第48話 新たなる神器を求めて
連続投稿中。
本日、4話目です。
21/08/02 増補改訂
「重要なのはここから、まず剣闘演武祭での優勝」
「年に一回開かれるやつね」
ルチアはベリサリウスがティナに課した目標を思い出す。
剣闘演武祭は、古代のころから催され、数百年前から再び始まった伝統的な祭りで、アルテナ最高峰のエンターテインメントだ。学生やアルテナの住民のみならず、各国から観客が集まるほど大変な人気を博している。その優勝者となれば、大変な名誉であり、どんな無名人でも、一躍スターになれる。
「ええ、ティナさんの実力なら優勝はまず間違いない」
「そうかな。次もリントに勝てるかわからないよ」
「私が出るわけがないでしょう。仲間同士でつぶしあうことになってしまうわ」
「えへへ、それもそっか、けど残念。もっと戦って決着をつけたかったのに」
リントとの本気の戦いをティナにとって、実力者であるリントの不参加は悲しむべきことだ。
「大丈夫、わ、私なら、いつでも決闘につ、付きあってあげてもいいわ」
リントは少し恥ずかしそうに告げる。
「えへへ、ありがと」
「ほかにティナの相手になりそうなのはいないの」
ティナと張り合えるものなど神器を二つ操るリントくらいのものだろうが、選挙戦の敵になりうる人材の情報を集めておくことに越したことはない。これも盗賊の心得だ。
「どうかしら、イオン、他にめぼしい相手はいる?」
「そうですね。二年生で有望な方は、生徒会のパトリシア様や同じく生徒会のガルダ様でしょうか。お二人とも自由都市の出身でいらっしゃいます」
イオンがいくつかの候補者の名前をあげる。
パトリシアはまじめで、生徒会の職務にも忠実だ。生徒会長への野心は控えめだが、その実力はかなり高い。
ガルダは、粗暴で野心家だ。生徒会長になることへの意欲も旺盛で、学はないが、暴力を好み、実力は相応にある。またカリスマ性もあって、素行の悪い生徒を束ねているという。
「ほかに、王族が一人、ルメリアル公国の太子レオン様がいらっしゃいますが、彼は情報が少なく未知数です」
ルメリアル大公国は、ドラドニア王国と同じく、自由都市同盟に隣接する大国で、生徒の数も多い。そこの第一王子が、学院の二年生にいるのだが、生徒会にも参加しておらず、あまり姿を現さないため選挙に出るのかもわからない。ただかなりの実力者であるといううわさもある。
「いずれも、学生の中では優秀なお方ですが、今年の優勝候補筆頭はリント様でしたから問題ないでしょう」
イオンの言う通り、戦闘能力においては、二つの神器を操るリントが抜きんでていた。その優勝候補が参加せず、リントを打ち破ったティナが参加するとならば、おのずと次の優勝候補は決まってくる。
「続くアルテナ魔導祭を利用して人気集めをするのも定番だけれども、今年は剣闘演武祭の優勝だけでおつりがきそうね」
「なんだ。だったらティナが生徒会長になるなんて簡単じゃない」
ルチアは拍子抜けする。
こんなことなら、特に奔走しなくとも会長選挙は、ティナのワンサイドゲームになってしまう。
そうなるとベリサリウスがティナに出した課題はティナにとっては簡単すぎる。考えてみれば、ベリサリウスたちは、ただ学院に行きたいという主人の望みを叶えたかっただけなのかもしれない。
わがままを決して言わない利他的なティナのことだから、条件でも付けないと学院に素直に通ってくれないだろうとベリサリウスたちがめぐらした策だと考えれば、課題の中身はティナに怪しまれない程度のもので構わない。
「そんなことないよ。ルチア。ベリサリウスたちが、このまま何もしてこないと思う?」
「あっ」
ルチアはティナに示唆されてようやく気付く。
まだ腑に落ちない点がある。なぜ、わざわざ軍団長たちをティナの護衛にするわけでもなく学院に多く潜入させたのか。ティナの学院生活を陰ながら見守るためとか、天体魔導反射装置なるものの捜索のためとか説明はつくが、ティナは別の可能性を考えているようだ。
(そっか、わざわざ、学院にウルやルーナたち含めマギアマキナたちが入ってきた理由。それはティナの邪魔をするため。だとしたらあの不自然なよそよそしさも納得できる)
マギアマキナたちはティナを本気で皇帝に育て上げようとしているのかもしれない。だとすれば、ただ課題をこなすだけなら、今の学院では簡単すぎる。それはエルを使って入念に学院を調査していたから、ベリサリウスたちも当然理解していただろう。
(もし、ルーナやウルが、生徒会長選挙や剣闘演武祭に参加したら、これまでの想定とは打って変わって、厳しい戦いになる)
だが、課題の提出者であるマギアマキナたちがその妨害者となったらどうか。いずれも人間離れした非凡なマギアマキナたちだから、容易ではない。むしろ難易度は劇的に増加する。
もし剣闘演武祭に、軍団長クラスがこぞって参戦すれば、ティナでも優勝どころか予選落ちもありうる。
「甘く見ちゃだめだよ。僕たちも相当頑張らないときっと生徒会長なんてなれっこない。皇帝になんてなおさらだよ。それに手を抜いたら競争相手にも学院のみんなにも失礼だしね」
ティナはいつになくきりっとした表情で、黄金の瞳を輝かせる。
「その通りよ! 私たちの敵になるような生徒がいるとは思えないけど、万事、手を抜くことなく全力でぶつかる。まさにロムルス・レクスそのものだわ」
リントはティナに物語のロムルス・レクスを重ね合わせ心酔する。
「全力でやるなら剣闘演武祭に向けて、やっておくべきことがあるわ。イオン」
リントが指示するとイオンは一枚の古びた地図を持ってくる。
「ティナさんは、神器の使い手としても、戦士としても学院では第一等であることは間違いないわ。でも、弱点はある。いまのティナさんに足りないもの、それは神器よ」
「は? 神器ならもうあるじゃない」
ルチアが抗議する。
「確かにティナさんの神器は強力よ。けれど、その神器はあくまでも補助用でしょう。ティナさんが私との決闘で使っていたあの剣も壊してしまったし、新しい武器となる神器が必要になるわ」
リントは戦いの中で、相手の神器の能力を正確に測ろうとしていた。そして、ティナの持つ神器が、自分の扱う国宝級の神器二つを相手に張り合えるほどに強力なものでありながら、本来は戦闘目的のものではないことを悟った。
それに、その神器の負荷に耐えうるファビウスの鍛え上げた剣は、急造品だけに神器には及ばず、リントとの戦闘一回で粉々に砕け散ってしまった。すぐに代わりとなる剣を調達することが難しいとなるとティナは魔法だけで戦うことになりかねない。
「そうだよ。これは帝国宝珠マテル・パトリアエ。本当なら、他の複数の神器を同調させて制御するためのものらしいよ」
ティナが説明する。ティナ自身も母親の形見のペンダントが帝国宝珠という強力な神器であることを知ったのは最近で、その性能も詳しくは知らないが、ファビウスから聞いたところによるとそうらしい。
「て、ててて帝国宝珠! 金獅子と銀狼の紋章を見たときからまさかとは思っていたけれど、ま、まさか、本物の帝国宝器しかも帝国宝珠だなんて! 冗談じゃないわよね?」
リントは驚愕して大声で叫び、声を震わせながら話す。
最初にティナのペンダントを見た時、リントはティナもロムルス・レクスのファンでペンダントは単なるレプリカ、ファンアイテムの一つだと思っていた。
しかし、戦っている最中にそれが神器であると気づいた。普通の神器なら、古代のデザインを模倣したものだろうと思えたが、とびぬけて高性能であったために疑念は深まっていた。それが今ようやく解けた。
「すすす少し、さ、触らせていただいてもよろしゅうございますか」
普段はとてつもないプライドの高さのリントが思わずかしこまる。
「いいよ」
ティナはペンダントを外すと何の躊躇もなくリントに手渡す。ティナにとっては母親の形見であり、強力な兵器でもある。ティナでもみだりに人に触らせるような真似はめったにしないが、もうリントには全幅の信頼を置いてしまっている。
「おお、これが、なんて美しいの」
リントは目を血走らせながら、帝国宝珠を嘗め回すように細部まで眺める。
帝国宝器といえば、古代エルトリア帝国の帝位継承権そのものであり、ファン垂涎の品だ。たとえ、ファンでなくとも吸い込まれてしまいそうな魅力に満ちている。
「一体、これはどこで?」
「お母様の形見なんだ」
「なるほど……帝国宝器は、ほとんどが発見されていないはずだけれど、まさかティナさんのお母様が持っていらしたなんて、これも運命ね」
いつもの冷静なリントなら、ここでどうやらティナが本物の帝国の継承者であることを疑い始めてもいいころだが、気が動転していて頭が回らない。
もっとも、リントの描く物語にとってはティナが本物かどうかは、もはやどうでもいいことである。リントにとって本物の英雄とは、血筋ではなく、その過程つまりは英雄譚の中で作り出されるものだ。
「どうも、ありがとう。お返しするわ」
本当は返したくなどない。喉から手が出るほど欲しいが、ティナの持ち物であるし、主人公が持つべきものであって、自分が持つべきものではない。
強烈な物語への、あるいは妄想へのこだわりによってリントはなんとか自制する。
「帝国宝珠があるならなおさら神器が必要。それもできれば、帝国宝器がね。こんなに偶然が重なるなんて、まさに英雄譚の世界ね」
リントは突如として湧き出た幸福に酔いしれる。
「この古地図は、最近入手したものなのだけど、ある神器の隠し場所を示しているわ。それも古代エルトリア製の強力な神器を。私はここにあるのは帝国宝器だと思うの」
「え、すごい、僕たちも帝国宝器を探していたんだ!」
ティナはリントの言葉を信じて喜ぶ。
帝国宝珠を合わせて、五つの帝国宝器を集めることは、破損したクラッシス・アウレアのメイン動力、神の心臓の再起動に欠かせない。
「どうだか、それって本当に本当の本物なの? 胡散臭いぼろ切れにしか見えないけど」
ルチアはいぶかしげな目で見る。
密偵として優れた能力をもつマギアマキナ、エルが方々を探し回って、まだ見つからないと言っている帝国宝器のありかを王国の姫とはいえども、リントが知っているなど信じられない。
「失礼ね。本物に決まっているわ! これを手に入れるのにすごく苦労したのよ」
リントは当然、本物だと信じ切っている。
「ここ、実はすぐ近くの町にある遺跡なの。みんなで探しに行きましょう」
「うん、いいね。遺跡探索なんて久しぶりだから冒険者の血が騒ぐよ。ね、ルチアもそうでしょ?」
「そうかしら、遺跡なんて、できるなら一生行かなくてもいいくらいだけど」
ルチアは別に遺跡に行くことが好きなわけではないのだが、やはり、古巣というのは居心地がいい。
「そんなこと言わずにさ。遺跡の探索にはルチアが必要なんだ」
「ま、そこまで言うなら行ってあげなくもないけど、でも、この女と行くのはねえ」
「ふん、こっちのセリフよ。ティナさんと私がいれば、遺跡の櫃や二つすぐに踏破して見せるわ。せいぜい足手まといにならないことね」
リントは鼻で笑い見下したようにルチアを見る。
「なっ。私の実力をまだ見てもいないくせに! お城育ちのぼんぼんが遺跡に行ったって、びーびー泣くのが関の山よ」
「よほど、私のカズィクールの灰になりたいようね」
ルチアとリントは、額を突き合わせながら、また答えのない議論を始めたが、ティナはそれを嬉しそうに眺めている。孤独と絶望を知るだけに、ティナはにぎやかなことがとかく好きであった。
侃々諤々の議論もほどほどに、ティナ、ルチア、リントそれにイオンも合わせた四人で、学院近郊の遺跡に帝国宝器探索に出向くことになった。




