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第47話 選挙戦略

連続投稿中。 

本日、3話目です。


21/08/02 増補改訂

 喧騒(けんそう)の中で、ようやくティナが眠りから目覚める。


「ん……あれ、ルチア、それにリントとイオンもおはよう、あ、もう、こんばんは、だね。って、みんな、どうしちゃったの?」


 ルチアは心労で疲れ切り、リントは衣服を乱し興奮状態、イオンは泣きっぱなしと、混沌とした現場にあって、ようやくティナは目を覚ます。


「まあ、いろいろとあったのよ」

「ふうん、僕はよく眠れたみたい。とってもすっきりしたよ」


 ティナは大きく伸びをするとすがすがしい笑顔を向ける。


「そりゃ、よかったわ」

「決闘はどっちが勝ったの?」

「ほとんど同時に倒れたから引き分けよ。ほんとに決闘から何も覚えていないのね。もう夕暮れよ」

「え、そうなんだ。まあ、楽しかったからいいや」


 ティナの記憶は、鮮烈(鮮烈)な決闘の終幕とともに途切れている。よほど疲れていたのか悪夢を見ることもなくぐっすりと眠っていたらしい。


「はあ、あいかわらず、動じないというか、のんきというか」


 ルチアは、普段と変わらないティナの様子にドラドニアの二人に振り回されて一人狂騒(きょうそう)していたことがばかばかしくなる。


「聞いてよ。この生徒会副会長様が……あれ」


 一つ文句でも言ってやろうとリントの方を見るとルチアの目に映ったのは、さっきまでとはまるで様子の違うリントの姿だった。

 乱れた服装をきっちりと直し、ベッドの上にちょこんと正座し、髪を指でくるくると巻いてもじもじしている。あれほど猛々(たけだけ)しくロムルス・レクスについて語っていたかと思えば、今度は借りてきた猫のようにおとなしくなっている。


「ちょ、ちょっとどうしたの? さっきまでのあんなにティナに(から)みついて、威勢(いせい)よく親友だのとなんだのと、むぐう」


 ルチアが事の経緯(けいい)を説明しようとすると、顔を真っ赤にしたリントがルチアの口を無理やり抑え込んだ。


「むぐぐ、な、なにするのよ」

「あることないこと言わないで」

「なっ、全部事実でしょうが」

「でも、だって! 私、どうしてあんなことをしてしまったのかしら……」


 驚くほど大胆不敵(だいたんふてき)だったリントは、自分の行動を振り返って再度赤面する。黄金の髪と瞳を持つティナに出会えた興奮と感動の勢いに身を任せてことを運んできたが、改めて対峙すると目も合わせられないほど小心者になってしまっている。友人など皆無であったから、実際には、友人にどう接していいのかわからないのである。


「ルチアもリントもちゃんと友達になったんだね」


 ティナは、話の意味はわからなかったが、じゃれあう二人を見て安堵(あんど)し微笑を浮かべる。


「誰がこんな奴と」


 ルチアがそういって、ティナが落胆した顔になった瞬間をリントは見逃さず、龍眼でもって、ルチアの

体を硬直させる。


「ええ、わ、私とルチアさんはお、お友達になったわ。ねえ、私たちはこんなに仲良し」


 リントは息ができずに苦しむルチアの肩に手を回し、顔を引きつらせながらも笑顔を作り、仲の良さをアピールしてティナに心配させまいとする。


「そ、そうね。とっても仲良し」


 龍眼の威圧から解放されたルチアも身の危険を感じ、屈服した。


「ふふ、よかった」


 ティナはもはや二人の友情を疑っていない。


「それで、あの、その……」


 ドラドニア王国の姫君としての厳粛(げんしゅく)な威厳が消え去り一人の多感だが、打たれ弱い少女になってしまったリントは、ティナに顔を背けながら、ティナの様子をちらちらと伺う。

 そんなリントの姿に業を煮やしたのか不憫(ふびん)に思ったのかルチアが代弁する。


「このお姫様は、ティナとお友達になりたいんですって」

「ちょ、ちょっと、何を勝手に」

「もうめんどくさい。あんたは、いつもみたいに威張り散らかしている方がお似合いよ」

「そ、そんな」

「それで、どうなの、ティナ?」


 ティナが目を覚ます前は親友と豪語(ごうご)し、夜這(よば)いまでしたリントの豪胆(ごうたん)さからは考えられもしない小さな問題だが、リントにとっては一世一代の大事だ。


「え? どうして?」


 ティナは首をかしげる。

 この行動はルチアにとっても予想外だったと言っていい。


「ふえ」


 学院きっての秀才で、武芸百般(ぶげいひゃっぱん)に通じたが、この場にあっては極繊細な幼児のごとき精神しか宿さなくなったリントなど、ティナの一言を受け止めきれずに、心臓を握られたように苦しくなり、涙がにじみ出る。


「どうしてって」


 リント憎しのルチアもさすがにリントを不憫に思うが、狼狽(ろうばい)するしかない。


「だって、いっぱい話して、いっぱい戦って、僕たちもうとっくに友達でしょ」


 ティナのこの発言が、リントの涙腺の決壊を食い止めるに至らなかったことは言うまでもない。

 歓喜に打ち震えたリントはティナの胸に飛び込んでむせび泣く。

 少しうらやましそうにするルチアに、もちろんルチアも大親友だよと言ったティナにルチアは


「まさに魔性の女ね」


 とぽつりとつぶやいた。

 ティナのことを天性の人たらしとかつてルチアは評した。この下げてから上げるという落差を用いて、ティナは、リントをより一層(とりこ)にしてしまった。一国の姫君を精神を振り子のように揺さぶり、あこがれや初めての友人といった感情からさらに深化させて、一言二言のやりとりで、リントからほとんど無条件の信頼を勝ち得た。精神的隷属下せいしんてきれいぞくかに置いたといってもいい。

 これが素直さや天然さからくるものなのか、それとも計算しつくされた人心掌握術じんしんしょうあくじゅつによるものなのか。前者だろうとルチアは思うが、天性のものなら、余計にたちが悪い。

 ひとまずリントが落ち着くと生徒会選挙の話になった。


「今のは忘れなさい」

「ええ、無理無理。一生脅すわよ」


 まだ目の周りが赤いリントに、ルチアは意地悪な笑みを向ける。

 するとリントはまたらしくない怯えた仔猫のような表情になる。

 

「ルチア」

「はいはい、冗談です冗談。あーあ、忘れちゃった」

 

 ティナのらんと輝く黄金の瞳でルチアを睨み、いじめるなという。

 ルチアとしては少々仕返しがしたかったのだが、大人げないかと思い、おどけてみせる。


「んん。ティナさんは、生徒会長を目指しているそうね」


 一つ咳払いしてリントはいつもの調子で話し出す。


「そうだよ」


 ティナの答えにリントは胸をなでおろす。リントの夢見る英雄譚には、本人の意思が絶対条件だ。


「私も協力してあげるわ」


 ただ協力したいといえばいいだけだが、リントはいつものように高圧的な態度をとってしまう。リントは失敗したと血の気が引くが、ティナはさらさら気にしない。


「うん、ありがとう。とっても助かるよ。でも、リントも選挙に出るんじゃいないの?」

「そんなのは根も葉もないうわさ、私は生徒会長なんて興味ないわ」

「よかった。リントがいれば百人力だね」


 ティナは両手をあげてよろこぶ。


「と、当然よ」


 リントは徐々に本来の自分を取り戻し始めた。

 まだリントを受け入れがたいルチアはぶっきらぼうな顔のままだが、実際リントの加勢はかなり心強い。


「生徒会選挙の目玉である会長選は、学院の全生徒による直接選挙。なるべく幅広い支持を集めることが重要よ」


 会長選挙は、全学生が選挙権を有する民主主義的な選挙で、学生自治の代表者を決めるだけあって大いに盛り上がる。


「生徒たちは主に二つの勢力に分かれる。まず、自分の派閥(はばつ)に属する生徒。自由都市同盟以外の国から来た生徒は、基本的に自分の出身国の派閥に属することが多いわ。例えば、ドラドニア出身なら私を支持するドラドニア閥に入るなんて具合かしら」


 リントが副会長の座にあることも、当然彼女のカリスマ性や優秀さもあるが、ドラドニア王国の姫であり、ドラドニア閥の頂点。ドラドニア出身者は無条件に彼女を支持したということも大きい。

 自分の派閥を持ちうる王族や高位の大貴族などは選挙においても有利だ。実際、歴代生徒会長には、王族や高位の大貴族の子女が多い。


「ティナには派閥がないけどどうするのよ?」


 ルチアが問う。

 ティナの派閥になりうるのは、ティナの仲間であるルチアや学院に生徒として通うマギアマキナたち総勢五十余名。あとはサラディンやレリオも候補に入るかもしれないが、学院の生徒の数が数千人を数えるとなるとまるで足りない。そのうえ、マギアマキナたちはティナとルチアに何かを隠して行動しており、気がかりだ。


「その点は心配いらないわ。私がティナさんを支持すると表明すれば、ドラドニア出身者の多くはティナの支持に回るでしょう」


 学院の生徒の中で、ドラドニア出身者はそれなりに多い。その代表者であるリントが支持すれば自然とついてくるはずだ。

 リントの加勢がありがたい最大の理由である。


「後は自由都市出身者の無派閥層の支持だけど、ここからはいかに人気を集められるかがカギよ」


 いくら派閥が大きくとも最後に勝敗を分けるのは、生徒の多くを占める無派閥の自由都市同盟出身の生徒だ。自由重んじ独立心の強い自由都市出身者は、他国との利害関係もあるが基本的には、その人物を見て投票する。

 が、結局は学生なので人気投票になることが多い。


「まあ、基本的には定石どおりにやるだけね」

「定石って?」


 ティナが尋ねる。


「『名誉の道』と呼ばれているのだけれど、ようは簡単な人気取りの方法ね」


 生徒会長になるまでのキャリアは、歴代会長が同じ道をたどってきたことから『名誉の道』と名付けられている。

 かつて、学院の生徒会長を務めたディエルナの市長ヴァレリアもまた、はからずもこの道を通ってきた。


「前提条件として普段の成績優秀なこと。これはティナさんなら問題にならない」


 ティナはまだ学院に入って日が浅いが、編入のための筆記試験は高得点であったし、実技の方も二年生最強のリントと張り合えるのだからまず問題ない。

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