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第1話 青年と少女

 目の前の男は、私を置き去りにして美しくなる。


 それを恨めしく思うこともあるけれど、それ以上に私は困っていた。

 見上げるような背に、たくましい肩幅に、ごつごつした手に、それでいて少年の面影を残す顔に、恐怖していた。

 私の漆黒の髪とは違う、明るい太陽のような金色の髪に目を潰されてしまいそうだった。


 こうして椅子に座り、鑑賞するように彼を眺めていると、いつも足元が崩れていくような感覚に襲われる。

 肘掛けに頬杖を付きながら、使用人のように簡素な服を着てコーヒーの準備をしている彼をじっと見つめる。

 その身のこなしは洗練された使用人とは程遠く、なおかつそのコーヒーは私ではなく彼自身のものなのだが。

 彼は私のものよりも粗雑な造りの椅子にゆったりと腰かけて、年季の入ったカップを傾け――そしてふと、私の視線に気づいた。


「なんだよ、そんなにじっと見て。……降りられないのか?」


 彼は椅子から立ち上がると、こちらに歩み寄り、私に向かって手を差し出す。


「仕方ないな。ほら。手を貸してやる」

「……いらないわ、レオン」


 私は不機嫌さを隠そうともせず、差し出された手を払って、座っていた大きな一人掛けのソファから降りた。

 やっと床に靴がついて、てし、という軽い音がする。


 ああ、もどかしい。私も、目の前の人間と同じくらいに速く成長できれば良いのに。


 差し出された彼の手を取っても良かったが、余裕のある表情で見下ろされるのがなんとなく癪だった。

 あの頃――手を伸ばせば届きそうなほどすぐそばにある過去、彼は澄んだ青色の瞳で、恐怖とあどけなさを抱いて私を見上げていたというのに。

 私の背はあの頃からちっとも変わっていない。目の前で呑気にコーヒーをすする生き物とは身体の作りが違う以上、仕方がないことではあるのだが。


「ひとりだけでティータイムを楽しむなんてずるいわ。……早く私にも頂戴」


 難癖をつけて、彼に命令をする。

 するとレオンは片方の眉を上げてから、まるで子供の我儘を聞くような気軽さで、シャツのボタンを外した。

 彼が少しの恐怖も見せずこうして従うようになったのは、いつからだっただろうか。

 そんなことを考えながら、私は小さな手を彼の首筋に滑らせる。

 そして両腕で彼を抱きしめるようにして……私はためらわず、はだけた首筋に牙を立てた。

 柔らかい果実の皮のような肌を突き破って、もっと奥を目指す。

 牙で殺さなければ、レオンを吸血鬼(同胞)にすることもない。

 これは、単なる食事だ。私にとって、とびきり豪華なものだけれど。


「っ……」


 レオンの小さなうめきを聞くと、自然と牙に力が入る。胸の中に炎が灯ったような感覚は、苦しくも奇妙な甘さを伴っていた。

 最近よく襲われる、この感情はいったい何かしら?

 口の中に広がる彼の香りと、甘く酔ってしまいそうな血の味を感じながら、私はうっとりと目を閉じ、忘れえぬあの日の追憶に身を任せた。


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