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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

キミと出会った奇跡

作者: ひなたりょう

石巻(いしまき)克巳(かつみ)は、中学二年生の夏を避暑地で過ごすことにした。

毎年のように来ている宇佐美に、今年は一人で行く。

そんな事に開放感を感じながら、東海道線に揺られていた。


民宿に荷物を置いた克巳は、伊東へ出た。

宇佐美には何もないからだ。


伊東に着くと、克巳は小さな商店に入った。

ラフスケッチに必要なスケッチブックと鉛筆を買い求める。

そして、それを持って海岸へと出た。

海岸には、人がほとんど居なかった。

それを克巳は幸運だと解釈した。


「きれいだね」

突然後ろから話しかけられ、手を止めて振り向く。

そこには黒髪黒目の、優しい笑みをたたえた少女が立っていた。

「驚いた?」

「うん」

「ごめんね。その絵が本当に綺麗だったから」

少女は鳴瀬(なるせ)(うみ)と名前を告げた。

「わたし、絵を書くのは駄目なんだけど、見るのは好きなんだ」

克巳は海に好感を持った。

しばらく海と話していると、海が言った。

「家の手伝いがあるからそろそろ帰るね」

「また、会えるかな」

「明日もこの時間ならいると思う」

「そっか。じゃあ、また明日」

「うん、また明日ね。克巳くん」

海が帰った後も、克巳は絵を書きつづけた。

そして、日が暮れる頃に宇佐美に帰ってきた。


次の日、克巳は朝早くから海岸に出た。

そして海を見つけた。

「おはよう、鳴瀬」

「おはよう、克巳くん」

挨拶をした後に、砂浜に座る。

「あのね、克巳くん」

「なに?」

「どこかで、会ったことないかな。わたしと」

「ここで会ったよ」

「そうじゃないの。ずっと昔に…」

克巳の記憶には、それらしき女の子は見当たらなかった。

「多分、無いと思う」

「…そうかな」

しばらくして、克巳は鉛筆を置いた。

「お腹が減ってきた」

「そう思って、お弁当を作ってあるんだ」

海が持ってきた弁当は、栄養バランスまで考えられている物だった。

克巳は、自分の感性に響くものを感じた。

それは克巳にとって初めての感じ方だった。

海が箸を渡してくれる。

「はい」

「ありがとう、鳴瀬」

しばらく食べていると、喉が乾いてきた。

「お茶はあるかな」

「うん。はい、コップ」

飲んだ事の無いお茶だったが、味は悪くないと思った。


昼食を食べ終わって、克巳は海の方を見た。

海は、シートの上で安らかな寝息を立てていた。

規則正しく上下する胸、幸せそうな顔。

パーツの一つ一つがバランスよく整っている。

その顔を見ながら、克巳はスケッチを始めた。

海と出会った証拠を残しておきたかった。


次の朝、やはり海岸に海がいた。

「早起きなんだね」

「うん。鳴瀬も」

昼食をとり終わる頃、海が話し出した。

「あのね、今日お祭りがあるの。一緒に行けるかな」

「特に予定は無い。だから行くよ」

「ありがとう。それじゃ、えーと…ここで7時に待ち合わせようか」

「それでいいよ」

「うん、約束だよ」

そう言って、指を切った。


「わぁ…きれい…」

花火を見ながら、海がつぶやく。

「夜空の黒には、黄色や緑はとても映えるんだ」

「すごいね…」

浴衣姿の海は、その白い顔を赤く染めていた。

克巳は、急に海を抱きしめたくなった。

「鳴瀬…」

後ろから海を抱きすくめる克巳。

「克巳くん…?」

海が向き直って、目を閉じた。

「…鳴瀬」

「大好きだよ…克巳くん」

克巳が海の薄い唇にそっとキスをする。

「ねえ、克巳くん」

ぼうっとした表情で海が口を開く。

…連れていって。

海の唇は確かにそう発音した。


「今日は帰らないつもりで出てきたの。どうせ、お父さんは漁に出てるし…お母さんはいないから」

海の告白に、克巳は動転していた。

そんな事はひとことも聞いてなかった。

自分が海の事を何一つ知らないと、克巳は自覚した。

「わたしがここに来た意味…わかるよね」

海が浴衣の帯を外す。

「すきにしていいよ…克巳くん」

そして克巳は海にキスをする。

「鳴瀬」

「克巳くん…」

「急がなくても、いいんだ」

「でもね…わたし、克巳くんが好きです。だから、一晩だけでいい。克巳くんのお嫁さんにさせて…」


翌朝に克巳が目を覚ました時、海は腕の中にいた。

克巳は海の前髪を上げて、狭いおでこにそっとキスをした。

「あ…おはよう、克巳くん」

「おはよう、鳴瀬。身体、大丈夫?」

「うん。ちょっとおなかが変な感じだけど、平気」

「よかった」

「それじゃ、目覚めのキス」

海が克巳の唇にキスをした。

「わたし、見つからないうちに帰るから」

「そうだな」

「また後でね」

海は、着替えてからもう一度キスをして帰っていった。

その瞬間に二人は、互いに出会った奇跡を感じていた。


「今日、帰るんだ。宿もさっき引き払ってきた」

克巳が海に告げたのは、その日の午後だった。

「…うん」

海の瞳が涙をたたえる。

「引き止めないよ。また会えるって信じてるから」

「また来年に来るけど、それまで元気でいてほしい」

「わかった。でも、駅まででいいから見送らせて。それだけでいいから…」

「…」

克巳は無言で海の手を取った。


伊東駅は、紅く染まっていた。

上りの東海道線の前で、二人は抱擁を交わした。

「克巳くん…」

「また、鳴瀬」

克巳が乗車し、発車ベルが鳴る。

動き出した電車に向けて、海は走りながら叫んだ。

「克巳くん!ずっと、ずっと待ってるからっ!鳴瀬海はここにいるからっ!」


次の年の六月、克巳は新聞を読んだ。

その時、克巳の目は見てしまった。

『一昨々(さきおととい)の晩に起きた伊豆の地震で死亡した人のリスト』

中に、一つの名前があった。

『鳴瀬海(14)静岡県伊東市』

その記事を読んだ克巳は、財布を持って東海道線に乗りこんだ。


伊東には、確かに海の亡骸があった。

「…鳴瀬…なるせ」

海は穢れなく、美しかった。

もともと白い肌が更に白くなっていた。

海の身体に外傷が殆ど無く、死に顔が安らかであったことに克巳は感謝した。




三十路を目の前に有名になった今でも、毎年の海の命日に、克巳は伊東に来ていた。

『鳴瀬…僕は…』

あのころのままのスケッチブックを開く。

まだ、今の半分の年だった頃の海が描かれている。

「きれいだね」

克巳は手を止めて振り向いた。

そこには、海にそっくりな…そのままの少女がいた。

「驚いた?」

「うん」

克巳は痛いほどの既視感を感じた。

そんな感じ方が出来るのは、海に対してだけだと思っていた。

「ごめんね。その絵が本当に綺麗だったから」

少女は鳴瀬仁海(ひとみ)と名乗った。

「わたし、絵を描くのは駄目なんだけど、見るのは好きなんだ」

「きみはもしかして…鳴瀬、海の…?」

ひとみは驚いた。

「お母さんを知ってるの?」

「ああ、よく知ってる。だって、海と僕は十五年前にここで出会い…愛しあったんだから」


この物語は自分が初めて書いた一次創作小説で、97年初稿、00年にテキストデータ化、03年に一部を改稿したものです。

今回(2022年6月26日)の一般公開にあたり、当時の感覚を損なわない程度に整形してあります。

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