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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

キミと出会った奇跡

作者: ひなたりょう
掲載日:2022/06/26

石巻(いしまき)克巳(かつみ)は、中学二年生の夏を避暑地で過ごすことにした。

毎年のように来ている宇佐美に、今年は一人で行く。

そんな事に開放感を感じながら、東海道線に揺られていた。


民宿に荷物を置いた克巳は、伊東へ出た。

宇佐美には何もないからだ。


伊東に着くと、克巳は小さな商店に入った。

ラフスケッチに必要なスケッチブックと鉛筆を買い求める。

そして、それを持って海岸へと出た。

海岸には、人がほとんど居なかった。

それを克巳は幸運だと解釈した。


「きれいだね」

突然後ろから話しかけられ、手を止めて振り向く。

そこには黒髪黒目の、優しい笑みをたたえた少女が立っていた。

「驚いた?」

「うん」

「ごめんね。その絵が本当に綺麗だったから」

少女は鳴瀬(なるせ)(うみ)と名前を告げた。

「わたし、絵を書くのは駄目なんだけど、見るのは好きなんだ」

克巳は海に好感を持った。

しばらく海と話していると、海が言った。

「家の手伝いがあるからそろそろ帰るね」

「また、会えるかな」

「明日もこの時間ならいると思う」

「そっか。じゃあ、また明日」

「うん、また明日ね。克巳くん」

海が帰った後も、克巳は絵を書きつづけた。

そして、日が暮れる頃に宇佐美に帰ってきた。


次の日、克巳は朝早くから海岸に出た。

そして海を見つけた。

「おはよう、鳴瀬」

「おはよう、克巳くん」

挨拶をした後に、砂浜に座る。

「あのね、克巳くん」

「なに?」

「どこかで、会ったことないかな。わたしと」

「ここで会ったよ」

「そうじゃないの。ずっと昔に…」

克巳の記憶には、それらしき女の子は見当たらなかった。

「多分、無いと思う」

「…そうかな」

しばらくして、克巳は鉛筆を置いた。

「お腹が減ってきた」

「そう思って、お弁当を作ってあるんだ」

海が持ってきた弁当は、栄養バランスまで考えられている物だった。

克巳は、自分の感性に響くものを感じた。

それは克巳にとって初めての感じ方だった。

海が箸を渡してくれる。

「はい」

「ありがとう、鳴瀬」

しばらく食べていると、喉が乾いてきた。

「お茶はあるかな」

「うん。はい、コップ」

飲んだ事の無いお茶だったが、味は悪くないと思った。


昼食を食べ終わって、克巳は海の方を見た。

海は、シートの上で安らかな寝息を立てていた。

規則正しく上下する胸、幸せそうな顔。

パーツの一つ一つがバランスよく整っている。

その顔を見ながら、克巳はスケッチを始めた。

海と出会った証拠を残しておきたかった。


次の朝、やはり海岸に海がいた。

「早起きなんだね」

「うん。鳴瀬も」

昼食をとり終わる頃、海が話し出した。

「あのね、今日お祭りがあるの。一緒に行けるかな」

「特に予定は無い。だから行くよ」

「ありがとう。それじゃ、えーと…ここで7時に待ち合わせようか」

「それでいいよ」

「うん、約束だよ」

そう言って、指を切った。


「わぁ…きれい…」

花火を見ながら、海がつぶやく。

「夜空の黒には、黄色や緑はとても映えるんだ」

「すごいね…」

浴衣姿の海は、その白い顔を赤く染めていた。

克巳は、急に海を抱きしめたくなった。

「鳴瀬…」

後ろから海を抱きすくめる克巳。

「克巳くん…?」

海が向き直って、目を閉じた。

「…鳴瀬」

「大好きだよ…克巳くん」

克巳が海の薄い唇にそっとキスをする。

「ねえ、克巳くん」

ぼうっとした表情で海が口を開く。

…連れていって。

海の唇は確かにそう発音した。


「今日は帰らないつもりで出てきたの。どうせ、お父さんは漁に出てるし…お母さんはいないから」

海の告白に、克巳は動転していた。

そんな事はひとことも聞いてなかった。

自分が海の事を何一つ知らないと、克巳は自覚した。

「わたしがここに来た意味…わかるよね」

海が浴衣の帯を外す。

「すきにしていいよ…克巳くん」

そして克巳は海にキスをする。

「鳴瀬」

「克巳くん…」

「急がなくても、いいんだ」

「でもね…わたし、克巳くんが好きです。だから、一晩だけでいい。克巳くんのお嫁さんにさせて…」


翌朝に克巳が目を覚ました時、海は腕の中にいた。

克巳は海の前髪を上げて、狭いおでこにそっとキスをした。

「あ…おはよう、克巳くん」

「おはよう、鳴瀬。身体、大丈夫?」

「うん。ちょっとおなかが変な感じだけど、平気」

「よかった」

「それじゃ、目覚めのキス」

海が克巳の唇にキスをした。

「わたし、見つからないうちに帰るから」

「そうだな」

「また後でね」

海は、着替えてからもう一度キスをして帰っていった。

その瞬間に二人は、互いに出会った奇跡を感じていた。


「今日、帰るんだ。宿もさっき引き払ってきた」

克巳が海に告げたのは、その日の午後だった。

「…うん」

海の瞳が涙をたたえる。

「引き止めないよ。また会えるって信じてるから」

「また来年に来るけど、それまで元気でいてほしい」

「わかった。でも、駅まででいいから見送らせて。それだけでいいから…」

「…」

克巳は無言で海の手を取った。


伊東駅は、紅く染まっていた。

上りの東海道線の前で、二人は抱擁を交わした。

「克巳くん…」

「また、鳴瀬」

克巳が乗車し、発車ベルが鳴る。

動き出した電車に向けて、海は走りながら叫んだ。

「克巳くん!ずっと、ずっと待ってるからっ!鳴瀬海はここにいるからっ!」


次の年の六月、克巳は新聞を読んだ。

その時、克巳の目は見てしまった。

『一昨々(さきおととい)の晩に起きた伊豆の地震で死亡した人のリスト』

中に、一つの名前があった。

『鳴瀬海(14)静岡県伊東市』

その記事を読んだ克巳は、財布を持って東海道線に乗りこんだ。


伊東には、確かに海の亡骸があった。

「…鳴瀬…なるせ」

海は穢れなく、美しかった。

もともと白い肌が更に白くなっていた。

海の身体に外傷が殆ど無く、死に顔が安らかであったことに克巳は感謝した。




三十路を目の前に有名になった今でも、毎年の海の命日に、克巳は伊東に来ていた。

『鳴瀬…僕は…』

あのころのままのスケッチブックを開く。

まだ、今の半分の年だった頃の海が描かれている。

「きれいだね」

克巳は手を止めて振り向いた。

そこには、海にそっくりな…そのままの少女がいた。

「驚いた?」

「うん」

克巳は痛いほどの既視感を感じた。

そんな感じ方が出来るのは、海に対してだけだと思っていた。

「ごめんね。その絵が本当に綺麗だったから」

少女は鳴瀬仁海(ひとみ)と名乗った。

「わたし、絵を描くのは駄目なんだけど、見るのは好きなんだ」

「きみはもしかして…鳴瀬、海の…?」

ひとみは驚いた。

「お母さんを知ってるの?」

「ああ、よく知ってる。だって、海と僕は十五年前にここで出会い…愛しあったんだから」


この物語は自分が初めて書いた一次創作小説で、97年初稿、00年にテキストデータ化、03年に一部を改稿したものです。

今回(2022年6月26日)の一般公開にあたり、当時の感覚を損なわない程度に整形してあります。

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