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第49話 密偵の学院ライフ

21/08/02 加筆修正

 ティナたち編入組の大規模な来襲(らいしゅう)により、アルテナ魔導学院の生徒たちは一時、騒然(そうぜん)としたが、翌日にもなると大半の生徒はいつも通りの学院生活に戻っていた。

 学院の日常は淡々としている。日々、授業に明け暮れ、学期末になれば試験を受ける。そして長期休暇になると実家に帰省したり、友人と旅行したりする。生徒会選挙に熱を上げ、精力的に学院生活を送る者もいるが、静かで平凡な学院生活を送る生徒たちがほとんどだ。

 ここにもごく一般的な生徒の仲良し三人組がいる。


「よっしゃ、ぎりぎりセーフ!」


 少女が、授業時間ギリギリになって教室に入ってくる。ぼさぼさの短髪で、よれよれの白の制服を着崩している。 彼女の名はダーニャ。学院の二年生だ。

 だらしがなく時間にルーズなところがあるが、成績は中の下で低いわけでもない。座学は苦手だが、実技はそれなりの運動好きな活発な少女で、無防備に日に焼けた肌は、こんがりとした小麦色をしている。 ある自由都市の出身で、それなりに富裕と一般的な学生だ。


「なんで起こしてくれないんだよ。ロレーナ」

「起こしたわよ。何回も起こしたのに起きなかったのはあなたでしょ」


 ダーニャに悪態をつかれているのは、同室のロレーナだ。同じく白い制服をきっちりと着こなし、腰まで伸びる長髪は、しっかりと手入れされ燦然(さんぜん)と輝いている。

 彼女はダーニャとは違って真面目なしっかり者。成績も中の上となかなかの優等生である。しかし、座学は優秀だが、実技はちょっぴり苦手で、読書好きで太陽に照らされていない真っ白な肌を持つ。

 ダーニャと同じく、ある自由都市の出身で、ダーニャと同室になったのが運の尽き、世話を焼いたり、活発なダーニャに外に連れまわされたりする日々だ。


「なあ、エルもなんとか言ってやってくれよ」

「ふふ、ダメですよ。お寝坊さんは」


 同じく白制服を着た青髪の少女、エルがめっとダーニャを叱る。

 さらさらとして青空のような淡い青色の長髪に、宝石のような瑠璃色の瞳。いつも穏やかに笑っていて、まるで邪気を感じないほどに清楚清廉な少女だ。

 ダーニャもロレーナも端正な顔立ちだが、エルの精巧な人形のような完璧な造形には及ばない。絶世の美少女といっていい。

 現に、二人ともエルを初めて見た時は、その美しさに息をのみ、同じ人間なのかと疑ったほどだ。

 編入生であるエルの面倒を世話好きなロレーナが見てやったことで仲良くなった。


「今度からは私が起こしてあげましょうか?」

「本当か! エルが起こしてくれるなら、安心して寝ていられるよ」

「こら、そうじゃないでしょ。もう、エルもあんまりダーニャを甘やかしちゃダメよ。すぐに調子に乗るんだから」


 ロレーナはガミガミとやかましくダーニャに説教を続ける。

 どこからどう見ても、一般的な学生による、ありふれた学院生活の一幕だ。

 だが、この日常を獲得するために、青髪の少女がどれほど苦労したかは、計り知れない。


(普通の学生。この状況を作り上げるのにどれほど苦労したことか。……はあ、なんで私がこんなこと)


 エルは、ようやく馴染んできた日常の風景に、感動を覚えるがすぐに我に返ってなぜこんなことをしているのかと自問する。言うまでもなく、仕事のためだ。

 最後の軍団、第九軍団、軍団長のエルは、その身分をひた隠し、ティナたちが来る前に学院に潜入して、平凡な一生徒エルとして情報収集と工作活動に従事している。

 優秀な密偵であるエルだが、学院潜入は、ティナの入学を受けて、急遽決まっただけに、大変な苦労をした。身分を変えた潜入調査は、十八番だが、普通は入念な準備がいる。今回はその暇もない。

 設定では、ある程度優秀であり、出身は自由都市、少し貧乏なために、入学が遅れたということにした。

 名はそのままエル。ありふれた名前であるし、機械人形であるエルにとって本名というのは、さほどの価値を持たないから普段から偽名を使うことは少ない。

 まず編入試験で入るというだけで、注目を浴びた。今となっては珍しくもないが、ほんの少し前まではめったにない珍事だった。さほど、本人は気にしていないが、美しい容姿も目を引いた。

 その後、特に角の立たない平凡な性格を演じ、平凡な成績をとり続け、平凡そうな生徒を友人とした。

 ダーニャもロレーナも、作り上げられたエルの虚像にはまるで気づいておらず、本当の友人だと思い込んでいる。

 このように数週間もしないうちに、生徒たちからの信頼を得たうえで、溶け込むことに成功した。見事な芸当だ。


(基本的な諜報活動だけでも、骨が折れるってのに、あるかもわからない帝国宝器(レガリア)を探せだとか、学院に先行して工作活動に従事しろとか、あいつら、一体、私を何だと思って……)


 エルは必死に微笑を浮かべながら、心中、呪詛(呪詛)を吐く。

 優れた密偵型の魔導機械(マギアマキナ)であるエルは、軍団の最高司令官であるベリサリウスに馬車馬のように使われていた。その出自から、仕事には忠実でも、ティナや帝国への忠誠心はかけらもないために、マギアマキナには珍しく文句を言う。


(ま、私って超高性能機だから、もう帝国宝器(レガリア)のありか大体見つけちゃっているんだけどね)


 エルは何をするにも仕事が早い。ベリサリウスから命じられる前に自分が何をなすべきかはわかっていたし、文句は言うがマギアマキナの(さが)なのかワーカホリックなところがあるから帝国宝器(レガリア)などとっくに所在を特定している。


(あいつらにも教えてやろうか。それとも、もう少しじらそうかな)


 しかし、いたずらっ子なところがあるから、すぐに情報お伝えることはせず、常に自分の手札を増やし、面白くなるように遊びを加えようとする。


(私は最後の軍団にとっては目と耳と同じ。いくらベリサリウスがエラソーにしてても、影の支配者は私。せいぜい、私を楽しませてくれればいいよ)


 エルは思わず、悪い笑みを漏らしてしまう。


「どうしたの。エル?」

「なんか笑顔が怖いぞ。もしかして私のせいか?」


 普段見ないエルの表情にロレーナとダーニャは心配する。


(くそ、しくじった。私としたことが、相当疲れているな)


 どうやら心労と憤懣が、顔に出てしまっていたらしい。


「違います。なんでもありません。私は大丈夫。ほら、授業が始まりますよ」


 エルはいつも通りの微笑に戻す。

 感情というのはなんと不便なのだろう。正確無比な機械人形でさえぼろが出てしまう。なぜ人間がマギアマキナに感情を持たせたのかエルは時々疑問に思うことがある。


(ま、そんなこと、どーでもいいけど)


 重要なのは仕事をいかにこなして、いかに楽しむかだ。少なくともマギアマキナに生まれた以上仕事をすることだけが存在意義だ。それに、ティナたちが学院に来てから飛躍的に仕事量は増大している。哲学的な課題に取り組む余裕も興味もない。

 エルはいつも通り、授業を聞き流しながら、諜報活動の計画を練る。エルは自らも潜入調査も行うが、全体を統括するスパイマスターでもある。本来なら表に出てくるべきではないが、密偵ができるマギアマキナが不足しているために自らも働いている。それにクラッシス・アウレアにこもるような性分でもない。

 午前の授業が終わり、昼食の時間となった。エルはいつもロレーナとダーニャの三人で食堂に行き、そこで食事をとる。本当なら貴重な自由時間には、情報収集に駆けずり回りたいのだが、平凡な学生を演じるためには仕方がない。

 三人で他愛のない話に興じているとエルにとってはやっかいな人物たちが来訪する。

 緑の髪と青の髪の美しい少女が二人。


「わーすっげえ美人」

「こら、そんなにじろじろ見たら失礼でしょ。噂の編入生かな。こんにちは、何かご用かしら?」


 ダーニャは物珍しそうに二人を見つめ、ロレーナは丁寧に対応する。

 二人の少女は、ダーニャとロレーナを一瞥(いちべつ)すると、エルの前にひざまずいた。


「な、なんだ」


 突然の行動にダーニャは驚く。学院ではなかなか見ない光景だ。学院には王侯貴族も通っているが、あくまでも学生同士は対等の関係で、表立ってこんなことは起こらない。ましてやダーニャとロレーナが知るエルは、あまり裕福ではない自由都市の平民で貴族の世界とは無縁のはずだ。


「え、あはは、今度やる演劇のお誘いですか? 私には無理ですよ~」


 エルは適当なことを言って、なんとかごまかそうとするが、怒りからぎこちない演技になってしまう。微笑を浮かべつつも、眉間にしわを寄せる。

 急いでひざまずいているフローラとアウローラの首根っこを掴み、ダーニャとロレーナから離れる。

 意図を理解しないフローラとアウローラは疑問符を浮かべ、いつもと様子が違うエルを気味悪がってすらいる。


(こいつら、確か近衛のフローラとアウローラだったな。私の今までの仕事をぶち壊しにする気か)


 これまで努めて平凡な学生を演じてきた。ひとえに一般の学生と親密になり、学生たちからの生の情報を聞き出すためだ。

 それが、お騒がせ編入組の一派とばれて、異質な存在となれば、一度積み上げたものを再構築するのは不可能に近い。


「エル様。火急の用があるため、放課後、屋敷に来るようにと」


 フローラが周りの目もはばからずに伝える。

 エルは小声で言う。


「なんで、わざわざ、あんたら二人が来るんだよ。ティナ様の護衛は?」

「大事な要件とのことでしたので、直接、言伝(ことづて)したほうがよろしいかと判断致しました」


 エルと違ってほかのメンツは軍団やティナのことを隠すつもりは毛頭ない。しかし、エルは仕事上隠す必要がある。


「あーわかったよ。任務に支障をきたすから今度からは、誰にも見つからないように伝えてよ」

「申し訳ありません。ベリサリウス様と協議した上で、以後そのように」


 フローラとアウローラは再び深々と頭を下げる。


「はあ、それがダメなんだけど……。ま、あとで行くから、よろしく」


 言っても無駄だと判断したエルは、さっさとフローラとアウローラを追い払う。

 エル直属の第九軍団のマギアマキナたちはある程度、密偵を意識して作られていたが、それでも、教育には多大な労力を有した。ほかのマギアマキアも今後多くかかわってくるとなると、もはやエルの手には負えない。教育機関の設立を提言することをエルは脳裏に記憶領域に刻むと


(また仕事が増えるな)


とため息をついた。


「なんだったのあいつら?」


 無視されたことに腹を立てたのかダーニャは去り行くフローラとアウローラの背をにらむ。


「エルの知り合いなの?」


 ロレーナが尋ねる。


「いいえ、初めて会いました。どうやら演劇部の方たちみたいで、お芝居へのお誘いだったみたいです」

「へえ~、エルは美人だもんね」


 意外にも鋭いところがあるロレーナをエルは適当にはぐらかす。


「すごいじゃん、やればよかったのに」

「いえ、人前に出るのは恥ずかしいです」

「エルの演劇見たかったのにな~。残念」


 ダーニャは少し落ち込むと次の瞬間にはもう忘れて別のとりとめもない話をし始めた。

 とりあえず難局を乗り切ったエルもまた平凡な学生生活へと戻っていったのだった。

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