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精霊騎士  作者: 羽嵐
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〜花の精霊〜プロローグ




 夜も大分耽った頃。

 欠伸を抑えず盛大に吐き出した後、気怠そうに男は丘の向こうにある町の明かりを眺めた。

 本当なら、自分も酒を煽って騒いでいる一人の筈だった。なのに、見張りを交代しろと先輩に言われてしまったのである。今日の酒宴によっぽど参加したかったようだ。それもその筈で、今日の酒宴は頭首の奢りで催されるのだ。


 先輩の言うこと、それを断るわけにもいかず、見張り番を代わりに男がする羽目になった。だが、それはこの男に限ったことではなく、他の見張り連中も自分と同じように押し付けられた者達が多いだろう。組織において、年功序列というものが如何に強いか、思い知らされる今日この頃である。

 きっと今頃、酒の後は上機嫌の力も大いに助けて、繁華の美女達を抱いているだろう。


 心底、羨ましい。羨ましすぎる!


 男が恨みがましく町を見ていると、町へ続く街道から光が一つ、こちらに近付いてくるのが見えた。町の明かりと夜空の星々以外は光がないため、そこだけはっきりと浮かび上がっている。

 一瞬、仲間の一人が帰ってきたのかと思ったが、あの野生動物のような彼らが――勿論この男もそのうちの一人だが――こんなに速く戻ってくるわけがない。

 かといって、ここはあまり人が来ないような丘の上にあり、今は夜のため、森に囲まれた暗い街道になど危険すぎて普通の町人達は近付いてこない。となると……


 男は警戒して、壁に立てかけていた木の棍棒を手に取り、その光を睨み付ける。

 徐々に近付いてくると、それがランタンの灯火だとわかり、それを持っているのが少女であることが分かった。

 少女は男の前でピタリと立ち止まると、足下を照らしていたランタンを掲げた。少女の陰っていた顔に光が差し、はっきりとその顔立ちがわかる。

 男は、ぽかんとした。

 何故かって、その少女があまりにも美しかったからだ。

 スッとした目鼻立ち、眉は優美な曲線を描いている。ランタンの光だけでも、この少女がどれだけの美貌を持ち合わせているかはっきりとわかった。今日、競りに出された一番の容姿を持っていた少女よりもずっと上玉だ。


「ねぇ」


 少女は、魅惑的な唇を動かして、男に話しかけてきた。その声は、心地よく耳に響く。

惚けていた男ははっと我に返り、馬鹿面していた己の顔を厳威に見えるよう険しくした。もう今更なのだが。


「なんだ」


 少女はそんな男に微笑む。それだけで男はくらっときた。美しいものとは、こういうことなのだろうか。その少女の一つ一つの小さな動きにさえ魅了されてしまう。

 だが、ここでだらしない姿を見せるわけにもいかない。男は努めて平静を装った。


「あなた、ブラインのお仲間さんよね?」

「あ、あぁ」


 が、吃ってしまった。

 ブラインとは、この男が入っている裏組織である。勿論、下の町で遊んでいる男達もその一味だ。ブラインは、人身売買を生業としており、今日もその競売が行われた。男女問わず、なりが普通の者や見窄らしい者達は只の召使として、楽に優れている者や見目麗しい者達は、娯楽のために貴族や金持ちの商人などに買われていく。要は、奴隷である。


 そして今日、これは高値で売れると、組織の頂点に立つブライヤが特に目をつけていた眉目秀麗な少女が予想額よりもかなり高い値で売れたのである。しかも、他の商品達もなかなか良い値で売れたため、頭首の機嫌はすこぶる良い。そういう時の頭首は気前が良くなり、部下達に労いの意味も含めて、やれ酒だ飯だ女だとパーッと宴を催すのだ。

 あまり景気が良くないと周囲に当たり散らして大変なのだが、こういう太っ腹なところもあるので、皆不満を溢しつつもブライヤの下を離れていかず素直に従っている。


「わたし、今下に遊びに来てるブラインの人に頼まれて来たの。あなたには悪いことをしたから、慰めてやって欲しいって……」


 少女は男の間近までくると、少し恥ずかしそうに目を逸らす。

 男は、ごくりと生唾を飲んだ。

 話からして、どうやら男に見張りを押し付けた先輩に頼まれてここへ来たようだが、今自分は扉の前の見張り番、留守を守る身である。ここは罠と考えて、この少女も警戒するべきだ。するべきなのだ。

 理性を何とか保ち、男は自分の役目を全うすることを選んだ。


「悪いが、ここを見張ってないと」

「あら、ちょっとくらい良いじゃない」


 折角、決意したのにその一言で速くも崩れそうだ。


「いや、そういうわけには」

「少し抜ける程度のことよ。町に来てる人達だって遊んでいるんだから、いいじゃない。バレやしないし、中にも留守番の人達がいるんでしょう? 大丈夫よ」


 この少女が大丈夫だと言うと、何故かそんな気がしてくる。

 そうだ。少しくらいなら大丈夫ではないだろうか。

 何だか、だんだん頭がクラクラしてきて、思考回路が麻痺してくる。


「ちょっとくらい……ね?」


 少女は、少し背伸びをして、男の耳元に囁くように言った。上目遣いで少女は、人差し指でつつーっと男の身体をなぞる。

 もう、男は迷わなかった。


 留守番? 理性? 何だそんなもの。クソくらえだ!

 こんな美少女を相手に出来るなど、滅多にないチャンス。逃す方がどうかしている。


 男は、森の中へ少女を連れて行こうとした。しかし、外は嫌だと一点張りで、部屋の中が良いと言い出した。流石にそれは不味いと言ったのだが、見付かったらその人達も巻き込むまでと少女は言い切った。この少女、なかなかの強者のようだ。しかも、少女が言うと本当にそれも可能そうに思うのだから不思議である。

 二人は、扉の向こうへと消えていった。

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