第51話 遺跡都市へ
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21/08/02 一部修正
週末、ティナたちは、アルテナの郊外にある魔導艦発着場に来ていた。
「遺跡~遺跡~」
ティナはいつになく上機嫌でスキップする。
「今日はずいぶんと上機嫌ね」
隣を歩くルチアが言う。
「そりゃそうだよ。だって遺跡だよ。久しぶりに行くとなると僕の中の冒険者の血が騒ぐんだよ」
「冒険者の血ねえ。生きるために仕方なくやっていたことだし、遺跡にいい思い出なんかないわ。落盤して生き埋めになりかけたり、魔物に追いかけられたり、ほかの冒険者に横取りされたり、時間をかけて探索しても何も出てこなかったり……」
冒険者といってもティナとルチアの生活は華々しいものではなかった。盗賊と呼ばれて嘲笑され、地を這うような暮らしをしていた。
それに、ルチアは好きで冒険者家業をやっていたわけではない。生きるためにやっていた。故郷を焼かれ裸一貫で放り出されたティナも同じはずだ。
「もう、ルチアももう少し前向きに物事を考えたほうがいいのに。僕は楽しかったよ。ルチアと一緒に野営をしたり、すごいお宝を見つけたりしたときとか!」
何事も前向きにとらえるティナは、冒険者家業をそれなりに楽しんでいたようだが、ルチアには、なんの感傷もない。
「ティナのはただの能天気っていうんじゃないの。最初はびーびー泣いていたくせに、まったくどの口が言うんだか」
「う、それは言わないでよ。僕だって、もう強くなったんだから、魔物ももう怖くないよ」
「確かに、今の自分の力を試してみたいっていうのはあるわね」
ルチアはこぶしをぐっと握る。
ティナは当然のことながら、ルチアもクラッシス・アウレアでの生活で軍団長たちにしごかれ、相当レベルアップしている。それはこの一、二週間の学院での生活でもひしひしと感じているところだ。実技の時間、学生相手には負けなしだ。今なら逃げることしかできなかった魔物相手にも一端の冒険者として戦いを挑むことができる。
「ま、それでもできれば、あんな、あぶなかっしいところにはいきたかないけどね。もし、本当にあのお姫様の言う通り、遺跡に帝国宝器が眠っていたなんてことになったら、ただじゃすまないわ」
希少価値の高い財宝が隠されていればいるほど、遺跡探索の難易度は跳ね上がるというのは、冒険者たちの間では常識だ。ましてや古代帝国が伝え聞くところよりもぶっ飛んでいることをルチアは身を持って体験している。
「帝国宝器があるなんて余計に楽しみだけどな~。それに帝国宝器はクラッシス・アウレアを修理するのに絶対必要なんでしょ。なら、早めに取りに行っちゃった方がいいよ」
「そういうのはベリサリウスたちの仕事でしょ。皇帝が自分でやるなんて普通じゃない」
「そうなのかな。なら、普通じゃなくていいや。みんなも忙しいだろうしさ、僕たちがやっちゃった方が早いよ」
「そういうことじゃないんだけど……ティナらしいわね。まあ、だからこそティナは皇帝にふさわしいのかもしれないけど」
よほど楽しみなのか、ずんずんと前に進むティナに、ルチアは苦笑いする。
ティナは皇帝になると宣言してから鍛錬や学問に励んでいるが、その皇帝像はぼんやりしている。そもそも平和を実現するという大きな夢があり、皇帝となり巨大な国を作るというのはそのための手段の一つでしかない。それゆえ、ティナに明確な皇帝像はなく、発想は庶民的である。
ルチアは、そういうティナの貴族臭のない純真さが好きだ。皇帝になるには最後の軍団のマギアマキナたちを骨の髄まで使い倒し、戦争や権謀術数の限りを尽くさなければならないとルチアはティナに説きながら、ティナにはそうなってほしくないとも思う。
(ま、どうせ、後ろからついてくるんでしょうけど)
ルチアは、それとなく後ろに目を向ける。
フローラとアウローラが護衛としてついてきている。それだけでなく他のマギアマキナの軍団兵たちも護衛のためについてきているようだ。
最近、マギアマキナの軍団兵は軍団長を筆頭に、ティナから距離をとっている。ティナの見立て通り、ティナに試練を課すという事なのだろうが、ルチアは常日頃からフローラとアウローラだけでなく多くのマギアマキナたちが、常にティナの周りをうろついているのを知っている。彼ら彼女らは、巧妙に隠れているが、その過保護さの表れなのか相当な数がついてきているので、ルチアなら少し周りに注意すれば、発見できる。
ティナを愛してやまないマギアマキナの軍団兵たちも心を鬼にして、ティナを育てようとしているのだろうが、完ぺきには鬼になり切れないらしい。
「リントとの待ち合わせの場所はここらへんだけど」
ティナはリントを探す。
ここは、魔導艦の港であり、多くの魔導艦が停泊し、より多くの人々が忙しく行きかっている。
「たかだか遺跡に行くだけだっていうのに、魔導艦を使おうだなんてまったく贅沢な話ね」
ティナとルチアの冒険といえば、基本は徒歩だ。魔導艦などをいちいち使っていては大赤字。それに目的の遺跡があるアクレアはアルテナから徒歩でも一日ほどで行ける場所でそう遠くない。
「しようがないよ。学院のお休みは、二日しかないし、それまでに帰ってこないといけないから。今回はお金を稼ぐことが目的じゃないしね」
「まあ、帝国宝器を見つければ、魔導艦なんていくらでも買えるからね」
ルチアはニヤリと笑う。
「う、売らないでよ」
ティナが胸元のペンダントを隠すように握りしめると後ろから話しかけられる。
「帝国宝器を売るなんてとんでもない! これだから盗賊娘は……」
姿を現したのはリントと大荷物を背負ったイオンだ。
「帝国宝器はロムルス・レクス様の生まれ変わりであるティナが持ってこそ輝くもの。他の誰が持っていても何の価値もないわ」
「本当は欲しいくせに」
「ぐ、それは当然、喉から手が出るほどって……何を言わせるのよ」
ロムルス・レクスの信奉者であるリントは、帝国宝器を自ら手に入れるために四方八方手を尽くして、帝国宝器のありかを示した古地図を手に入れた。
しかし、ティナという次の物語の主人公を見つけた。新たな物語を紡ぎ味わうために帝国宝器は本来の所有者とリントが考えるティナに渡すのが筋であるというのが、リントのマニアとしての矜持だ。
「それで、どの魔導艦に乗るの?」
早く出発したくてうずうずしているティナは二人をせかす。
「聞いて驚きなさい。……あれよ!」
リントがもったいぶって手を向けた先には、一隻の大型魔導艦がある。
漆黒に塗られ、朱色で装飾された鋼鉄製の魔導艦で、巨大な連装砲塔が目を引く。船体には、ドラドニア王国の紋章である三つ首の黒龍の紋章が豪快に描かれている。
「あれこそ、ドラドニアが誇る大陸最大級の魔導艦、黒龍姫座上特務艦リントヴルムよ!」
リントは鼻高々に紹介する。
「あはは、すごいね」
「ふーん」
ルチアとティナの反応は、あまり芳しくない。リントは、素朴な愛国心から祖国の技術力に対しての称賛を期待していただけに、二人の冷めた態度に不服で頬を膨らませる。
「もっと驚きなさいよ! 鋼鉄艦よ! 連装砲塔よ! すごいでしょう。かっこいいでしょう。ほめたたえなさい!」
「すごいんだけど、あれを見た後だと……ねえ」
「うーん。僕はリントの船もかっこよくていいと思うけど……」
ルチアはにやにやとティナは少し困った表情で顔を突き合わせる。
確かにリントの魔導艦リントヴルムは、素晴らしい船だ。大きさや技術力共にこの時代の最高峰であることは間違いない。
だが、このリントヴルムは、ティナたちが足に使っているテティス級魔導艦よりも小さい。それにルチアは、おそらく全時代を通してもっとも巨大かつ荘厳な魔導艦クラッシス・アウレアを見てしまっている。それに比べるとリントヴルムは迫力に欠ける。ティナに至ってはその所有者である。ティナは正直であるために驚いて見せることができなかった。
「でかいだけに最初から見えていたし、あれに乗ることは想定していたわ」
「ぐ、それは失敗ね」
「それにリントヴルムって……」
「艦名に文句があるなら聞こうじゃないの? リントヴルム。女の子の名前にふさわしくないだけで、あの龍のごとき雄々しき私の魔導艦にぴったりじゃない」
リントは胸をはる。
普段は本名であるリントヴルムを嫌い、その名で呼ぼうものなら、ものすごい剣幕で怒りを露にするリントだが、リントヴルムという名前自体が嫌いなわけではないらしい。
「この船に勝てる船なんてそれこそ、クラッシス・アウレアくらいのもの。まあ、そんなものが現実にあれば、見せてほしいくらいだけど」
リントは目を細める。エルトリア帝国末期に建造されたクラッシス・アウレアは、その情報を秘匿されただが、戦乱の混乱もあって噂は出回っていたらしい。それが千年の時を経て知る人ぞ知る伝説となっている。古代エルトリア史の識者であるリントでもその情報は少し聞いたことがある程度だ。
「あるよ。私たちは見たし、なんならそこで暮らしていたわ」
少しムッときたルチアは、らしくもなく真実を伝えてしまう。
「嘘ばっかり、妄想が過ぎるんじゃないの?」
リントはさげすむようにルチアを見下し、鼻で笑う。
「あんただけには言われたくないけど」
無類の妄想狂でティナを新たなる物語の主人公とすることでその妄想の具現化を試み、ここまで突っ走ってきたのは、リントである。
それにルチアやティナは妄想しているのではなく実際に見ている。ルチアは、今すぐにクラッシス・アウレアを見せつけてやれないことに奥歯を噛む。
「クラッシス・アウレアが見たいなら今度、ディエルナに来るといいよ。案内してあげる」
「本当! 絶対行くわ。なんなら今すぐに行きましょう」
リントは感激して目を輝かし、ティナに抱き着く。
「ちょっとティナは簡単に信じるわけ?」
「誰が盗賊の言葉なんて信じるもんですか。ティナさんは嘘をつかないからいいの。だって私たち。ししし、親友だもの」
自分の言葉に恥ずかしくなったリントは、ティナから離れ、顔を赤らめてうつむく。
「一方的な愛ほどむなしいものはないと思うけど」
「なんですって!」
ルチアとリントはつかみあって言い合いを始める。
「皆様、出発の準備が整いました」
乗船の準備をしていたイオンが告げる。リントヴルムは、魔導動力機関をけたたましく響かせ、早く空に舞い上がろうと、黒煙をもうもうと吐いている。
「うん。二人とも早く行こう。アクレアの遺跡に!」
ティナたちは、アクレアに向かうべく大空へと飛び上がった。




