新しい家へ
あらかじめ祖父、祖母には話が通してあって、
引き取りに来る日付も決まっていたのだろう
父親が現れたその次の日には、熊本を立つ事になった。
どんな風に話が進んだのか今となっては分からないが
揉めた感じはなかったので
前々から父親が引き取る話は進んでいたのかもしれない。
父親が孝之に初めてかけた言葉は
「大きくなったなぁー」
それはそうだろう、何歳から熊本に居たのかは分からないが
その時孝之は5歳になっていた。
そして、祖父から「この人が、孝之のお父さんだよ。」と言われた
孝之は祖父の背中に隠れながらただ見ているだけだった。
後から知った話ではあるが、父親が21歳の時孝之が生まれた、
その時の父親の歳は26歳ということになる。
父親は、しきりに話しかけてくるが
孝之はその「おじちゃん」に
全然興味を示さなかった。
いきなり現れた知らない「おじちゃん」である
懐くはずもなかった。
そのあと、川の対岸にある商店へ父親に連れていかれて
「欲しいものを買ってあげるよ」父親は姑息な物で釣る作戦に出た。
「えっ!いいの?これが欲しいけど、この飛行機高いよ」
普段祖母と買い物に来ていたので、何がどこにあるかよく知っていた。
祖母にいくらねだっても買ってもらえなかった飛行機のプラモデル。
「好きなものを選んでいいよ」
孝之は、前から欲しいと思っていた飛行機を指差し
「これがいい」
父親は指を指したその箱と
下にあったもう一つのプラモデルも
取り店のおばちゃんに渡した。
孝之は生まれて初めて、おもちゃを買ってもらった。
しかも二つもそれまで孝之のおもちゃといえば
河原で拾った車の形をした石と祖父が板を切って
作ってくれたブーメランだけだった
形はブーメランだけど戻ってくることはなく、
投げるだけのブーメラン
だけど孝之はそのブーメランを大事にしていた。
孝之は、笑顔で
「ありがとう!おじちゃん」
孝之は見事に作戦にハマってしまった。
家に帰り、飛行機を組み立てるとき父親が「明日、お家へ帰るよ」
孝之は怪訝な顔をして「おうちは、ここだよ」
父親は笑いながら
「新しいお家には、お母さんが待っているから、帰ろうね」
そして次の日、祖父・祖母の家を父親に手を引かれ後にした。
家を出るその時のことは覚えていない、
どんな荷物を持って行ったのかも覚えていない。
祖父・祖母がどんな顔で、どんな言葉をかけてくれたのかも覚えていない。
ただ、バスに乗って、どこかの駅から汽車に乗り
3段になった寝台の一番上に寝かされ暑かったのを思えている。
そして、夕方に長旅を終えどこだか分からない
見覚えもない土地の駅に孝之は降り立った。
しばらく歩くと父親が
「もうすぐ着くよ」
孝之はそれには答えず無言で父親の後ろを付いていく。
新しい家に着き、部屋に上がったとたん孝之は
堰が切れたようにわっと泣き出した。