問題児。
「失礼します。」
がらりと扉を開けられ、首根っこを捕まれていた俺は部屋に押し込まれる。それを見た熊のような風貌をしたこの家の主武井が
「まぁた、お前か。本当に懲りないな。先生、今度は何をやらかしたんですか?」
発している言葉とは裏腹にわくわくとした表情で俺の犯した罪について担任に尋ねる。
「小学6年生の男児の尻を小突いたらしいです。」
「尻かぁ。頭じゃないだけ良いわな。確か前回は中2女子の鼻で偉い騒ぎだった。ありゃ参ったわ。」
ポリポリと頭を掻きながら答える武井を半ば呆れ顔で眺める担任の吉井。
「いやぁ、武井さん、それが今回の親御さんはかなり怒っていましてちょっとやそっとじゃ怒りが収まりそうに無いんです。謝罪はしたのですが、責任者を出せと。」
「いやぁ、責任者ですかぁ。俺やだなぁ。一生本人はどう思ってるわけよ。」
「別にどうも。もういいんじゃね?」
「もういいんじゃねって。どうして尻なんか蹴ったのよ?」
「別に。邪魔だったから。理由なんてねぇし。」
「おおっ、出たね反抗期。俺もこういうの面倒臭くて・・・」
バタバタバタ。
「ただいま!武井のおじちゃん、僕ね、今日一生くんに助けて貰ったんだ。」
武井の話の途中に泥まみれになった黄色い帽子の少年が肩で息をしながら駆け込んで来た。
「おおっ、ひよっこが泥まみれでお帰りか。」
「僕、ひよっこじゃないよ!守!!」
「わりぃ、わりぃ。どうも黄色いのはみんなひよっこに見えてな。守、助けてもらったってそれはどういうことだ?」
「僕ね、帰る途中におっきなお兄ちゃんに鞄を引っ張られてお前、太陽の家の孤児だろうって言われたの。そこに一生くんが通りかかって何も言わずにお尻を蹴ったんだ。そしたらお兄ちゃんポーンって飛んでっちゃって田んぼの泥に埋っちゃって泥だらけで泣き出したんだ。僕、怖くなっちゃって一生くんを見たんだけど、一生くん知らんぷりで行っちゃって。僕、怖かったけど泥だらけのお兄ちゃんを田んぼから引っ張り出して、そしたらそのお兄ちゃんは泣きながらたぶん、お家に帰っちゃって。一生くんがしたのはいいことじゃないけど、僕ね、泥だらけで泣いてるお兄ちゃん見て少しだけスッとした。」
両手を握り締め興奮ぎみに訴える少年。
「そうかぁ。そんなことがあったのかぁ。お兄ちゃんを助けて偉かったなぁ守。」
武井は言いながら少年の頭を撫でてやる。
「で、そういう事なのか?一生くんよ。」
「そんなんじゃねぇよ。歩くのに邪魔だったんだ。」
「まぁ、邪魔だから尻蹴って田んぼに落とすたぁいい御身分ですなぁ。俺も働きたくねぇから強盗でもしたいわなぁ。よし、行くかぁ。吉井先生、申し訳ないんですがご同行願います。」
「ええっ、またですか?本当にもう、あそこの親御さん怖いんですって。」
「そう言わずにお願いしますって。問題児でも俺にとっては可愛い子供なんですわ。軽トラ出しますから。ほらっ、行くぞ一生、裏からチャリ持ってこい!」
「えっ、俺も軽トラ乗れねぇの?」
「バッカ言ってんじゃねぇよ。軽トラは2人乗りだ!一回行ったならもう道も覚えただろ案内しろや。何でも楽できる訳じゃねぇんだよ。」
「分かったよ。」
しぶしぶ裏に自転車を取りに行く。
「ほらぁ、もっとスピード出して漕げやぁ。朝になっちまうぞ~。俺も先生も暇じゃねぇんだよ。」
自転車と並走する形で軽トラが付いてくる。窓を開けて大声で急かしてくる武井の怒声を聞きながら俺は農道を走り抜けた。