謝罪。
ガタガタの農道を抜けて一本大きな通りに出た先で目的の家に着く。
「ここ。」
チャリを止め、ぶっきらぼうにいい放つと武井は家を見て
「ずいぶんな豪邸だな。お前、えらい奴苛めてくれたなぁ。吉井先生、宜しく頼みますよ。」
「武井さん、そんなこと言われても。」
頼りない返事を返す吉井を尻目に武井はずんずんと家に向かっていく。旧家の作りで家をぐるりと塀で囲まれた門にとりつけられたインターホンを鳴らすと
「どなた?」
警戒心丸出しの女性の声が響いてくる。お構いなしとばかりに武井が答える。
「今日、お宅の坊っちゃんを田んぼに落とした者の責任者です。」
「まぁ、ちゃんと謝りに来たんでしょうね!」
画面に映らない半身の耳を指で押さえる仕草をしながら言葉だけは丁寧に答える。
「はい、もちろん本人共々誠心誠意謝らせていただく所存です。」
「いいわ。入って。」
門を潜り抜けると玄関ではなく縁側の窓を開け、親子が仁王立ちしてまるで見下すように立ち尽くしていた。
「今度はちゃんとそれ相応の謝罪をする気になったんでしょうね?」
「いやぁ、本当にこの度は誠に申し訳ない事をしました。私も急に話を聞かされたもので動転しておりまして。うちのに聞いても詳しく話さないのでお宅の坊っちゃんから詳しく聞かせてもらえないでしょうか?」
武井がそう言うと母親の横に立つ男の子が母親の顔を見上げる。言ってやりなさいとばかりに母親が男の子の目を見て頷いた。
「僕はゴミの鞄を蹴ってやったんだ。」
「ゴミ?」
男の子の発言に驚いて武井が聞き返す。
「親のいない子の事だよ。ゴミ!居るだけで迷惑なんだ。だからゴミ。ママがいつも言ってる。」
「ヒロ君、それはよその人に言っちゃ駄目!」
母親が慌てて男の子の口元を押さえる。
「はぁ、そう言うことですか。うちの大切な子供たちをゴミと教えてらっしゃる。いやぁ、こう言っては何ですが奥さんはその腐ったお心が全て現れたお顔をしてらっしゃる。眉間シワにそのへの字の口元。50代位でいらっしゃいますか?」
「ご、50代?!」
年齢を言われた母親はわなわなと震えている。そこへ畳み掛けるように武井が言葉を放った。
「遅くに生んだ子供は特別可愛いと言いますからねぇ。ウチの子供たちが見劣りしても仕方ないと思いますがまさかゴミとは。奥さんもその弛みきった外見と歪んだ心は早めに治した方がいいと思いますよ。もし希望されるなら紹介状書きますから。」
「うるさいわね!私はまだ30代よ!もういいから帰ってちょうだい!貴方じゃ埒が明かないわ。学校へ直談判してやるんだから覚えてなさい。」
ピシャリと窓を閉めカーテンも閉ざし親子の姿が消える。中からは「どうしてママがゴミって言っている事をお外で言うの」と母親が息子を叱責している声が聞こえて来る。
「行くか。」
武井がくるりと体勢を変え敷地外へ歩き出した。後を追うように吉井が着いていき声を掛ける。
「武井さん、今の会話一応録音しておきましたけど。」
「おおっ、やっぱ吉井先生は頼りになる!」
バシバシと吉井を叩く。
「痛いですよ!武井さん」
「ああっ、こりゃすみません。学校、送っていくんで軽トラ乗ってください。あっ、一生お前はチャリで真っ直ぐ帰れよ。これで済んだと思うな。それ相当の処分を下すからな。」
「うっせえな。」
「うっせえなじゃなくてハイだろ?ハイ。」
「・・・はい。」
「よし、言えんじゃねえかよ。気を付けて帰れよ。」
そう言うと武井は吉井を乗せて農道を走り抜けていった。