第61話 遺跡の番人
少し戦闘が続きすぎかもしれません。ごめんなさい。
気になるところもありますが、書けるうちに物語を進めていきます。
「ごめん、ルチア。僕、すごく悲しくて、悔しくて、あの子が許せなくなっちゃって、そこから先は何も覚えてない……」
ティナはなにより、自分に恐怖を感じた。我を忘れて戦闘能力を失った丸腰の相手の命を容赦なく奪おうとした。
英雄ロムルス・レクスの力を受け継ぐティナは、その内に絶大な力を秘めている。
それがもし、さっきのように暴発すれば、今度は大切な人まで傷つけてしまうかもしれない。
「謝らないで、ティナのおかげでみんな助かったんだから。とにかくティナが無事でよかった」
ルチアは優しくティナの背中をさすってやる。
「ティナさんの過去にそんなことがあったなんて……」
リントはティナからヴァレンタイン傭兵団との因縁を聞いて、今にも涙があふれ出しそうなほどに悲しげな顔になる。
「僕はもう大丈夫。みんながいてくれるからね。それに村のみんなやお父さまやお母さまだってどこかで生きているかもしれない」
ティナは自分を慰めるが、ヴァレンタインがそんなに甘い男ではないことはわかっている。
「でも、奴らの配下がまた現れたってことは、まだ連中はティナをつけ狙っている。また悩み事が増えたわね」
ルチアは胃が痛くなる。
最後の軍団が自由都市ディエルナを占拠したあの戦いからティナの身辺では物騒なことは起こっていない。
一応、ティナを守るべく最後の軍団も軍備拡張に勤しんでいるのだが、やはり現実に目の当たりするとうかうかしていられなくなる。
「うん、ヴァレンタイン傭兵団と戦ったのはこれが初めて、また襲ってくるかも」
「安心して、その時は私がドラドニア王家の名において、ティナさんを全力で守るわ」
リントは任せてほしいと胸を張る。
「そんなこと言って、ドラドニアも戦争で傭兵団ぐらい使うんじゃないの?」
貴族嫌いのルチアはいぶかしげな目を向ける。
「失礼な。ドラドニアは高貴な国。いかなる戦いのときも名誉ある王家の軍隊以外は使わないわ」
専制国家であるドラドニアには、精強な常備軍があり、規律や信用に不安が残る傭兵を用いることはない。
「それにヴァレンタイン傭兵団といえば、ルメリアル公国よ。単なる一領主に過ぎなかったルメリアル公がそれなりの国を作れたのはヴァレンタインのおかげ。今は契約関係にないっていうけれど、実際のところはどうだか。裏で手を引いているのはルメリアルに違いないわ」
リントは憤る。
「ドラドニアにも、よくちょっかいを出してくるけれど、ティナさんにま
で手を出すなんて許せない」
ドラドニアは、エルトリアに比べれば赤子のようなものだが、伝統ある国で、暴力的な新興国を良く思っていないらしい。
「決めつけるのはよくないけど、調べてみる必要がありそうだね」
「ルメリアルが相手となるとベリサリウスたちの言うように本格的に勢力を拡大する必要があるかもね」
ルメリアル公国は周辺地域では大国だ。
本格的な戦いとなれば、大軍を相手にしなければならない。
ティナは優秀な最後の軍団を配下に持っているが、資金も資源も十分ではなく、とても万全な状態とは言えない。唯一の領地であるディエルナを中心に軍団長が目まぐるしく働いて、なんとか現状維持できているが、定員数である十万のマギアマキナどころか一万も賄えていない状況である。
「うん、僕ももっと強くならなくちゃ。そのためにも帝国宝器を手に入れよう」
ティナたちは帝国宝器を求めて、遺跡の下へと降りていく。
「あった。この扉の奥。感じるよ」
ティナは黄金の瞳を輝かせながら、重厚な石の扉を触る。
門にはそれがエルトリア帝国の所有物であることを示すように金獅子と銀狼の紋章が刻まれている。
「もうあいつもどこにもいないみたいだし、とって帰るだけ、楽勝ね」
ルチアは陽気にステップを踏む。
「慢心してはダメよ。財宝には門番。それが定番なんだから」
リントがルチアに忠告するが、ルチアはまるで心配していない。
「ティナは本物の皇帝で、帝国宝器の正当な所有者。門番もいう事を聞くはず。門番が所有者を攻撃しちゃ意味ないし」
ルチアは崩れた門の隙間から奥へと入っていく。
超巨大魔導艦クラッシス・アウレアを見つけた時もそうだった。向こうが勝手にティナを主人として認識し、スムーズに物事がうまくいった。その成功体験がルチアを油断させている。
一行が奥に入ると狭かった遺跡が嘘のように広い空間が現れる。
天井部はドーム状になっていて太い柱がそれを支え、クラッシス・アウレアの万神殿を思わせる。
「す、すごいわ。こんなに保存状態のいい後期エルトリア様式の建築は見たことがない。しかも全部、エルトリアンコンクリート製じゃない!」
大興奮したリントは壁に張り付くようにして、古代エルトリアの匂いを堪能する。
「あいつ、クラッシス・アウレアに連れて行ったらどうなるのかしら」
「驚きすぎて、失神しちゃうかもね」
ティナはくすくすと笑う。
「にしても、ここ、なんか嫌な予感しない。宝は見当たらないし、どこか闘技場を思わせる感じ」
ルチアがこの空間に嫌な予感がしたとき、魔導灯が突如、点灯し、空間全体が照らし出される。
「わっ! 見てあれ」
「なるほど、あれが番人。ここは、まさしく処刑場ってわけね。悪趣味な」
ティナの指さす方向、この空間の中央部に番人が鎮座している。
「これはドラゴン! しかも、体が全部、鋼鉄でできているわ。素晴らしい。こんな巨大な魔導機械が実在したなんて!」
龍に古代エルトリアの機械、自分の好きなものの組み合わせにリントは
興奮を隠せない。
鋼鉄の機械龍は、その大翼で白銀の体を包み込むようにして沈黙している。魔導艦並みのサイズがあり、その巨躯の各所には、びっしりと半透明な魔結晶のオーブがはめ込まれている。
「私、こんなのと戦いたくないわよ」
機械龍は銅像のように眠ったまま動いていない。しかし、行く手を阻むように座っていて、怪しげな魔法陣が機械龍を中心に床に描かれている。ルチアの盗賊経験から言えば、これは魔法陣に足を踏み入れた時に反応する罠だ。
「リント。また、あんたの砲弾でぶっ飛ばせないの」
「なんて、もったいない。貴重な魔導機械を傷物にする気? それにあんなものここでぶっ放したら、私たちも一緒に灰になるわよ」
リントはあきれ顔で首を横に振る。
「フローラ。あれがなんだかわかる?」
「はっ。おそらくは帝国末期に作られた魔導機械竜の一つでしょう」
フローラが恭しく頭を下げ答える。
「なにそれ?」
「私も知らないわ」
ティナは小首をかしげ、古代エルトリアの歴史に詳しいリントにも見当がつかない。
「後世に伝わっていないのも仕方ありません。当時極秘に作られていたも
のですから」
フローラの言葉にアウローラが続ける。
「あの機械龍は、帝国を悩ませていた遊牧騎龍民族に対抗すべく作られた決戦兵器の一つです。そのほとんどが騎龍民族との戦いで失われたと記録に残っていましたが、残存機体は帝国宝器を守備に回されたようですね」
「エルトリア帝国のものなら僕が行けば、通してくれるかな?」
「はい、恐らくは問題ありません。ティナ様が呼びかければ素直に従うはずです。もっとも千年の時が経っていますので、最後の軍団のマギアマキナ同様、燃料切れで動かない可能性もあります」
「念のため、ファビウス様に連絡を取り、専門のチームを派遣していただくのがよろしいかと存じます」
「うん、そうだね。きっと、帝国宝器もあのおくにあるだろうし、あとは気長にやろう。さすがに先の戦いで消耗しているしね」
ティナがフローラとアウローラと相談していると機械龍の方から光が放たれた。
魔法陣が激しく明滅し、機械龍の体に魔力が通っていく。
明らかに機械龍がその眠りから覚めようとしている。
「ルチア! あなた、機械龍に触ったわね?」
リントが怒鳴る。
「ちっ、違う。私はなにも、機械龍が勝手に!」
魔法陣すれすれで機械龍を検分していたルチアが弁明する。
その通り、ルチアは魔法陣に触れてしまうというような凡ミスはしていない。
「心配しないで、僕が呼びかければ、機械龍は止まってくれるはずだよ」
ティナは機械龍の前に躍り出て、なんとか止めようとする。
「いや、あれは、かなーり、機嫌が悪そうだけど」
ルチアは恐る恐る機械龍の顔を見上げると、その空虚な目は赤く光っている。さらに体中に、はめ込まれた魔結晶のオーブも赤く光っている。
ルチアでも感じ取れるほどの魔力の高ぶり、攻撃準備段階だ。
「みんな! 私の後ろに!」
リントが城盾ジギスムントを構え、結界を多重展開したその時、機械龍の咆哮が轟く。
全身のオーブから放たれた熱線が四方八方に飛び、遺跡もろともすべてを破壊した。




