感情が高ぶったかのように涙で潤ませる。そして、両手で口元を覆うと感極まったようにあぁっと呻いた。


「エンナお姉様……!!」


 鈴を転がしたような、可愛らしいソプラノ。

 何処かで聞いたことのある声音。

 頭の片隅でふとそんなことを思っていると、彼女は極上の微笑みを浮かべて、駆け寄ってくる。そしてその勢いのままエンナに飛び付くように抱きついた。

 いきなりの抱擁にエンナはただただ驚いて、自分の胸に飛び付いてきた少女を抱き止めることもできず、その場に尻餅をついてしまう。


「お会いしたかった……!!」


 いたたっとお尻の痛さに顔を歪めていると、少女は嬉しそうにそう言って、エンナの身体に回す細い腕にぎゅっと力を込めた。


 一体全体、何だというのだ。







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