第54話 黒衣の少女
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アクレアの遺跡の奥、普段から魔物が巣くっているが、臆病な魔物ばかりで外の町に害を及ぼすようなことはしない。
たいした宝や資源があるわけでもないから、平素、冒険者たちもこの遺跡の奥まで足を踏み入れることは少ない。
だが、今日は違った。多くの冒険者が遺跡内にひしめき、一攫千金を目指して、帝国宝器のありかを探っていた。
魔物たちは、突然の冒険者の侵入に驚き、逃げ惑うだけであったが、状況は一変する。
遺跡の中を、聖職者風の黒衣の少女が、一人で武器も持たずに、歩いている。その背には、頭蓋骨をつつくカラスの紋章が描かれている。
「さてと、あの子たちは、まだ来てないか。ようやく、ここまで追いついたのに。なんてノロマなの」
黒衣の少女は、つまらなそうに地面を蹴る。
「そうだ。あいつらが来る前に少し遊んじゃおうかな」
黒衣の少女は腰に帯びた鍵束を手に取る。
輪に通された鍵はどれも一様にドクロの意匠が施された禍々しいものだ。
「ふんふふん~どこかに手ごろな子はっと」
黒衣の少女は、鍵束の輪をくるくると回して、鼻歌を歌いながら何かを探し始める。
「あ、かわいい子、みーつけちゃった。ひはは」
ダンジョンの細い道、その角をのぞき込み甲高い笑い声とともに口角を左右に吊り上げる。視線の先には、緑色の肌をした一匹の魔物、ゴブリンがいる。
ゴブリンは人の半分程度の背丈の小さな魔物で、知能は低い。凶暴なものも中にいるが、基本的には臆病な魔物だ。
笑みを浮かべながらゆっくりとゴブリンを追い詰める黒衣の少女の目は緩やかなアーチを描きつつも、冷たく鋭い眼光で、ゴブリンをにらみつけ、舌なめずりしている。
人間の少女が魔物に追いつめられる姿は容易に想像がつくが、この場では全くの逆。少女が魔物を駆り立てる異常な光景だ。
「あなたに決めた。運がよかったね。見て。これは悪魔の鍵っていうの。とてもきれいでしょ」
黒衣の少女は、鍵束から一本の鍵を取り外すと魔法陣を展開しつつ、悪魔の鍵と呼んだそれに禍々しい魔力を込めていく。
「これがあれば、あなたみたいな弱くて、ちっぽけで、臆病なゴブリンでも冒険者に負けないくらい強くなれるよ」
汗をかき目に涙を浮かべ恐怖する小さなゴブリンの額に、悪魔の鍵をねじ込む。それを黒衣の少女は笑いながら楽しそうにやっている。
ゴブリンは魔物の動物的本能から逃げ出そうと思っただろうが、黒衣の少女が放つ圧迫感から足が動かない。
悪魔の鍵は、壮絶な拷問を受けているかのようなゴブリンの絶叫とともに、その額から溶けるようにして頭の中へと入っていく。
するとゴブリンはさらに苦しみだし、体が変容していく、背丈は黒衣の少女を超えるほど伸び、筋肉は隆起し、肥大化した骨が肉を突き破って、飛び出すほどに巨大化する。
体中から血がしたたり落ち、この瞬間の暴力のためだけに生命力を使い果たすような、とても尋常な生物とは思えない異形な姿に変貌を遂げた。
「ひひ、じゃあ、頑張って、あの冒険者どもを蹴散らしてきて。なーんか、いっぱい居てウザイから」
黒衣の少女がちょうど通りがかった冒険者たちを指さすとゴブリンは静かにその指示に従った。すぐに冒険者たちの悲鳴が聞こえ始める。
「ひはははは、良い声で鳴くね。楽しくなってきちゃった。まだ、時間がありそうだし、もっと遊んじゃおうかな」
黒衣の少女は次の獲物を求めて遺跡をさまよい始める。
遺跡には、魔物の唸り声と冒険者たちの悲鳴、そして甲高い笑い声が響き渡った。
ティナたちは、酒場を後にし、遺跡の前に設営された冒険者ギルドの出張所にいた。
出張所は、ひっきりなしに現れる冒険者たちを管理するために急遽作られ、仮のテントが遺跡の前に並んでいる。
遺跡の前は、他にも冒険者を商売相手に出店なども出ていて、町の酒場以上の賑わいを見せている。
ティナたちは込み合う遺跡の前、ディエルナ冒険者ギルドのメンバーが詰めているテントで順番を待っていた。
「ほらよ、これでリントちゃんも立派なディエルナ冒険者ギルドの冒険者だ」
「ありがとう。これでようやく私も遺跡に入れるわ」
リントはバルガスから粗末な冒険者証を受け取るとそれを掲げて嬉しそうに眺める。
「この調子だと遺跡に入るのは当分先になりそうだけど」
ルチアは遺跡の前にできた冒険者たちの列を見る。
多くの冒険者が狭い遺跡の中に入っては、大混乱になるのは目に見えているので、入場規制がかけられ、出遅れた多くの冒険者たちが足止めを食っている。
「水を差すようなことばかり言って、少しは前進したこと前向きに考えられないの」
子供のように喜んでいたリントは興がそがれて、冒険者証をしまい込んでしまう。
「そうだよ。まだ時間はあるわけだし気長に待とう」
ティナが言う。
「でも、実際ルチアちゃんの言う通り、今ペースだと今日中に入るのは無理かもしれないわね」
ミリナは遺跡に入った冒険者たちの数と待機している冒険者の数を名簿で見て予測する。
「明日はまた学院で授業があるし、もう、あきらめて帰った方がいいんじゃないの」
「ここまで来て諦めきれるわけがないでしょう。帝国宝器を見つけるまではてこでも帰らないわ」
「また、強情な。優等生のあんたに授業をさぼるなんてできるわけ、大体あんたが、事前に冒険者証の一つでも準備して置けばこんなことには」
「ぐっ、そ、それは」
強気だが以外に口げんかに弱いリントはルチアに負けそうになり、目を潤ませ始める。
言い過ぎたとルチアも思う。リントはいつも堂々として議論激しく臆することがないからルチアも存分に攻撃してしまう。
だが、リントは正義感が人一倍強いだけに、自分の失敗を問われると責任を感じすぎてしまうところがある。
(意外にポンコツなんだから、この姫君は……)
ルチアとしてはジョークのつもりなのだが、堅物のリントには通用しない。
「もし、入れなくても今日は下見に来たくらいに思えばいいよ。バルガスさんやミリナさんにもあえたしさ」
ティナは落ち込むリントを励ます。
「ごめんなさい。ティナさん。私のせいで」
「ううん。また来ればいいよ。それに帝国宝器なんて僕ら以外には見つかりっこないからね。でしょ?」
ティナは優しくリントに笑いかける。
「う、うん。そうね。ティナさん以外に帝国宝器にふさわしい人間なんていないわ」
リントは目をぬぐい、いつも通り龍眼をたぎらせる。
対人能力の高いティナはリントの扱いにすでに慣れてしまっている。
あきらめて帰り支度を始めていると、どこからともなく冒険者たちが寄ってくる。
「おうおう、ここがディエルナのギルド出張所か」
ほかの町からきた冒険者のようだが、あいさつに来たわけではないらしい。
「今は、ここが、遺跡の受付だろう。だったら早く俺たちを入れてくれよ。お嬢ちゃん」
どうやら待ち時間に業を煮やして、文句を言いに来たクレーマーのようだ。
「申し訳ありません。先着順という決まりなんです。この調子だと今日中には難しいでしょうから、明日改めて……」
ミリナが丁寧にお引き取り願おうと対応すると冒険者たちの態度が明らかに悪くなる。
「なに? おめえらディエルナのギルドが無能だからこんなことになっているんだろうがよ。俺たちはゴールドの冒険者だぜ。そこらの雑魚よりよっぽど腕がある。優先順位ってもんがあるだろ。おら、どけよ」
金字の入った冒険者証を見せびらかす冒険者たちは、ずかずかと列に割って入ろうとする。
「はあ、冒険者というのは、ああいう輩ばかりなのかしら。品性のかけらもない。あまり、腕が立つようにも見えないわ」
「一応ゴールドってことはそれなりにベテランなんだろうけど」
冒険者ギルドでは、仕事をこなした数や実力に応じて、ブロンズ、シルバー、ゴールドと冒険者たちを格付けしていく。階級の数は多く、ゴールドは下から三番目で、依頼の数をこなせば誰でもなれる。
「年を食っているってだけみたいね」
リントとルチアは息の合ったコンビネーションで痛烈に無礼な冒険者たちを罵倒する。二人の発言は本質を的確についているから冒険者たちもますます激高する。
「ああ? なんだと、お前ら、たかがブロンズの雑魚冒険者の癖に生意気な」
「リント、ルチア、失礼だよ。そんなこと言ったら」
「そうだぞ。時には優しいウソをつき、先輩をたてることも冒険者には必須のスキルだ」
バルガスはニヤリと笑う。
「なんだと飲んだくれが」
「おいおい、もうそんなに広まっているのか……」
「だから、控えてくださいと言ったのに」
バルガスは微妙な顔で肩をすくめ、ミリナはため息をつく。
「てめえら、馬鹿にしやがって、ぶっ殺してやる」
ティナとしては純粋な気持ちで謝罪したのだが、バルガスはそれを利用して、冒険者たちをさらに憤怒させた。こうなるともう手がつけられない。
今にも腰の剣を抜きそうな冒険者たちに、リントとルチアは魔力を高ぶらせるが、次の瞬間、轟音とともに、地面が激しく揺れ始めた。




