第9話 十万の兵
「ファビウス。兵はいかほどありますか?」
ベリサリウスたちは高らかに自らを軍団の長などと名乗っていたが、この場には一兵もいない。ただ将があるのみである。
やはり、行動を起こすには手足となって動く兵がいる。
軍団長も含め、最後の軍団に所属するマギアマキナの軍団兵たちの整備と管理はすべて、工兵軍団の長であるファビウスに一任されている。
「この船には十万の兵がわしらと共に眠っておるはずだが、果たしてどれほど目覚めるか……」
ファビウスは禿げ頭をなでた。
軍団長として帝国各地から集められた最高級機のマギアマキナである彼らでさえ、半分しか起動しなかった。下級の軍団兵として作られたもしくは集められたほかのマギアマキナたちのほとんどは、性能が劣る。どの程度、起動させることができるのか。ほとんど期待できないだろう。
「さっきから船だなんだって言ってるけど、ここってなんなの? ただの古代遺跡って感じでもなさそうだけど」
「クラッシス・なんとかとか、黄金の方舟がどうのってべリサリウスが言ってたね」
ルチアとティナは疑問に思う。
普通、冒険者たちが探索し、魔物を狩る場所である遺跡は、この場所と同じく、帝国時代の遺跡であるが、もっと風化していて、苔むし植物が張っている。
一方、この遺跡、見慣れない魔道具の照明や継ぎ目一つない壁、昇降式の床に、万神殿といい普通の遺跡では見られない特別な建造物だらけだ。
それにほかの多くの遺跡と違いまだ生きている。
「ここは遺跡ではありません。いわば、地中に隠されたドッグ。今いる場所はそこに停泊する魔導艦の中。ここは皇帝の居城にして、帝国艦隊旗艦、クラッシス・アウレアです」
黄金の方舟、クラッシス・アウレア。
この地中深くに埋まる遺跡の正体は、地下船渠であり、そこに格納された超巨大魔導戦艦である。そもそも建築物の中ではなく、船の中なのだ。
すべてが地中に埋まっているために、外から見ても小高い丘でしかなかった。ここが巨大な船の中であるなどティナとルチアにはとても想像がつかない。
「えっ。魔導艦ってことは、飛ぶの?」
「はい。もちろん、飛びますとも」
ベリサリウスは自慢げにうなずく。
「やった! 一度乗ってみたかったんだ。魔導艦」
ティナは目を輝かせる。
魔導艦は、魔力を用いて、空を走る船だ。
今の時代、魔導艦は貴族や軍隊、大商人が使うありふれたものであるが、この遺跡もといクラッシス・アウレアほどの設備を備えたものはないだろう。
なにせ、ベリサリウスの言葉通りならこの船には十万の兵が積まれている。想像を絶する巨大さだ。
「……動くかどうかはわからんぞ。この目で様子を確かめたい。千年となるとそこかしこに相当ガタがきているだろうからな」
ファビウスは顔をしかめる。
「軍団長の中でもファビウスが目覚めたのは僥倖でした。彼がいなければ、もはやどうすることもできなかったでしょう」
ベリサリウスはほっと胸をなでおろす。
この船の整備をできるのはファビウス率いる工兵軍団だけだ。すなわちファビウス一人がいなければ、この巨大な船を修理もマギアマキナたちの整備も不可能だ。
本来ならば、バックアップとしてほかにも工作技術に長けた軍団長を作るべきところだが、とにかく一兵でも多く、戦える兵士をそろえたかった当時の人々はそこまで頭が回らなかったのであろう。
一番重要である工兵が、民間からの接収というありさまである。
ティナたち一行はファビウスを先頭に、この船の中を右へ左へと歩いていく。
途中、様々な施設を見た。軍団長たちが眠っていた万神殿のほか帝国の方々から集められた宝物が詰め込まれるはずだった、すかすかの宝物庫。さらにはこれまた寂れてはいるが、豪華絢爛な食堂もある。
これだけにとどまらず、土に埋もれた甲板部分には円形闘技場や大浴場があるという。
もはや魔導艦というにはあまりにも巨大で空に浮かぶ一個の要塞都市と言った方がいい。
(ずいぶんと豪華だけど、いくらかかったのかしら。当時の人はずいぶんと苦労したでしょうね)
ティナは純粋に初めて見る光景に喜んでいたが、ルチアは当時のことを思うと複雑だ。
この巨大魔導艦のためにどれほどの民の富が使われたのだろうか。スラム出身のルチアには、上に奪われる苦しみがよくわかる。
それに驚異的な建造能力だが、おおよそ戦闘艦には不要な設備ばかりだ。瀕死の重病人となって、この魔導艦とマギアマキナの軍団兵と未来の皇帝に一縷の望みをかけるような困難に追い詰められても、過去の栄光にすがり、無駄に豪華な船を建造した。そういう考えにしか至らなかった。ルチアはそこに亡国の理由を見たような気がした。
艦内を歩き回ってようやく目的の場所についた。
マギアマキナの整備生産を行う造兵廠とその横にある巨大な倉庫である。
ファビウスが巨大な倉庫の門をこじ開ける。
中には理路整然と整列したマギアマキナの軍団兵。
その中で目覚めたわずかなマギアマキナが、ティナと軍団長たちに向かって、拳で胸を叩き、その腕を突き出して敬礼した。
「「新しき皇帝陛下に万歳!」」
「一万ですか。確か十万体いるはずですが」
ベリサリウスの頭にもそうインプットされている。
が、実際には一万体。しかも動いたのはわずか一割、千体だけだ。
「かさましでもしたんじゃない?」
エルが皮肉っぽく笑う。
ベリサリウスたちも集められてからすぐに眠りについたので、その後、帝国がどのような運命をたどったのかは知らない。
計画通りに進まず、一万体でストップしたのか、見栄を張って十万体と吹聴したのか。今となっては闇の中だ。
「……造兵廠を用いて、新たに製造するということだろう」
ファビウスが言う。
確かにマギアマキナの軍団兵を一から作ることのできる造兵廠さえあれば、材料次第で、無限に軍団兵を作ることができる。十万どころではない。
「なんにせよ。これで兵は集まった。千もいれば、このガイウス、即座に大陸を平定して見せましょうぞ」
ガイウスがこぶしを握り、ティナに向かってにかっと笑う。
「ダメだよ。もう少し、準備しなきゃ。入念な準備、盗賊の心得だよ」
ティナが今にも駆けだしそうなガイウスをいさめる。
しっかりと調査して、準備をすればどんな遺跡だってきっとお宝にたどり着ける。意外にも堅実なルチアは今回この遺跡に来る前にも丹念に情報を集め、三回ほど下調べをしている。
そしてその精神はしっかりとティナにも刻み込まれている。
ベリサリウスが言う。
「ティナ様のおっしゃる通り、今のままでは、我々は碌に軍事的行動をとることもできない。まずは、軍備を整えることが先決でしょう」
「そうそう、それにおじさんの騎兵、一人もいないじゃん」
ルーナは目を光らせ、起動したマギアマキナの兵士たちを眺める。
「親衛隊の数も少ない。これでは、ティナ様をお守りすることもままならないな」
ウルは肩を落とす。
起動した兵士のうち過半数はファビウスのもとで働く工兵や、ヘレナのもとで働く補給兵そしてエルのもとで働く偵察兵だ。
戦闘に特化したタイプは半分もいない。その中でガイウス率いるはずだった重装騎兵はゼロだ。
「ぬおおお。なんたることか。おい、ファビウス。いますぐにでも重装騎兵たちとわしの鉄馬を直してくれ」
「……それは無理な相談だな。幸いこの魔導艦の動力源は死んじゃいないようだが、直さなくちゃならんところが山ほどある。まずはそれからだ」
さっそく作業を始めていたファビウスはほこりで汚れた額をぬぐう。
「まずは各地の情報収集と艦の復旧を第一に」
「ティナ様のお召し物も用意しないと」
ベリサリウスとウルも慌ただしく今後の方針を話し合っている。
「おお、無念。このガイウス、ティナ様のお役に立てぬとは……」
「そ、そんなに急がなくても。あ、そうだ。この船をもっと案内してよ」
狼狽するガイウスを見かねたティナが、提案する。
「おお、このガイウスでよろしければ、どこへなりとも案内仕りましょう」
いちいち劇がかったこの老武将は感涙を流す。
そのやり取りを横で聞いていたエルがそっと近づいてきて
「そのお役目もーらいっと。行こう。ティナ様」
とティナの手を引いて歩き出した。
この少女はベリサリウスとウルが自分を外に偵察に出そうとしていることに感づいて、楽な仕事をとったのである。
人形にあるまじき行為だが、ものぐさな性格に作った製作者が悪いとエルは悪びれもしない。
「なっ。抜け駆けは許さぬぞ」
とガイウスはエルにしがみつく。大男が少女に抱き着くという大人げのない絵ずらだが、二人はマギアマキナ。製造された順番でいえば、一番幼く見えるエレナがじつは古株である。
「それなら、私も行きたいし。ティナ様も女の子同士の方がいいっしょ」
とルーナも手をあげ、ウルも
「ティナ様にお供するのは親衛隊の役目だ」
と乱入してくる。
やがて、熱が入ってルーナとガイウス、ウルは取っ組み合いのけんかを始める。
「ちょっと、みんな落ち着いて」
小さな村で暮らしていたころからは考えられない大所帯の喧騒にもまれながらもティナは楽しんでいた。
誤字報告ありがとうございます。助かります。