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第三話

   ☆1☆


 千駄ヶ谷市音教育実習生が、

「大安中学の文化祭も、いよいよ、あと三週間に迫りました。一年B組も何かやろうと思いますが、何か意見のある人はいますか?」

「映画製作!」 

 グラサンがイの一番に手をあげる。

 バンチが、

「俺は出来れば芝居が」

「映画製作!」

 グラサンが断固とした口調で、きっぱり言う。

 委員長が、

「えっと、メイド喫茶とか」

「映画製作! 

 これ以外に何があると言うのだ! 

 我々が若い情熱をぶつけ! 

 愛を! 

 勇気を! 

 青春を! 

 ありとあらゆる夢を実現するには! 

 まさに総合芸術の極み映画しかない! 

 映画はすべてを内包する! 

 映画に出来ないことはない! 

 ゆえに、我々は映画を作るのだ! 

 他の意見はすべて却下する! 

 市音先生! 

 青春とは、映画製作なのです! 

 一年B組の文化祭は映画製作に決定します!」

 有無をいわさぬグラサンの迫力に、

「で、でも」

「でもじゃない!」

 市音先生が他の生徒を気にし、

「だって」

「だってじゃない!」

 グラサンはガンとして譲らない。

 市音先生がオロオロしながら、

「ど、どうしたら」

「フッ、いいんじゃないですか、映画製作で、だが、作るからには生半可な物はワシが許さん! 最高傑作を作るのだ!」

 大安中学一の美少年。出薄不破人のツルの一声で女子生徒はほぼ全員、映画製作支持に回る。

 七奈がボソッと、

「ゲーム製作」

 と言ったが誰も聞いていなかった。

 バンチが、

「まっ、しゃあねえなあ。映画も芝居だからな、まあ、いいか」

 他の男子生徒も、とくに異存はなさそうだ。

 市音先生が、

「そ、それでは、一年B組の文化祭の出し物は、映画製作に決定します」

 グラサンが、

「よっしゃあ~っ! これで心おきなく映画が作れるぞ!」

 大はしゃぎだった。が、水を差すように巻奈が、

「シナリオは巻奈に任せてください。すでに出来上がっています!」 

「ええ~っ!」

 グラサンが不本意だとばかりに呻く。

 巻奈が、

「制作費は百億円ぐらいで足りるかしら?」

 グラサンがコメツキバッタのように教室の床にひれ伏し、

「はは~っ! ぜひ巻奈様のシナリオで撮らせてください! ハリウッドも真っ青な超大作映画を作ってご覧にいれます!」

 市音先生が、

「そ、それはいくらなんでも、お金をかけ過ぎですよ」

 最後は語尾が小さくなっていた。

 巻奈が、

「では、巻奈のツテでボランティアを募ることにしましょう。タダでも働きたいという、ハリウッドの優秀なスタッフが、ゴマンといますから。それと、必要な物があれば、何でも言ってください。巻奈のポケットマネーで、すべてご用意します。なお、これが今回の映画シナリオになります。みなさん、とりあえず、一読してください。実は、このシナリオは二年ほど前に書きあげた物なのですが、今回の文化祭で役に立たないか? と思いたち、事前に用意してきました」

 巻奈が段ボール箱からシナリオを取り出して生徒に配る。

 ボクはそのシナリオを読んでハッとする。

 ボクの視線が巻奈と合う。すると、巻奈は爽やかな微笑を浮かべ、コクリとうなずく。

 そう。そのシナリオは二年前、ボクと巻奈が出薄邸の広大な庭で、迷子になった時の体験が元になっていたからだ。


   ☆2☆


 ボクがまだ小学五年生のころ、ボクは出薄巻奈と根倉七奈の二つの家に挟まれた、ごく普通の家に引っ越してきた。

 ボクの両親が出薄邸に挨拶に行くというので、ボクもそれについて行った。けど、ボクは出薄邸の広大な庭で待つことになった。

「あ~あ、ヒマだな~。あれ? あんな所に女の子がいるよ?」

 三百メートルほど先に、その女の子はいて、庭の奥に向かって進んでいた。

「この家の子かな? 一人で、どこに行くんだろう?」

 裏庭らしき方向にはジャングルの密林のような、昼なお暗い、鬱蒼とした木々が、こんもりと繁っていた。

「大丈夫かな? 迷子にならないかな? ちょっと行ってみようか」

 自宅の庭で迷子というのもどうかと思うけど、その時のボクはそんな風に考え、女の子のあとをつけていった。

 木々の間に入ってみると、富士の樹海のように入り組んでいた。ボクは女の子を見失わないよう、慎重にあとをつけた。十五分ほどウロウロ歩いたすえ、女の子が突然、泣き出す。

「うわ~ん! 

 出られないよ~! 

 出られないよ~! 

 迷子になっちゃったよ~! 

 うわ~ん!」

 仕方なくボクは女の子の前に出る。

 女の子がビックリしたようにボクを見すえた。

 ネコのようにパッチリとした瞳。

 ミルクのように白い肌。

 サクラ色の唇。

 豊かな、腰まである長い黒髪は、少しウェーブがかかっている。

 前髪は目の上で一文字に切り揃えられている。

 白い清楚なワンビースを着ている。

 女の子があわてふためきながら、

「うえっ! だっ! 誰ですの!」 

「あの、怪しい者じゃないから。その、となりに引っ越してきた、青空ムギです」

 女の子がマジマジとボクを見つめながら、

「な~んだ。最近引っ越してきた巻奈のウチのおとなりさんね。驚いて損しちゃった」

「きみ、巻奈っていうの?」 

「そうよ! 

 聞いて驚きなさい! 

 出薄財閥の一人娘、箱入り中の箱入り娘よ! 

 令嬢中の令嬢よ! 

 それが、出薄巻奈! 私のことよ!」

 腕組して仁王立ちし、上から目線でしゃべる態度は、明らかに悪役令嬢だった。

「でも、迷子になって泣いてたよね」

「迷子になんかなってないし! 泣いてなんかないもん! 

 何を勘違いをしてるわね、あなた! 

 まったく庶民の考えることは、さっぱりわからないわ!」

「じゃ、そう言うことで、さようなら」

 ボクが立ち去ろうとすると、 

「お待ちなさい! こんな淋しい森の中に、巻奈を置いてけぼりにするなんて、それでも男の子ですか! 自分だけ、さっさと帰るなんて! 信じられません!」

「迷子になって、泣いていたんだよね」

 ボクがもう一度言うと、

 ウッ!

 顔をしかめ、観念したように、

「百歩譲って迷子になったとします! 

 だけど、泣いていたのは、ワケがあるんです! 

 迷子になって心細くて悲しくて泣いていたのではありません!」

「じゃあ何で泣いていたのさ?」

「そ、それは、その」

 ボクがまた立ち去ろうとすると、

「お待ちなさい! これには深~いワケがあるんです!」

 ボクは巻奈に向き直る。

「今日は巻奈の誕生日なのです。ところが! 

 ババとママはお仕事ばっかり! 

 お家に帰って来てもくれないのです! 

 なにも、豪華な誕生パーティーを開いて欲しいとか、豪華なプレセントが欲しいとか、そんなワガママは言いません! 

 せめて、誕生日ぐらいは、ババとママと一緒に過ごしたい! 

 それだけなのです!」

 突然、森の中に霧が出てくる。

 まるで、巻奈の感情に呼応するかのように。

 ボクは、

「巻奈のババとママって、そんなに忙しいんだ」

 巻奈が誇らしげに、

「それはもう、一年、三百六十五日、毎日、世界中を飛び回って、お仕事をなさっています。だから、巻奈がババとママに会うのは、一年に一回か二回だけなんです」

 最後は寂しげだった。

 巻奈が身体を震わせ、

「きっと、ババとママは巻奈が嫌いなんです。お仕事の邪魔になるから。だから、きっと帰ってこないんです」

 巻奈がこうつぶやくと、なぜか周囲の霧が濃くなってきた。

 ボクは巻奈に、

「そんなことはないよ。きっと、何か事情があるんだよ」

 巻奈が鋭く、

「いいえ! ババとママは、巻奈に会いたくないんです!」

「そんなこと」

 ない、と言うつもりが、突然、霧がフラッシュを焚いたように、無数の光りを発する。

 同時に、ボクは激しいめまいを感じ、巻奈も同様みたいで、光る霧の中、二人して同時に意識を失う。


   ☆3☆


 気がつくと、先ほどまでいた森の中じゃなくて、背の高い草がおおう原っぱになっていた。

「どこなんだろう? ここは? いったい?」

「う~。まだ、めまいがします」

 巻奈も気づいたようだ。

「な、何なのです? ここは? さっきまで森の中にいたはずなのに」

 巻奈がキョロキョロする、その足下に、妙な液体が忍び寄っていた。

「えいっ!」

 グシャッ!

 ボクはそいつを踏み潰した。

「なっ! 何ですの?」

「う~ん。スライム? みたいな物、かな?」

 ボクが周囲を見回すと、地面や葉っぱの裏、岩の影などに、ひっそりとへばりついている。

「巻奈を狙ったんじゃなくて、たまたま進行方向に巻奈がいたって感じかな?」

 ボクと巻奈はしばらくスライムを観察した。

 巻奈が感心したように、

「本当ね。小さな虫を補食しに、自分から能動的に動くというより、たまたま捕らえた虫を溶かして食べている、という感じね」

 霧が晴れてくると、周囲の全貌が明らかになる。

 浮游している巨大な大陸。そこから滝のように水が流れている。浮遊大陸の周囲を緑色のドラゴンが飛び交っていた。

 地平線の彼方には、古代の遺跡らしい、壊れた建造物がいくつも見える。

「どうやら、ボクらは異世界に来たみたいだね」

「そ、そのようね」

 巻奈が目を白黒させながら仰天している。

 ボクは周囲をキョロキョロ見る。

「何をなさっているんですか? その、ムギ、くん?」

「始めて名前で呼んでくれたね。えーと」

「巻奈とよんでください」

「それじゃ、巻奈。目の前にステータスのパネルが見えるとか、レベルが表示されてるとか、ないかな?」

「ありませんけど?」

「おかしいなあ~? 普通、異世界に行くと、レベルとかステータスが表示される画面が出るはずなんだけど。何か特殊な能力を授かるとかさ」

「ラノベの読みすぎです! そう都合よく無双になれるはずがありません!」

「それもそうだね。それじゃ、とりあえず、周囲を調べてみようか」

「危険な目にあったらどうするんですか!?」

「ただ待っているだけのほうが、余計に危険だと思うけどね。怖いなら巻奈はここに待っていていいよ。ボク一人で行くから」

 ボクが歩きだすと、巻奈もついてきた。

「女の子を置いてけぼりにするなんて、本当、信じられないわ! 巻奈もついて行きます!」

 やれやれ、と思いながら、ボクはしゃがみ込む。草の端と端を半円型に結ぶ。

「何をしていますの?」

「目印だよ。目の届く範囲で結んでおけば、迷子にならないでしょ」

「なるほど、意外と頼りになりますね」

 ボクはニッコリと笑い、

「異世界で死にたくないからね」

 本心を伝える。


   ☆4☆


 しばらく進むと、足下がぬかるんできた。

 さらに進むと、少し開けた場所に出る。

 五、六メートルほどの範囲だけ、草が点々としか生えていない。

 ボクが立ち止まっていると巻奈が、

「何をしているんです? 進みましょうよ」

 ボクは巻奈の腕をつかみ、

「ちょっと待って、調べたいことがあるから」

「何ですの? いったい?」

 ボクは手近な石を拾って放り投げてみる。

 石は半分ほど地面にめり込んだあと、ゆっくりと地面に飲み込まれていく。

 巻奈が真っ青な顔で、

「そ、底なし沼なんですか?」

「たぶんね。表面は乾いているから、わかりずらいけど」

 巻奈が素直に、

「ありがとう、ムギくん。危うく沼にはまる所でした」

「深さはわからないけど、とにかく、迂回して進もう」

 迂回している時に、ぬかるみに溝があることに気づく。

「見て、これを」

 ボクが言うと巻奈も溝に気づき、

「ぬかるみに溝が走っていますね」

「どこかに水源があって、そこから水が流れて

くるんじゃないかな」

「それじゃ、川か、湖があるってことですね。水があれば、ずいぶん助かりますね」

「うん。さっそく行ってみよう」

 溝は乾いて消えている所もあるので、溝に頼らず、草の目印は続けて作っておいた。

 やがて、水音が聞こえてくる。

「川だわ!」

 巻奈が駆け出そうとするのを押さえ、

「静かに。誰かいるみたいだよ」

 巻奈が声を落とし、

「誰かって、誰ですの?」

 ボクは水音のする方向を指差し、さらにその上を指差す。

 上空まで細い煙りが上っている。

「誰かは、わからない。だけど、ボクたちに好意的とは限らないからね」

 巻奈がうなずき、ボクらは慎重に水場へと近ずく。

 川は幅、五メートルほど、河原にゴブリンがキャンプを張っていた。

 緑色の肌。鼻の潰れた醜い顔、身長はぼくらより低い。

「ゴブリンが五匹だね。危ない奴らだから、逃げた方がいいかな」 

「え!? あんな子供みたいな連中にですか?」

「よく見なよ。人間から奪った武器や防具で武装しているでしょ。確かに、見た目は小学校低学年ぐらいにしか見えないけど、あの筋肉のつきかたや、小振りとはいえ、剣や盾、それに、弓まで持っている。あいつらが集団で襲ってきたら、ちょっと、侮れない戦力になるよ。一人や二人はともかく、三人以上のゴブリンに囲まれたら、かなりヤバいね」

「わかりました。では、引き返すとしましょう」

 そう言いながら巻奈が後退しようとすると、

 バキッ!

 思いっきり枯れ枝を踏んづけた。

 隊長らしきゴブリンが想像以上に敏捷に岩の上に駆け上がると、ボクたちを見つけて指差し、

「オンナ、ノコ、ゴブ! 

 オンナ、ノコ、ゴブ! 

 ツカ、マエ、ロ、ゴブ!」

 叫んだかと思うと、残った四人が駆け出す。

「逃げよう!」

 ボクは巻奈を先に逃がす。

「あわてなくてもいいよ。体格差があるから、そう簡単には追い付けない。目印に足を取られないよう気をつけてね」

「わ、わかりました」

 二人して猛ダッシュ。

 目印を飛び越え、来た道をどんどん戻る。

 ゴブリンが必死に追うが、目印に足を引っ掛けては遅れを取る。

 後続のゴブリンも足を引っ掛けては転んでいた。そのせいで、最初は密集していたゴブリンたちが、だんだんバラけてくる。

 底なし沼の前で、

「巻奈は沼の向こう側でゴブリンをおびき寄せて、ボクはこっちの草ムラに隠れて、スキを見つけてやっつけるから」

「本当に、大丈夫ですの?」

「大丈夫。だいぶバラけてきてるし、危ない時はすぐ逃げるよ」

「わかりました」

 巻奈が沼の反対側に立ち、ゴブリンをおびき寄せる。

 ゴブリンの一人が草をかきわけ、

「オンナ、ノコ、ゴブ!」

 言いながら底なし沼に走って行く。

 途中で足を取られ、底なし沼と気づいたようだけど、もう遅い。

 次のゴブリンが来る時には顔まで埋まっていた。

 目の前で沈みゆく仲間を見て、うろたえるゴブリン。

 その背後からボクは近づき、ゴブリンを沼に突き落とす。

「ゴブ~ッ!」

 とっさに立ち上がって岸に戻ろうとするけど、もがけば、もがくほど、底なし沼にはまっていく。

 ボクは草むらにまた隠れる。

 さらに、ゴブリンがあらわれ、仲間を助けようと手を伸ばす。ぼくは、その脇の下の剣を、背後から近づいて奪い、心臓を一突きにした。

 最後に弓を持ったゴブリンがあらわれたけど、弓を構えるスキも与えず、肩から脇腹までバッサリ切り捨てる。

 緑色の血しぶきをあげながら倒れるゴブリン。

「終わったよ」

 ボクは巻奈に声をかける。

 巻奈が恐る恐る近づいて、

「これで、もう大丈夫なのかしら?」

「いや、まだゴブリンの隊長が残っているね。奴を倒さないと」

「このまま逃げたらいいんじゃないかしら?」

「奴が本隊に戻ると、大規模な捜索が始まるかもしれない。そうなる前に奴を殺さないとね」

 巻奈が一瞬と迷うけど、

「わかりました。ムギくんに従います」

「よし。それじゃあ、使えそうな物を死んだゴブリンからもらって、それから出発だ」

 ボクはゴブリンの死体を隅々まで漁った。


   ☆5☆


 河原の岩の上に座るゴブリンの隊長を三十メートルほど離れた木陰に身を隠しながら眺める。

「兵士の戻りが遅いから、だいぶイラついてるようだね」

 ぼくは一息つき、

「それじゃあ、作戦その一を始めようか」

「わかりました」

 作戦その一、巻奈がゴブリン隊長をおびき出して木陰まで逃げる。

 木と木の間にヒモを張ってあるので、引っ掛かればラッキー。さらに、ゴブリンから奪った弓矢の矢を地面に、

縦五本、横五本、合計二十五本を並べて刺してある、

 倒れたら相当なダメージだろう。

 運が良ければ死ぬかもしれない。

 ヒモに引っ掛からなても、走ってくれば一本ぐらいは踏んづけて機動力を奪う事が出来るだろう。

 そうなれば、あとは止どめを刺すだけだ。

 ちなみにヒモは弓矢の張り替え用の糸巻きを三つも持っていたので全部、奪っておいた。

 いよいよ巻奈がオトリとして河原に出ようとした時、

 ズシン!

 ズシン!

 重い地響きをあげ、何かが近づいてくる。

 川上の岩影から青黒い巨体がヌウッと現れる。

 五メートル近い高さにある頭部には、目が一つしかなかった。いわゆる、

「サイクロプスだ。うっかり出なくて良かったね、巻奈」

 サイクロプスがゴブリン隊長を見つけると、鬼のような形相で咆哮をあげ、猛スピードでゴブリン隊長に接近、ゴブリン隊長が悲鳴をあげながら、岩を駆け降りようとするが、サイクロプスの長い腕が素早く伸び、ゴブリン隊長はあっさり捕まる。

 サイクロプスは、まるで子供が虫を弄ぶようにゴブリン隊長の手足を引きちぎり、最後に首をもぎ取って、口の中に放りこんだ。

 バラバリと物凄い咀嚼音をたてながら、丸ごと食べてしまった。

 それで満足したのか、サイクロプスは川上に戻って行く。

「もしかしたら、ゴブリンはサイクロプスの偵察に来ていたのかもしれない。サイクロプスの返り討ちにあったけど」

「ゴブリンをやっつける手間は省けたわね。罠は無駄になったけど。それで、これからどうするつもり?」

「あのサイクロプスのあとをつけてみよう。巣を見つけたら、ここにまた戻ってくる」

「わかりました。それでは行きましょう」

 ぼくと巻奈がサイクロプスを追いかける。しばらくすると、サイクロプスは上流にある滝の中に入って行った。裏側に洞窟があるようだ。 

「ちょっと洞窟を調べてくるから、巻奈はここで待っていて。十分たって戻らなかったら、ぼくは死んだと思っていいよ」

 巻奈が不安そうに、

「死ぬとか縁起でもないことを言わないでくださいまし。ムギくんだけが頼りなんですから」

「とにかく行ってくる」

 ぼくは洞窟に入る。

 中にはサイクロプス一匹しかいない。ただし、数十匹のゴブリンが大きな鳥かごに押し込められ、時折サイクロプスがつまみ出しては、先ほどのゴブリン隊長と同じ運命をたどらせる。ぼくはそっとその場を離れた。 

 巻奈と合流し、

「いったんゴブリンのキャンプに戻って、使えそうな物を持ってこよう」

「サイクロプスと戦いますの?」

「戦えそうならね」


   ☆6☆


 ゴブリンのキャンプには短剣、槍、弓、ロープにテント、それに豪華な装飾の施された鋼鉄の胸当てがあった。貴族の少年の物だろうか? ぼくが着るとピッタリサイズが合った。でも、

「胸当てだけじゃ寒いから、上からシャツを着ようかな」

「サイクロプスは倒せそうですの?」

「これだけ道具があれば、なんとかなるんじゃないかな」

 テントを風呂敷がわりにして短剣、槍、弓、ロープを包んで背中に背負った。

「それじゃサイクロプス討伐に行こうか」

「本当に大丈夫なんでしょうね」

「たぶん大丈夫」

 巻奈の疑わしそうな視線を無視してサイクロプスのいる滝に再び行く。

 滝からちょっと離れた場所に手頃な木があったので、ロープを取り付け、真ん中がT字になるように、ロープの真ん中に、さらにロープを追加して結ぶ。

 結んだロープの反対側にテントの四方の角を結び付け、袋状にする。 

 ロープを伸ばし袋を崖下に下ろす。

 その袋の中に、どんどん石を入れていく。

 石の重みでだんだんロープが引っ張られていく。

 限界までロープを引っ張たところで、Yの字となったロープに槍を三本セットする。

「ぼくがサイクロプスをおびきだすから、巻奈は短剣でロープを切ってね」

「上手くいくでしょうか?」

「やってみなきゃわからないさ。合図はぼくが出すから」

 ぼくは再び滝の裏の洞窟に入って行く。

 サイクロプスがぼくに気付いて唸り声をあげながら追いかけてくる。 

 ぼくが滝を抜け出すと、サイクロプスもその巨大をあらわした。

「今だ巻奈!」

 ぼくの合図に、

 ブンッ!

 ドスドスドスッ!

 空気を裂く音とサイクロプスの身体を貫く槍の音が続けざまに響く。

「ゴルアアアアアッ!」

 槍はサイクロプスの胸、腹、太股を貫通している。

 串を抜いていないウナギの蒲焼きみたいになったサイクロプスがぶっ倒れ、胸の槍を抜こうとするけどビクともしない。

 諦めて腹の槍を引き抜く。が、一緒に内臓が流し素麺のようにこぼれ落ちる。

 再び絶叫したあと数分後に絶命した。

 巻奈が恐る恐る近づいて、

「どうやら上手くいったようですね」

 安堵の息をつく。

「戦利品を探しに行こうか」

「え、ええ、そうね」


   ☆7☆


 洞窟の鳥かごにはゴブリンが一匹残っていた。

 怯えるゴブリンを無視して洞窟内を物色した。

 袋に入った大量のパン。

 小麦粉、こしょう、樽に入った黒い粉。

 マッチみたいな物があるので、黒い粉を床に落として火を付けると、弾けるように燃えた。

 火薬だった。さらに、ドクロマークのついた怪しげな小瓶があった。

 ボクは小瓶の中に入っている不気味な黒い液体を、パンに一滴垂らすと、巨大な鳥かごの中にいるゴブリンに与えてみた。

 ゴブリンはよほど腹が減っていたのか、ガツガツと猛烈にパンを食べ始め、案の定、

「グゲッ! ギッ。ゴッ、ゴブッ?」

 ゴブリンが緑色の顔を紫色にして苦しみだした。やがて赤いイボが身体中に浮き出し、それがパチンと弾け、傷口から大量の緑色の体液を垂れ流す。

 数分間、猛烈にもがいたあと、口から緑色の体液を大量にぶちまけて、ついに絶命する。

「たった一滴でこの威力。使えそうな毒薬だね」

 洞窟の奥から巻奈が巨大な大剣を引きずってくる。

「奥の武器庫にあったんですけど、使えないかしら?」

 全長五メートルはある。

「よく持ってこられたね」

「あら、意外と軽いんですのよ、この剣」

 ボクは柄を抱えるように大剣を持ってみる。

「本当だ。軽いね。でも、これで戦うのは、さすがに無理だね。たぶんサイクロプスとかオーガ、巨人属の装備品だよ」

 柄をよく見ると、

「ルーン文字が刻まれている。魔法の剣か、どうりで軽いわけだ。切れ味はどうかな?」

 ボクは大剣の刃を上にして置き、その上から羊皮紙を落としてみた。

 羊皮紙が滑るように刃に触れると、そのまま二つに分断された。

「切れ味も申し分ないね。これがあればドラゴンでも倒せそうだ」

「ドラゴンって」

「ここへ来た時、浮遊していた大陸のまわりをグルグル飛んでいた奴だよ」

「確かに、異世界の象徴のように飛んでいましたけど」

「ドラゴンならサイクロプスより、もっといい宝を溜め込んでいる可能性があるよね。元の世界に戻れるアイテムとかがあるかもしれない」

「わかりました。どうせ、止めても行くんでしょう」

「まあね」


   ☆8☆


 日が暮れて巣に戻るドラゴンを追うと、山の洞窟に入っていった。

 ドラゴンの巣の入口は縦四メートル、横七メートルほど。

 ドラゴンが寝静まるのを待ち、ボクらは入口に仕掛けを作る。

 深夜まで掛かって、ようやく仕掛けは完成した。

 都合のいい事に調度そのタイミングで山あいに雨が降りだした。

「それじゃ、行ってくるね」

 巻奈に言い残し、

 ボクは弓を手にしてドラゴンの巣に入る。

 入口は狭いけど、内部は広大だ。

 山と積まれた金銀財宝の頂点に、ドラゴンが丸くなって眠っていた。

 その手には七色に輝くオーブが握られていた。

 ボクはドラゴンの目を狙い矢を放つ。

 矢はドラゴンの片眼を深々と貫いた。

 ドラゴンが飛び上がって驚き、凄まじい咆哮をあげて火炎を吐く。

 ドラゴンがボクを見つけ、同時にぼくは逃げ出す。

 松明を洞窟内部に放り投げ、洞窟の外に飛び出す。

 ドラゴンは松明の火に怯むことなく、ボクに向かって突っ込んでくる。けど、

 スパッ!

 肉を切り裂く小気味良い音とともに、ドラゴンの首が跳ね飛び、ゴロゴロ転がる。

 身体は半ばまで切断されていた。 

 入口に例の大剣を突き立てておいたからだ。

 刃を洞窟内部に向け、剣の切っ先は洞窟の上に突き刺し、柄を掘っておいた地面に埋めてガッチリ固定しておいた。

 巻奈が不思議そうに、

「でも、ドラゴンは何で大剣に気づかなかったのかしら?」

「洞窟の内側から見ればよくわかるよ」

 洞窟の内側に放り投げた松明が、大剣を照らして光っているけど、外は豪雨のため、流れ落ちる雫も縦にキラキラと光っている。

「なるほど、これなら、大剣が炎に照らされても、雨に反射する光のせいで、見分けがつきませんね」

 巻奈が感心している間に、ボクはドラゴンの手に握られたオーブを取り上げる。

「何ですの? それは?」

「さあ? ドラゴンが守っていたオーブなんだけど、とりあえずもらっておこうかな。それと、他の宝も見にいこうよ」

 ボクと巻奈は洞窟内の宝を物色した。

「まあ、砂金だわ、こんなにいっぱい」

 巻奈が砂金をコブシいっぱいにつかむと、

 怪しい老婆の声が背後から響いてくる。

「貴様ら! よくも、財宝を守らせているドラゴンを殺してくれたね! ただじゃおかないよ!」 

 巻奈が砂金をポケットに隠す。

 三百歳と言っていいほどのシワクチャの老魔女が、ボクと巻奈をにらみつけ、

「そこのお前! オーブをお返し! さもないと転移の娘を殺すよ!」

 魔女の周囲に魔方陣が展開する。

 ボクはオーブを床に転がし、魔女に渡す。

 魔女が突然、

「エリ・エリ・レマ・サバク・タニ!」

 呪文を唱え、指先が光ったかと思うと、ぼくの胸を貫く。


   ☆9☆


 気がづくと巻奈は消えていた。ついでに魔女も、数分か、数十分。

 ボクは意識を失っていたらしい。

 胸元を見ると、五百円玉ほどの焼け焦げたあとがある。

 ボクは上着を脱いで、その下の胸当てを外して調べてみた。

 貫通寸前まで熔けていた。

「レーザーみたいな物かな? でも、どうやら、命拾いしたようだね」

 洞窟の外に出ると、月明かりの中、かすかに光るモノが点々と続いている。

 砂金だ。

 巻奈がポケットの砂金を目印に撒いていたのだ。

 ボクはいったんサイクロプスの洞窟に戻り、準備を整えてから、巻奈の救出に向かった。


   ☆10☆


 ドラゴンの洞窟から、そう離れていない場所に魔女の城があった。

 ボクは城壁の角を見上げ、その上を通るように矢を放つ。

 矢には糸が付けてある。

 矢を拾い、糸の先にロープを付け、城壁の角の上を通るように糸をたぐり寄せる。

 たぐり寄せたロープを木に巻き付け、ロープにぶら下がりながら壁の上まで進む。

 壁と城の間は三十センチメートル。

 目の前に換気扇がある。

 三メートル下には城の厨房らしき部屋が見える。

 換気扇ごしに中をのぞくと、ゴブリンが食事を作っていた。

 ゴブリンは深夜に夕飯を食べるのかな? とにかく、超・巨大な鍋でシチュー? のような物を作っていた。

 コックらしきゴブリンが配膳係に何か指示をした瞬間、ぼくはサイクロプスの洞窟で見つけた毒薬を全部、換気扇ごしに垂れ流した。

 コックが気づくかな? と思ったけど、そのまま皿によそおいだす。

 数匹の配膳係が台車に乗せた毒入りシチューを大広間のような部屋へ運んでいく。

 雑魚はこれで全滅出きるかな?

 ボクはさらに壁の上を進んだ。

 途中、見張りのゴブリン三匹見つけたので、弓矢で始末する。

 そのうち一匹は息があったので、締め上げて巻奈の居場所を聞き出した。

 案の定、最上階の大広間にいる事が分かった。

 ボクは死んだ三匹のゴブリンを一匹づつ別々にロープでくくる。

 最上階までよじ登ったあと、死んだゴブリンを一匹づつ引き上げた。

 斜めの屋根から張り出している窓から中をのぞくと、お目当ての巻奈がいた。

 縛られているとか、拷問されたとか、そういった様子は無かった。

 子供だから油断しているんだろう。

 魔女、それに配下のモンスターたちが一緒に食事を食べていた。

 ボクは死んだ三匹のゴブリンをつなぐ、三本のロープを一つに結ぶ。

 背中に背負った風呂敷がわりのテントの袋の中から、さらに三つの袋を取りだし、窓を蹴破った。

「巻奈こっちだ!」

 同時に小麦粉の袋をぶちまけ、ロープを投げる。

 大広間に白い粉が広がり、巻奈が食卓から飛び出してロープのはしをつかむ。

「娘を逃がすんじゃないよ! ワーウルフ! ワータイガー! 追えっ!」 

 ワーウルフとワータイガーが雄叫びをあげながら巻奈を追う。

 ボクは三匹のゴブリンの死体を一匹づつ窓枠の下に蹴り落とす。

 一匹では巻奈より軽いけど、三匹なら巻奈よりはるかに重い。重量差で巻奈が浮き上がる。

 ワーウルフが逃がすまいとジャンプ。

 ボクはコショウの入った袋をぶちまける。

「ギキャフッフン! ブヒャッフ!」

 ワーウルフが盛大にくしゃみをし、巻奈を取り逃す。

 ワータイガーも同様だ。

「鼻がいいだけに、きついだろうね」

 巻奈が窓枠に手を掛け、自力ではい上がる。

「助かりました。必ず来てくれると思っていました」

 魔女が、

「オーク! お前はコショウだろうが何だろうが食っちまうだろう、行けっ!」

 オークが大口を開けコショウをものともぜず、巨大な腹を揺らして突進してくる。

 ボクは最後の袋を投げつけた。

 オークが牙で受け止め、そこへマッチの火を投げつけた。

 袋に火がつき大爆発を起こす。

 中身は火薬だ。

 火薬の爆発に加え、小麦の粉塵爆発まで加わり、凄まじい轟音と爆風が巻き起こる。

 城の窓ガラスは全部吹き飛んだ。

 城が倒壊するような衝撃が去ったあと、窓から大広間をのぞくと、雑魚モンスターは壁に叩きつけられて死んでいた。

 ワーウルフとワータイガーは、手足と頭を吹き飛ばされ即死。

 オークにいたっては全身が吹き飛んで、ひき肉状態だった。

 魔女が叫ぶ。

 髪の毛と服が焦げていたけど、それ以外はいたって健康そうだった。

「ゴブリンどもは、どうしたんじゃ! これだけの騒ぎに、なぜ駆けつけん!」

「毒入りシチューを食べて、今ごろ全滅してるんじゃないかな」

「きっ! きき、貴様! ゆっ許さんぞっ!」

 魔女がわめき散らし、ほうきも使わずに空を飛んで来た。

 浮遊の術か?

 ボクと巻奈は屋根を伝って端まで逃げる。

 魔女のまわりに魔方陣が浮かびあがり、

「くたばりぞこないのガキが! 今度こそ、その心臓に風穴を空けてやるよ! ポンプみたいに心臓から血を吹き上げて、苦しんで死ぬがいい!」

 魔女がぼくの顔をにらみつけ、

「エリ・エリ・レマ・サバク・タニ!」

 魔女の指先が光る。

 ぼくはサバク・タニ! の『タ』で短剣をひたいにかざす。

 目の眩むような閃光。

 短剣が光を反射し、魔女のひたいを貫く。

 全身が真っ赤に燃え上がって落下する魔女。

 屋根に叩きつけられて、てっきり死んだかと思ったら、全身を炎に包まれながら、震えながら不気味に立ち上がる。

「な、なぜ? なぜ、じゃ?」

「心臓、心臓って言いながら、ボクのひたいばかりを見ていたから、狙いはひたいだって分かった。分かれば、対処はそう難しくはないよ」

 魔女が歯ぎしりしながら、

「グギギ、転移の娘を使い、三千世界の魔力を、オーブで奪いさり、すべてを、支配する、はず、が」

 魔女が崩れ落ちるように近づき、なにやらつぶやく。

「エコ・エ・コ・ア!」

 皆まで言わせず、ぼくは魔女の心臓を短剣で貫いた。

「クバアッ!」

 魔女の顔が苦悶に歪む。

「転移を諦めて、異世界に転生するのかな? そうはさせないよ」

 魔女が真っ赤な瞳を見開き、

「お、おのれええっ! き、貴様こそっ! 貴様こそ、ま、魔女、じゃ!」

 魔女の身体が物凄い炎を吹き上げて、骨も残さず灰になった。

 魔女が握っていたオーブが屋根に落ちて砕け散る。

 そのまま光の粒子となって夜空に拡散したあと、なぜかボクの身体に入って来る!?

「な、何だこれ?」

「ムギくん! 大丈夫ですか!」

 巻奈が血相を変えてぼくに近づく。でも、光の粒子はすべてボクに吸収された。

 今のところ、身体に異常はないようだけど。

「たぶん、大丈夫。それより、そろそろ、元の世界に帰ろうか」

「え? どういうことですの?」

「魔女が、巻奈のことを転移の娘って、呼んでいただろう。巻奈をこの世界へ来るよう、誘導したのは、たぶん魔女なんだろうけど、転移の力自体は、巻奈自身の力なんだよ」

 夜が明けてくる。

 雨はとっくに止んでいた。

 ひんやりとした朝霞のなか、透き通るような青空に朝日の光が差し込んでくる。

「だから、巻奈が強く願えば、元の世界に戻れるよ。いい加減、ババとママを許してあげても、いい頃じゃないかな? それとも、まだ命がけの冒険をしたいのかい?」

 巻奈が一瞬戸惑い、けれど、すぐにボクを見つめ、

「わかりました。ムギくんの言う通りです。これ以上、ワガママは言いません。一緒に元の世界に帰りましょう。今なら、帰れる気がします」

 朝日に向かって巻奈が祈るように手を組む。

 キラキラと輝く長い黒髪が爽やかな風に揺れる。

 黒髪と対照的な雪のように白い肌。

 すっきりと整った顔立ち。

 白いワンピースから伸びる、スラリとした手足。

 一瞬、巻奈の事を綺麗だな。と思ったけど、すぐに白い霧が周囲をおおって、気がついたら、ぼくと巻奈は森の中に戻っていた。

 その後は、前に話したように、迷ったまま出られなくて、例の結婚話になったんだけど、

 巻奈が教室に持ってきたシナリオは、ボクの記憶を、ほぼ完璧に再現していた。


   ☆11☆


 巻奈のシナリオを読み終わった生徒たちが絶賛する。

「スゲエ! マジ面白い!」 

「これなら映画にしてもいいんじゃない!」

「やる気出てきた!」

 グラサンも大絶賛する。

「俺は今、猛烈に感動している! 

 このシナリオさえあれば、アカデミー賞も夢じゃない! 

 三具蔵三グラサン初監督作品として、これほど相応しいシナリオはない! 

 燃えてきた! 燃えてきたぞ~~~っ!」

 グラサンが一息つき、

「では、この興奮のさめやらぬうちに、さっそく配役を決めたいと思う! 

 まずは第一に、主役の青空ムギ役! 

 そいつは本人の青空ムギ! 

 だと、面白くも何ともないので、出薄不破人!」

 女子が歓声をあげる。

「不破人くん以外に主役なんてありえな~い!」

「最高のキャスティングよね!」

「不破人くん最高!」

 不破人が机の上に立ち、

「不本意ながら青空ムギ役、しかと引き受けた。どのみち、ワシ以外に主役を張れるイケメンは他にあるまい! まあ、仕方のないことだな」

 男子の険悪な空気を無視してグラサンが、 

「続いてヒロイン役! 出薄巻奈役は! 出薄巻奈嬢! ご本人様じゃっ!」

 これは誰も異存は無いようで、それなりに拍手があって、すんなり決まった。

 七奈だけは不満そうに、

「どう考えても意図的な配役だわ」

「ダブル・デウス・スポンサーだから、しかたがないよね」

 ボクが慰めると七奈がボソッと、

「中学の文化祭に首を突っ込む商業主義が気に入らないわ」

 出薄巻奈が、

「みなさんとの楽しい思い出作りのために、不肖、出薄巻奈、精一杯、演じさせていただきます」

 普通過ぎるコメントにぼくは拍子抜けがした。

 グラサンが、

「お次はゴブリン役! 

 といっても、ゴブリンはCGで制作するから、モーションをつけるための、モーション・アクターだ! 

 ゴブリン役は! 

 益子美代!」

 教室に適当な拍手が響く。

 益子美代が立ち上がり、

「みんなも知りたい! 

 美代も知りたい! 

 何で美代がゴブリン役なの! 

 そんなやられ役は、美代には絶対、似合わないわ! 

 絶対イヤよ! 

 どんな理由でそうなったのか、キャスティングの理由を教えてよ!」

 グラサンが、

「しいていえば、いつもコソコソとスクープを狙っているところとか、ゴブリンっぽいよな」

 ぼくが、

「いつも何か、キョロキョロと落ち着きがないし、影に日向に暗躍しているし」

 七奈がボソッと、

「見た目からしてゴブリン役に適任」

 益子美代が泣きながら教室を出て行く。

「うわああああん! 

 みんなが美代をいじめるううううっ!」

 グラサンが気を取り直し、

「次! サイクロプス役! ゴブリンと同じモーション・アクターだが、こいつは紋木番地、パンチ! お前にたのむ!」

 パンチが、

「しゃあねえなあ、やってみるか。サイクロプス役とやらを。まあ、演劇部員としては、どんな芝居でもこなさないと、面目丸つぶれだからな」

 グラサンが、

「残り! ワーウルフ・タイガー、オークのチョイ役は、諸星巡、委員長にたのみたい!」

 委員長が肩をすくめ、

「主役とヒロイン以外はみんなモンスターだからしょうがないけど、とりあえず、がんばってみるわ」

 グラサンが、

「残りは裏方をたのむ! 

 では、放課後から、さっそく撮影を開始する! 

 放課後は全員集合だ! 

 っと、その前に、主役、ヒロインに次ぐ、重要なヴィラン役の発表を忘れていた!」

 グラサンが教室全体を見渡し、七奈をビシッ! と指差し、

「魔女役! 根倉七奈!」

 途端に割れんばかりの拍手喝采雨あられ、雷が落ちたような万雷の拍手のなか、満場一致で魔女役が七菜に決まった。

 七奈がボソッと、

「ムギくん以外は、みんな滅んでしまえ」

「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」

 ボクは必死に七奈をなだめる。

 ナナナが本当に滅ぼしかねないからだ。


   ☆12☆


 ~シーン1、ムギと巻奈、出薄邸の裏庭で迷い異世界へ~


 放課後、実際に出薄邸の裏庭に撮影機材を持ち込んで、本格的な撮影が始まる。

 グラサンが、

「シーン1、ムギと巻奈が出薄邸、裏庭で迷うシーン、スタート!」

 巻奈が、

「た、た、た、大変だわ~~~。ま、ま、ま、迷子になって、し、し、し、しまいました~~~。ど、ど、ど、どうしましょう~~~! え~~~ん! え~~~ん!」

 ビックリするほど大根だった!

 グラサンがこめかみに青筋をたて、憤怒に顔を歪めながら、

「カ~~~ット! 

 最高の演技だった! 

 巻奈くん。君はアカデミー最優秀女優賞、間違いなしだ! 

 監督冥利に尽きるね~! 

 これからも、その調子でたのむよ!」

 大絶賛していた!

 続いて不破人の撮影、

 グラサンが、

「ごく普通の少年、青空ムギが異世界に転移した、その驚きと迷いを、あますとこなく表現するのだ! スタート!」

 不破人が尊大に胸を張り、

「この程度の異世界など恐るるに足らぬわ! 

 ワシの力をもってすれば! 

 完全支配も造作ない! 

 ハッハ~!」

 グラサンが、

「カ~~~ット! 

 セリフ全然違うじゃない! 

 何なのそれ!?」

「無論アドリブだ! ワシに相応しいセリフに変えたのよ!」

「それに、その演技! 

 全っ然、普通じゃないよ! 

 ごく普通の少年の驚きと迷いって言ったでしょ! 

 普通の男の子は異世界行って、いきなり世界征服の野望に燃えたりしないでしょ!」

「幼少の頃よりワシが普通であった試しなど一度もないわ! 科学、芸術、文学、あらゆる分野で天才と呼ばれてきたのだ!」

「じゃあ、その天才的な力で、普通の、ごく普通の少年を演じてみてちょうだいよ! 

 アドリブもいらないからね! 

 まず、ボクって言うことから始めようね! 

 さん、はい!」

「ワシ!」

「ボクだよね!」

「ワ、ボ、ボク」

「はい! よくできました! 気を取り直して! テイクツー、スタート!」

 その後、九十九回ほど撮り直しをして、ようやくオーケーが出た。

 グラサンの蜷川か月影じみた狂気のスパルタ演技指導に、さすがに傲慢な不破人もすっかりノイローゼ気味となり、

「ボクは普通、ボクは普通」

 うわ言のように不破人は繰り返していた。


   ☆13☆


 ~シーン2、ゴブリンがムギと巻奈を襲い追っかける~


 出薄財閥の出資する映画制作会社、デウスフィルムのモーション・キャプチャー・スタジオをすべて借りきって収録が行われた。

 広いスタジオの中には全身タイツにモーション・センサーを各所に取り付けた益子美代が、

「みんなも知りたい! 

 美代も知りたい! 

 モーション・アクターとは何ぞや? 

 ゴブリン役は気に入らないけど、美代は身体を張って、映画制作の実態を大安中学、校内新聞読者の皆さまにお届けします!」

 小型のマイクにしゃべっていた。

 グラサンが怒鳴る。

「そこ! セリフいらないから! 

 動きで! 

 全部、動きで表現するの! 

 それが、モーション・アクター! 

 それじゃ、ムギと巻奈を追うゴブリン役! 

 スタート!」

 益子美代が百メートル四方ある広いスタジオの中を全力疾走する。

 グラサンが眉間にシワを寄せ、

「カ~~~ット! 

 それがゴブリンか! 

 ゴブリンがそんなにトロいか! 

 もっとキビキビと! 

 敏捷に素早く目敏く凶悪に! 

 全身全霊! 

 魂を傾けて走れい! 

 テイク2、スタート!」

 その後、九十九回ほど繰り返しグラサンが、

「どれもこれもイマイチだな! 

 仕方がない! 

 一番イメージに近い最初のテイクを使おう!」

 九十九回は無駄に終わった。

 益子美代がぶっ倒れ、

「い、以上、す、スタジオから、益子、美代の中継で、した」

 意識が朦朧として自分でも何を言っているのか分かっていない様子だった。


 ~シーン3、サイクロプスが死ぬところ~


 同じスタジオでサイクロプスのシーンを撮り始め、クライマックスの死ぬシーンとなる。

 グラサンが機嫌よく、

「さすが演劇部! 

 そつがない! 

 ラストシーンもこの調子でたのむよ、パンチ! 

 それじゃ、スタート!」

 ドス、ドス、ドス!

 スタジオに槍が刺さる効果音が響き、

 パンチがガクっと前のめりに倒れそうになるが、踏みとどまって、内股でヨタヨタしながら顔をあげる。

 震える両手で腹を触り、そのまま顔の前まで持ち上げる。

 パンチが脂汗をびっしょりかきながら、唇をワナワナ震わせ、両手をじっと見つめ、

「何じゃこりゃああああああっ!」

 絶叫とともに倒れる。

「カ~~~ット! 

 最高だ! 

 最高の演技だ! 

 俺はこういう画が欲しかったんだよ、パンチ!」

 まるで往年の刑事ドラマの殉職シーンみたいな演技だったけど、とりあえず、一発オーケーだった。


 ~シーン4、その他~


 主に委員長のシーンが収録された。

 さすが委員長というか、ワーウルフ、ワータイガー、オークも難なくこなす。

 委員長いわく、

「ワンちゃんとネコちゃんは簡単だったけど、ブーちゃんは、ちょっと難しかったわね。ほら、私って、自分で言うのもなんだけど、スタイルに自信があるから~」

 そうですか。

 グラサンが、

「よ~し、これでモーション・パートは、だいたい撮り終わったな。あとは実写パートだ! これからが正念場じゃ、全員気合い入れてけよ!」

 激を飛ばし、その日は解散となった。


   ☆14☆


 実写パートは再び出薄邸、その屋上を借りて放課後にスタートした。

 出薄邸の屋根は出窓もついているので、ぼくのイメージとも一致していた。


 ~シーン5、魔女の最後~


 グラサンが、

「魔女の最後! 派手に決めろよおおおっ! スタート!」

 魔女役の七奈がワイヤーで吊り上げられ、出窓から飛び出す。

 怒りに満ちた燃えるような真っ赤な瞳で、にらみ殺さんばかりに、ボク役の不破人と巻奈をにらみつける。

「よくも! 

 よくもよくもよくも! 

 可愛い部下を殺してくれたね! 

 二人とも許さないよ! 

 とくにお前!」

 七奈が不破人を指差し、

「七色のオーブを隠し、ドラゴンに守らせていた財宝の洞窟で! 

 確かに殺したはずなのに! 

 なぜ生きているのじゃ!」

 不破人のセリフのあと、

「許さぬ! 

 許さぬ許さぬ! 

 今度こそ、その心臓を貫き、息の根を止めてくれるわ! 

 死ね! 

 エリ、エリ、レマ、サバクタニ!」

 不破人が短剣をひたいの前にかかげ、

「ぐぎゃあああああああっ!」

 七奈が空から落ち、屋根に叩きつけられる、演技。

 実際は寸止めだ。

 七奈が幽鬼のごとく不気味に上に立ち上がり、

「な、なぜ、ひたいを貫く、と、分かった!?」

 不破人が説明し、七奈が悪鬼のような物凄い形相で、

「グオオオっ! あと少しという所で、魔力を吸収する虹のオーブと、異界を転移する娘、二つがそろえば、さ、三千世界を、我が物にしたろうに、口押しや、エコ、エコ、あ」

 不破人に刺され、

「グガアアアアア! 

 き、貴様、貴様こそ、ま、魔女じゃああああああっ! 

 ウギャアアアアアア!」

 七奈の凄まじい、想像を絶する、圧倒的なガチ魔女演技にボクは舌を巻くしかなかった。

 本物以上の迫力だった。

 グラサンがブルブル震えながら、

「カ~~~ット! 

 素晴らしい! 

 アカデミー最優秀女優賞レベルの迫真の演技だった! 

 俺の目に狂いはなかった! 

 世界最高の魔女の誕生じゃあああああっ!」

 グラサンが七奈を絶賛したあと突然、渋い顔になり、

「それにくらべて不破人! 

 貴様の演技はまったくなっとらん! 

 貴様だけ一から撮り直しじゃ!」

 こう言って九十九回、撮り直していた。

 不破人は完全にノイローゼになった。


   ☆15☆


 みんなの撮影をちょこちょこ見に行きながら、ボクとメフィーが何をしていたかというと、デウスフィルムの特殊造詣部でハリウッドから来たスタッフたちと一緒に、実写パートで使うドラゴンの部分的なパーツを作っていた。

 その大部分はハリウッドのスタッフが作るので、ぼくとメフィーは出来上がったパーツである、ドラゴンのウロコをペタペタと本体に取り付ける簡単な作業をしていた。

 ボクは作業をしながらメフィーに提案する。

「ねえねえ、メフィー。ちょっと君に頼みたいことがあるんだけどさあ、いいかな?」

 メフィーが作業の手を休めずに、

「何じゃ? ゆうてみい」

「実はさメフィーに折り入ってお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな」

「願いごとによるの。何が願いじゃ?」

「七奈のことなんだけどさあ」

「告白の手伝いでもしろと言うのか?」

「いや、それはないけど」

「完全否定しおったな。貴様、七奈のことが好きではないのか?」

「嫌いじゃないけど、う~ん」

「煮えきらん奴じゃのう。七奈が聞いたら何と言うか、不憫じゃのう」

「話は戻るけど、メフィーに頼みたい事っていうのは、魔法少女ナナナの事なんだよね」

「もっとセクシーな服にして欲しいとか?」

「それは絶対ない。そうじゃなくって、変身回数制限の事だよ」

「却下じゃ」

「いや、まだ何も言って」

「言わずとも察しはつくわ! ナナナへの変身は次で三回目、言っておくが、それ以上は断じて増やせんぞ! これは七奈との契約じゃ、第三者のおぬしが関わる筋合いはない!」

 キッパリ言い切る。

 取り付くしまもないとはこのことだ。

「そこを何とか」

「ならぬ!」

「ぼくの一生のお願いだから」

「ずいぶん軽い一生だのう。人様のために、そうも簡単に自分の一生を投げ出すとはな。そもそも、悪魔の契約とは、そんな軽いものではない。貴様ら人間が考えるより、はるかに重く、神聖なのだ」

「悪魔が神聖とかって、おかしくない?」

「揚げ足を取るでない! ダメなものはダメじゃ!」

「メフィーはガンコだなあ」

「お主のほうがガンコじゃ!」

「メフィーはボクのことが嫌いなんだ」

 ボクは悲しげな瞳をして涙をいっぱい浮かべた。

「泣き落としは通用せんぞ!」

 ボクは怒りながら、

「メフィーは血も涙もない悪魔だね」

「悪魔じゃからな!」

 ぼくはニッコリと笑い、

「まあまあ、そう怒らないでよ、メフィーは笑った顔のほうが素敵だよ」

「ヘラヘラ笑うでない! 余が素敵なのは、とっくに分かっておるわ!」

 その後、手を変え品を変え、必死に交渉してみたけど、結局、平行線に終わる。

 メフィーは契約を変えることはなかった。


   ☆16☆


 ~シーン6、屋上の戦闘後、帰還する二人~


 魔女との戦闘後、朝日を見ながら、ムギと巻奈が現実世界へ戻るシーンなのに、肝心のムギ役、不破人の姿が見えない。

 グラサンが、

「大変だ~、ムギ役の不破人が、ノイローゼで入院しちゃったよ~、ど、どうしよ~」

 棒読みだった。

 巻奈も同じ棒読みで、

「まあ、それは大変ですね~、だけど、巻奈には、良いアイデアがありま~す、そ、れ、は」

 巻奈とグラサンがボクを指差し、

「「青空ムギその人が、ここにいるではないですか~」」

 ハモッタ。

 グラサンが素に戻り、

「ということで、ムギ! ムギ役の代役をたのむ!」

 ボクは戸惑いながら、

「それはいいけど、セリフとか全然、覚えていないよ」

「口パクで構わん! 

 セリフはあとで不破人に吹き替えさせる! 

 姿形はCGで修正する!

 ムギは俺の言う通りに動きさえすればオーケーだ!」

「分かった、やってみるよ」

 こうして撮影が始まる。

 場所は出薄邸の屋根の上。

 ボクと巻奈はそこに立ち、朝日が昇ったという設定で、セリフを交わす。

 ボクは口パクだけど。そこで突然、グラサンが、

「そこで二人は抱きしめあって、熱いキスをかわす!」

「えっ!?」

 いきなりの指示に一瞬思考停止に陥る。

 巻奈は滑らかに、ぼくに抱きつくと、そのまま顔を近づけ、唇と唇が触れあう寸前、手の平がキスをさえぎる。

「カ~~~~~ット! 

 何やってんだ、根倉! 

 せっかくのキスシーンが台無しだ!」 

 七奈が怒りに燃える瞳でボソッと、

「ムギくんの同意も無しに、無理矢理キスシーンなんて許せない」

 グラサンが、

「打ち合わせのないアドリブ、意外性のあるリアルな演技! 

 俺はそれが欲しいんだよ! 

 予定調和な作品にはしたくないんだよ! 

 それに、物語の最後にキスシーンを入れるのは、ハリウッド映画でもお約束だろ!」

 七奈が身体を震わせ、

「そんなくだらない理由で唇を奪うなんて、ますます許せないわね」

 グラサンが激昂し、

「な、ななな、何だとおおお!」

 巻奈が高らかに、

「では、ムギくんのご意見をうかがいましょう! ムギくん、どうされますか?」

 その場の全員の視線がボクに集まる。

「最初は驚いたけど、映画制作に必要なシーンなら、ボクはやるよ」

「なっ!」

 七奈が小さな悲鳴をあげ、

「何で? ムギくん。何で、そこまでやるの? そんな必要、全然な」

「あるよ。だって、みんなで、一生懸命がんばって作っている映画だよ。ボクだけやらないわけにはいかない」

 七奈の表情が崩れ、

「でも、だって! そんなのひどいよ!」

「ボクがここでやめたら、今まで頑張ってきたみんなを裏切ることになる」

「で、でも」

「ボク自身も裏切りたくない。だから、映画を最後まで完成させたい。ここまで頑張ったんだから、あと少しの辛抱だよ」

 七奈が目に浮かんだ涙を手の甲でぬぐいながら、

「分かった。でも、これで最後だから。二度と、こんなことはしないで。たとえ演技でも、あたしは我慢出来ない」

「分かった。これが最後だ」

 巻奈が勝ち誇ったように、

「話は済んだようね。それじゃ、撮影を再開しましょう、ムギくん」

 七奈が回れ右して背中を見せる。

「あたしは見なかったことにするから。が、頑張ってね、む、ムギくん」

 七奈が肩を落としながら離れていく。

 グラサンが、

「よっしゃ! 

 邪魔者は消えた! 

 撮影再開じゃ! 

 帰還する直前のキスシーン! 

 スタート!」

 今度はボクのほうから巻奈の腰を抱き、引きつける、顔をピッタリくっつけて熱烈なキスシーンを演じる。

 ただし、ほっぺたをつけただけ、だけど。

 角度的には本当にキスしているように見えるはずだ。

 周囲に歓声が湧き起こり、グラサンが、

「カ~~~ット! 

 オーケー! 

 いい画が撮れた! 

 完璧だ! 

 あとは細かいシーンの追加と、CGの合成。いくつかの吹き替え。それに、仕上げの編集。文化祭には充分間に合うはずだ! その前に、関係者一堂を集めてグラサン初監督映画の堂々たる試写会じゃあああ!」

 気炎をあげるグラサンだった。

「はい、くっつくのも、そこまで。撮影は終ったのよ」

 七奈がボクと巻奈を引き剥がす。

 別れ際に巻奈が、

「一生の思い出が出来ました。ありがとう、ムギくん。今度は、結婚式で演技などではなく、本当にキスしましょうね」

「えっと、その」

 ぼくは言葉に詰まる。七奈が、

「ムギくんは譲らないわ。今回は百歩譲って大目に見たけど、次はないから」

「それはどうかしらね?」

 激しい火花を散らす七奈と巻奈だ。 


   ☆17☆


 試写会は巻奈の提案で放課後に、東京スカイツリーの展望室を貸切りにして行なわれた。

 主役の不破人は残念ながらノイローゼで入院していたため欠席した。

 グラサンが感極まったように、

「レディース、アンド、ジェントルメン。

 よくぞ今日まで頑張ってくれた。

 みんなのおかげで、ついに試写へとこぎつける事が出来た。

 思えば、俺は光視症という、目の病気のために、太陽の光をまともに見る事が出来ず、常にサングラスをかけて薄暗い世界で生きてきた。

 だが! 

 映画はそんな俺に、スクリーンの中とはいえ、光を、光あふれる世界を見せてくれた! 

 そんな素晴らしい映画に、いつか恩返しがしたいと思いながら、幾数年。ついに! 

 その時が来た! 

 では、試写会を始める。

 みんな楽しんでくれ!」

 室内が暗くなり、スクリーンにカウントダウンの数字が表示される。

 やがて、映画が始まるが、その映像の九割は魔法少女ナナナが占めていた。

 残りの一割だけ、時折申し訳程度に、脈絡もなくイメージ映像のようなボクらの作ったシーンが入った、

 完全に魔法少女ナナナの映画だった。

 生徒全員が茫然自失としながら、ナナナの映像を見入っていた。

 あの過酷な撮影の苦労は、いったい何だったのか? 

 自問自答しながら、一人、また一人と、席を立っては去って行った。

 最後まで残って観終った巻奈がつかみかからんばかりにグラサンに詰め寄り、

「データを全部消しなさい! こんな、くだらない映画を、文化祭で上映するなんて、冗談じゃないわ! すぐに消しなさい!」 

「な! 

 なにい! 

 この素晴らしい芸術を! 

 魔法少女ナナナの神がかった可憐な姿を! 

 納めたフィルムを消すとは! 

 気違いざたとしか思えん!」

「狂っているのは、あなたでしょう! 百億円もかけて、こんなくだらない映画を作って!」

「百億円どころか、この映画には千億円の価値がある!」

 二人が言い争っていると、突然、窓のカーテンが開き、停止していたスクリーンに映像が映る。

 映っているのは、ハメッツー団の幹部、ファウストだった。

「スカイツリーに集まった諸君、ずいぶんと、お楽しみのようだが、これから大惨事が起きるので、すぐに逃げたまえ。これは脅しではない。ワシはワシにとって最も忌まわしいモノをこれより攻撃する。たとえスカイツリー周辺が焦土と化そうとも、この作戦をやめはしない。滅びるがよい! 普通のワシ! その忌まわしい記憶と共に! 魔導機獣ロプロスカイよ! 攻撃開始せよ!」

 今回は遠距離操作か、AIなのか? 命令口調だ。

 数秒後、

 一瞬、空がチカッと光ったあと、天空から光の刃が地上に降り注ぐ。

 モーセが海を割ったように、地上のビルや車、道路などが、数百メートルに渡って横なぎにえぐり取られる。

 ファウストが勝ち誇ったように、

「フッ、少し外れたようだな。なにしろ宇宙から発射した大口径レーザー兵器だ。そう簡単には当たらぬな。ロプロスカイ、射角修正、同時にエネルギー充填だ!」

 グラサンが慌てふためき、

「たっ! 

 大変じゃあああ! 

 宇宙からのレーザー攻撃じゃあ! 

 みんな! 早く逃げるぞ!」

 と言っても、展望室にいるのは、グラサン、巻奈、七奈、メフィー、ボクの五人しかいない。

 グラサンが真っ先にエレベーターに乗り込み、巻奈があとに続く。

 ボクは巻奈をエレベーターに押し込み、扉を閉めた。

「グラサンと巻奈は先に行って、ボクは映画のデータを回収してから行くから」

「なっ、何を言っているの、ムギくん! いっしょに」

「ムギ! 頼んだぞ! 下で待っとるからな!」

 グラサンが巻奈の肩をつかみ、エレベーターに引き戻す。

 エレベーターが鈍い音をたてながら降下していく。

 メフィーが、

「これで残ったのは我ら三人だけじゃな。七奈よ、また変身して戦うつもりか? 今回のハメッツー団の目的はムギではなく、何故か文化祭用に作った自主制作映画のようじゃが」

 七奈がボソッと、

「当然よ。だって、あたし、ナナナが主役の映画なんだから」

「今回で三回目の変身じゃから、あとはないぞ。それは契約の成立を意味し、汝は対価を払わねばならん。覚悟はよいな?」

「ええ、女の子にとって一番大切な、初めての経験をメフィーにあげるわ」

「よい覚悟じゃ! 

 ならば変身せよ! 

 魔法少女ナナナへ!」

 最後の魔法少女への変身シークエンスが始まる。

 こうやって、じっくり見ていると、本当に別人にメタモルフォーゼしているのがわかる。

 見た目は可憐な少女でも、中身は無敵の超人だ。

 変身したナナナが快活に、

「よ~し! 

 みんなで頑張って作った映画だもんね! 

 絶対に、守ってみせるよ!」

 言うなり天井を突き破ってジャンプ。

 メフィーも制服姿から素の悪魔スタイル・メフィーに戻り、ボクを連れてジャンプ。

 スカイツリーの最上階、しかも外だ。

 まわりを見回すと地球が丸い事がよくわかる。

 あまりに高過ぎるため、かえって恐怖心がわかない。

 高さが実感出来ないためだ。

「ナナナ! 

 行っきま~す!」

 ナナナが大空に向かってジャンプ! 

 でも、数十秒で落っこちてきた。

 展望室の半分を粉砕する。

「あたた~。ダメだったよ~。とても宇宙までジャンプなんて出来ないよ~。どうしよう? ムギくん?」

 ナナナが言うと、再びチカッと空が光って、地上がまた数百メートルに渡って引き裂かれる。

 今度はスカイツリーもかすった。

 塔が折れるんじゃないかってぐらいにグラグラ揺れる。

「つ、次はヤバそうだ。ナナナ、ボクは映画制作で、ずっとドラゴンのウロコ作りを担当していたんだけど」

「今はそんな話をしてる時じゃないよ~っ! 

 ムギくん~っ!」

「いや、その時にフト思いついたんだ。ウロコをたくさん張り付けるように、ナナナ・カッターをたくさん重ねて、翼のようにしたら、空を飛べるんじゃないかなって」

 メフィーが、

「そういえば、ナナナ・カッターはナナナの意思通りに自由自在に飛んでおるのう。それを集めて羽のようにすれば、あるいは飛べるかもしれん」

「そのアイデアいっただき~っ! 

 ナナナ!」

 ナナナ・カッターが無数に放出され、やがて天使の翼と化す。

「ウィング! 

 よ~し! 

 今度こそ宇宙まで飛んでみせるよ!」

 ナナナがジャンプ。

 しばらくしてから、ナナナ・ウィングで羽ばたく。

 ズドオオオオッ!

 凄まじい轟音とともに、大気を突き破って上昇する。

 あっという間に成層圏を飛び越え、宇宙に躍り出る。

 ナナナが魔導機獣ロプロスカイを捉える。

 全長八百メートルほどの巨大な鳥型だった。

 ロプロスカイはエネルギー充填を終え、大口径レーザーを発射寸前だった。

 ナナナが叫ぶ、

「みんなの大事な映画は壊させない! 

 今! 

 必殺の! 

 ナナナ・アタック!」

 ナナナが発射口に突っ込んでロプロスカイの身体を突き破る。

 内部で凄まじい爆発が起こり、その身体が四散する。が、バラバラになった破片が、地球の重力に引き寄せられて落ちて行く。

「大変だ! 

 破片をなんとかしなきゃ! 

 地上に激突しちゃうよ!」

 ナナナが慌てて破片を追いかけ破壊していく。

 破片といっても数百メートルを超える巨大な破片だ。

 ナナナ一人では、全てを破壊するのは難しい。

 数個の破片が落下してきてボクの眼前に迫る。

「は、破片が、お、落ちてくる」

 ボクがつぶやくとメフィーが、

「さすがにこの状況はヤバいの。逃げるぞムギ」

 と言って、ボクをつかみスカイツリーから脱出する。

 直後、半径五キロに渡って、ロプロスカイの破片が五ヶ所に直撃する。

 中でも、被害が甚大だったのは、木っ端微塵に飛び散ったスカイツリーとその周辺だ。

 無論、今回も魔法の加護のおかげか、死傷者はゼロだった。

 ちなみに被害総額は六百億円だった。


   ☆18☆


 かつてスカイツリーだったクレーターのような巨大な大穴のそばで、メフィーと七奈が向かいあう。

「七奈! 

 悪いが、契約は契約じゃ! 

 報酬は受け取らせてもらうぞ!」

 七奈がコクリとうなずく。

 メフィーがズンズン七奈に近づく。

 ボクは二人の間に割って入る。

「どくのじゃ、ムギ! 

 たとえ、そなたでも契約の履行を邪魔するなら容赦せぬぞ!」

 七奈が悲しげに、

「やめてムギくん。これは、あたしとメフィーの問題よ」

「七奈だけじゃない!」

 ボクは声を荒げた。

「ナナナはボクのために戦うために、魔法少女になったんだ。なら、ボクにも関係があるだろう」

「で、でも」

「いいから、ここはボクに任せて」

「ムギ! 

 貴様に用はない! 

 そこをどかぬか!」

「いや、メフィーになくてもボクにはあるよ」

「いつまでも駄々をこねるでない! 

 必要なら実力行使もいとわぬぞ!」 

「メフィー、ボクと再契約して欲しい」

「なんじゃと!?」

「ボクの魔力をすべてメフィーにあげる。だから、七奈との契約を、無条件で解除して欲しい」

 メフィーの瞳が悪魔のようにギラリと光る。

「フ、フッフフ。ムギよ、本当に、それで良いのだな?」 

「待ってムギくん! 

 そんな事をしたら、死んじゃうかもしれないじゃない!」

「心配するでない、七奈。余を誰と心得ておる? 

 大悪魔メフィスト・フェレスじゃぞ! 

 魔術のエキスパートじゃ! 

 たとえ、どんなに巨大な魔力であろうと、安全に抜き取って見せるわ!」

「それを聞いて安心したよ、メフィー。魔力を抜かれたら、死ぬかと思っていたからね。それで、メフィー、ぼくと再契約してくれるの?」

「当然じゃ! 

 余にとって、ムギの魔力以上の対価など、この世に存在せぬ! 

 再契約成立じゃ!」

 ぼくの周囲に魔方陣が展開され、キラキラと輝く光の粒子が、次々に魔方陣の奥へと吸い込まれる。そんな状態が数分続き、

「魔力吸収完了じゃ! 

 ムギよ! 

 よくぞ耐えたな! 

 まったく、始めからそちが余を召喚していれば、こんな、回りくどい方法で魔力を取る必要などなかったじゃろうに」

「えっ? それじゃ、七奈との契約は何だったの?」

「単なる伏線に過ぎぬ! 

 余の狙いは最初から、ムギ! 

 そちの魔力じゃ! 

 そのために、こんな狂言を演じたのよ! 

 そもそもムギよ、そちは自分の魔力の価値をまったく、ちっとも、全然、さっぱり、分かっておらぬな! そちの魔力は、この世界を千回滅ぼす力があるのじゃ!

 にもかかわらず、たかが小娘の操を守るために、あっさりと投げ出すなど狂気の沙汰よ! 

 まったく、愚かを通りこして、もはや笑うしかないのう。

 じゃがな、ムギ。

 余は、そんな、愚かで笑える人間どもが、決して嫌いではない。

 否、もっと正確にいえば、そんな、くだらない道徳観念に囚われ、矛盾した行為に苦しみ、生涯、理性という足かせに縛り付けられた、そたらが憐れにすら感じる。

 ムギよ! 

 そろそろ時間じゃ。

 魔界の者が膨大な魔力と、余の帰還を待ちわびておる! 

 さらばじゃ!」

 メフィーがその背後に忽然とあらわれた、巨大なあぎとを思わせる、漆黒の門の中に消え去る。

 門は出現したときと同じように、また忽然と姿を消した。

 七奈が涙をポロポロ流しながら、

「ありがとうムギくん。あたし、あたし、本当は、とっても恐かった。でも、また、ムギくんに救われたね」

 ボクは頭をかきながら、

「ま、たいした事じゃないけどね。そもそも、ぼくが魔力を持っていても、何の役にも立たないし。とにかく、これからは、悪魔と軽い気持ちで契約しないようにしないとね」

 七奈が素直にうなづき、

「うん。そうするわ」

「にしても、この有り様じゃ、たぶん映画のデータは絶望的だろうね」

 七奈がハッとしたように、かつてスカイツリーがあった場所を振り返る。

 今は巨大なクレーター跡と化した巨大な大穴を見つめ、青い顔をしながら、ボソッと、

「そう、ね。ざ、残念だわ」


   ☆19☆


 ~次回予告~


「さあああ~~~っ! 

 いよいよ次で、魔法少女ナナナも最終回だよ! 

 ナナナも最後の予告を、気合い入れて、紹介するよ~! 

 ついに三回変身して魔法少女になれなくなった、あたし! 

 しかもムギくんは魔力を奪われ無気力状態! 

 もう絶望的って状態で、にもかかわらず、ハメッツー団のファウストが、またまた性懲りもなく攻めて来たよ! 

 しかも! 

 史上最大の魔導機獣ポセイダムカっていう、とんでもない世界を滅ぼす超弩級の最終兵器だって! 

 さらに! 

 あたしたちのクラスに謎の美少女、帆星夢華ほせい・ゆめかっていう転校生が転校してきて、文化祭に参加しちゃって、何なのこの展開って感じだけど! 

 あとは次回の破壊神☆魔法少女ナナナを読んでね! 

 絶対だよ!


   ☆つづく☆

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