表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/68

第50話 ティナ育成計画

評価、ブクマありがとうございます! すごくやる気が出ました。

不定期更新で申し訳ないですが、頑張ります!


21/08/02 加筆修正

 アルテナ魔導学院のすぐそばにある大きな邸宅。つい最近まで、さる大商人が所有していた豪華な住居だ。成功を収めた商人がこだわり抜いて作った屋敷だったが、急速に勢力を拡大し始めた新興の商会との競争に敗れ、手放さざるを得なくなり、ついには競争相手に買いたたかれる羽目になってしまったという。

 放課後、エルはその屋敷を訪れていた。


「ふう、ようやくついた」


学院にほど近い屋敷だが、エルはここに来るまでに大変苦労した。


「なんで、人間ってのは、あんなに慣れあうのかね。放課後に私がどこに行こうと勝手でしょうに」


 エルが放課後に適当な理由をつけて、どこかに行くというとロレーナは遠慮しているが、好奇心旺盛なダーニャはしつこい。問い詰めるだけに飽き足らず、黙って後をつけてくる始末だ。


「バレバレなんだけど、巻くのにどれほど苦労することか」


 エルは溜息を吐き、衛兵たちが敬礼する中、屋敷の門をくぐる。

 密偵として作られているから、技術的には容易なのだが、普段から付き合っているだけに、あまりに簡単に消えてしまうと逆に疑念を生む。偶然を(よそお)う必要があるので、労力が余計にかかる。

 大広間に入ると、見知った顔ぶれが集まっている。

 ウル、ルーナ、リウィア、ヘレナ。

 ティナとともに学院に潜入した軍団長たちだ。


「これで全員集まりましたね」


 それに加えて、ベリサリウスもいる。

 彼は、最後の軍団全体を統括するものとして、本拠地であるディエルナとティナのいるアルテナを行き来している。


「それで、わざわざこんなところまで呼びつけて何の用? これでも忙しいんだけど、誰かさんのせいでね」


 エルはベリサリウスを(にら)む。


「結構、楽しそうにしてたじゃん。えへへ、ロレーナさん、ダーニャさん、なーんて言っちゃってさ」


 ルーナが、わざとらしくエルの学院でのふるまいをまねして見せる。


「誰が、好き好んでそんなことするか。仕事だよ仕事。ベリサリウス、早く話を進めてよ」


 エルは顔を背ける。が、口で言うほど、学院生活はまんざらでもない様子だ。


「はい。今日集まっていただいたのは、主には情報交換と今後の方針についてです。まずは、わたしから、みなさんの学院編入と時を同じくして軍団長が一人再起動しました」

「え、誰なのっ?」


 ヘレナが興味津々に聞く。


「第二軍団、軍団長セレスです」

「げ、あの女か」


 エルは苦々しい表情を浮かべて舌を出す。どうやらあまりよくない思い出があるらしい。


「セレスってあの商人の?」


 ルーナは直接会ったことはないが名前に覚えはある。


「そうです。セレスさんといえば、かなり敏腕(びんわん)の商人型マギアマキナだったと記憶しています」


 リウィアは過去の記憶を思い出す。当時は、アルテナ魔導学院の研究室にこもりきりだったリウィアでも、その名前を知っている。

 帝国ではかつて交易が盛んにおこなわれ、別の大陸とも大いに通商があった。商業的にも隆盛(りゅうせい)を極めた時代といえよう。

 様々な産業でマギアマキナが使われる中、ついには商売の判断までもマギアマキナに委ねられることが増加した。

 各商会がこぞって、番頭役のマギアマキナの研究開発に多額の費用をつぎ込んだ。そのマギアマキナ開発計画の中で、最も成功したのがセレスだった。

 セレスは中規模の商会が開発に成功したマギアマキナで、あまり費用はかかっていなかったが、大番頭として存分に活躍し、その商会を一気に一大商会に盛り上げた。

 豪快な性格で、自分の類まれなる容姿を生かして、派手な格好で陣頭に立って頻繁に広告宣伝を繰り返していた根っからの商売人だ。

 宣伝活動は功を奏し、当時から活動していたマギアマキナの記憶には鮮明だ。

 帝国末期の混乱のなか、交易が滞ってしまいくすぶっていたところを軍に最後の軍団の軍団長として徴用されて現在に至る。


「セレスには、こっぴどく叱られましたが、資金的にはかなり余裕ができてきました。我々の動力源たる魔結晶にも余裕が出てきました。諜報部に回せる予算も増やせますよ」


 ベリサリウスが言う。

 帝国末期に作られた軍団には、ティナによって封印が解かれ活動し始めたその時から、資金的余裕は皆無だった。金銀はそれなりにたくわえがあったが、巨大な軍団を維持するには到底足りなかったのだ。

 にもかかわらず、軍団には理財に明るいものが少なく、また帝国の継承者であるティナにみすぼらしい思いはさせられないという事もあって、大盤振る舞いのどんぶり勘定だった。

 そのため、軍団の台所事情はますます悪化したのだが、新たに目覚めた軍団長セレスは、この窮地(きゅうち)を見事に救って見せた。

 目覚めて早々、鬼神のごとく働いた。軍団の帳簿を精査しては、軍団兵たちを締め上げ、無駄を排斥(はいせき)した。

 またマギアマキナの軍団兵やティナの学院行きにも使われたテティス級魔導艦の稼働数を増やして交易艦隊として活用し、莫大な利益を生み出し始めている。

 ベリサリウスたちが集まるこの屋敷を購入したという新興の商会というのは、軍団長セレス、自由都市ディエルナ、東方の若き商人サラディンが共同で作った合同商会だ。


「金があるなら楽にはなるけど、後を考えるとおっかないな」


 エルは素直に喜べない。

 帝国時代、エルが地下組織で働かされていたころ、セレスの商会には、たびたびちょっかいをかけた。そのたびに、半死半生の思いをし、散々な目にあわされた。セレスはエルにとって、非常に恐ろしい存在である。金を無駄遣いしようものならどのような目にあわされるかエルはよく知っている。


「にしてもさ」


 エルは大きくため息をつき、


「いい加減、その顔やめてくれない。なんだかこっちまでおかしくなりそう」


 とウルを見る。

 ウルの様子が、先刻からずっとおかしいままだ。

 いつもならここで盛大に言い返してくるところだが、一言も返ってこない。ただ、顔面蒼白で沈黙し、虚空を眺めている。


「仕方ないでしょ。ウルは、ここ一週間、ティナ様とまともに話せてないんだから」


 ルーナは(あわれ)みの表情で極度に落胆するウルの背中をさする。

 学院に編入してからすでに一週間ほどが経過している。編入組の誰もが、慣れてきたころだ。だが、慣れすぎていることがウルにとっては大問題だった。


「……ティナ様ともう一週間もお話しすることができないどころか、護衛をすることも、お世話して差し上げることもできない。あまつさえ、そのご尊顔を拝謁することすらできていないのだ」


 ウルはゆっくりと口を動かしながら話し、目を震わせる。

 そこにはいつもの凛々(りり)しい姿はない。

 学院編入後、編入組の軍団長たちは、ゆえあって能動的なティナとの接触をベリサリウスから禁止されていた。


「ちょっと、ベリサリウス。あまりにも、ひどすぎるんじゃないの。少しくらいティナ様と話をさせてあげたって」


 痛々しいまでのウルの姿に、ルーナは気遣うが、ウルはそれを制止する。


「いいんだ。ルーナ、この計画の重要性は理解している。ティナ様のことを思えばこの程度なんともない」

「そうは見えないよっ」


 ヘレナも心配そうにウルを気遣う。

 ティナの願いを叶えるために、学院行きを強く推進し、実行に移したのはウルの尽力によるところが大きい。そのウルが、一番の痛手を受けていることがいたたまれない。


「私はティナ様からの接触を禁じた覚えはありません。交流がないということは、ティナ様は学院生活を存分に楽しんでおられるということです」


 眉一つ動かさずに事実だけを淡々と述べるベリサリウスに、ウルは撃沈する。

 事実、ティナはリントと出会ってからというものルチアやリントの従者イオンも合わせて四人で活動することが多くなっている。今も、帝国宝器レガリアを探すため、まるでベリサリウスたちのことを忘れてしまったかのように準備に没頭していた。


「はは、ざまあないね。ま、今回の計画は過保護すぎるあんたらにしてはいいんじゃないの。ティナ様のためにもなるし、あんたらにも、いい薬になる」


 哀れなウルの姿を見てエルは楽しそうに笑う。

 軍団長たちはあえて、ティナとは違うクラスに配置された。これは偶然ではなく意図されたものである。

 ティナ育成計画。今、軍団が注力しているティナを皇帝にふさわしい人物へと育てるための教育プログラムだ。

 最初はティナが学院生活を楽しんでくれればそれでいいと思っていた。しかし、ベリサリウスは、ティナの皇帝になるという決意を受けて考えを改め、学院生活を利用して、ティナの成長を促す計画を実行に移した。

 最初、ティナには剣闘演武祭での優勝と生徒会長になるという大きな目標を与えた。しかし、これでは急速に成長を遂げるティナのさらなる躍進(やくしん)のためには物足りない。リント風に言えば、学院生だけでは役不足だ。そこで、ベリサリウスはとっておきの役者を用意した。それが軍団長たちだ。

 主にウルとルーナが、ティナの妨害に動き、生徒会長選挙に立候補してティナと対決するために準備をしている。

 そしてティナには、マギアマキナたちの力を極力借りずに、一人でこの壁を乗り越えることを期待している。

 そのためマギアマキナたちから、最低限の護衛であるフローラやアウローラたちを除いて、積極的にティナと接触することは控えている。


「ティナ様はすでに新たな配下を従え、生徒会長になるべく邁進(まいしん)しておられます。報告によれば、帝国宝器(レガリア)を探すためにアルテナを離れ、アクレアの遺跡にむかわれるとか」


 ベリサリウスがいう。

 ここで言う配下はリントのことで、彼女はティナの友人なのだが、ベリサリウスたちの中では、登用した家臣ということになっているらしい。リントはティナに積極的に協力しているのであながち間違いではない。


「ふーん、アクレアか。また、よく見つけたもんだ」


 エルは感心する。

 彼女は、密偵部隊を駆使して、大陸全土を駆けめぐり、散逸(さんいつ)した帝国宝器(レガリア)のありかを探索している。偶然にもティナたちが向かおうとしている遺跡は、エルが目星をつけていた場所と同じなのである。

 エルですら相当時間をかけて発見した場所なのだが、それをすでにティナが把握しているということに驚いた。それがティナの能力なのかそれとも運命なのか。エルには、リントという一人の執念によるものだということを知る由もない。


「アクレアの遺跡とは安全なのですか?」


 ベリサリウスがいう。表情は変えていないが、声音は少し弱弱しい。


「なるほど、そのためにわざわざ呼んだわけだ」


 ティナになるべく手助けしないようにはしているが、やはり心配なのだろう。エルからすれば、少しくらい危ない目に会わせてもいいのではないかと思うが、ベリサリウスたちはあくまでもティナの身に危険が及ばないようにしている。ちょっと脅かしてやろうと少し大げさに言って見せる。


「そりゃ、とんでもなく危険さ。なにせ帝国宝器(レガリア)が隠されている場所かもしれないからね」


 エルがいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 空気がピリつき、軍団長一同に緊張が走る。

 事実、エルの放った密偵部隊は遺跡の最下層まで到達したが、その奥にあるはずの帝国宝器(レガリア)の確認には至っていない。


「強力な門番がいてね。これがなかなか近づけさせてくれないのよ」


 おそらく古代から帝国宝器(レガリア)を守り続けたであろうその門番が来訪者の行く手を阻み続けている。


「なにっ。門番だと? ティナ様に万一のことがあれば」


 ウルは慟哭(どうこく)する。

 ティナが帝国宝珠を自在に操り、並みの相手では勝負にもならないほど強いことは稽古をつけたウル自身よく理解しているが、それでも、主人をそんな危険地帯に行かせるわけにはいかない。ティナの安全は絶対だ。さりとて、ティナの教育のためにはついていくこともできない。


「クラッシス・アウレアに連絡し、艦隊を派遣してもらいましょう。不測の事態となれば、対処できるよう万事を整えるのです」


 ベリサリウスもさっそく軍団兵を伝令に走らせる。

 ウルのように露骨に態度に表すことはないが、ベリサリウスもティナが心配でしょうがない。厳しく教育しようと努めているが、本当は、またクラッシス・アウレアにいた時のように同じ食卓を囲んでその笑顔を見たい。そんな私心を機械的な理性で押し殺しているが、ティナがもし万が一危ない目に合うと思うと冷静ではいられない。


「皇帝の後継者であるティナ様を門番が襲うようなことはないと思うけど……って聞いてないか」


 門番はエルトリア帝国製の大型魔導機械(マギアマキナ)であり、エルたち軍団兵と根本的な仕組みは同じだ。帝国宝器(レガリア)を守っていると思われる以上、ティナを認識して停止するくらいの仕組みはあるに違いない。これはかなり確度の高い情報なのだが、エルの言葉はベリサリウスたちの耳には入らない。


「やっぱり、過保護だ」


 大慌てで準備をするベリサリウスたちをしり目に、エルは、アクレアの遺跡の情報を再確認するために、そそくさと学院の寮へと戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ