最終回
☆1☆
残暑も過ぎ去り、穏やかな日差しが続くなか、爽やかな風が古い校舎を吹き抜けていく。
今日は透き通るような秋晴れだ。
校舎のあちこちに色とりどりの装飾を施した模擬店や、その看板、大小様々なオブジェクトなど、所狭しと設置され、着ぐるみ、コスプレのメイド、バニーガール、同人誌即売会などなど、そして、校舎内や校庭、あらゆる所に、今日という日を楽しみにしてきた生徒たち、たくさんの一般の客でごったがえしていた。
みんな一様にこのイベントを心から楽しんでいる。
今日は大安中学の文化祭。
いつになく文化祭は盛況を極めていた。
すると、
ゴゴゴゴゴ!
凄まじい地震が大安中学を襲う。
数分後、文化祭を盛り上げるモニターや液晶パネルが、いっせいにニュース速報を伝える。
『ただいま入った情報によりますと、先程の大きな揺れは地震ではなく、硫黄島周辺に突如、出現した、巨大な人型の物体が原因で起きた揺れだと判明しました。
映像を硫黄島の現場に切り替えます』
硫黄島と、その先にそびえる人型の巨大な物体が、ヘリからの空撮で映し出される。
ヘリのアナウンサーが、
『硫黄島に突如出現した謎の人型の物体は、物凄い大きさです。
あまりの巨大さに、このヘリコプターでさえ、頂上までたどり着くのは、容易な事ではないでしょう。
その高さは、霊峰富士に匹敵しております。
専門家の話によりますと、海面から姿を現している部分だけでも、およそ二千メートル。
海中に沈んでいる部分を含めると、
なんと!
およそ三千メートルにおよぶという、前代未聞の恐るべき巨大な物体で、いったい、誰が、どんな理由で、また、どんな原理を用いて突然出現したのか、皆目見当がつきません。
さらに、どうやって海中に浮いているのか?
まったくもって人類の想像を絶する、未確認巨大物体であります。
あっ!
今、巨人の右手が動き出しました!
右腕の拳を握り!
我々のヘリに近づいております!
恐るべきスピードです!
もはや、私たちが助かることはないでしょう!
日本の皆さま、サヨウナラ!
そして、アリガトウ!
実況はNHKの』
画面が歪み、新たな映像が映る。
なんらかのコックピットらしき場所に座る、ハメッツー団、首領、ファウストだ。
『ごきげんよう!
日本国民の諸君。
いわずと知れた、ハメッツー団、最高幹部、ファウストだ。
今日は、君たちに最後の挨拶に来た。
なぜなら、大安町の魔力が突然、消滅してしまったからだ。
魔力がなくては魔導機獣は動かない。
だが!
この最後の魔導機獣、史上最大のポセイダムカには、
まだまだ、世界を滅ぼすだけの充分な魔力が蓄えられている。
ワシは世界を滅ぼし、同時に世界を平和にする事を、ここに宣言しよう!
超大国の諸君たち!
抗おうなどと、愚かな考えは起こさず、ただ傍観しているがよい!
現代の兵器では、ポセイダムカには傷一つ付けることは出来ない!
ワシを止める事が出来るのは、この世界にただ一人!
魔法少女ナナナ!
貴様だけだ!
ワシは貴様だけは許さん!
三時間だけ猶予をやろう!
それを過ぎれば!
まず手始めに大安町を滅ぼす!
さらに、東京、関東、日本。
そして、最後は世界だ!
聞いているか、ナナナ!
これは脅しではない!』
ファウストが一息つき、先程とは打って変わった、落ち着いた口調で、
『ところで、ポセイダムカ制御機構担当のユメカよ。この配信はきっちり、全世界に届いていのだろうな?』
姿を見せずに、ユメカと呼ばれた少女が、ファウストの質問に答える。
『イエス、マスター。地球上のあらゆるネットワークをジャックし、ポセイダムカの支配下に置きましたでございます。マスターの姿は滞りなく、世界中に配信されているでございます』
再び画面が歪み、
右上に小さな分割画面が表示される。
映っているのはアメリカ大統領だった。
ファウストが再び居丈高に、
『これはこれは、アメリカ大統領閣下どの、いったい、どのような、ご用件ですかな?』
『君に忠告があるのだよ、ファウスト。
アメリカは、いや、世界中の国々は、君の横暴な振る舞いを、決して許しはしない。
かねてより、密かに計画していた、A級作戦を即時実行に移し、君の野望を打ち砕く!』
『ほほう、ところでA級のAとは、アメリカのAですかな?
それとも、別の暗号ですかな?
まあ、なんでもよろしい。
どんなに、もったいぶった作戦名を付けようと、このポセイダムカの前には無力、無駄なあがきと証明してみせましょう。
アメリカ大頭領どの、正々堂々、受けて立ちましょう!』
『その余裕も今すぐに終わる。
すでにアメリカを含む、各国からの全核ミサイルが、そちらへ向かっているのだ。
数分後には一欠の欠片も残さず、すべてが蒸発し、君は消え去るのだよファウスト』
ファウストが余裕の笑みを浮かべ、
『ショータイム、というわけですな、アメリカ大統領どの!
では、先程、飛んでいたヘリからの中継を、また再開させるとしましょう!』
画面がさらに分割され、ヘリからの映像が加わる。
『先程、死にかけたNHKアナウンサーです。
巨大な拳はヘリの横を通り過ぎ、命拾いしました。
ただの脅しのようでした。
さて、核兵ミサイルがこちらへ向かっているとの情報が入りましたので、ヘリは退避行動を取りつつ、可能な限り、生中継を続けたいと思います。
あっと!
見えてきました!
各国から発射された核ミサイルの数々です!
無数の長い尾を引きながら、宿敵、ポセイダムカへと向かっております!』
画面がフラッシュバックしたように、チカチカと明滅し、
『す、すさ、凄まじい!
ば、ばば、爆風、で、です!
あっ!
ポセイダムカが、倒れそうです!
その巨体が揺らいでおります!
身体の表面は真っ赤に熔けております!
核兵ミサイルの威力とは、かくも凄まじい物なのです!
さしものポセイダムカも、
なっ!
ポ、ポセイダムカが、ポセイダムカが再び立ち上がりました!
な、なんという事でしょう!
焼け落ちた部厚い装甲が一瞬で再生しております!
な、なんという回復力でしょうか!
物理法則のすべてを!
完全に無視しているとしか思えません!』
実況画面が消え、驚愕するアメリカ大統領の分割画面も消え去る。
再びファウストが、
『魔法少女ナナナよ!
正々堂々!
ワシと勝負しろ!
繰り返す!
猶予は三時間だ!』
そう言い残し、画面が元の文化祭関連の映像に戻る。
その映像を見ていた親子の娘が、
「ママ~っ!
ファウストなんて、魔法少女ナナナちゃんが倒してくれるよね!
ナナナちゃんは強いもんね!」
「そ、そうね。き、きっと、ナナナちゃんが倒してくれると思うわ。だけど、日本も一緒に倒れないと、いいんだけどね」
反論しようがなかった。
メイド姿の七奈がボソッと、
「どうしたらいいのかしら?
あたしはもう魔法少女に変身出来ないのに」
「大丈夫。きっと何とかなるよ。今までだって、何度もピンチを乗り越えてきたんだから。それに、みんな落ち着いているよ。ボクたちも落ち着いて考えよう。まだ、三時間あるんだから」
「そうね。それにしても、大部分の人は、さっきの映像を文化祭のイベントか何かと思っているのかしら? あまり動揺してないみたい」
「なかには逃げ出した人もいるけどね。それより、何で夢華がポセイダムカに乗っていたんだろう?」
七奈が首をかしげ、
「声は似ていたけど、別人かもしれないわ。とにかく、大変な事になったわね、ムギくん」
猶予は三時間しかない。でも、ボクは夢華のことが、すごく気になった。
とりあえず、夢華が転校してきた三日前を振り返ってみる。
☆2☆
「いや、文化祭の出し物とか言われてもね、もう無理なんじゃね、どう考えても、グラサンだって、あんな調子だしなあ」
文化祭三日前、教室のスミで燃え尽き、呆けているグラサンをパンチが指差す。
ボクは嘆息し、
「映画のデータが吹き飛んじゃったから、仕方ないんだろうけど。バックアップも取っていなかったって話だよ」
巻奈が肩をすくめ、
「それでは、今年の文化祭は辞退という事で決まりね。委員長、その旨、千駄ヶ谷詩音先生まで、お伝えください」
委員長がしばらく思案したのち、
「喫茶店とかは、どうかしら? うちにコーヒーメーカーとかあるし、食事は出来合いの物ですませば良いと思うし、装飾はみんなで、それっぽい物を持ち寄れば、それなりに喫茶店っぽい雰囲気が出ると思うのよ。みんな、どうかしら?」
巻奈が、
「少々ありきたりな気もしますが、そのぶん手軽に出来そうで、悪くない提案だと思います」
益子美代が、
「みんなも知りたい!
美代も知りたい!
今回は喫茶店で癒された~い!
映画制作より大賛成だよ!」
パンチが、
「装飾なら演劇部の小道具が使えるかもしれないな、いいんじゃないか、喫茶店」
グラサンがユラリと立ち上がり、
「喫茶店、そこは一時の癒しを求め、香り高いコーヒーの、香ばしい香りに包まれ、至福の時を過ごす、大都会のオアシス。
若者はそこで夢を、恋を、愛を語り、時に挫折の苦い思い出を、コーヒーの苦みに重ねる。
そのオアシスは様々な人生を写し出す、まさしく、人生の交差点!
やろうじゃないか、喫茶店。
俺は、俺の心にポッカリ空いた、巨大な穴を埋めてやるのだ!
俺はやる!
喫茶店経営を!」
すっかり立ち直ったグラサンだった。
他の生徒も徐々に盛り上がるなか、千駄ヶ谷詩音教育実習生が朝のホームルームをすべく、朗らかな顔で挨拶をしながら教室に入ってきて、開口一番、
「みなさ~ん、文化祭のクラスの出し物についてなんですけど~。
みんなが一生懸命、必死になって作った、あの映画!
あれは残念だったわよね~。
隕石にぶつかって、みんな駄目になっちゃったもんね~。
先生も悲しいわ~(棒読み)
それで!
先生は校長先生に掛け合いました!
このクラスは文化祭の出し物は辞退します!
って、だから、みんな出し物の件でもう心配しなくっても大丈夫よ!」
グラサンが憤怒に顔を赤く染め、
「何やっとんじゃわりゃあ!
スットコドッコイの教育実習生が!
生徒の断りもなく!
勝手に話を進めんじゃない!
スカポンタンが!」
パンチが、
「空気読まない先生だとは思っていたけど、まさか、ここまで空気を読まないとは、驚きを通り越して呆れるわ」
益子美代が、
「みんなも知りたい!
美代も知りたい!
何で一言、言ってくれないの!
詩音先生の!
オタンコナス!」
七奈がボソッと、
「史上最低の教育実習生ね」
最後に委員長が、
「詩音先生、という事で、とりあえず、文化祭を辞退するって話は、撤回してきてください」
有無を言わさぬ口調だった。
詩音先生が目を白黒させながら、
「えっと、その、という事って? いったい、どういう事?」
クラス全員が、
『いいから早く行ってこい!』
怒鳴りつけたのは言うまでもない。
☆3☆
しばらくすると再び朗らかな表情で詩音先生が教室に入ってきた。
立ち直りが早いな。
「みんな、お待たせ~。文化祭の辞退を撤回してきました~。それと、今日は大事な、お知らせがあったんで! では、入ってください!」
女子生徒が一人、入ってくる。
ボクは白い目で詩音先生を見て、
「先生が文化祭の件で校長に直談判に行っていた二十分間、ずっと廊下で待ちぼうけを食らわせた、という事ですね」
やんわり突っ込む。
詩音先生が焦りながら、
「えっと、それは、優先度の違いというか、転校生の事を忘れてたわけじゃないのよ」
「忘れてたんですね」
ボクがやんわりたしなめると、
「忘れていました。ごめんなさい」
「素直に謝ればいいんです」
詩音先生が気を取り直して、
「えっと、それでは転校生を紹介します! 出薄不破人くんの、お祖父さんの友達のお孫さんで」
つまり、赤の他人か。
「帆星夢華さんです! それでは、自己紹介を、お願いします!」
サラサラ流れるシルクのような銀髪。
落ち着いた深い藍色の瞳。
すっきりと整った目鼻立ち。
少女らしい、すんなり伸びた手足。
夢華が、
「ごきげんよう皆様で、ございます。今日、これより、夢華とクラスメートとして、夜露死苦、でございます」
ピッタリ四十五度の角度でペコリとお辞儀をする、夢華。
その表情は、ほぼ無表情で、まったく感情らしい物が読み取れない。
人形じみた女の子だった。
その後、授業が始まる。
独特な夢華節の言い回しはともかく、勉強もスポーツも夢華は抜群に優秀だった。
昼休みに教室で給食を食べていると、
不破人がスマホを掛け始める。
同時に夢華のスマホが鳴り、
「はい、帆星夢華です」
「ワシだ。ハメッツー団首領、ファウストだ!」
「ハッ! マスター・ファウスト。どのような、ご用向きでございますか?」
「ユメカよ! 貴様の願いをくんで、大安中学に転校させてやったが、もう学園生活は堪能しただろう。いい加減、本来の任務に戻らぬか?」
「マスター、ユメカはまだ転校初日で、人間の事を、ほとんど理解しておりませんでございます。いま少しの、ご猶予を頂きたくございます」
「ムウ。意外と頑固だのう。巨大な論理システムを搭載して、人間のような柔軟な対処を可能にするつもりだったが、変に人間臭くなってしまった。巨大な魔力が突如消えてしまった今となっては、早急に作戦を進める必要があるのだが、ユメカよ」
「はい、マスター」
「三日の猶予をやろう。その間に人間というものが、いかなる物であるかを、お前が理解したならば、ワシはお前を一人前の人間と認め、帆星夢華として生きる事を許そう。だが、それが出来ぬならば、即座に作戦に戻り働いてもらう。猶予は文化祭の正午まで! わかったな! ユメカ!」
「イエス、マスター、ユメカは理解したでございます。三日以内に人間を理解し、人間として認められるでございます」
ボクは不安気に、
「も、もしかして、帆星夢華は、ロ、ロボットなんじゃ」
七奈がボソッと、
「何を言っているの、ムギくん? あんなに精巧なロボットが、今の人類に作れるはずがないわ。アニメやゲームやラノベじゃあるまいし」
「いや、でも」
「ムギくん。ロール・プレイング・ゲームってしっている? 略してRPGよ」
「いや、廃・エンド・ゲーマーのボクが知らないわけないでしょ」
「そう、二人はRPGを演じているのよ。つまり、そういう設定で会話をしているのよ!」
「ええ~? そうかな~?」
「そうよ。男女の関係は複雑なのよ。ああやって特殊な設定でないと燃えないって人が、たくさんいるわ。そういう、つき合いがあっても、全然、おかしくないのよ」
今一つ納得出来ないけど、そこへ巻奈 がやって来る、
「男女の関係で、不倫みたいな設定でないと燃えない人がいて、そういう、つき合いがあっても、全然、おかしくないって、巻奈とムギくんの間に割り込むドロボー猫の事ですの!?」
物凄い勘違いだ。
七奈が澄まし顔で、
「男女兼用のエプロンで無論、燃えない布地があれば欲しいわよね。それと、ついでに、全部のお菓子を買いだめしても、全然おかしくないわよねって、話してたのよ」
七奈が文化祭の話に上手くすり替える。
ボクも口裏をあわせ、
「そうそう、喫茶店で使う小物とか、小道具とかも揃えないとね」
巻奈が疑わしげに、
「つまり、買い出しの相談? という事ですの?」
「そうだよ。巻奈も一緒に買い出しに行く?」
巻奈が途端に輝くような笑みをこぼし、
「まあ! ムギくんから誘っていただけるなんて願ってもないことです! ぜひ、ご一緒にデートしましょう!」
七奈がボソッと、
「デートじゃない。買い出し。あたしも行くから」
巻奈が目尻を吊り上げ、
「それには及びません! 巻奈とムギくんの二人だけいれば結構です!」
険悪な雰囲気を壊すように、不破人が声をかける。
「買い出しに行くのなら、夢華を連れて行って欲しい。大安町を案内してくれないか?」
委員長が、
「だったら校内も案内しましょう。買い出しは、そのあとね。それでも、遅くないでしょ」
という事で話がまとまる。
☆4☆
放課後、さっそく夢華を連れて校内をあちこち歩く。
「みんなも知りたい!
美代も知りたい!
帆星夢華ちゃん、新聞部へようこそ!」
最初は新聞部だ。
「それでは新聞部、益子美代による、謎の美少女転校生、独占取材を敢行します!
まずは第一の質問!
夢華ちゃんのお住まいは、どちらなんでしょうか?」
「夢華は、現在、出薄邸に、お泊まりしているのでございますが、本当は、魔導機獣ポセイダムカの体内、正確には、ポセイダムカの中枢神経室、集中制御装置のバイパス内部に結合する形で統合機関としつ接続しているのでございます。
つまり、人間で言うところの、家やベッドになると思われるでございます」
「ははあ、ずいぶん変わった、難しい、長ったらしい名前の、ベッドなんですねえ。アマゾンで買ったのかな? それはともかく、次の質問だよ! 夢華ちゃんの好きな食べ物は何かな?」
「好きな食べ物?」
「そう! 好きな食べ物!
ちなみに美代はガリガリくんかな!
夏の定番だよ~」
「ガ、ガリガリ、くんを、ガリガリ?」
「そう! ガリガリ食べるんだよ!」
「ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ」
プシューと、夢華の後頭部が鳴って、物凄い蒸気? が吹き上がる。
美代が慌てて、
「わあ! そんなに! 湯気を出すぐらい難しく考えなくてもいいんだよ、夢華ちゃん!」
「すみませんでございます。論理回路がショートしかけて、思わず緊急放熱したでございます」
「もっと軽~く考えてさあ、たとえば~、今日の給食に出てき、たシャインマスカット! とか!」
「糖度十八度のブドウ、しかも一人一粒ですか?」
「そうだよ! 一粒でも幸せになれる美味しさだよ!」
「エネルギー源としては微妙ですが、ちょっとした補充には、最適かもしれないでございます」
「じゃあ好きってことだね!
夢華ちゃんの新たな一面が発見出来たよ!
夢華ちゃんはシャインマスカットが好きと、さっそく記事にしよう!」
こう言って記事を書き始める。
ボクは夢華に、
「邪魔しちゃ悪いから、行こうか」
「わかりましたでございます」
☆5☆
次に向かったのは映画研究部。
校庭でモブシーンを撮影している。
グラサンが、
「一年B組の映画は残念な事になってしまったが、映研の撮影は絶好調じゃ。しかし、どうも、モブシーンが、いまいちピリッとせんなあ。何かこう、花が無いと言うか何と言うか。何か、映えるモブはいないものだろうか?」
七奈がボソッと、
「目の前にいるじゃない?」
巻奈がイラついた様子で、
「まったくです。いったいどこに目を付けていますの?」
委員長が、
「今度はシージーじゃないから気楽ね」
という事で、急きょ、七奈、巻奈、委員長、夢華の四人が、モブシーンに参加する事になる。
しばらく撮影するとグラサンが、
「カ~~~ット!
ちょっとちょっ、ちょっと!
夢華ちゃん。何なのその?
君の歩き方は?
まるでロボットみたいじゃないの!
もっと自然に!
ナチュラルに!
セクシーに出来ないの!」
「し、自然? ナチュラル? セクシー?」
プシュー! 夢華の後頭部がまた蒸気を吹き出す。
ボクが、
「グラサン、それじゃ、いまいち伝わらないよ。なにか、もっと具体的な例はないかな?」
「そうだな。じゃあ、たとえば、マリリン・モンローの、モンロー・ウォークとか」
「古っ!」
でも夢華は、
「マリリン・モンロー、情報検索、サーチ修正、情報をヒットしました。了解しましたでございます。もう一度、お願いしますでございます」
グラサンが、
「よお~し、気を取り直して、シーン二十九、モブの群れが集う校庭、スタート!」
校庭を生徒が行き交うなか、夢華がナチュラルに、かつセクシーに、でもあまり目立たないようにモンロー・ウォークで歩いた。
それは、本当にモブシーンの微妙なアクセントになっていた。
「カ~~~ット!
いいね!
いいね~!
いい画が撮れたね~。俺の的確なアドバイスのおかげだな!
まさしく、校庭の片隅に一輪だけ咲く、モンロー・ウォークだった!」
ご満悦のグラサンをあとに、次は演劇部を目指す。
途中、段ボールに入った資材を運ぶパンチに遭遇する。パンチが、
「なんだお前ら、まだ買い出しに行ってないのか? こっちは教室の飾り付けで、男子総出で超忙しいってのに」
七奈が素早く、
「わかったわ。すぐ買い出しに行くから」
何か? 慌てているような?
巻奈が驚いたように、
「もう飾り付けをしているんですか? ちょっと見せてもらっていいかしら?」
そう言って教室に向かおうとすると、
「あ~、でも、今はちょっと忙しくて」
パンチがそう言った。が、巻奈は、
「見られて困る物でもあるんですか?」
「いや、そ、そうじゃないけど」
口ごもる。
巻奈はパンチを無視してズンズン教室に入って行った。
☆6☆
教室に入った巻奈が驚いたように、
「何ですの?
この『お帰りなさいませ、ご主人様』っていう看板は!
それに、この品のないケバケバした飾り付け!
なんとかならないのかしら?
それにこのメニュー『ラブちゅうにゃうコーヒー』とは、いったい何ですか?
ラブをちゅうにゃう、してどうするんですか?」
委員長が笑いをこらえながら、
「つまり、これは、あれよね。メイド、ムグッ!」
七奈が委員長の口を押さえ、パンチが人差し指を口に当てる。
委員長が納得した顔でうなずく。
これで分かった。
さっき七奈とパンチが慌てていた理由が。
教室に行くのを渋ったわけだ。
ボクは助け船を出す。
「えっ!
巻奈は今、若者の間でヒソカに、ここ重要な所だけど、凄くヒソカに流行ってる喫茶店を知らないんだ! 巻奈が知らないなんて、驚きだな~!
いや、まさかね、いくら世間知らずのお嬢様でも、万が一にも知らないはずはないよね!
そんな超、恥ずかしい事は絶対ないよね!
世間一般の常識だよね!」
巻奈が雷に打たれたように愕然とし、
「じょ、常識、せ、世間知らず?
し、知っています!
もちろん知ってます!
巻奈が世間知らずな、お嬢様なわけがないじゃありませんか!
これが今、流行りの喫茶店なのです!」
「それじゃあ、この喫茶店の店員に相応しい制服を買い出しに行こうか、確か、七奈がそういう店に詳しかったよね」
七奈が感心したような、呆れたような口調でボソッと、
「そ、そうね。とびっきり、いい店を知っているわ」
委員長が、
「その前に、美術部へ寄りましょう。秋といえば、芸術の秋、よね」
委員長の提案で買い出し前の最後に、美術部へ寄る事になる。
☆7☆
美術部では、数人の部員が果物を積んだモチーフをテーブルの上に置いて油絵を描いていた。
委員長が、
「夢華も描いてみる?」
「はい、キャンバスと画材をご用意くださいませ。絵は得意でございます」
夢華が自信ありげに即答する。
画材が用意され夢華が恐ろしい勢いで絵筆を振るう。
下書きもなしに十五分ほどで絵が完成する。
七奈が感動したように、
「凄い。完璧な写実主義だわ」
ボクもうなずき、
「確かに、完璧だけど、何かこう、違和感があるな」
巻奈が、
「完璧すぎるのです。これでは、単なる写実に過ぎません」
夢華が不思議そうに、
「写真では、駄目でございますか? 夢華は、どうすれば良い絵が描けるようになるのでございましょうか?」
委員長が、
「これ、私が描いた、描きかけの絵なんだけど」
胸元に絵を掲げて見せる。そこには、ダークな印象画風の果物が描かれていて、モチーフが暗闇の中からボウっと浮かび上がっるような、独特な絵になっていた。
委員長が物足りなさそうに、
「でも、何かが足りない」
ボクは驚きながら、
「え? これって、これでも充分凄いと思うけど」
「そう? でも、そうね。これに、こう手を加えれば」
委員長がイーゼルに絵を乗せ、猛然と絵筆を振るい始める。
出来上がった絵は、
暗い画面のはしに数輪の薔薇の花びらが散る不思議な絵だった。
こぼれ落ちる薔薇は、まるで微かな光りを思わせて、暗い画面の中にも、どこか安心感のある絵に生まれ変わった。
ボクは委員長の才能に舌を巻く。
夢華が不思議そうに、
「この薔薇の花びらは、どうして描いたのでしょうか? そんな物はどこにも無いでございますよ?」
委員長が笑い、
「それはね、私の心の中にあるのよ。人間は無限のイメージを持っているの。それは、決して尽きる事の無い、自由なイメージなのよ」
夢華がボンヤリと繰り返す。
「無限の、自由なイメージ」
その後、ボクらは買い出しに出掛ける。
☆8☆
大安町の主要な施設を夢華に案内したあと、メイド喫茶の衣装をレンタルするべく、ボクらは聖地、秋葉原へたどり着く。
「いや~、久しぶりに聖地、秋葉原に来たよ~。子供の頃は、よくファミコンの中古ゲームや、ファミ通の攻略本を買いによく来たけど、今はネットで何でも出来ちゃうからな~。最近はめっきり音沙汰だよ」
それは、嬉しくもあり、寂しくもある事だった。
七奈が感慨深げに、
「アキバもすっかり変わったわ。オフィスビルがどんどん出来て、昔ながらの小売店はどんどん減って。それでも」
七奈が歩き出す。
「聖地、秋葉原は、その輝きを失うことはない。この街は、いつだって若者の、サブカルチャーの中心的存在よ」
七奈が案内した店は、線路の高架下に建ち並ぶ、ボロい雑居ビルの四階だった。
階段に張られた無数のアニメやゲーム、ラノベのポスター。
店の外まではみ出るフィギュアやホビー。
それらを掻き分けるように四階へ進む。
ようやく店の名前が目に入る。
『コスプレ天国・地獄回廊・熊の穴』
なかなかキャッチーなネーミングだった。
巻奈が真っ先に、
「本当にこんな所で喫茶店の制服が売っているのですか? どう見てもいかがわしい店にしか見えません!」
まさしく、その通り。
「そもそも、コスプレとは何ですか?」
そこからか。
七奈がボソッと、
「コスプレ。それは、コスチューム・プレイの略。ここでは、どんな夢もかなう。どんな人間にもなれる。しかも、格安のレンタルで」
巻奈が不安気に、
「コスチューム・プレイ? とにかく、喫茶店の制服は手に入るのでしょうね」
七奈が恍惚とした表情でボソッと、
「無論よ。他にも、執事、剣士、魔法使い、流行りのアニメやゲーム、ラノベのキャラ。ありとあらゆる衣装が揃っているわ」
巻奈が痺れを切らし、
「他は必要ありません! 目的は喫茶店の制服です!」
言い捨てると店へ入った。
七奈は幸福そうに、委員長は苦笑しながら、夢華はキョトンとしながら、あとに続いた。
☆9☆
巻奈がズラッと乱雑に並んだ衣装の山に翻弄されるなか、七奈は慣れた手つきであっさりメイド服を探し出す。
「試着してみる」
試着室に入ろうとする七奈を、
「いや、試着は巻奈にやってもらおう。ボクに考えがある」
七奈がジト目で、
「作戦の察しはつくけれど」
七奈が嘆息し、
「わかった。巻奈! 制服が見つかったわ。試着してみて」
「そ、そんな所にありましたの? 衣装が多すぎて、全然、気がつきませんでした」
七奈からメイド服を受け取ると、
「色は黒で、ずいぶんフリルが多いんですね。それに」
「まあまあ、とりあえず試着してみようよ」
ボクがそう言うと、
「わかりました。それでは、試着してみます」
巻奈が試着室に入る。数分後、
「な、な!
何ですの!
この妙に短いスカートは!
それに、むやみにフリルが多いエプロン、ヘッドドレスまでついて、これじゃまるで使用人の服じゃないですか?
ウチの使用人の制服とは、全然、違いますけど」
顔を赤らめ、恥ずかしがる巻奈にボクは、
「うわっ!
すっごい、びっくりするぐらい似合ってるよ!
すらっと伸びた黒タイツの足は健康的でセクシー!
フリル多めも女の子らしくていいね!
ヘッドドレスもめっちゃ可愛い!
すっごい可愛いよ!
巻奈!」
ボクがベタぼめすると巻奈が満面の笑みで、
「店員さん!
この衣装を百着ください!
大至急、お願いします!」
スポンサーは大事にしないとね。
こうして文化祭のメイド喫茶、出店計画は着々と進行した。
連日連夜の突貫準備の甲斐もあり、無事に模擬店を出店する運びになる。
☆10☆
「おお~!
なかなか良い雰囲気ではないか!
大安中学の祭りなど、大して面白くもあるまい!
と侮っておったが、なかなかどうして、本格的なフェスティバルになっておるな!
見直したぞ!」
文化祭当日、校舎の前に制服姿で現れたメフィーが腕組みしながら、ふんぞりかえって、感想を述べる。
「メフィーも来たんだ」
「お祭りと聞いては見逃すメフィー様ではないわ!
ムギよ!
案内せい!」
「はいはい。それにしても、また誰かに召喚されたのかな?」
「いや、今回は神に頼んで、人間界に貼られた悪魔払いの結界を取り除いてもらったのじゃ!」
「神って、つまり、その、いわゆる、神様のこと?」
「その通りじゃ!
悪魔の力を封印し、決して悪い事には使わない!
と約束して人間界に入る事を神に許してもらったのじゃ!」
「へえ~。なかなか、話のわかる神様なんだね」
「うむ! なかなかイイオッサンじゃぞ!」
「神様ってオッサンなんだ!?」
「うむ! 人間にわかりやすく例えれば、オッサンじゃな!」
神様に対し言いたい放題だな。
悪事の言う事だから、どこまで本当かわからないけど。
メフィーが、
「七奈やムカつく巻奈はどこじゃ?
仕方がないのう、ムギ!
そなたと二人だけでデートじゃ!」
「「ちょっと待った~~っ!」」
七奈と巻奈がメイド服のコスプレでやって来る。
七奈が、
「やっと休憩時間になったわ」
巻奈が、
「ムギくんとデートするのは巻奈です!」
「いやいや、みんな一緒に見てまわろうよ」
七奈がボソッと、
「メフィーも来たんだ。魔界はヒマなのね」
「「おいおい」」
ボクとメフィーがハモる。
色々あったけど、わだかまりはなさそうだ。
メフィーが夢華に目をとめ、
「フム! 変わった新顔がおるのう! しかし、こやつは、人間では」
夢華が、
「新人の帆星夢華です、ご主人様~。
夢華と一緒に~、萌え萌えして~、キュンキュン。
キュン萌えしましょうでございます~」
無表情かつ、セリフは棒読み、指先でハートマークを作り、ダンスっぽく体を揺らしながら、マニュアル通りメイド喫茶直伝のあいさつを披露する。
「いや、もう休憩で交代したんだから、メイドモードはやめようよ、夢華」
ぼくの言葉に夢華の後頭部がブーンとうなり、
「了解です。メイドモード強制停止、学生モードに移行したでございます」
メフィーが待ちきれなさそうに、
「さて、最初は何をして遊ぶかのう?」
「模擬店を見て回ろうか。結構、本格的な店が出ているよ。ワタアメとか食べる?」
ボクが尋ねるとメフィーが怒った顔で、
「余を子供扱いするでない! たかがアメぐらいで喜ぶと思うか!」
七奈、巻奈、夢華は興味を持ちワタアメ屋でワタアメを購入した。
巻奈がワタアメを手に取ってジックリ眺め、
「本当にワタのようですね。食べられるのですか?」
七奈はワタアメにかぶりきボソッと、
「お祭りの定番! 甘~い」
巻奈も七奈にならいワタアメを食べてみる。
「本当に口のなかで甘~く溶けてます! こんなに美味しいアメは生まれて初めて食べました!」
夢華もワタアメを舐め、
「糖度百パーセントの砂糖菓子でございますね」
成分分析に余念がなかった。
メフィーがヨダレを流しながら、
「そ、そんなに旨いのか?
そんな、ワタの固まりみたいな物が?
とても信じられんな」
半信半疑に見ているのでボクのワタアメを渡す。
「食べてみればわかるよ。はい、メフィーにあげる」
「む、すまんの、では、さっそく」
一口かじると、
「な、何じゃこれは!?
口の中で、甘~く、甘~く溶けてゆくのじゃ~っ!
至福の時じゃ~っ!
最高に旨いではないか!!」
ご満悦だった。
次は隣りの金魚すくいの模擬店を試す。
七奈は次々に金魚をすくいあげながらボソッと、
「我がゴッドハンドの前に敵なし。神妙に捕縛されなさい」
巻奈はそこそこ、
「くっ! もう一匹ぐらい取れそうでしたのに、不覚にも取り逃がしました! 根倉さんに負けるなんて! 屈辱です!」
意外にも夢華は苦戦している。
後頭部から煙を吹き出しながら、
「金魚の動きを予測して取ろうとするのに、みんなスリ抜けられてしまいます。いったいどうすれば、よいのでございましょうか?」
ボクは手本を見せる。
「夢華、金魚を正面からや、横からスクおうとしても、金魚に見つかって逃げられちゃうよ。金魚のうしろから、ソーっとアミを近づけて、素早くスクい上げるんだよ」
夢華が瞳を見開き、
「そ、そのような卑怯な方法が!」
「コツって言ってほしいな」
「ですが、理にかなってはいる方法でございます。これならば」
夢華が金魚の背後にアミを近づけ、サッとスクい上げる。
「やりましたでございます」
あとは入れ食いだ。
かすかだけど、夢華が嬉しそうだった。
メフィーは悪戦苦闘しながら、やっと一匹だけ取れた。
「ハアッ、ハアッ!
ゼハッ!
フ、フフ、た、たかが金魚の分際で、なかなかやりおるわい!
この大悪魔メフィー様を相手に、ここまで善戦するとはな!
貴様の善戦に応えて、余は貴様を余のシモベとして使役してやろうぞ!
さあ変化するがよい!
コンカーベ・ムータ・ムータ・ラーウ・ラーウ!」
突如、金魚のまわりに魔方陣が展開、勢いよく煙りが立ちのぼり、その中からランドセルを背負った、赤いワンピースの女の子が出現した。
「大悪魔メフィー様。なんなりと、ご用を、お言いつけください、なの。がんばる、なの」
女の子が舌足らずな口調でしゃべる。
「うむ! 貴様の名は使い魔、魚金じゃ! 余のために、しっかり働けよ!」
「ハイ、なの。魚金は、しっかり働く、なの」
いきなり金魚を使い魔にしたメフィーだった。
ボクは、
「メフィー! 人間界では魔法を封印されていて使う事は出来ないって言ってなかった?」
「それは、魔法を悪事に使う場合じゃ、悪事に使わねば、いくらでも使えるのじゃ!」
「そ、そうなんだ」
「そもそも、魔法が使えねば、魔界に帰る事も出来ぬは」
「それもそうだね」
神様はメフィーがちゃんと魔界に帰れるように魔法が使えるようにしてくれたんだ。なんて優しい神様だろう。
次にボクらが向かったのは射的の模擬店だ。
七奈が突然、瞳を輝かせる。
「見て、ムギくん。あのスペシャル・レアな景品を」
射的場に並ぶ数ある景品の中で、ひときわ目を引く景品が一つある。
客引き用の、いわゆる目玉景品だ。
「エヴァ参号機アクションフィギュアか。ん万円はする代物だね。客引き用だから、たぶん落とせないんじゃない?」
「絶望する前に当たって砕けろよ」
七奈がお金を払い、ライフルの銃口を迷わずエヴァに向けて狙いをつける。
ポンッ!
という小気味良い音とともに、コルク栓が飛び出してエヴァに命中するけど、ビクともしない。
弾は五つ、巻奈が、
「ちょっと貸しなさい! 巻奈に任せれば、百発百中で落としてみせます!」
確かにヒットするけど、やっぱり落ちない。
メフィーとボクが撃ってみたけど駄目だった。
夢華もダメだった。
「ウィーク・ポイントにヒットしましたが落ちませんでした。あのフィギュアの内部に、約三百グラムほどの鉛が仕込まれていると思われます。誰が撃っても落ちない仕掛けででございます」
七奈がしかめっ面をして、
「汚いわね」
巻奈が憤慨しながら、
「生徒にあるまじき不正行為です」
でも、証拠がない。
まさかエヴァを分解して調べるわけにもいかない。
メフィーが悔しそうに、
「くっ! 悔しいのう。いっそ魔法を使って」
「魔法は悪事には使えないんだよね」
ボクはやんわりたしなめる。
ともかく、そういうことなら、こちらにも考えがある。
ボクは七奈、巻奈、メフィーに相談してみる。
「一人一人、バラバラに撃っていたんじゃ、エヴァは永久に落とせない。なら、三人同時に撃ってみたら、どうかな?」
夢華が、
「同時に当たる確率は一千万分の一、ほぼ不可能でございます」
ボクは、
「やってみなければ分からないさ。それより、さっき言っていた、ウィーク・ポイントを教えてくれないかな」
「了解、ウィーク・ポイントは、右腕肩からヒジにかけて、本来ならヒットした瞬間、バランスを崩し、反転、落下するはずでございます」
「というわけだ。カウントは五秒前からボクがやるから、七奈、巻奈、メフィーは同時に撃ってみてよ」
三人がうなずき、それぞれ、お金を払う。
チャンスは五回ある。
一回目、二回目はバラバラだ。
だけど三回目に、
「おっ!」
エヴァにほぼ同時にヒット、一瞬揺れたけど、立ち直る。
「おしい」
四回目も同じ結果。
ラスト一回、
「五、四、三、二、一、ゼロ!」
ポポポンッ!
同時に発砲、右腕に同時にヒット!
エヴァはバランスを崩し、クルッと回転して、
ドサッ!
ついに落ちた。
「「「やった~~~っ!」」」
息の合った歓声をあげる三人。それも、つかの間、
七奈が、
「じゃあこのエヴァは言い出しっぺの、あたしが」
手を伸ばすと、巻奈が、
「冗談じゃありません!
巻奈の活躍で落としたんです!
これは巻奈の物です!」
メフィーが、
「二人とも仕方がないのう、仕方がないから余がいただこう」
誰がこの戦利品を所持するかで、つかみあいのケンカになりかねなかった。
模擬店の生徒が、
「待ってください!
お金は全部返します!
だから、エヴァは、エヴァだけは!
勘弁してください!」
土下座して号泣した。
七奈がボソッと、
「仕方ないわね。エヴァはあきらめるわ。次からはズルをしないでね。エヴァが泣くわよ」
巻奈が、
「まあ、たかがオモチャですから、今回は大目に見ましょう」
メフィーが、
「はじめからエヴァなど出さなければよいのじゃ! 人騒がせにもほどがある! プンプンじゃ!」
エヴァから手を引く。
☆11☆
「夢華! 話がある。こちらへ来い」
不破人が五メートルほど離れた場所から夢華を呼ぶ。
「イエス、マスター。今、行きますでございます」
不破人が、
「そろそろ人間ごっこも、いいかげん飽きただろう」
夢華が、
「イイエ、マスター。人間は、知れば知るほど興味深くなるでございます」
ちょっと離れているけど、二人の会話は筒抜けだった。
不破人が、
「それで、お前は人間を理解し、人間になれたのか? そろそろ約束の時間だぞ、夢華?」
夢華が、
「イエス、マスター。夢華は人間にたくさん、ほめられました。
絵を描けば写真のように完璧だと絶賛され、マリリン・モンローのモンロー・ウォークをすれば完璧な演技だと言われました。
好きな食べ物もシャインマスカットと綿菓子の二つに増えました。
金魚スクいは、初めは苦戦しましたが、コツを覚えてからは完璧に捕る事が出来ました。
夢華はまさしく完璧な人間でございます」
不破人が苦々しげに、
「夢華よ。貴様は、やはり人間にはなれなかった」
夢華が不思議そうに、
「なぜでございましょうか、マスター? 夢華はなにもかもすべて完璧に」
「人間は完璧ではない!」
不破人が一喝し、
「人間とは失敗する。間違う。なにより、欠点だらけだ。それが人間だ!
完璧すぎるお前は、しょせん人間ではない!
ロボットだ!
夢華よ!
約束通りロボットとして、ポセイダムカへ来い!
よいな!」
夢華が途方に暮れた顔つきで、
「夢華は、人間ではないで、ございますか?
マスター?
でも、は、ハイ。わ、わかりましたでございます。
夢華は、ポセイダムカに戻ります。
そして、ロボットとしてマスターのために働くでございます」
夢華がボクたちのほうを振り返り、ペコリと、例の、四十五度の角度でお辞儀をしたあと、不破人と一緒に歩き去った。
夢華を歯がゆく思いボクが呼び止めようとするとメフィーがそれを止め、
「やめておけ、ムギ。どんないきさつがあるのか知らぬが、夢華が自分の意思で選んだ道じゃ。第三者のムギが口出しする事ではない」
「でも」
「ムギよ、夢華は命令に従うだけのロボットか? 今度はムギの命令に従わせるのか?」
急所をつかれる。
「そうじゃないけど」
「ならば放っておけ、これは夢華の問題じゃ」
グウの音も出ない。
メフィーの言う通りだ。
七奈がボソッと、
「ムギくん。夢華はきっと戻ってくるわ。だって、一緒にいて、あんなに楽しそうだったんだから」
魚金が舌足らずに、
「夢華、楽しそうだった、なの! きっと、帰って来る、なの!」
「そうだね。きっと、そうだよね」
そんな事があった十分後。
例の巨大地震が発生し、ポセイダムカの映像が大安中学文化祭の大型モニターや各モニターに映し出された。
ここで最初の続きとなる。
七奈がボソッと、
「大変な事になったわね、ムギくん。
こんな最悪のタイミングでハメッツー団が攻めてくるなんて、
ハッ!
そうだわ!
ここにはメフィーがいるじゃない!
メフィー、お願いだから、あたしをもう一度、魔法」
「駄目じゃ!
却下じゃ!
余はドラえもんではない!
泣きつけば何でもしてくれる、便利なロボットではない!」
「そこをなんとか、メフィーは魔界一の大悪魔なんでしょ」
「ほめても何も出ん!」
「メフィーのケチ!」
「余のどこがケチじゃ! 勝手な事を抜かすな!」
「ケチじゃなかったら、しみったれ! シャイロック!」
シャイロックはベニスの商人に出てくるサラ金の店主の事だ。
二人が言い争いをしていると巻奈が、
「ちょっと、そこまで、いいですか? ムギくん。少し内密な話があります」
何の事か分からなかったけど、巻奈の真剣な眼差しから、ぼくはうなずき、巻奈に付いて行く。
☆12☆
巻奈が向かったのは校舎裏だった。
文化祭の喧騒も届かず、あたりはヒッソリとしていた。
「ムギくん。巻奈はムギくんの全てを愛しています。それは、あなたの膨大な魔力も含めての事です。だから」
巻奈とぼくの周囲に白い霧がまとい、フラッシュのような光が瞬く。すると、校舎裏ではない、まったく別の異世界へと転移していた。
巻奈が微笑を浮かべ、
「魔力の多い場所を願って転移しました。ここなら、たぶん」
言い終わらないうちに周囲の魔力が光の粒子となってボクの体に吸収されていく。やがて、ものの数分でそれが終わり、以前の状態に戻った。
巻奈が、
「では、戻りましょうか、ムギくん」
そう言うと再び霧がわき、元の校舎裏に戻っていた。
「それでは、ムギくん。その魔力を有効にお使いください。巻奈は少し準備がありますので、これにて失礼します」
巻奈が去ると入れ違いに、七奈、メフィー、魚金が校舎裏からやって来た。
七奈が、
「探したのよ、ムギくん。急にいなくなるから」
メフィーが驚いたように、
「なっ! なにっ! ムギよっ!
そなた、な、なぜ、魔力が戻っておる!?
ありえぬ、一人の人間が、このような膨大な魔力を、二度も所有するなど?」
そういえば、巻奈はこの魔力を有効に使えと言った。もしかしたら、
「ねえ、メフィー、ちょっと聞きたいんだけど」
「何じゃ? 言うてみい」
「ぼくの魔力を使って、七奈を魔法少女ナナナに変身させる事は出来ないかな? メフィーの力を借りずに」
「七奈には魔術の心得があるのじゃから、理論上は可能じゃ。じゃが、必要な物が一つある」
七奈がボソッと、
「必要な物って、いったい何?」
「愛じゃ!」
「悪魔の発言とは思えないね。茶化すわけじゃないけど」
ぼくが言うとメフィーが肩をすくめ、
「事実じゃから仕方がない。論より証拠、実際に試してみるがよい。術式はワシが七奈に教えてしんぜよう」
こうしてメフィーから術式を教わった七奈が、魔法少女ナナナへの変身を試みる。けど、さっぱり上手くいかない。
九十九回試してもダメなので、さすがに七奈も音をあげる。
「全っ然ダメじゃない! 愛とか言って、本当はウソなんでしょ!」
メフィーが眉をひそめ、
「悪魔はウソをつかん! 変身出来ないのは、純粋に愛が足りないからじゃ!」
七奈が口を尖らせ、
「あたしのムギくんに対する愛が足りないなんて、そんなこと絶対ありえない!」
ボクは、ずっと考えていた事を、あえて口にする。
「七奈、あの、ボ、ボクで良かったら、そ、その!」
言うか、言うまいか、かなり迷った。
こんな事を言ってみても、七奈が変身出来るとは限らない。
何の保証もない。
「何? ムギくん? 何か考えがあるのなら? 話してよ。迷ってるみたいだけど、今はそれどころじゃないわ。あと十分でファウストの言った三時間よ。とにかく、なんとかしないと!」
そうだった。
世界が破滅するか、どうかの瀬戸際なのに、恥ずかしいとか言ってる場合じゃない!
ボクは心を決める!
「七奈! 七奈が変身して、ポセイダムカを倒したら、ボ、ボクと! その! デートしようか!」
七奈が初めキョトンと、だけど、少しずつ、ボクの言葉を理解し、ゆでダコみたいに顔が真っ赤に染まる。
「え、え、えええ~~~~~~っ!」
メフィーが爆笑し、
「ウハハハッ! いい考えじゃ! ついでにデートの最後にキスをすると約束せい!」
「「キスっ!」」
思わすハモってしまった。
「キ、キスはともかく、デートは、どうかな? 七奈」
七奈が顔を赤らめながらボソッと、
「そ、そうね、デ、デートぐらい、なら」
メフィーが、
「話は決まりじゃ、もう一度変身してみい! 世界の平和と、ムギとのデートがかかっておるぞ! 七奈!」
七奈が恥ずかしそうに、
「茶化さないでよ、メフィー! それじゃ変身するわよ!」
先程までとは、打って変わった真剣な表情。そして、気合いの入った変身シークエンスに入る。
結果は言うまでもなかい。
ナナナが、
「やった~~~っ!
変身出来たよっ!
ムギくん!
これもムギくんとのキスの約束のおかげだね!」
「デート! キスはその!」
「ハメッツー団をやっつけるまで、お預けだね!
それじゃ!
ポセイダムカをやっつけに行ってくるよ!
ムギくん!」
「ちょっと待った!」
そう言って現れたのは、ハメッツー団、女幹部、デウス・エクス・マキナだった。
ナナナが身構え、
「ハメッツー団、女幹部、デウス・エクス・マキナ! ここで会ったが百年目だよ!」
「だから、待てと言っている。今日は戦いに来たのではない。貴様の協力をしに来たのだ」
「え? 協力? どういうこと? 信じられないな~」
ナナナが疑い深そうにマキナを見る。
ボクが割って入る。
「話を聞いてみようよ」
「さすがはムギく、ムギ。話が早い。あのポセイダムカという魔導機獣は一度動き出したら世界を滅ぼすまで止まらない。まさしく最終兵器だ。だが、それでは困る」
ナナナが不思議そうに、
「何が困るの?」
「いや、それは、色々とだな。とにかく、すべてを破壊されると、誰だって困るだろう」
ナナナが首をかしげ、
「でもさ、ハメッツー団って、それが目的じゃなかったっけ?」
「それはそれ! これはこれ! とにかく大安町まで壊されると、何かと困るのだ! そこでナナナ、今回は貴様と共闘し、ポセイダムカを倒そうと、こう申し出ているのだ。今回ばかりは魔法少女一人では荷が重かろうと思ってな」
「そんなこと、な」
ナナナを遮り、
「助かるよマキナ。君の申し出を歓迎する。ナナナ、マキナと一緒に戦ってよ。ポセイダムカは一人じゃ倒せない」
「ええ~、で~も~」
ボクはニッコリ笑って、
「デートはやめようか?」
「やります!
マキナと共闘します!
ぜひ一緒に戦わせてください!」
「じゃ、マキナ、ナナナを頼むよ」
「うむ。それとムギく、ムギ。これを使いたまえ。いつでも連絡出来るようになる」
マイク付きのヘッドマウント・ディスプレイだった。
ナナナが元気よく、
「それじゃ、行って来るね!」
ドオオオオンンッッ!
凄まじい爆発音とともに、ぶっ飛んで行く。
「それでは私も行くとしよう。魔導科学の結晶、反重力マント!」
マントに複雑な紋様が光ったかと思うと、マキナもぶっ飛んで行く。
さらに、いつの間にか悪魔スタイルになったメフィーが、
「楽しい祭りを邪魔されては、かなわぬからな。魚金よ!
ムギを頼むぞ!
余は悪者をこらしめてくるのじゃ!」
「ハイ、なの!」
メフィーが魔方陣を後方に張ると、やっぱり、ぶっ飛んで行く。
メフィーを見送った魚金がボクを見上げてニコッと笑った。
ボクが魚金を守らなきゃな、と思った。
☆13☆
「ナナナ・ウィング!」
ナナナの背中に翼が広がる。
並んで飛ぶマキナが、
「ポセイダムカについて説明する。
ポセイダムカが世界中から飛来した数十万発の核ミサイルによる攻撃を耐えたのは、単に装甲が厚いというだけではない。
ポセイダムカには超絶・再生機構である魔導回復用・異界接続回路が三ヶ所、付いている。
この回路は異界と繋がっており、ポセイダムカの再生に必要な材料を異界から瞬時に取り寄せる。
まさしく、奇跡の再生装置だ。
この回路を破壊しない限り、ポセイダムカを倒すことは出来ない」
ナナナが元気良く、
「魔導回復回路だね!
分かったよ!
最初にそれをぶっ壊すね!」
マキナが、
「魔導回復回路を破壊すれば、異界と繋がっている通路を遮断でき、ポセイダムカを無理矢理、通路から引き剥がす事になる。
恐らく、その反動でポセイダムカは対消滅する事になる。
ただし」
メフィーが叫ぶ、
「見つけたぞ! ポセイダムカじゃ!」
ナナナが、
「よ~しっ!
ナナナ・アイ!
あった!
マキナの言っていた魔導回復回路だよ!
左右の胸と、お腹のおヘソのあたり!」
メフィーが、
「ふむ!
確かにマキナの言う通り、回路が異界に通じておるわ!
ファウストめ!
なかなか、やりおるわ!」
ナナナが、
「行っくぞ~っ!
トツゲキ~っ!」
マキナが慌てたように、
「お、おい! 話は最後まで」
「余も負けられぬわ~っ!」
ナナナが左、メフィーが右の胸に向かって突進する。
ファウストが、
「ハッ! 蚊トンボの分際で、ワシに歯向かうとはな!」
ポセイダムカの腕が鈍重そうな見かけとは裏腹に、機敏な動きを見せ、ナナナとメフィーを捕らえようと伸びてくる。
予想以上の速やさにナナナが驚き、
「ナ、ナナナ・カッター!」
とっさにポセイダムカの指先を切り裂く。
その隙間をかろうじて、すり抜ける。
ポセイダムカの指先は即再生した。
それを尻目にナナナがポセイダムカの左腕に着地、左胸に向かって猛然とダッシュ。
メフィーは、
「余の行く手をふさごうなど! 百年早いわ!」
メフィーの右腕から漆黒のイカヅチ? が走り、
「痛め! 苦しめ! デモンズ・ペイン!」
ポセイダムカの右腕が瞬時に破裂、爆散する。
ファウストが、
「なかなかやるな、ユメカ! 魔導回復全開! 来るぞ!」
「イエス、マスター」
ポセイダムカが青白く光り、右腕が再生。
ナナナが、
「まだまだ!
今!
必殺の!」
ナナナの体が黄金色に輝き高速で回転、
「ナナナ・アタック!」
ポセイダムカの全身が激震に見舞われ、衝撃とともに、その左胸に風穴が開く。
さらに、メフィーが追撃、漆黒のイカヅチを巨大な矢のように束ね、
「死こそ貴様の運命! デモンズ・ディスティニー!」
漆黒の巨大な矢が瞬間移動したようにポセイダムカの右胸に突き刺さる。
瞬時にポセイダムカの右上半身が吹き飛ぶ。
が、残った三つめ、最後の魔導回復回路が何事もなかったかのように破壊された上半身を一瞬で再生した。
マキナが、
「話を最後まで聞け!
このままバラバラに攻撃してもポセイダムカは何度でも再生してしまう!
三つの魔導回復回路を同時に破壊すること、それ以外にポセイダムカを倒す方法は無い!」
ナナナが、
「わかったよ、マキナ!
よ~し、今度こそ~っ!」
メフィーが、
「面倒くさいが、いた仕方ない!
三人同時に攻撃じゃ!」
ファウストが嘲笑うように、
「寝返ったか、デウス・エクス・マキナ!
良かろう!
ワシの屍を越えて行け!
だが、貴様に出来るかな?」
マキナが、
「越えてみせる! 行くぞ!」
ナナナ、
「お~っ!」
メフィー、
「うむっ!」
こうして三人同時に攻撃を仕掛ける。が、微妙にタイミングがズレて、どうしてもポセイダムカに回復の隙を与えてしまう。
ナナナが音をあげ、
「まずいよ!
まずいよ!
もう魔力が残っていないよ~っ!
あと少しで変身が解けちゃうよ~っ!」
メフィーも、
「余もスタミナ切れじゃ、あと少しで終わりなのじゃ」
マキナが、
「くっ、ここまで来て、やはり負けるのか。大安町の楽しい日々も、もう終わりなのか、くそ、くそくそ、くそっ!」
ボクが、
「まだ、負けたわけじゃないよ。勝負は、最後までやってみないと、わからないさ」
ナナナ、
「ムギくん」
メフィー、
「ムギめ言いおるわ」
メフィーもナナナと同じ地獄耳みたいだ。
マキナ、
「ムギく、ムギ、だが、いったい、どうしたらいいのだ?」
「ボクがカウントダウンを取る。模擬店の射的みたいにね」
マキナが、
「なれほど、それならあるいは!」
メフィーが、
「悪くない、イケるかもしれん!」
ナナナが大喜びで、
「絶対、上手くいくって!
ムギくん!
カウントダウン、お願い!」
ファウストが、
「くだらん! 戦いは遊びではない!
死ぬか生きるか!
二つに一つ!
にわか仕込みの団結など、この手で粉砕してくれるわ!」
ユメカが、
「で、ですが、マスター」
「何だ、ユメカ?
心配なのか?
案ずる事はない!
人間が真に力を合わせる事など不可能!
人間は結局、自分が大切なのだ!
争う事はあっても、結び付く事などありえん!
この世界が、体制が、システムが、滅びてしまえば、あるいは変わるかもしれぬがな!」
ナナナが、
「そんな事ない!
たとえケンカしたって、いつかは仲直り出来る!
世界を滅ぼさなくたって、出来る事はあるはずだよ!」
マキナが、
「人は変わってゆける!
小さな幸せを守るために!」
メフィーが、
「世界を滅ぼすのは悪魔の仕事じゃ!
貴様は引っ込んでおれ、ファウスト!
ただし、今回は世界を救うがな!」
ボクは息を吸い込み、
「カウントダウン開始!」
ナナナ、メフィー、マキナがポセイダムカから一旦、距離を取る。
「5!」
三人がそろって反転、並んでポセイダムカに向かう。
「4!」
ポセイダムカの腕が伸びて三人を狙う。が、ギリギリでかわす。
「3!」
さらに迫るポセイダムカの腕をマキナが、
「邪魔だ! マジカル・ステッキ・アクション!」
ステッキが光り輝き、ムチのように伸びると、目にも止まらね速さで腕を振るう。
ズバババーーーッ!
ポセイダムカの腕が賽の目状に切り刻まれ、一瞬でバラバラになる。
「2!」
三人が魔導回復回路に最接近、同時に叫ぶ。
「1!」
ナナナが、
「ナナナ・アタック!」
メフィーが、
「デモンズ・ディスティニー!」
マキナが、
「マジカル・ステッキ・アクション!」
「ゼロッ!」
咆哮じみた衝撃。
激しく明滅する閃光。
嵐のような爆煙とともに、魔導回復回路が同時に三機、あとかたもなく消し飛ぶ。
ナナナ、
「やった!
三ついっぺんに壊したよ!」
メフィーが、
「離れるのじゃ!
異界と繋がった通路が破壊され、行き場を失った超重量の粒子が爆発するのじゃ!」
轟くような凄まじい爆発音が響き、ポセイダムカが崩壊を始める。
ファウストが、
「ワシの野望をよくぞ、阻止した!
だが、第二、第三のファウストは、すぐにあらわれる!
さらばだ、諸君!」
ファウストが脱出ポッドで脱出する。
ボクは、
「ナナナ! 夢華をたのむ! たぶん脊髄、背中のあたりだと思う!」
「わかった!
まかせて!」
「マキナは街の人達の避難をたのむ! ポセイダムカの残骸が海に沈んで津波が発生している」
マキナが津波を視認し、
「四十、いや、
五十メートルはある!
大津波だ!
わかった!
私は津波対策に向かう!
そっちはまかせた!」
ナナナが、
「いた! 夢華ちゃんだよ!」
ポセイダムカの背中のあたり、砕けた身体の隙間から夢華が顔をのぞかせ、
「七奈、さ、ん?」
だけど、次の瞬間、巨大な残骸が夢華目掛けて突き刺さり、そのまま海に落ちて行く。
「えっ! ウソッ!」
さらに、魔力を失ったナナナの変身が解ける。
空中落下する七奈をメフィーが抱え、
「もう無理じゃ! 逃げるぞ!」
「でも、夢華が!」
「夢華は諦めよ! 脱出じゃ!」
ボクせいで、夢華が、死んだ、のか?
ボクが声もなく茫然としていると、
「にい、にい、にいっ!」
魚金がボクの手を引っ張り、それでボクは我に返った。
魚金が心配そうにぼくを見上げ、
「にい、大丈夫? なの?」
問いかける。
ボクは魚金を怯えさせないよう、出来るだけ平静を装い。
「う、うん。大丈夫、だよ、魚金。心配しなくて、いいよ」
「よかった、なの」
安心したのか、ようやく魚金がボクの手を放す。
マキナが街の避難を手伝ったのと、出薄財閥が、まるで事態を予期していたかのように、迅速に対応したため、人的被害はゼロだった。
そのかわり、五十メートル級の超巨大・大津波に襲われ、関東の半分は崩壊した。
被害総額は二百兆円にのぼる。
☆14☆
津波の被害は大安町にも及んだ。
町は大半が水没し、それでも、一週間もたつと学校が再会された。
浸水を免れた教室で授業が行われる。
今は美術の時間だ。
美術の先生が水没した町を絵に残そう!
とか、言い出して、校外で生徒が自由に、好きな場所で水没した町の絵を描く事になった。
ボクは校舎裏の裏山に行った。
木漏れ日の中から大安町を一望出来る場所がある。
半ば水没した町が、燦々と輝く陽射しを受け、瓦礫の山と化した町にもかかわらず、
「綺麗だなあ」
と、不遜にもつぶやいてしまった。
「私のこと? それとも、この絵のこと?」
返事が返ってきた。
先客がいたらしい。
委員長だった。
「えっと、絵のほうです」
「そう」
見ると、かなり写実的な絵を描いていた。
「町は崩壊していても、美しいものは、美しいと思うわ。おかしいと思う?」
「いや、地獄変の良秀に比べれば、たいしたことないね」
「でしょ。だから、そのまま描いてみたの」
委員長が屈託なくしゃべる。
「それに、きっとすぐ復興するわ。すべては、時間が解決してくれる」
「だといいね」
しばらくボンヤリと水没した町を眺める。
すると、町から続く、狭くて古い階段を、誰かが登って来る。
ガシャン、ガシャンと、ロボットみたいな音を響かせて、裏山の頂上にたどり着いたのは、夢華だった。
あちこち皮膚が破れ、内部に千切れた配線が痛々しく覗いている。
それが時折、青白い火花を散らしていた。
制服には出血じみたオイル跡が、いくつも残っている。
夢華が委員長のとなりに座り、
「い、委員長、絵を、み、見て、もらいたいデ、ゴザいマス」
委員長が夢華を一瞥し、
「すごい格好ね。ハロウィンのコスプレか何かかしら?」
「時間、が、アリません。委員長、絵、ヲ」
夢華が薄汚れた紙を開く。
そこには淡いタッチで青空に浮かぶワタアメみたいな雲とエメラルド・グリーンの海が描いてあって、海にはなぜか、金魚が泳いでいた。
委員長が絵を見つめ、
「夢華が描いたの?」
「ハイ。崩れ落チ、海に沈ムなか、ナゼ? か、頭に、浮かんだデ、ごさいマス」
委員長がニッコリ笑って、
「前の写真より、ずっといいわ。独創的で暖かみがあって」
「人間、描イタ、みたいデ、ごさいマスか?」
「ええ、人間的な愛情の感じられる、いい絵だわ」
「良かっタ、デ、ごさい、マ」
夢華の身体が倒れ、そのまま氷りついたように停止する。
委員長が不思議そうに、
「どうしたの、夢華? 眠っているの? 目を開けたままで、仕方ないわね」
委員長が夢華の絵を胸元に乗せ、その上で腕を組ませると、そっと夢華の瞳を閉じた。
「さて、と。私は描き終わったから、教室に戻るわ、ムギくんは? どうするの?」
「も、もうしばらく、ここで、描いてみるよ」
「そう、じゃあね」
委員長が校舎に戻って行った。
「まさか、二度も夢華の死に立ち会うなんて、ね」
思いもしなかった。
しばらく夢華と一緒にいたあと、ボクは立ち上がり、夢華の元を去る。
いや、去ろうとしたけど、森の中に入ると、すぐに不破人の声が聞こえ、
「ユメカか!
ずいぶん捜したぞ!
こんなとこにいたのか!
まったく、今まで何をしていたのだ!」
不遜人が夢華に近づき、
「ムッ!
どうやらバッテリー切れのようだな!
今、予備の小型電源を装着してやるぞ!」
そう言って単3乾電池を取り出すと、夢華の上体を起こし、制服をめくりあげて背中を出し、ツボを押すような感じで背中を押す。すると、
バシュン!
機械音とともに夢華の背中が開き、
ウィ~~~ン!
電池を収納するケースが飛び出す。
不破人がケースの中の電池を交換し、再び背中を押すと、ケースが体内に収まり、背中が閉じた。
ブウウ~~~ン!
起動音とともに夢華が目を覚ます。
「マ、マスター? 夢、華、い、委員長に、人間、的、言われた、ごさいマス」
「わかった!
今はしゃべるな!
すぐ基地に戻って修理してやる!
大丈夫だ。この程度の傷など、すぐに直せる!」
「あ、アリ、がと、ごさいマス、マ、」
「だから、しゃべるな!」
不遜人が夢華を背負って階段を降りて行った。
ボクはしばらく呆気にとられながら、やがて結論を出す。
今、見たことは、一生!
見なかった事にしよう。
ボクはそう固く誓った。
☆15☆
翌日、不破人と夢華は普通に登校していた。
委員長が言っていた通り、世の中の、たいがいの事は、時間が解決してくれるのかもしれない。
☆完☆