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第一話

   ☆1☆


 校舎の屋上から見てもソイツの巨大さは変わらない。

 優に校舎の二倍はある大きさだ。

 黒々とした鋼鉄のクモのような長い足が、家屋を踏み潰しながら、大安中学へ迫ってくる。

 全校生徒があわてふためき避難するなか、屋上の柵に飛び乗り、フワリとスカートをはためかせ、ヒラヒラした衣装に身を包んだ少女が、ボクを優しく振り返り、

「それじゃ、行ってくるね、ムギくん! 

 魔法少女ナナナの、初仕事だよ! 

 ガンバってやっつけてくるよ!」

 ナナナが元気に明るく微笑む。

 パッチリとした大きな瞳。

 サクランボみたいに可愛らしいクチビル。

 スラリと伸びた手足。

 ビンクの長いツインテール。

 フリル満載のワンピースは完全にロリータファッションで、それに、色々な可愛らしいアクセサリー。

 絵に描いたような魔法少女だった。

 ナナナが軽く腰を落とし、

 ブッンッ!

 音だけ残して柵を飛び出す。

 瞬間、鉄製の柵がバラバラになって飛び散る。

 ソニックブームだ。

 大気圧の変化で真空が生まれ、チーズのように柵を切り裂いてしまった。

 ナナナのスピードはマッハを超えているのか?

「ナナナ・キック!」

 ナナナの気合いの入った掛け声とともに、

 ドオオオオンッ!

 鋼鉄のクモの腹部にチカッと閃光が走り、重低音の爆発音が響く。

 その衝撃でクモがぶっ倒れる。

 下敷きになった家屋、数十棟がペシャンコになる。

 戦車大隊の一斉射撃並みの威力があるな。

 ナナナって、いったい何者なんだ!?

 混乱する頭を整理しながら、ボクはどうしてこんな事になったのか、始めから考えてみる。



   ☆2☆


「困ったわ。いったいどうしたらいいのかしら?」

「何? 何かあったの?」

「それが、どうしても」

「どうしても?」

「どうしても伝説のオウガバトル、ゼノビアの皇子のラスボスが倒せないのよ。何とかならないかしら? もう、悔しくって、悔しくって」

 彼女、

 根倉七奈ねくら・なななが眉間にシワを寄せながら、悩ましげにボクを見つめる。

 伝説のオウガバトル、ゼノビアの皇子。

 これはネオジオポケットカラーで発売された、ストラテジータイプのシミュレーションRPGだ。

 スーパーファミコン版、伝説のオウガバトルの外伝的な内容で、伝説のオウガバトルの数百年前という設定になっている。

 制作会社はSNK。

 クエストは監修のみを行っている。

 ボクがプレイした感想としては、十三話しかないので、ちょっと物足りなかった。

 ゲーム自体はスーファミ版オウガバトルに比べても遜色なく面白い出来たけど、とにかく話が短かすぎるのが残念だ。

「なあんだ、何かと思ったら、そんな事か。七奈が言うほど難しくないよ。とある方法を使えば簡単に倒せるよ」

 七奈が血走った目を見開き、クチビルをワナワナと震わせ、絶体に信じられない、といった顔付きでボクを凝視する。

 七奈はゲゲゲの鬼太郎みたいに片目が髪で隠れている。

 片目でにらまれると、かえって迫力が増す。

 ゲゲゲの鬼太郎のモノクロ版のオープニングをユーチューブで見たことがあるけど、イントロがオドロオドロしくてビックリした。

 でも、イントロ以外は、おなじみの曲で安心した。

 それと、なぜか今日の七奈は、首と左右の手首に包帯を巻いていた。

 そんな七奈が、

「そ、そんなバカな! あたしが徹夜してもクリア出来なかったラスボスを、そんなに、あっさり攻略出来るなんて、とても信じられないわ。そもそも、ラスボス戦に入った途端に、ラスボスの全体魔法で、仲間の体力が半分以上奪われるし、前衛の敵の攻撃を受けると間違いなく死ぬわ。そもそも、これじゃ戦いにならないじゃない。しかも、こっちの体力は平均百五十ぐらいしかないのに、ラスボスの体力は八百もあるのよ、これで、どうやって戦えって言うの? ムギくん?」

 寝不足で赤い目をしながら詰め寄る七奈を押さえ、ボクは説明する。

「攻略法はね、後衛に神聖魔法攻撃の出来るキャラを配置して、ラスボスの攻撃が終わったあと、即、神聖魔法でラスボスを攻撃する。ダメージを与えたら、すぐに撤退する。城の外で味方のダメージを回復してから、また突入して、同じことを繰り返す。これで倒せるよ。簡単でしょ」

 七奈が反論する。

「ダメージを与えても三十ぐらいよ。しかもラスボスは城の中で回復するから、意味ないんじゃないの? 敵の体力は八百あるって言ったじゃない」

 ボクは悠然と、

「チリも積もれば山となる。四十回繰り返せば倒せるよ」

「そっ、そんなっ!」

 七奈が油汗を流しながら、

「そんな姑息な方法で倒すなんて、ムギくんは卑怯極まりないわね!」

「お~い。せっかく攻略法を教えてあげたのに、何て言い草だよ」

 七奈がニコッと笑い、

「でも、ありがとう、ムギくん。これで攻略のメドが立ったわ」

 ボクは話題を変える。

「ところで七奈はあのアニメはもう見たの?」

 アウンの呼吸で、

「ああ、あれね、例の本を作るアニメの第三期ね。もちろん見たわよ。あいかわらずマインちゃんの本好きっぷりと、出版の知識に驚かされるわ」

「第二期の後半はファンタジックなバトルが多かったから、第三期もその流れでバトルが多いのかと思いきや、また本を作る話に戻って、ちょっと安心したよ」

 七奈が思い出したように、

「あと、あれ、スパイのファミリーが大活躍するアニメ。ネットで今季一番のイチオシアニメって噂されているわよ」

 ボクはうなりながら、

「う~ん。ボクは、あれは見てないな~。ボク的には、スパイというと、とある定義というか、こだわりがあるんだよね」

 七奈が不思議そうに、

「スパイ物はスパイ物じゃないの? いったい、どんなこだわりがあるというの?」

 ボクは講釈する。

「まず、世界最高のスパイと言ったら、イスラエルのモサドだよね」

「リアルなスパイの話なの? 正攻法ね」

「そう。そして、世界最大のスパイは、アメリカのCIA。世界一有名なスパイは、MI6の007。じゃあ、世界最強のスパイと言ったら何かな?」

 七奈が少し思案し、

「えっと、イーサン・ホーク?」

「ブー。世界最強のスパイと言ったら、日本の忍者だよ。忍者こそ世界最強のスパイだよ。忍者とくらべたら、普通のスパイは、かなり劣るよね。スパイのファミリーじゃなくて、ニンジャ・ファミリーだったら見ていたけど」

「ところでムギくん。今日の昼休み、あたしに付き合ってくれるかしら? ちょっと、相談したい事があるの。とっても大事な話だから、必ず来てね。場所は校舎裏の大きな樹の下よ」

 この七奈発言に出薄巻奈でうす・まきなが怒りを爆発させる。

「ムギくん! そんな、ドロボーネコのために校舎裏に行く必要は、まったく、ぜんぜん、ちっとも、さっぱり、ありませんからね! 神聖な授業中だと思って、黙って聞いていれば図に乗って、イチャイチャ、ラブラブ、キャッキャ、ウフフ、やりたい放題、し放題、たとえ天が許しても、出薄巻奈のふたつのマナコの黒いうちは、決して、あなたの不純異性交遊は許しませんからね! そもそも、巻奈とムギくんは、将来結婚の約束を交わした、婚約者同士なのです! ドロボーネコがつけ入るスキは、まったくありませんよ!」

 いきなり結婚とか言われて、ボクはドギマギしながら、

「で、でも、あれは」

 ボクが反論しようとすると、

 ワッ!

 教室がハチの巣をツツいたような興奮の坩堝と化す。

 生徒のとめどないおしゃべりが続き、

 憶測やデマが飛び交う。

 そんな喧騒のなか、ボクは昔の記憶を思い出しながら、それをボンヤリと口にする。

「あれはたしか、小学二年生のころだったかな。

 そう、ボクが今の一軒家に引っ越してきて、両親と一緒におとなりさんの出薄家に、引っ越しソバを持って挨拶に行った時の話だよ。

 両親はお屋敷に入って行ったけど、ボクは庭で待っていたんだよね。でも、待っているうちに退屈になってきて、庭を探険していたら、いつの間にか迷子になっちゃって。

 なにしろ出薄家は敷地面積が東京ドーム三十個ぶんはある広大なお屋敷だから、仕方がないけど。でも、そこで、ボクは同じように迷子になった女の子と出会ったんだ。

 それが巻奈だった。

 巻奈と一緒に出口を探したけど、結局、三日三晩かかっても出られなくて、巻奈がとうとう泣き出しちゃったんだよね。その時、巻奈がこんな事を言い出したんだ。

『このままお嫁さんにいかずに死にたくない! いかず後家は末代までの恥ですもの!』

 とかなんとか。

 仕方がないからボクは巻奈を落ち着かせるために、とっさに、

『じゃあボクと結婚しようか』

 と言うと巻奈が顔を赤らめ、

『ま、まずわ、こ、婚約よ、婚約っていうのは、結婚の約束のことよ、本当に婚約してくれるの?』

『うん。ボクとコンヤクしよう。だから泣かないで』

 巻奈がようやく泣き止んだ。そして、

『ムギくん、この誓いは極めて神聖なものですからね。ムギくんと巻奈は一生、添い遂げるのよ。忘れてはダメよ。いいわね』

『うん。わかった。イッショウ、ソイトゲルよ。でも、今は、ともかく、出口を探そうよ』

『わかったわ、ア・ナ・タ』

 その後、なんとか無事に脱出して、そして、今に至る。みたいな」

 いつの間にか周囲が静かになっていた。

 ボクはクラス全員の視線を一身に集めていた。

 七奈が不満げに、

「緊急避難というケースね。極限状態では、何をやっても許されるのよ。だから、婚約すると嘘をついても、別に罪にはならないわ。まして子供の言うことだから、婚約の意味すら、よく分かってないんじゃないかしら」

 巻奈が、

「聞き捨てなりませんね! 巻奈とムギくんの神聖な誓いを! 嘘偽りなどと、嘘八百をつかれたのでは!」

 七奈がボソッと、

「でも、それが真実。真実は、いつも一つなのよ」

「ぬわんですってえええっ!」

 さらにヒートアップして、収拾がつかなくなる前に、

 千駄ヶ谷市温せんだが・やしおん教育実習生が、果敢にも学級崩壊と痴話喧嘩阻止のために立ち上がる。

 涙ながらに詩音先生が訴える。

「み、みみ、みなさ~~~ん。い、今は授業中ですよ~~~。し、静かにしましょうね~~~」

 サングラスをした男子生徒、

 三具蔵三さんぐ・くらぞう通称グラサンが、

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ! という、日本古来の伝統的故事を知らんのか! これだから教育実習生はナメられるんだよ! 空気読めよ!」

 リーゼントの男子生徒、

 紋木番次もんき・ばんじ通称パンチが、

「今いいところなんだからよお、邪魔しないでくれよ、先生。こんなマンガみたいな三角関係、そうザラにはないんだからさあ」

 クラス委員長の女子生徒、

 諸星巡もろぼし・じゅん通称、委員長が、

「そうよね~。こんな修羅場は、昼メロでも滅多に、お目にかけないわよね~。お煎餅でも食べながら、ずっと見ていたいわよね~」

 新聞部の女子生徒、

 益子美代ますこ・みよが、

「みんなも知りたい! 

 美代も知りたい! 

 一年B組新聞部、益子美代は、この面白特ダネを絶体に逃しません!」

 周囲の生徒もクラスの四天王、グラサン、パンチ、委員長、益子美代に同調して大騒ぎとなる。

 市温先生の心はあっさり折れた。

「あうう、す、すいませえええん。先生が、先生が悪かったんですううう」

 すると突然、一人の男子生徒が教卓の上に登って力説する。

「君たち、いいかげんにしないか! 千駄ヶ谷市温教育実習生は、これでも一応教育者のはしくれ、まったくの役たたずで、虫けらのような存在であっても、授業中だけは言うことを聞くのが生徒の義務であろう」

「キャー! 不破人くんステキー!」

 女の子が熱狂する。

 色々と問題を含む発言をしながらも、不破人は女子生徒たちに絶対的に信頼され、支持されている。

 何を言っても許される。

 それだけの美貌とスタイルに恵まれた超絶美少年だった。

 それが、

 出薄不破人でうす・ふわとだった。

 巻奈の遠い親戚らしい。その時、

 キーンコーンカーンコーン。

 ボクはすかさず、

「あ、昼休みだ。給食、給食。ほら、みんな、もう給食の時間だよ」

 グラサンが、

「ムギ~、貴様、今、非常に大事な話をしている時なのに、なんで現実逃避してんのよ? 冗談じゃないよ、白黒つけるべきじゃないの!」

 七奈がボソッと、

「腹が減ってはイクサは出来ない。給食が先」

 委員長も同意し、

「そうよね~。昼休みは長いし、給食食べたあとで話したらいいんじゃない?」

 委員長の発言にクラスの大半が賛同する。ひとまず、七奈と巻奈の修羅場は回避された。


   ☆3☆


 楽しい給食の時間が始まった途端に、出薄不破人がスマホをかける。

 すると、巻奈のスマホが鳴る。

 ちなみに、巻奈の着信音はガンパレード・マーチだった。

 ソニーは同名のタイトルでプレステ・ゲームを作っていたけど、ボク的には傑作の一つだと思う。

 人類の天敵、幻獣と戦うため、士魂号というロボットを操り戦う年兵たち。

 似たような設定は無数にあるけど、これが一番かな。

 巻奈がスマホを耳にあて、

「はい、巻奈です」

 不破人が、

「女幹部デウス・エクス・マキナよ、略してマキナよ、これより重要な作戦を決行する。心してワシの命令を聞くのだ」

 不破人は超絶美少年なのに、なぜか自分のことをワシ、と、おじいさんのように呼ぶ。

 巻奈が、

「あっ、おじいちゃん。どうしたの? まだ、お昼なのに、もう世界征服ごっこをしていますの?」

 不破人が激昂し、

「おじいちゃんではない! 

 ハメッツー団首領! 

 ファウストだ! 

 それと、世界征服ごっこではない! 世界征服だ!」

 巻奈が呆れたように、

「わかりました。では、ファウスト首領、どのようなご命令ですか?」

 不破人が、

「うむ。我がハメッツー団の目的は世界征服だが、その前にやっておかなければならない、重要なミッションがある。それは、ワシの老化を止めることだ」

 巻奈が不思議そうに、

「おじいちゃんは全然フケているようには見えませんけど。どう見ても中学生にしか見えません。実際、年齢を誤魔化して大安中学に潜入しているではありませんか」

 不破人が、

「おじいちゃんではない! 

 ハメッツー団首領ファウストだ! 

 それと、見た目はともかく、ワシの肉体は内部からどんどん弱ってきているのだ。見た目ほど若くはない。そもそも、こうなってしまった理由は今から二百年前にさかのぼる。その頃のワシは学問に一生を打ち込んできた超・天才だった。が、気がついたらヨボヨボのジイサンになっていた。だが、ある日ワシは心優しい女性に出合い、一目で恋に落ちてしまった。しかし、ヨボヨボのジイサンでは彼女と結ばれることは出来ん! そこで!」

「大悪魔メフィスト・フェレスと契約して、魂と引き換えに永遠の若さ

を手に入れたのよね」

「女幹部、デウス・エクス・マキナよ! 

 話の途中で茶々を入れるんじゃない! 

 ともかく、ワシは永遠の若さを手に入れたにもかかわらず、大きな過ちを一つ犯してしまった。とんでもなく取り返しのつかないミスだ! それは!」

「不老だけで、不死にしてもらうのを忘れていたのよね」

「女幹部、デウス・エクス・マキナよ! 

 茶々を入れるんじゃない! 

 とにかく、ワシの身体は見た目と違って、相当、老いているのだ。それでも、いまだに何とか持ちこたえているのは、科学と魔導を融合した、魔導科学のおかげだ。若いころ苦学したおかげだな。だが、過去は潤沢にあった魔力の源、マナが近年、極端に減っているのだ。ワシの体を維持するためには大量の魔力が必要となる。そこで、魔力がどこかにないか? 世界中を探した結果、この大安町に大量の魔力がある事が判明した。しかも、魔力の保持者は大安中学に通っていることまで突き止めた。そこで、ワシは年を誤魔化して大安中学に潜入したのだ。その甲斐あって、ついに今日、その魔力の保持者が判明した! その魔力の保持者とは!」

「魔力の保持者とは?」

 巻奈の声が震えを帯びる。

青空麦あおぞら・むぎだ!」

「えっ! ムギくんが!? そんな、まさか! 何かの間違いではありませんか!?」

「いや! まぎれもない事実だ。そこで、今日の昼休みに青空麦の身柄を確保する計画をたてた。このミッションはハメッツー団の世界征服のデモンストレーションでもあり、すでに魔導機獣クモーンを出撃させた。現在、自動運転で、この大安町へ向かっいる」

 巻奈が驚きを隠さず、

「魔導機獣まで繰り出したんですか! いくらなんでも、それはやり過ぎなのでは!」

「ことは急を要するのだ! それにマキナよ、これはお前にとって良い話なのではないか?」

 巻奈が面食らったように、

「え? それは、いったい、どういう事ですの?」

「お前の意中の人、青空麦は、昼休みに根倉七奈の愛の告白を受け、受諾する可能性があるのだろう。だが、魔導機獣クモーンに襲われれば、告白どころではなくなる!」

 巻奈が納得し、

「そう言われれば、そうかもしれませんね。私はムギくんを信じていますが、ムギくんも健康な男子、いつ何どき、七奈の卑怯なハニートラップに引っ掛からないとも限りません。わかりました。私はおじいちゃん、もとい、ファウスト首領の作戦に従います! ところで、ファウスト首領、ファウスト首領は、どうして世界征服にこだわるのでしょうか? 出薄財閥の力をもってすれば、世界を影から支配する事は、いともたやすいでしょうに」

 出薄不破人が不気味に笑い、

「クックックッ、マキナよ、お前はまだ甘いな。この世界において財閥の経済力など、何の役にも立たん。巨大な軍事力を持つ超大国は、経済制裁など、ものともせず他国に侵略する。つまり、軍事力に対しては、軍事力でしか対抗する手段は無い! そして、それに対抗するための魔導科学と魔導機獣がワシにはある! 魔導機獣で超大国の軍事力を徹底的に叩き潰し、世界を全て支配したあと、真の平和が訪れるのだ。つまり、世界征服は世界平和のための必要悪ということだ。わかったな! ハメッツー団、女幹部、デウス・エクス・マキナよ!」

「それは、よくわかりました。多くの独裁者同様、世界平和のために世界を征服する。という、超テンプレな理由は、だけど、ここで新たな疑問が私に浮かびました。それは、何で平和を求めるのか? ということです」

 不破人が遠い目をし、

「フッ、あれはまだワシがアイーダと結婚して間もないころのことだ」

出薄愛太でうす・あいだおばあちゃんのことね」

「うむ! 結婚生活は実に幸せな毎日であった。が、第一次、第二次世界大戦を通じて、アイーダは戦争の悲惨さを知った。そしてアイーダはワシに二度と戦争の無い平和な世界にしてくれと、ワシならそれが出来ると、涙ながらに訴えたのだ。そこでワシは平和のために戦うと、アイーダに誓ったのだ」

「ありがちな説明を長々とありがとうございました」

「よしっ! それではハメッツー団、いつものシメで秘密通話を終わらす、せーの!」

「「ハメッツー! ハメッツー!」」

 巻奈と不破人が見事にハモった。

「ど、どうしよう、七奈。なんか、ボクに魔力があるとか何とか。大変な作戦をたてているみたいだけど、だ、大丈夫かな?」

 七奈が真剣なまなざしでボクのことをジッと見つめ、おごそかに言う。

「ムギくん。まわりの生徒をよく見てちょうだい」

 ボクは七奈に言われるまま周囲を見回す。

 すると、さっきの衝撃的な巻奈と不破人の会話を聞いたにもかかわらず、誰一人関心を持っていない。

 それどころか、みんなあさってのほうを向いて、出来るだけ巻奈や不破人と視線を合わせないよう避けている。

 な、なぜ?

 七奈が静かに語りだす。

「この重苦しい空気。まるで、何事も無かったかのように、みんな無関心を装って。でも、これは、みんなの優しさなのよ。すべては、あの二人のためよ」

 ボクは納得できずに、

「ど、どういうこと?」

 七奈が眉をひそめ、

「まだわからないのムギくん。あの二人は、あなただって、そして、あたしだって、それどころか、クラス全員の誰もが一度は経験する、大変な病気にかかっているのよ」

「えっ!? びょ、病気!?」

「そうよ、中学生になると、極端に想像力が発達して、あれやらこれやら妄想して、あたかも自分がその妄想世界の主人公になってしまうという錯覚におちいる。一度ハマると、なかなか抜け出せない恐るべき病気よ」

 ボクもハタと気がづく。

「ま、まさか、あ、あの有名な!?」

 七奈がしたり顔で、

「そうよ、ムギくん。ムギくんが想像した通り、あの有名な、恐るべき、せーの」

「「中二病!」」

 ボクと七奈は見事にハモる。

 七奈がご満悦状態で、

「話は変わるけど、あたしミカンが苦手だからムギくんにあげるね」

「うん、いいよ」

 ボクが七奈からもらったミカンの皮をむくと、その中に丸めたメモが入っていた。

 メモには七奈の字で『屋上』と書いてあった。

 ボクは素早くメモをポケットにしまう。

 巻奈が、

「好き嫌いはいけませんよ、ムギくん。そ・れ・と・七奈さん。食べ物でムギくんの気を引こうという、姑息な手段かしら」

 七奈がボソッと、

「そう思っても構わないわ。何を言ったところで、何も信じないでしょうし」

 巻奈がまなじりを吊り上げ、

「開き直ったわね! まあいいわ。昼休みの間はずっと、絶対に、ムギくんから目をはなしませんからね! 不純異性交遊は許しません!」

 しかたなくボクは、

「あっ、突然だけど、急にトイレに行きたくなっちゃったな~」

 と言って、一目散に男子トイレに駆け込んだ。

 さすがに巻奈もここまでは追ってこない。

 ボクはトイレの窓から外に出ると非常階段を登って屋上へ向かった。


   ☆4☆


 七奈が屋上で待っていた。

「ついに来たわね、ムギくん。覚悟はいいわね」

「なんか決闘でも始まりそうなセリフだね」

「これは、あたしだけじゃなく、ムギくんにも関係がある話だから」

「うん。心して聞くよ。いったい何なの? 話って?」

 七奈がボソッと、

「あたしの家が魔術師の家系だということは知っているわよね」

 ボクはうなずき、

「うん、知ってるよ。

 ボクが子供のころ、今の家に引っ越してきた時、一番驚いたのは、巻奈の豪邸じゃなくて、反対側のとなりに建っていた七奈の家だったから。

 今にもお化けが出てきそうで、やたらと古くてデッカイ洋館。

 子供のころは本当に怖かった。しかも、あの洋館には魔法使いが住んでいるって、近所で噂されていたから。

 実際、七奈の家に遊びに行った時は、完全にハリー・ポッターの気分だったよ。

 不思議な現象がたくさん起きて。

 ハリー・ポッターといえば、JKローリング原作の世界的ベストセラー。

 JKローリングはバツイチ時代に、喫茶店のバイトをしながら、ハリー・ポッター賢者の石を書き上げ、出版するや大ヒット。

 映画化され、続編の七作も映画化されている超ベストセラーだ。

 最近はスビンオフのファンタスティック・ビーストも人気があるよね。

 ボクは映画は見ているけど、小説は読んでいない。

 原作の、あまりの分厚さに怖れをなしました」

 七奈が肩をすくめ、

「ともかく、これから昨日の夜に起こったことを説明するから、心して聴いてね。あれは、あたしがセガサターンのレトロゲーム、ラングリッサー5の主役、シグマで死人使いに突撃して行った時のことよ、ムギくんも知っての通り、このゲームは後半になると敵の思考時間が異常に長くなって、あたしのターンが来るまでに五分ぐらいかかったわ。

 その間、待ちきれなくなったあたしは、イライラしながら手近にあった魔方陣に、ガリガリとつい、うっかりイタズラ書きをしたのよ。

 どうも、それが良くなかったらしくて、突然、魔方陣のゲートが開いてしまって驚いたわ。何の気なしに書いたラインが偶然、魔方陣を起動してしまったというわけね」

「それで、ラングリッサー5はクリアできたの?」

 ボクはそっちのほうが気になった。

 七奈があっさりと、

「ええ、出来たわ。最後、主役のシグマが大変なことになっちゃうのよね」

「そうそう、最後、ラングリッサーと、って、これ以上言ったらネタバレになるね」

「ネタバレは良くないわ。それはともかく、魔方陣が起動して、そのあと大変なことになったのよ」

 こう言いながら七奈が続きを語りだす。


   ☆5☆


「ウハッハーッ! 

 実に、三百年ぶりの現世じゃ、懐かしいのう! 

 フム! 

 そちか! 

 そちが余を召喚したのじゃな! 

 我が名は、メフィスト・フェレス! 

 魔界の大悪魔じゃ! 

 そちの名は、ウム! 

 言わずともよい! 

 そちの名は大錬金術師、ノストラダムスの秘術によって、すでに存じておる! 

 根倉七奈! 

 それがそちの名であろう! 

 目を丸くしてキョトキョトするでない! 

 ノストラダムスの秘術は、遠い未来すら、目の前の出来事のように見通せる術じゃ! 

 よって、今宵、余が召喚される事は、とっくの昔に分かっておったわ! 

 運命の輪を断ち切る事は、神の子には出来ぬからな! 

 ウハハハ!」

 あたしは机の上にふんぞり返っている小柄な美少女、年の頃は、小学五年生ぐらいだろうか? 

 を改めて見直す。

 真紅のパッチリとした瞳。

 ふっくらとした少女らしいホッペタ。

 口紅を塗ったみたいに赤い、さくらんぼみたいな唇。

 細くて白くて華奢で、スンナリと伸びた手足。

 頭には先別れしたトランプのジョーカーがかぶるような大きな帽子。

 ワンピースはフリル満載のフレアスカート。

 で、超ミニだった。

 いわゆる、

「絵に描いたような萌えキャラが何を言っているのかしら? 

 高笑いしてないで、あたしの机から降りてちょうだい。メフィスト・フェレス略してメフィーちゃん」

 あたしの物言いに不審な物を感じたのか、自称、メフィスト・フェレスこと、メフィーがホッペタを膨らませながら自身の姿を見直す。

 すると、それまで高慢だった態度がみるみる影を潜め、顔が赤から紫、そして真っ青に、めまぐるしく変化する。

「んなっ!? 

 なんじゃこりゃあああああっ!? 

 な、何で、余は、こんなロリキャラになっておるのじゃ! 

 貴様、説明せい!」

 あたしは憤然としながら、

「説明とか言われても、突然、勝手に現れて、そんな勝手な事を言われても、何ともしようがないわね。だけど、今の姿に不満があるなら、以前はどんな格好をしていたのかしら?」

 あたしがボソッとつぶやくと、メフィーが我が意を得たり、とばかりに小さな胸を張り、

「ウム! それはもう、いかにも悪魔悪魔した姿であったぞ! ファウストの奴など、余の姿を見て、相当ビビっておったな! だいたい人間がイメージする悪魔の姿というものは、おどろおどろしい、半身半獣の怪物の姿と昔から決まっておるだろうが!」

 あたしはメフィーのその言葉を聞いて直感的にすべてを理解した。

 ビーンときたのだ。

「もしかして、あなたは召喚した人間の悪魔のイメージを実体化しているんじゃないかしら?」

 メフィーに聞くと案の定、コクコクとうなずく。

「ウム! 

 まさしく、その通りじゃ! 

 余は人間の深層意識化にある悪魔のイメージを具現化、実体化するのじゃ! 

 それが何か、問題があるのか?」

 あたしは嘆息し、

「メッチャ大ありよ。それじゃ萌え萌え美少女悪魔になってもしょうがないわね」

 メフィーが愕然とし、

「なにっ! そ、それはいったい? どういうことじゃ!?」

 あたしは嘆息しながら、

「メフィー、あなたは現代の日本のアニメやゲーム、ラノべの現状を知らないようね。いい? いまや悪魔どころか、魔王や神様さえ、萌え萌え美少女化されるのは、当たり前の時代なのよ。そんな設定のアニメ、ゲーム、ラノベが無数に存在しているのよ。そして、あたしは、そんな素晴らしいオタク文化に心身ともに心の底からドップリと浸かって健全に育った世代なのよ。当然、その結果、メフィーがロリロリ美少女になるのも、致し方ないことよね。どうやら、遠い未来を見通せる大錬金術師のノストラダムスも、現代日本のオタク文化までは見通せなかったようね」

 あたしがドヤ顔で言うと、メフィーがガクリとヒザを落とし、

「さすがの余も現代日本のオタク文化までは想定外じゃった! ふ、不覚じゃ!」

「ところでメフィー。あなたは召喚してくれた人の願いをかなえてくれるとか? そういう特典はないの? あたしの願いを叶えてくれるわよね?」

 メフィーがビョーンと飛び上がり空中三回転、ウルトラCを決める。

「それじゃ! 

 あまりの萌えキャラ姿に動転してしまって、一番重要な事を言うのを忘れておったわ! 

 その通りじゃ! 

 召喚特典として、余は七奈の願いをかなえてやるぞ! 

 それと! 

 今回は特別大セール! 

 三回、願いをかなえてやろう! 

 七奈は運がいいのう!」

 あたしは不安げに、

「でも、願いを叶えるには、メフィーに魂をあげなきゃダメなんでしょ」

 メフィーがニコニコしながら、

「ウハハハ! 

 今どき魂を一つもらったとて、何の得にもならぬわ! 

 それより、七奈にとって、一番大切なモノを、余はもらい受けたいのだ!」

「ラングリッサー・ミレニアム・ザ・ラスト・センチュリーとか?」

「ちゃうわ! 女の子にとって一番大切な、初めての経験とかじゃ! どうじゃ! 七奈がそれを賭けるなら、余は七奈に三つの願い事をかなえてやるのじゃ!」

 あたしはあっさり、

「いいわ、あたしの初体験、あなたにあげるわ」

 メフィーがビックリしたように、

「んなっ! ずいぶん、あっさり決めたの! 後悔せぬじゃろうな!」

「子供のころに見た深夜アニメで、純潔のマリアっていうのがあって、主役のマリアは初体験なんて犬に食わせてしまえ! て、豪語していたわ。ともかく、これで契約成立ね」

 メフィーがちょっと思案し、

「うむ! 契約成立じゃ! 願い事をのべい!」

 あたしは迷わず、

「ワンダースワン版、ラングリッサー・ミレニアム・ザ・ラスト・センチュリー」

 メフィーが目を点にして、

「って、ちょっと待て~い! 

 そ、そんなくだらんゲームと、初体験を交換するとは何事じゃ! 

 もっと自分を大切にせんか!」

 悪魔の割には意外過ぎる発言に、

「大悪魔らしからぬセリフだけど、ワンダースワン版、ラングリッサー・ミレニアムは、アマゾンでも、なかなか手に入らない、レアなレトロゲームなのよ」

 メフィーが頭を抱え、

「仕方がないのう! よしっ! では、七奈に特別に、明日、学校で起きる大変な事件について教えてしんぜよう!」

「事件?」

「そうじゃ! 正確には、七奈の幼ななじみ、ムギに関する事件じゃ!」

 あたしは緊張しながら、

「それは聞き捨てならないわね。いったい、ムギくんに、どんな事件が起きると言うの?」

 メフィーが待ってましたとばかりに、

「話は三百年前にさかのぼる。

 余はかつて、ファウストなる神の子の心を惑わすべく、ファウストに永遠の若さを与えたのじゃ。

 が、不死は与えなかった。

 そのため、ファウストは若さを保ったまま老化が進んだのじゃ。

 が、ファウストは持ち前の天才的な魔導と科学を融合した魔導科学で、老化をどうにか防ぎ、いまもビンシャンしておる。

 そんなファウストが狙うのは何だと思う? それは、魔導科学に欠かせない魔力じゃ。

 そして、明日の大安中学の昼休みに、世界一の魔力所持者、ムギを拉致し、魔力を抜き取るじゃろう。だが、無理に魔力を抜いたら、どういう事になるか?」

「どうなるの?」

 メフィーがあたしを見据え、

「魔術師の血統たる七奈に言うのは、シャカに説法というものじゃろうが、ムギは大量の魔力を突然抜かれたショックで、死んでしまうか、よくて廃人じゃな」

 あたしはボソッとつぶやく。

「でしょうね。

 魔力は命の根源。

 突然、巨大な魔力を抜かれたら、メフィーの言葉通り、ひとたまりもないわね。

 前から、おかしいと思っていたの。

 世界の魔力は枯渇する一方なのに、この大安町だけは、異常に巨大な魔力の気配を感じていたから。

 今まで、その中心が何だったか、特定出来なかったけど。

 まさかムギくんが、その魔力の持ち主だったとは、思いもしなかったわ」

 メフィーがあたしを指差し、

「さあ! それを踏まえて、もう一度、願い事を述べるのじゃ!」

「ほかならぬムギくんの一大事。

 他に選択肢はないわ。

 メフィー、あたしを最強の魔法少女にしてちょうだい。

 ムギくんを、ファウストの魔の手から守ってあげられる。

 そんな、絶対無敵の強い力をちょうだい」

「そうこなくてはな! よくぞ言った、七奈! では、七奈を魔法少女へと変身する能力を与えよう! ただし、一回変身するごとに、願いごとを一回消費するのじゃ! つまり、三回しか変身出来ない! ということじゃ! それでよいな?」

 あたしは首肯し、

「それでいいわ。少なくとも、三回はムギくんを守れる」

 メフィーがすまなそうに、

「素直じゃのう! 余も心苦しいが、何度も何度も、無限に変身が出来てしまっては、商売あがったりなのじゃ! そもそも、余とて、そこまでの魔力はない。

 絶対無敵の力となると、一度変身するだけでも相当、凄まじい魔力が必要じゃからな! ともかく、契約は成立した! 受け取りたまえ! 我が力を! 魔法少女へと、変身する力を!!!」

 メフィーの身体がピカッと光って、気がついたら、


   ☆6☆


「朝になっていたのよ」

「えっ!? 夢オチ!?」

「あたしも一瞬それを疑ったわ。でも、鏡を見た途端に、メフィーの話が現実に起きた事だと理解出来たわ」

「え? どういうこと?」

 七奈が首と左手、右手を差し示す。

 朝会った時から気になっていたけど、なぜか包帯がずっと巻かれていた。

 七奈が首の包帯をスルスルと取り外す。

「見て。

 魔方陣の紋様よ。

 魔法少女へ変身するために、変身シークエンスを起動させ、魔方陣を展開するわ。

 変身に必要な呪文も、教わったわけじゃないのに、何故か覚えているわ。

 それと、一度起動したら、この紋様は消える仕掛けになっている。

 つまり、首と左右の手首についた紋様、合わせて合計、三回しか使えないってこと。

 すべて、夢で会ったメフィーの言う通りなのよ」

 ボクはその紋様をシゲシゲとながめながら、

「まるで、フェイトの宝珠みたいだね」

 フェイトの宝珠とは、召喚した英霊をパワーアップするための紋様のことで、主人公の四郎は手の甲の宝珠を使って、召喚したアーサー王こと、セーバーを強化していた。

「そうね。ただし、この紋様は、自分自身を魔法少女にして、強化するための紋様だけど」

 ボクは疑問を口にする。

「ねえ、七奈。七奈は何でそうまでして、メフィーの力を借りてまで、魔法少女になってボクを助けるの? 女の子の一番大切な物まで掛けて。ボクにそんな価値があるのかな?」

 七奈がマジマジとボクを見つめ、

「忘れたの、ムギくん? 二年前、あたしがあなたに救われた事を?」

「え? 二年前? 小学五年の時?」

「そうよ。あたしが目の病気になった時、あなたは毎日、あたしのお見舞いに来て、あたしを励ましてくれたじゃない」

 ボクは記憶の底から二年前の事を思い出す。

「ええと、あの、もしかして、マギキュア☆セブンの話?」

 七奈が首肯し、

「そうよ、マギキュア☆セブンの事よ」


   ☆7☆


 あれは、確か二年前。

 両親から、お隣の七奈が目の病気で入院したから、病院まで見舞いに行ってこい。

 と、半ば強制的に行く事になった時のこと。

 七奈の家は見るからに古色蒼然とした不気味な洋館だ。

 お隣とはいえ、出来るだけお近づきにはなりたくなかった。

 七奈との接点も、それまで全然なかった。

 でも、七奈の見舞いに行くようになってから、七奈に対する印象はガラッと変わった。

 七奈はボクと同じ、アニメ、ゲーム、ラノベが好きな普通の女の子だった。

 ボクはようやく当時の事をおぼろ気ながら思い出し始める。



   ☆8☆


 ~マギキュア☆セブン~


 ボクが小学五年生のころ、お隣さんの女の子、七奈が、突然、トッパツセイ・ジャクネンセイ・ハクナイショウという目の病気になった。

 シツメイする危険もあるナンビョウらしく、七奈は市内の病院に緊急入院した。

 ボクは七奈の見舞いに行って、七奈を励ました。

「シュジュツすれば、すぐ良くなるよ。目も見えるようになるよ」

 七奈の目は包帯でグルグル巻きにされていた。

 七奈が小首をかしげ、

「本当かな? でも、ムギくん。あたし、シュジュツをするのが、すごくコワイの。だって、ムズカしいシュジュツなんだって。シツメイするかもしれないって、ママが言ってたもん」

 ボクは何度も何度も、大丈夫、大丈夫。

 と、呪文のように繰り返した。

 他にどう言ったらいいのか、さっぱり思いつかないからだ。

 シュジュツがうまくいかないと、サイアク、七奈の目が見えなくなるかもしれない。

 暗闇の中で、ずっと生きていかなきゃいけない。そんな、暗闇の世界で生きるというのは、一体、どんな気持ちなんだろう?

 考えるだけでボクは恐ろしさに震えが止まらなかった。

 ボクはそんなのは絶対イヤだ!

 でも、七奈は、その暗闇と、たった一人で立ち向かわなきゃいけなかった。

 目の見えるボクがしっかりしなきゃ、誰が七奈をミチビいてあげられるのか?

 それから数日たった。

 七奈の入院生活はボクの想像した以上に長引いていた。

 海外のお医者さんがシュジュツするには、バクダイなお金がかかるし、七奈のイシをソンチョウしているって、聞いたことがある。

 日に日に七奈は元気が無くなる。

 ボクは七奈のために貯金箱から二百円玉を取りだす。

 今日の見舞いは特別だ。

 毎週木曜日の午後六時半。

 その時間帯は埼玉の地方チャンネルで、

 マギキュア☆セブンという、女の子向けのアニメが再放送されている。

 七奈はマギキュア☆セブンの大ファンだ。

 病院のテレビは一時間二百円もする!

 とっても高い!

 だけど、ボクは七奈のために、キヨミズの舞台から飛び降りる気持ちでお金を取り出し、テレビの横に付いているコウカ・トウニュウグチにお金を入れる。

 派手な音声とともに、テレビ画面にコマーシャルが映る。

 七奈がはしゃぐ。

「ひさしぶりのテレビだね! ムギくん! ありがとう!」

「ラジオばっかりじゃ、アキちゃうもんね。今日はフンパツしたんだ!」

「あっ! マギキュア☆セブンが始まるよ! ムギくん!」

『マギ♪☆キュア♪

 マギ♪☆キュア♪

 マギ♪☆キュア♪

 マ~ギ♪☆キュ~ア♪

 マジカルで~♪

 ミステリアス♪

 七人は~♪

 マギッ♪☆キュア~ッ♪』

 マギキュア☆セブンの軽快な主題歌が流れる。

 七奈も一緒に口ずさんだ。

 とても楽しそうだ。

 こんなに楽しそうな七奈を見るのはひさしぶりだ。

 マギキュア☆セブンは、女の子七人が繰り広げる、

 笑いあり、

 涙あり、

 ドラマあり、

 歌あり、

 ダンスあり、

 悪者とのバトルあり、という、てんこ盛りな内容だ。

 CMが終わって後半、激しいアクションが始まる。

 だけど、その時から何だか、七奈の様子がおかしい。

 なんだか浮かない顔をしている。

 よく考えたら、目の見えない七奈は、バトルシーンが見えないじゃないか!

 とんでもない盲点だった!

 ヒロインの、

『ハッ!』とか、

『トオッ!』とか、

 掛け声と効果音、それに、敵の雄叫びしか聞こえない!

 それじゃつまらないに決まっている!

 そこで、ぼくは、マギキュアセブンのアクションを、ぼくなりに実況することにした。

「おお~っと!

 敵の正面にマギ☆ヒマワリ突進!

 パンチ連打!

 メカ・トカゲがシッポで反撃!

 ヒマワリ吹っ飛ばされた~っ!

 ヒマワリの顔が苦痛に歪む!

 これは痛そうだ!

 さらに敵の追撃!

 ヒマワリピンチ!

 その寸前!

 左右から味方のマギ☆チルチル、ミルミルが敵に奇襲攻撃!

 たまらず敵が逃げ出す~っ!

 天高くジャンプ!

 が!

 甘い!

 空中戦の得意なマギ☆イーグルが先回りしていたっ!

 難なく敵を蹴り落とす!

 これは決まった!

 地面に叩き付けられた敵を中心に巨大なクレーターが発生したぞ!

 でも、そこから敵が躍り出る!

 こいつ結構シブトイな!

 敵の最終奥義発動!

 ゴゴゴゴって擬音と効果音のあと、

 何か、ミニブラックホールっぽい物を、頭の上に作った!

 何だこれ!?

 地球を飲み込み人類は絶滅するのか~っ!」

 実況をしているうちに、ボクはいつの間にか熱中して、ヒロインの決め台詞までしゃべってしまった。

「私達は、何があろうとっ! 

 絶対にっ! 

 くじけないっ!」

 七奈の顔に笑みが戻る。

 天使のような微笑みだ。

 舌足らずな実況だったけど、七奈が喜んでくれて良かった。

 フイに七奈がつぶやく。

「あたしも、何があってもくじけたくない。ヘコんだりしたくない。ムギくん。あたし、シュジュツを受けるよ。シュジュツを受けて、また目が見えるようになりたい。ママとパパにそう伝えて、ムギくん!」

 ボクは七奈の気持ちが変わらないうちに、七奈の両親にそのことを話した。

 その後、募金で集めた一千万円で海外に渡った七奈は、無免許だけど、外科シュジュツの天才といわれる、B・J先生にシュジュツを担当してもらった。

 七奈の目の病気は、シュジュツした、その日のうちに奇跡的に治った。

 以来、時折、七奈からマギキュア☆セブンの実況を頼まれることがあるけど、そんな時は決まって、七奈はこう言うんだ。

「あの時見たマギキュア☆セブン、本当に楽しかった。でもね、ムギくん。今でも、本当に、」

 七奈は聴いた。

 ではなく、見た。

 と、必ず言う。

「あたしにとって、もっと、楽しかったのは、ムギくんの実況だよ。マギキュア☆セブンの何倍も、ずっと、ずっと、楽しかったんだよ。あたしは、あの時、ムギくんと一緒に、本当にマギキュア☆セブンの一人として戦っていたんだよ! だから、手術を受ける勇気が持てたんだよ!」

 七奈の決め台詞だった。

 でも、ボクも二年後はは中学生。

 そろそろアニメは卒業しなきゃいけないな~っていう気持ちがある。

 だけど、いつまでも、七奈と一緒にアニメを見れたらいいな~と、つい思ってしまう。

 ボクがアニメを卒業出来るようになるのは、当分、先の話になりそうだ。


   ☆9☆


「あの時、ムギくんがいなかったら、あたしは手術する勇気が持てなくて、もしかしたら手遅れになって、失明していたかもしれない。あたしの目が、また見えるようになったのは、ムギくんのおかげなの。ムギくんが、あたしに光を与えてくれたのよ。そのムギくんを守るためなら、あたしは命だって投げ出す覚悟があるわ」

 七奈の首の魔方陣が光り輝く。

 七奈が両手を合わせ、呪文の詠唱に入る。

「マギマギ、

 ナナナ、

 マギッテ☆キュアキュア、

 魔法少女ナナナに、な~れ!」

 言葉に合わせてステップを踏んだかと思うと、

 背後から、

 カシャカシャ!

 シャッター音が響く。

 えっ!

 ボクが振り返ろうとした時、七奈の制服が光り輝き、その形状がフリル満載、ピンク色のワンピースへと変化する。

 なおもシャッター音は続く。

 だけど、ナナナの変身の光がまぶしくて、周囲がよく見えない。

 そうこうするうちに、七奈の髪が伸び、クルクルッとハート型に結ばれ、長いツインテールへ変わる。

 髪の色もビンク色に変化する。

 ナナナが決めポーズを決め、

「マギキュアハートは正義のあかし!

 悪者全員あの世いき!

 魔法少女ナナナ!

 推参!」

 ボクはナナナが動揺しないよう、変身シーンを写真に撮られた事を黙っていた。

 ズズーン。

 ズズーン。

 鈍い低音が響いてくる。

 地平線の彼方に、巨大なクモのような物体が現れる。

 自衛隊が応戦しているけど、巨大なクモは自衛隊を軽くあしらい、じょじょに大安中学へと近づいてくる。

 七奈の話は全て本当の事だったんだ!

 そして、話は最初の続きに戻る。


   ☆10☆


 ナナナ・キックを受けた鋼鉄のクモが、モウモウと立ちのぼる粉塵の中から、八脚をウィン、ウィン、唸らせながら立ち上がる。

 頭部のコックピット? 

 から女の子? 

 が出てきて、

「貴様、何者だ! 

 なぜ機獣クモーンの侵攻を邪魔する!? 

 貴様のような魔法少女もどきに用はない! 

 ハメッツー団、女幹部デウス・エクス・マキナ! 

 私の任務は大安中学にいる、巨大な魔力を秘めた少年、ムギく、ムギを連れ去る事だ! 

 そこをどけっ!」

 漆黒のゴスロリ・ドレスに、黒いシルクハット、黒マントに黒ステッキ。

 顔は覆面でおおわれ、はっきり見えない。

 けど、どことなく、巻奈に似ているような?

 マキナが言い終わるなり、またクモーンの内部に入る。

 ナナナが、

「ムギくんは、あたしの大事な友達なの! 絶対に、あなたには渡さない!」

 マキナが、

「抜かせ! 

 魔法少女ごときにクモーンが止められるものか! 

 小型クモーン射出!」

 クモーンから無数の小型クモーンが三百六十度全方位に射出され、四方八方からナナナに襲いかかる。

「はわわわ! 

 あっちからも、こっちからも敵が襲って来るよ! 

 ど、どうしよう!?」

 防戦一方のナナナ、マキナが嘲笑い、

「あっはっは! 

 貴様は小型クモーンと遊んでいろ! 

 私はその間に、本命のムギく、ムギをいただくとしよう!」

 クモーンの口から粘着力のある糸が射出され、ボクはあっさり絡め取られた。

「ムギくん!」

 ナナナが悲痛な声をあげる。

 ボクはクモーンに引き寄せられる。

 なすすべもなかった。

 けど、

 ザシュッ!

 クモーンの糸が断ち切られ、誰かがボクの身体を抱え、ビルの屋上へ飛びあがる。

 マキナが金切り声をあげる。

「なっ! 何者だっ! クモーンの糸は、五百トンの過重にも耐えうる、理論上、絶対切れない魔導科学の糸なのに!」

 ナナナが、

「メフィー! ありがとう!」

 メフィーと呼ばれた少女が、

「ムギがさらわれると、ナナナとの契約が反故になりかねんからな! 

 ムギよ! 

 ありがたく思えよ! 

 出血大サービスなのじゃ!」

 ボクは助かったけど、ナナナのピンチはまだ続く。

 ナナナの周囲に小型クモーンが集まり、完全に動きが取れなくなっていた。

「そうだ! ナナナ! ジャンプ! ジャンプするんだよ!」

 ボクの叫びにナナナが、

「えっ!? ジャンプ!? と、とにかくやってみるっ!」

 言うなりナナナがジャンプ!

 あっという間に雲間まで飛び上がる。

 ざっと、上空千メートル。

 あとを追うように、小型クモーンが上空目掛けて飛んでいく。

「あっ! さっきは全方位からの攻撃だったけど、今度は下からだけの攻撃だよ! よお~し!」

 ナナナの反撃が始まる。

「ボディだ!

 チンだ!

 レバーだ!

 キックだ!

 バンチだ!

 フックだ!

 ええ~い、面倒くさい!

 みんなまとめてやっつけてやる!

 ナナナ・カッター!」

 ハート型のビンク色のカッターがナナナの胸元から、光りを帯びて次々と射出される。

 ドガガガガガッ!

 小型クモーンすべてを切り裂いていく。

 マキナが、

「おのれ! エセ魔法少女め! 思い知らせてやる!」

 クモーンが全長五十メートルほどの長い足と爪でナナナを攻撃、

 ナナナが叫び、

「これで最後だよ!

 今!

 必殺の!

 ナナナ・アタック!」

 とんでもない大技を繰り出す。

 ナナナの全身が金色に輝き、グルグル回転しながら、クモーンに突っ込んでいく。

 攻撃してきたクモーンの足を粉々に粉砕、そのままドテッ腹に突っ込み、

 ドギャギャギャ!

 ガガガアアアーンッ!

 見事に貫通。

 マキナが、

「おのれ! もはやこれまで! 魔法少女ナナナ! 貴様の名は覚えておくぞ! 次は無いと思えっ! 脱出!」

 脱出ポッドがクモーンから射出され、途端に、

 凄まじい爆発が起きる。

 周囲の建物は勿論、大安中学まで吹き飛ばされた。

 幸い、ボクはメフィーの張ったバリア? のおかげで助かった。

 そこへナナナが降り立ち、魔法少女の変身を解く。

 七奈が心配そうに、

「大丈夫? ムギくん?」

「うん。メフィーのおかげで助かったよ」

「うむ! 余がいなかったら、ムギは死んでおったな! 運の良い奴じゃ!」

 ナナナがボソッと、

「とにかく、今回はハメッツー団をやっつける事が出来て良かったわ」

 ボクは不安になる。

「でも、また来たらどうしよう」

「その時は、またナナナに変身してやっつけるわ」

「それはいいんだけど」

 ボクは周囲を見回し、「またこんな惨状になったら困るね。街も学校も滅茶苦茶だよ」

 七奈が真剣な表情で、

「ムギくんさえ生きていれば、世界なんて滅びても構わないわ」

「えっ!?」

 ボクがすっとんきょうな声をあげると、七奈がクスリと笑い、

「冗談よ」

「冗談に聞こえないから! マジで!」

 波乱の予感しかなかった。


   ☆11☆


 ~次回予告~


「みんな!

 ナナナは本編では戦闘シーンにしか出れないから、予告では、いっぱいしゃべっちゃうよ!

 さて、問題です!

 今回の破壊神☆魔法少女ナナナで、一ヶ所、一人称ではありえない記述があったけど、それはどこかな?

 3、

 2、

 1、

 答えは!

 ナナナがジャンプして千メートル上空まで飛んだのに、ムギくんが普通に描写していたシーンだよ!

 普通は見えないし、聞こえもしないよね!

 でも実は、これには裏設定があるんだよ☆

 あたしの声や姿は、ナナナ・ボイス、ナナナ・ビジョンとして、ムギくんに伝わるようにしてあるの!

 逆に、ムギくんの声や姿は、ナナナ・イヤーとナナナ・アイで、あたしが感知出来るようになっているんだよ!

 ご都合主義とか言って怒らないでね☆

 さ~て、次回の破壊神☆魔法少女ナナナは!

 あっ!

 もう時間が無くなっちゃった!

 次回もまたヨロシクね!

 絶対だよ!」


   ☆つづく☆

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