新しい生活
新しい家にきて数ヶ月が経ったころ
孝之は新しい生活にもすっかり馴染んでいた
幼稚園では、友達も沢山でき熊本の家を思い出すこともなくなっていた。
幼稚園へは、毎朝母親が送り迎えしてくれた。
家から幼稚園へ向かう途中に
美容院があり同い年の「ひろみちゃん」と
合流し一緒に登園する
「おはよう~たかちゃん」と
ひろみちゃんが挨拶をするが
孝之はひろみちゃんの顔を見ないで
「お、おはよう・・・」と挨拶をかえすが
それ以上の会話はない。
ひろみちゃんと手を繋いで歩いていく
孝之は顔を少々赤くしながらうつむき加減で歩く
男の子とは普通に話をする孝之だが
女の子相手だと言葉が喉から出なくなり黙ってしまう。
しかも、手を繋いでいるから尚更である。
そのひろみちゃんとは、結局卒園するまで
挨拶以上の話をする事が無かった。
幼稚園での孝之は、その他大勢の一人だった
面白いことをする訳でもなく
何処にでもいる普通の園児なのだが
熊本の方言をよく真似された
「ばってん」とか語尾の後に付く「~たい」とか
他の園児から「変な言葉を話すやつがいる~」
と、言われはじめた事がきっかけで目立ってしまった。
孝之は方言を極力出ないように話すようにしていたが、
ふっとした拍子に方言がでてしまう。
そんなとき、「ばってんでたー」「ばってんって何~?」
とにかく「ばってん」だった。
少しの間、「ばってん」で人気の孝之だった。
父親と母親だが、最初のほうは仲が良かった。
仲が良かったころ唯一3人で行った旅行は母親の実家だった。
母親の実家である小さな漁村まで車で
数時間かけて3人で泊まりに行った
実家までは山間を通る狭い道通らなければならず
急なカーブが続き、道から車が落ちないかと
ひやひやしながら窓から覗いていた。
祖父は健在で、漁師をしていた
船に乗せられて漁に行ったのだが、
どんな魚を釣ったのか覚えていない
覚えているのは数匹の大きなヤドカリだけ
祖父は「このヤドカリ焼いて食べると美味いぞ」
と言ってフライパンで焼いて孝之の前に差し出した
おそるおそる食べてみたが
あまり美味しいものではなかった。
あとで、母親が「何を孝之に食べさせているの!」
と祖父に怒っている声が聞こえてきた。
あれは食べても大丈夫だったのだろうか?
小学校へ入学したころから、父親の様子が変わってきた。
結局、父親は働かず、店の売り上げを持ち出しては遊んでいたようだ
お金が無くなったころに現れては
お金を持ってまた何処かへ行ってしまう
父親のそんな生活がしばらく続いた。
その事で、母親は父親とよく口論をしていた
口論では母親が優勢だった。
母親はとにかく大きな声で良く喋る人だ、
知り合いと出会うと孝之の事、父親の事など
話の終わりが無いのではないかと思うくらい良く喋った。
特に父親の事をよく話した
働かないでお店のお金で遊び歩いている事などを・・・
それが父親の耳に入る事となる
父親はメンツを気にする小心者だった。
ある日、母親が美容院で髪をセットしてもらっている最中、
父親が現れて椅子から母親を引きずり下ろして
暴言を吐きながら、殴る蹴るの暴行を行った。
しかし、母親は強い人だった。
その出来事を、知り合いや他のスナック・クラブの責任者
あるいは、お店の従業員たちにママ達に腕や顔に
できた青あざを見せながらとにかく話した。
観光地の飲み屋街といっても狭い街である、瞬く間に話は広がった。
父親が行きつけの店へ行くと
母親の事をなじられ、道を歩くと後ろ指を指され
街の怖い人達からも「女に手を挙げる情けない奴だ」と言われ
居場所がなくなった。
ある日の夜、孝之がぐっすり寝ている夜に父親が現れ、
手に持っていた棒で母親を何回も殴りつけ
金庫にしまってあったお金を持って父親は消えた。