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第5話 目覚め

「再び世界を照らす光とならん」


 ティナの言葉に呼応して、床一面に巨大な魔法陣が展開される。

 幻想的な光の粒子が魔法陣から天井のドームへと向かって放出され、十二体の神々の彫像が神々しく輝く。

 神々の彫像の足元に置かれた棺が徐々に開き、中から、マギアマキナたちがその姿を現す。

 マギアマキナたちは、老若男女様々な姿だ。長きにわたり、棺の中で眠りについていたとは思えないほどに、生き生きとしている。

 すやすやと人形のように可愛らしい寝息を立てているものもいれば、いびきをかきながらだらしなく眠っているものもいる。機械というには余りも人間臭いその姿に、ティナは親しみを覚える。

 そのうちの何体かが目を覚ます。


「もう朝か? 陛下、陛下はどこだ!」


 鋭い目つきの美女が、むくりと起き上がる。髪は長い赤髪で、赤い瞳。凛々しい顔立ちで、目鼻立ちは、すらりとしている。白金の軍装が、その豊満な体を彩っている。


「くーよく寝たっ。おはようっ!」

 

 元気のよい少女が両手を挙げて、つま先を伸ばし、目いっぱい伸びをする。真夏の果実のように明るいオレンジ色の髪とくりくりとした大きな目が特徴的だ。彼女も軍団長のはずなのだが、エプロン姿である。


「……」


 頭を丸々と禿げさせた筋骨隆々の大男が無言のまま首をひねる。彼は職人風の格好で、いかにも頑固そうな鍛冶屋の親方のようだ。


「皇帝陛下の御前ですよ」


 まだ寝ぼけ気味のマギアマキナたちにベリサリウスは、苦い顔をする。


「左様! 陛下の御前でわめき散らかすとは言語道断! 無礼であるぞ!」


 白髪をオールバックにした岩山のような男が吠える。よほど寝起きがいいのかすでに仁王立ちし、重装の鎧をガチャガチャ言わせながら、三又の大槍で地面をついた。

 耳をつんざくほどの咆哮に思わずみな耳をふさぐ。


「ちょっと、おっさん。あんたが一番うるさいんですけど」


 ボリュームのあるツインテールの美少女が、頭を押さえながら起き上がる。


「あーいった。寝違えたかな」


 蛍光ピンクの髪に、赤や緑のメッシュが入っている派手な髪色で、極端に短いスカートに長い光沢のあるブーツをはき、上着はだけ、豊満な胸が露になり、つやのある腹もさらけ出されている。

 そして首を、回しながら、その腹をかく。

 ティナやルチアは、思わず、ぎょっとしてくぎ付けになってしまう。古代エルトリアから文化的にも後退したこの時代を生きる二人からすれば、あまりにも奇抜なファッションである。


「こ、これは申し訳ありませんんん! このガイウス、命をもってお詫びを!」


 大げさな鎧の男は、再び声を張り上げて、地面に頭をたたきつけんばかりにティナに向かってひれ伏す。


「あんたのお仲間ってずいぶんとごきげんな連中なのね」


 とルチアがあきれ顔で言う。

 魔導機械マギアマキナと聞いていたから、機械的な人形だと思っていたが、帝国軍の軍団兵を名乗るには自由すぎる。


「面目次第もございません」


 とベリサリウスはがっくりと肩を落とした。

 が、このマギアマキナたちから陛下と尊崇されるティナは、一人一人の顔を眺めては、新たな出会いを嬉しく思い、にこにこと笑っている。

 ここで一つ妙なことがある。


「あれ? まだ寝ている人がいるみたいだけど」


 ティナが指摘する。

 十二の神の彫像のもとにある十二の棺。巨大な魔法陣による盛大な演出にもかかわらず、起きだしたマギアマキナは全体の半分あとはまだ寝息を立てている。


「妙ですね。全員、起きだしてくるはずですが、何か不具合があるのかもしれません」


 ベリサリウスはまず、まだ寝ていた青髪の小柄の少女の頬をつねる。


「あなたは違うでしょう」

「あいたたたた。現在、本機は重大なエラーが発生中です。ピー」


 青髪の少女は、片言にそういうと再び棺の中で寝始める。


「皇帝陛下の御前で狸寝入りとはいい度胸ですね」


 ベリサリウスは目を細める。


「ちっ、わかったよ……」


 深い青色の髪の少女は、けだるげにまぶたをこする。大あくびをして、紺碧の瞳はとろんとしており、髪の毛は寝ぐせではねている。彼女は軍団長クラスのマギアマキナでありながら、その気迫がない。

 結局、青髪の少女が起きただけで、あとの五体は深い眠りに落ちたままだ。起動できたのは十二体中七体だけだ。

 丸禿の職人風のマギアマキナが一つ一つ棺を検分していく。


「……魔導核がずいぶんと小さくなっているな」


 理由は単純。燃料切れであった。


「なんと。我らの動力源たる魔導核は精製された高純度の魔力結晶。休眠状態ならば千年程度は持つはず」


 ベリサリウスにはまだわからない。燃料切れなどになるはずがない。なにせ、千年持つのだ。


「もしや……」


 気だるげな青髪の少女は一つの仮説を思いつくが、自分で説明するのは、面倒だとルチアに目配せした。少女の目を見てルチアも同じ考えに至る。


「あんたたちが、眠りについたのって、いつ?」

「忘れもしない。あれは帝国歴476年のことです。蛮族の侵攻により、瓦解していた帝国が、最後の力を振り絞り、この船を作りました。生まれたばかりの我々は、帝国再興の戦力となるべく、地下に封印されたのです。想定では百年とかからずに、行動を再開する予定でしたが、いや、まさか……」


 ベリサリウスは自分の脳裏に刻まれた記憶を確認して、ようやく思い至る。

 ルチアは手のひらで簡単に計算する。


「今は帝国歴に換算すると1654年よ」

「うーんと、べリサリウスたちが眠ったのが、476年だから……千年以上経ってるね」

「なんと……」

 

 ティナの言葉にベリサリウスは膝から崩れ落ちた。


「帝国再興のため、新たな皇帝の一助となるべく、皇帝の資質を持つ者の誕生まで、我々は眠っていました」

  

 長くても百年程度を想定していたと、ベリサリウスたちは伝えられていた。

 それが千年。帝国が滅び去ってから途方もない年月が流れていた。

 どうやら大寝坊をしてしまったらしい。ベリサリウスたちは自分たちが過去の遺物になり果てていることを知った。 


「なるほど通りで、話が合わないはずです。千年もの時が経てば、我々の存在自体が忘れ去られていても仕方がない」

 

 千年の時を経て、ベリサリウスという皇帝の参謀を担う高性能マギアマキナの脳――魔導式演算装置――はすっかりさび付いていたが、ようやくうまく回り始めた。


「しかし、その黄金の御目おめ御髪おぐしは正真正銘、皇帝の証。それに帝国宝珠も本物。まさに運命といううべきでしょう」


 古代エルトリア帝国建国の祖ロムルス・レクスと同じ容姿にマギアマキナたちを起動させるための鍵であるペンダント、帝国宝珠。

 ティナは間違いなく彼らが、千年の長きにわたり、待ち続けていた皇帝の後継者である。

 ベリサリウスはてっきり、ティナたちはすべてを理解したうえで、計画通りに自分たちを起こしに来てくれたと思っていたが、偶然に過ぎなかったようだ。

 ベリサリウスたちの想定は根底から覆った。


「千年。もはや私たちの存在は物語にも言い伝えられていないのか」


 赤髪の美女が嘆く。


「すると陛下は我らのことをご存じではないということか」


 岩山のような大男がうなる。


「ティナ様。ご家族はどちらに」


 ベリサリウスが聞く。

 ティナと同じ帝室の一族がほかにいるのなら、詳しい事情を知っているかもしれない。


「お父様もお母様ももういないよ……。突然、襲われてみんな死んじゃった。お母様は僕が成人したら、大事な話があるって言ってたけど、その前に。結局残ったのはペンダントだけ」


 ティナの笑顔に影が差す。

 ティナの母や祖母たちは代々、古代エルトリアの帝室の血を守ってきた一族であったが、そのことをティナに伝える前にティナを残してみな、炎の中に消えてしまった。

 この千年間で、どこまで正確に情報が言い伝えられていたのかは疑問ではあるが、今となってはそれを知るすべもない。


「これは酷なこと、お聞きしました。どうかお許しください」

「いいよ。だってこうして、お母様やおばあさまにつながるみんなと出会えたんだから」


 ティナのその言葉だけで、赤髪の美女や、白髪の武人は涙を流す。

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