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窓辺の貴公子の生い立ち。


学校へ向かう軽トラの中で吉井は武井に尋ねた。


「アイツ、何であんなにひねてんですかね?学校でも一匹狼だし。」


「アイツって一生の事ですか?」


武井がハンドルを操作しながら思いっきり顔を吉井に向けて尋ねる。


「あっ、すいません。一生の事です。」


「生い立ちでしょうな。」


「生い立ち?」


「そうです。」


「いやでもアイツ、いや、一生は生い立ちこそどうあれ色々恵まれてるじゃないですか?外見なんて文句の付けようが無いし、学力もスポーツも申し分無しだし。女子生徒なんて一生の一挙手一投足にキャーキャー言って窓辺の貴公子なんて言ってる位だし。」


「窓辺の貴公子?!」


「いつも窓際の席で本を読んでいる様が絵になるっていうことで女子生徒がそう呼んでいるんですよ。」


「はぁ、窓辺の貴公子ねぇ。万年反抗期の間違いじゃないですか?」


一生につけられたあだ名に不満を漏らす武井を尻目に僕は話を続けた。


「男子生徒だって一生と絡みたがってる奴はいるんですよ。僕はそれを利用していくらでも楽しく暮らして行けると思うんですけどね。過去なんて忘れてしまえばいいのに。」


「それがアイツの繊細な所なんですよ。」


「今、アイツって言いましたね。」


吉井が言うと武井がギロリと睨み付ける。


「あっ、すみません。」


縮こまる吉井に武井が尋ねる。


「吉井先生は口が固いですか?」


「えっ、まぁ。一応教師ですし守秘義務は守ります。」


「一生は幼少期のトラウマが酷いんですよ。」


「トラウマ?」


「ネグレクトでね、ウチにやって来ました。アイツの母ちゃんはまだ二十歳そこそこでべら棒に美人だった。男共がほっとく訳が無いくらいのね。んで、本人もえらい恋愛体質で男無しじゃ生きていけないチヤホヤされ続けたいみたいなね。そんな女が子供産んだらどうなると思います?」


「子供が邪魔になる?」


「そう、邪魔になった。17で産んだらしいんですわ。子供が子供を。その頃から駄目親で両親に一生を押し付けていた様なんですが、アイツが5才になったとき祖母が亡くなった。祖父一人では到底面倒が見られず母親の元に戻ったらしいんですがそこからが地獄ですよ。アパートに置き去り。たまに母親が帰ってくれば男を連れ込んでその間一生はクローゼットに押し込まれ、男が帰るまで声を殺してそこで過ごしていた。食事として与えられるのは日持ちのする菓子パンだけ。それも母親が外出して居ない間は無し。ある時娘の携帯が繋がらないことで孫を心配してアパートを訪ねた祖父が無理矢理大家に頼み込んで部屋を開けてもらったらガリガリに痩せこけた一生が呆けた目でリビングに座り込んでいたって。で、祖父がこれでは駄目だとウチに一生を連れて来たという訳なんです。」


「そんなことが。」


まるでテレビのニュースで見聞きするような出来事が自分の担当する少年にあったとは思えず吉井は絶句する。


「あったんです。」


武井が握りしめていたハンドルを思い切り拳で殴る。


「アパートに閉じ込められるとか、食事が満足に与えられないとかそういうことはアイツにとってそんなに問題じゃなかった。アイツにとっての最大の関心事は何よりも一番大好きな母親がいつ帰ってきてくれるかだけだった。一生を施設に預かった翌日母親と面談をして話しました。これからどうしたいのか?と。そしたらはっきりとそんな子要らないと言ったんですわ。じゃぁ、ウチで預かることになりますと同意書を交わして去り際、一生が母親に泣きついたんですわ。ママ、行かないでって。その瞬間母親は思い切り一生を振り払って『触んないでよ!あんたなんか大嫌い!!』って叫んで、それを耳にしたときの一生の絶望した顔。忘れらんないですわ。」


いつも飄々とした態度を崩さない武井のやりきれないといった表情の横顔とたった今聞いた話の内容に胸を抉られるような感覚を覚え、掛ける言葉も見つけられない僕に武井は言った。


「とにかく一生は過去に縛られたままだ。何なら今だってどこかで母親を求めてるのかもしれない。その証拠にウチに来てからも武井姓を使わずにひとりだけ本名の木村姓を名乗っているし。すいません。こんな話。」


「いや、僕の方こそ過去の事なんて忘れて今を楽しく過ごせばいいなんて軽々しく口にしてしまってすみません。」


「もう学校ですね。この話はこれで。」


軽トラを駐車場に停めた武井はシートベルトを外すとがさがさと胸ポケットを探り、今時珍しいガラケーをぱかりと開けた。その瞬間『あ゛っ』と奇妙な声を上げ画面をこちらに向ける。向けられた画面には中学校の文字。


「いやぁ、農道を走ってたもんでバイブ機能じゃ気が付かなかった。吉井先生がここに居ると言うことは学年主任からですかね?」


「かも知れませんね。」


「吉井先生、また宜しく頼みます。」


武井は言いながら吉井に向かい両手を合わせる。


「とりあえず職員室に行ってみますか。」


また面倒な事になったと思いながら何故かこの武井という人物を僕は嫌いになれない。だいの大人2人で職員室へとぼとぼと向かう。

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