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第67話 海賊宰相

 最後の軍団。

 滅亡の間際、古代エルトリア帝国が、来る復興の日に備えて、超巨大魔導戦艦クラッシス・アウレアとともに地中深くに封印した機械人形(マギアマキナ)の軍団。

 定員数、十五万、マギアマキナの兵士だけで構成された全十二軍団を総称してそう呼ぶ。


 帝国の継承者たるティナと、その親友ルチアの手によって千年にわたる封印を解かれた「最後の軍団」は、ティナを奉じ、目覚めた場所からほど近かった都市ディエルナを占拠した。

 占拠したはよいものの最後の軍団は問題が山積している。

 十二軍団、十五万の兵とうたわれた最後の軍団の実態は、一万にも満たないありさまなのである。


 軍団の中で最も高い、「軍団長」の地位を持つ女性型マギアマキナ、セレスは、大量の書類の山に圧倒されていた。


「軍団には馬鹿しかいねえのか!」


 セレスは椅子から立ち上がり、ペンを放り投げて、行き場のない怒りを叫ぶ。

 豊かな小麦色の髪に、ブドウ色の目。静かにしていると一見、清楚でおしとやかな婦人のように見える。だが、一度吠えると眼光鋭く、その恰好も胸元のはだけた赤シャツの上から、金モールの肩章のついたジュストコールを気崩し、白いパンツをはいている。まるで女海賊のようだ。


「せめて、俺がもっと早くに起きていりゃ、こんなことにゃあ、ならずに済んだってのによう」


 セレスはティナによって封印を解かれた時に目覚めた軍団長ではなく、ディエルナ攻略後に工兵軍団長ファビウスによって修理されて目覚めた後発組の軍団長だ。

 後発組だからと言って、何か不利益を被っているということはない。マギアマキナたちは役割が軍団結成当初に決められており、それに従って動く。マギアマキナは、自分の有利に物事を進めようという人間的利己心は、それほど持ち合わせていない。高度な感情は持つが人間ほど愚かではないのだ。

 それでも、セレスは遅く目覚めたことを後悔している。


「自慢のクラッシス・アウレアは、動力の故障でまともに動きゃしねえ」


 超巨大魔導戦艦クラッシス・アウレアは、そのメインエンジンである

神の心臓(デウス・コア)」を破損しており、空に浮かぶことはできない。これだけで戦力は半減している。


「軍団と呼ぶには程遠い。粗末な軍備」


 ディエルナ程度の中規模都市を攻略するぐらいなら現状の軍団でも十分だ。しかし、古代帝国の復興を掲げるには、兵数一万にも満たぬ軍団はあまりに頼りない。それでも、セレスやファビウスの尽力もあって、マギアマキナは日に日にその数を増やしている。


「そのうえ、どいつもこいつも予算を無駄遣いばかりで一つも稼いできやしない。何もない場所から、金が湯水のように湧いてくると思ったら大間違いだってんだ!」


 セレスは、勢いよく椅子を蹴り上げる。マギアマキナらしからぬ荒々しさをもつ彼女は、帝国軍製ではない。

 ある小さな商会が作り上げた商人型のマギアマキナだ。低予算で作られた彼女だが奇跡的成功を収め、魔導艦隊を指揮して、貿易で荒稼ぎし、出身の商会を大いに盛り立てた。その豪快な性格は、生みの親である商会長の船乗り的気質を受け継いでいる。

 その性格とは裏腹に商人らしく金勘定が得意で、帝国末期の時代に軍に接収されて、最後の軍団の軍団長になった。

 目覚めてからは最後の軍団の財務のすべてを任されている。


軍団長共(あいつら)、皇帝陛下のためなら何でも許されると思っていやがる。魔導学院の費用だの。出兵の費用だの。果てはステージ衣装の金に、遺跡から掘り当てたおもちゃの修理まで……」


 軍団長の金使いの粗さは想像を絶していた。目覚めたころにはもうなけなしの財産はすべて使い果たしていた。他の軍団長たちとて、目覚めたばかりの軍団に金のないことを知っているだろう。だが、ティナのためとあらば、金を惜しまない。セレスが苦心して、工面してやると要求はいよいよエスカレート。出費はかさむ一方だ。


「俺が苦労して稼いだ金を何だと思っていやがる。ああ。自分ではこれっぽちも稼げやしねえくせによ!」


 セレスは商会での経験を生かして、クラッシス・アウレアとともに眠っていた大型魔導艦テティス級を修理し、それを使って商売をして莫大な利を得ていた。その利益も軍団長たちの活動費のために一瞬で蒸発した。


「ふん、まさか、あのエルが一番まともだとはね。珍奇なもんさ」


 あきれて笑うしかない。

 非合法な組織で働かされていたエルは、よく商人たちの空を荒らしまわった。そのエルと熾烈な争いを繰り広げたセレスはまさに宿敵同士であったが、軍団で共に働くようになってからは一番まともな感覚の持ち主だと思うようになった。エルは優れた密偵であるだけに事務能力も高く、過大な要求や無駄遣いをすることが一切ない。かつて命を奪い合った相手が、今では最も信頼できる存在になっていることがおかしかった。千年の時はそれほどに長い。


「パルラ、皇帝陛下ってのは、どんなやつなんだ?」


 ともに仕事をしていた副官のマギアマキナ、パルラをにらむ。

 パルラは怯えたように肩を震わせると精一杯の声を振り絞って叫ぶように言った。


「セ、セレス様、皇帝陛下に対して不敬です!」


 セレスは商会の出身だけあって、帝国や皇帝への忠誠心は薄い。安全な商売には強力な帝国やその統治者が必要である程度にしか考えていない。

 副官のパルラは、セレスと同じく名門商会で働いていた民間出身の女性型マギアマキナだ。少し臆病で口下手なところがあるが、事務処理能力に優れ、セレスの右腕として軍団財政を支えている。


「けっ、何を言っていやがる。お前だって俺と同じ穴のムジナだろうがよ」

「それは、その。帝国とか皇帝とか難しいことは抜きにして、とにかくティナ様は良いお方で、私にも優しくて。それでとても可愛らしいお方なんです」


 パルラはあまり回らない口を懸命に動かす。彼女はセレスよりも先に目覚めた。セレスとは違いティナと接触を持ったこともある。

 人間にこき使われていたパルラは人間を怖がっていた。そんなパルラにティナは優しく接してくれた。パルラはセレスの副官となる前はいちマギアマキナに過ぎなかった。そんなパルラをわざわざ訪ねてその労をねぎらってくれたティナへの感動を彼女は忘れることはないだろう。


「可愛らしいお方ねえ。俺にゃ、どうにも愚鈍に思えて仕方がねえ。ベリサリウスあたりが甘やかしすぎているせいなのかもしれねえが、はてさて、俺が仕えるに値するお方なのかどうか」


 セレスは別に軍団を離れようとは思っていない。マギアマキナらしく忠実に働くつもりだ。だが、このままではセレスがいくら手を尽くそうと軍団は立ち行かない。まだ見ぬ皇帝ティナが、自分の意見を受け入れるような寛大英明な人物か。それとも軍団を破滅に導く最後の皇帝となるか。

 ともあれ、ティナたちはあと数日でディエルナに戻ってくる。セレスたちの仕事はまだまだ山積みだ。


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