続・カチカチ山
一
むかしむかしのおおむかし。おじいさんとウサギが仲良く暮らしていました。
「おじいさん、切った薪はここに置いておきますね」
「ああ、ありがとう。それを窯に入れたら昼ごはんにしよう。今日はなめこ汁にしようかのぉ」
「それはうれしいです! なめこ汁、大好物なので」
「それは良かった良かった。早速作り始めるから、ウサギさんは縁側で休んどいて。冷えたお茶もあるからね」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
そういうとウサギは縁側で冷えたほうじ茶を啜りながら、揺れる稲穂を眺め、のんびりと休憩をしていました。
「あれからもう三年ですか」
今日はちょうど三度目のおばあさんの命日でした。タヌキに撲殺されたおばあさんの無念を思うとウサギはやるせない気持ちでいっぱいになりました。
「おばあさん……。どうか今年も美味しいお米ができますようお力をください」
おばあさんの遺骨は骨粉にしてこの約百平方めいとるの田んぼに撒いたのでした。その年からおじいさんのお米は豊作で、村一番の百姓になり殿様が唸るほどの美味しさとの評判でした。
そのためおじいさんは儲けに儲かったのですが、「後先短いわしよりも、恵まれない子供たちにこの小判を恵んであげてほしい」と殿様に奏上したのです。
その哀れみ深く親切なおじいさんの心に感動した殿様は、袖を濡らしながらその申し上げを承諾したのでした。
今では村に寺子屋が二、三軒建てられ、合わせて百人もの子供たちが通っているらしいのです。
村では聖人のように崇められているおじいさんですが、そんなことは気にも留めず、今日ものどかになめこ汁を作るのでした。
「おや……?」
「どうかしましたか、おじいさん」
「これは困った。なめこを切らしてしまってのぅ。すまんがわしが採ってくるまで待っていておくれんかの」
「そんなことなら私が行きますよ。おじいさんは働きすぎです。休んでください」
「なんのなんの。大丈夫じゃよ。近くの裏山なんじゃから」
「でも……」
「心配せんでいい。九ツ半(午後一時)には帰ってくるから、ウサギさんは留守番をお願いするよ」
そう言っておじいさんは裏山へ行ってしまいました。
二
一刻半(二時間)過ぎてもおじいさんは現れませんでした。
不安になったウサギは薪の材料となる細長い原木を取り出して槍を作りました。
真ん中が長く三本に枝分かれするように削りました。
裏山は誰も手入れをしていなかったためでしょうか、ウサギの四倍以上も成長した雑草が生い茂り、思うように前に進ませてはくれませんでした。
「これではおじいさんでさえも道に迷ってしまう」
ウサギは作った槍で雑草をかき分け兎に角前へ進みました。
すると何やら見覚えのなる靴と軍手が落ちていました。
「これは、まさかおじいさんの?」
するとその時ウサギは両耳をびくつかせ、何かうめき声らしき音が聞こえたのです。
「やめて……くれ? かん……にん? この声おじいさん!」
ウサギは一目散に走り出しました。大好物の野イチゴや人参には目もくれずウサギは突き進みました。
「おじいさん、おじいさん! ……あいたっ!」
走りに走り続けると、何かにつまずきずっでんゴロゴロ。
「いたたたた。……あっ!」
なんとウサギがつまづいたのは、頭から血を流しているおじいさんだったのです。
「おじいさん! おじいさん大丈夫ですか! 今すぐ血を止めますね!」
そう言うとウサギは自分の毛をむしり取り、伸びた雑草でおじいさんの頭に括り付けました。
「これで大丈夫です。どこからか落ちたのですか?」
「……き」
「き?」
「……た……き」
「た、き。た、ぬ……!」
瞬間何者かが木を蹴る音がしました。ウサギはおじいさんを抱えて七尺ほど跳び逃げました。
三
音が鳴った方を振り返ると、そこには腐った櫂を抱えたあの時のタヌキがいたのです。
「タヌキ!」
「よお、三年ぶりだな」
「生きていたのか? お前泥船で沈んだはずじゃ」
「そうさ、おれは泥に足を取られ沈んだよ。でもな、泥は溶けるんだ。足から泥がなくなれば別に大したことは無い」
「でもあの時確かに溺れたはず。私はお前が上がってこないことを確認して帰ったのに、なぜ?」
「今日と同じさ。お前の船の底に隠れていたのさ、息だけ出来るようにしてな」
「くそっ!うかつだった」
「はっ! 底も見えるように船に穴でも開けとけばよかったな!」
タヌキは腹を抱えて大笑いしました。
「だが、なぜおじいさんを狙った! 報復か!」
「ほうふくぅ~? そんな甘いものじゃないよ、『逆襲』だよ! てめえらみてえな万年のうのうと生きている連中が俺ぁ大っ嫌いなのさ。だからよ、その老いぼれもろとも死んじまえぇぇ!」
タヌキは櫂を弓取式のごとく振り回し、ウサギを襲いました。
「くっ」
ウサギは足に全体重を掛け、十五尺ほど跳びその崖の上におじいさんを寝転がせて置きました。
「おじいさん、待っててください。僕が絶対やっつけますから!」
ウサギはおじいさんの手を強く握りしめ、キッっとタヌキの方を睨みつけました。
「やい、降りてこいのろまウサギめ! 世界一遅いあの亀に負ける大根足が!」
「私は落ちこぼれの兄とはちがぁぁぁあああう!!」
槍を振りかざしタヌキの顔面目掛けて飛び込みました。
タヌキはそのまん丸い体躯とは裏腹に、身軽にこれをかわし、その遠心力を使い櫂を振り回しました。
「あぶないっ」
バキッ!
ウサギはひょいっとタヌキの攻撃をかわしましたが、突き刺さった槍がタヌキの櫂によって投げ払われてしまいました。
(くそっ。槍まで大体十尺くらいある。取る前にやられてしまうぞ)
「おやおや、攻撃手段がなくなってしまいましたねぇ。これはお気の毒にぃっ!」
またタヌキが横から櫂を振ってきました。
「ここだ!」
「ぬぁにぃ!」
ウサギはタヌキの櫂に乗りそのまま槍へ一直線。ガシッと掴み、ウサギは槍を取り戻しました。
タヌキの方を見ると、勢い余ってか櫂を制御できずまだ回っていました。
「ここだ、ここしかない!」
ウサギは全身全霊で両腕に力を込めました。上腕の血管がビシビシと疼き、血走った赤い眼球は葡萄色のように黒みがかっていました。
槍を振りかざし、怒号を上げて投げ飛ばしました!
「うおぅりゃぁぁぁぁああああ!」
「ふぅお⁉」
槍は旋回しながら一直線にタヌキに向かって行きました。そして、タヌキの頭に直撃しそうになったその時。
キィィン!
槍の枝分かれした真ん中の長い部分が、タヌキの足元に落ちていた切り株ほどの石に当たり軌道がそれてしまったのです。
標的を失った槍は跳ね上がり、虚しく地面を突き刺しました。
「ひゅぅ~。あぶねえあぶねえ。流石俺の悪運だぜぇ」
「くそぅ! もう力が……」
ぎゅるるるる。ウサギのお腹が鳴りました。
「そうかぁ。もう昼飯の時間かあ。俺もそろそろ腹減ってきたし、今日はウサギ鍋とすっかなぁぁ!」
四
タヌキはウサギめがけて走り出しました。ウサギも負けじと残った力で逃げました。
しかし、思い通りに足が動きません。それもそのはず。タヌキとの戦いで体力は消耗し、おまけにご飯も食べていないのです。
ウサギは必死になって逃げました。
「兎に角どこかへ隠れねば。しかし見つかってしまったら一巻の終わり。それにおじいさんを見捨てて逃げられない。どうしたら」
ウサギは行ったり来たり、ぐるっと回ったりとやみくもに逃げました。逃げ惑いさっきおじいさんの軍手を見つけたところにたどり着きました。
「ハァハァ……。こんなところまで来てしまった。もう走れない」
ウサギはその場にうつぶせになって寝転んでしまいました。しばらく横になっていると視線の先に何か赤みのかかったものが見えたのです。
「あれは!」
ウサギが見たものは、大好物の野イチゴと人参でした。ウサギは水を得た魚のように息を吹き返し、野イチゴと人参に飛び込んでいきました。
「神様!」
野イチゴと人参が置かれていた場所は一瞬にして無くなり、目の前は真っ暗になりました。
「……カミサマァ? そんなもんどこにもいやしねえよ。しいて言うなら俺が裏山の神様かもな」
ウサギはボッカリと開いた暗い暗い穴の底に落ちて行ってしまったのでした。
落ちながら最後に見たタヌキのニタリ顔は、ウサギにとって一生忘れられないことでしょう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
五
薄暗い洞窟の中でろうそくの明かりだけがほのめき、裃を着たタヌキとおじいさんが、そこで酒盛りをしていました。
「いやはや、タヌキさんお見逸れしました。いとも簡単に兎っ子をこらしめてくれるとは。頭が上がりません」
「フハハハ。そうだろそうだろお爺よ。にしてもお爺の演技もなかなかだったぞ!」
「いえいえ、滅相もない。野イチゴを血のりにするという発想は、わしにはありませんでしたよ」
「ハハハハ! 確かにあれは我ながら名案だったな。しかし彼奴もなかなか手強かったがな」
「いえいえ謙遜なさらずに。タヌキさんのお力でようやく私にも自由がやってきたのでございます」
「そうだな。なんせ、あのババアは口うるさい奴だったもんな。裏山まで喧騒が聞こえて来たぞ!」
「本当に申し訳ございません。でも、それもこれも全てタヌキさんのおかげです。そして、あの兎もいなくなったわけですし、これで心置きなく過ごせます。本当にありがとうございました」
「いいってことよ! んでお礼の品は持ってきたんだろうな?」
「はいこちらでございます」
「おお、これこれ。鳥の皮は格別で旨いんだよなぁ! このろうそくの火であぶって食べるのが一番旨いんだよ。お爺も食いな!」
「いいのですか、それでは遠慮なく…………」
こうして、おじいさんとタヌキの逆襲は大団円で終わりましたとさ。
めでたしめでた――
六
カサ、カサ。ポキリ。
―完―